おそ松さん関連雑誌まとめ(1)藤田監督&松原シリーズ構成編その1

おそ松さん関係の雑誌の整理を延々としているのですが全然終わらず、雑誌&ムックの中から、ひとまず藤田監督&シリーズ構成の松原さんの、「特に作品自体に関係ありそうなところ」を抜粋しています。一冊松原秀×櫻井孝宏インタビューが抜けていることに今気づいたけどどこにあるのかわからないので見つけたらあとで入れておきます。それ以外に漏れがあったら申し訳ない、たぶん買い忘れです。

引用が多すぎてどうなんという量になったのでわたしからの雑感も挟んでますがどうでもいいことしか書いてないのでそこはべつに読まなくていい。薄い色になってるところがわたしの雑感です。

最初は藤田監督だけでとりあえず分けようかなと思ってたんですが、藤田監督の単独インタビューって3回しかなくて、松原さんとセット(というか)の回が2回、+キャラデザの浅野さんが1回、ついでに松原さんは単独が5回、という……もういい! 藤田さんと松原さんでまとめればいいんだろ! と思ったのでこのようになりました。

内容としては、赤塚作品に対して恥ずかしくないような作品作りをすることに全力投球したこと、ここまでのヒット特に女性人気に関しては完全に想定外だったこと、スケジュールがかなり厳しい状況だったこと、「なんでもあり」の現場だったこと、あたりが共通の話題かな、という感じです。女性人気を想定してなかったのも意外だったけどスケジュールに関してもかなり意外な印象を受けました。赤塚作品への理解やキャラクターの生々しいキャラメイクあたりの綿密な準備をしてそうに見えた部分は、おおむね「スタッフが本当に得意なことだけに注力した」ことと「妥協のない打ち合わせ」によって生み出されていたんだなあ……。

2015/9/10 アニメージュ 10月号

特集「大人になっても6つ子」A4版1/3インタビュー

※アニメージュ5月号ふろくMemories of OSOMATSUSANにも収録

新番組紹介の2ページのうちの1/3の短いインタビューですが、藤田監督がゴリゴリの原作読者で、かつ原作から6つ子について広げていった話がしっかり語られています。かなり硬派な印象でコンパクトにまとまっています。

「自分の世代としては珍しく原作派です。小学校低学年の頃に、親戚の兄ちゃんから『おそ松くん』と『天才バカボン』を全巻譲り受けて、ずっと読んでいたせいで人生がおかしくなったというか(笑)。だから、今回のお話をいただいたときも運命というか、縁というか、やらざるを得んな、という感じでした」

「実は、原作をすごーくしっかり読むと、ちゃんと6人それぞれに個性が微妙にあるんですよ。それを拡大解釈しながら、できるだけ描きわけができるようにこだわってはいます」

 

2015/11/10 アニメージュ 12月号

特集「ふみこめっ! 6つ子の素顔!?」過激な6つ子の誕生秘話![シリーズ構成]松原秀 A4版1/2インタビュー

※アニメージュ5月号ふろくMemories of OSOMATSUSANにも収録

4ページの特集。松原さんと藤田さんの出会いや、食事中に「今度、『おそ松くん』をやることになるので、助けてもらうかも」と誘われた経緯が言及されています。シリーズ構成として加わった時点で6つ子ひとりひとりに個性をつけることは決まっていたとのこと。藤田監督のインタビューも参照した限り、6つ子に個性をつける発想自体は藤田監督によるもの、「6人の言動や細かいクセを固めていくというのは、僕に与えられた最初の課題でした」。

「フジオプロの方から「思いっきりやってください」と言われたので。赤塚先生の作品なので、とにかくおもしろいことをやるだけです」

「(藤田監督は)NGがない監督さんだなと思います。出したアイデアは絶対に否定から入らず、活かす方向で進めてくださるので、ライターとしてはものすごくノります。あと、お客さんのことしか考えてないです。究極のサービス精神おじさん(笑)。藤田さんが作ってくださる前向きな雰囲気が、『おそ松さん』の脚本の最大の武器な気がしています」

 

2015/12/28 Spoon.2Di 09

シリーズ構成 松原秀interview B4版3ページ

おそ松さん関係でははじめてのロングインタビューじゃないかな? こういうときにまず脚本が呼ばれるのかなり珍しいような気がするんですが藤田監督はもしかしたらあんまりインタビューがお得意ではないのかなという気もする。

スプーンは紙面が広いのでかなり長いインタビューです。深夜にダラダラしてるときに観て、何が起こるかわからなくてドキドキしてほしい、という発言がありますが、松原秀、後述のとおり人の心がない(笑)あと先のアニメージュでも言及されてましたが藤田監督に対する信頼が語られています。

「たぶん、普通のシリーズ構成の方って1クール12話の中で″3話まででこれをやって、4話5話でこれをやって……″というふうに決めていかれると思うんですけど、藤田陽一監督とお話して″『おそ松さん』ではそれをなくそう″と決めたんですね。もう何でもアリで、縛りはナシにしようと。なので、シリーズ構成を担当しているのですが、構成の仕事をしたという感じはそんなにないんですよ。構成を決めないことが構成でした」

「毎回何が出てくるかわからないので、テレビの前でドキドキしていただけたらいいなという想いがあります。(略)夜中だし、やっぱりみんなカチッとして観るわけではなく、ソファーでだらっとしていたり、コタツでミカンを食べながら観ると思うんですよね。そこをベースにした感覚は共有していると思います」

「よく言っているのは観ている人を”安心させたくない″ということで(笑)」

「(藤田監督は)究極にお客さん目線な方です。作り方がものすごく誠実で、お客さんを絶対に舐めない」

「本当にNGがない何でもアリな現場だなと思います」「何をやってもいいということは、何なら宇宙に行ってもいいといいことで。それはメリットだと思うのですが、たまにハードルにもなって苦しいです」

「″キャラクターを守りすぎない″」「もちろん、キャラクターたちがやりそうにもないことは描かないですけど。原作では、せっかく積み上げてきたものを平気で破壊することがけっこうあるんですよ。正直に言うと、キャラクターにいつもと違うことをさせるのって、とても怖いんですよね。それで嫌がられたらどうしようと思ったりもしますが、でもまあ、原作は『おそ松くん』なので」

 

2016/2/10 アニメージュ 2月号 おそ松さん特集号

特集「ナンセンスの天国」

※アニメージュ5月号ふろくMemories of OSOMATSUSANにも収録

おどろきのインタビュー! その2 監督 藤田陽一「とぼけた顔して赤塚スピリッツ!」A4版4ページ

藤田監督おそ松さん関係のロングインタビューとしては初。放映中に読んだときはかなり腹芸というかわりと適当なこと言うて躱してないかという印象だったのですが(笑)、もちろん放映中で言えないことも多かったんだろうけど終わったあとのインタビューと比較すると赤塚作品というビッグネームを背負って緊張なさっていた&単にまだ忙しい時期だったのではないかという気もします。

「(ヒットしていることに関しては)スタジオのなかで仕事ばっかりしてると、現実感が全然ない」

「シリーズ構成の松原くんも毎回アフレコに来ていて、キャストさんの演技を脚本にフィードバックしていく作業もうまくいってる感じがします」

「最初は(個性の出し方を)口で説明してもなかなか伝わらなかったけど(略)今はもう、(修正を)細かく入れなっくてもけっこううまくやってくれる感じ」

「こんなに脚本に時間をかけてる作品、ほかにねえよなあってくらい、脚本には時間をかけてる」

「『おそ松の憂鬱』は松原くんが最初にプロットあげてきてくれたのかな。『カラ松事変』も、松原くんがこういう話をしたいということで、ざっとプロットをあげてきたところで、『カラ松の話だったら、こうじゃないか』って、みんなでネタを叩いていった感じですね」

「赤塚さんって、『何がおもしろいんだろう?』って何周も考えた末に、『おもしろい/おもしろくない』じゃなくて、ルールを壊したり、普通じゃないことをすること自体が目的化していたりするじゃないですか。『笑える』っていうより、もう『ズレてる』『狂ってる』という領域に足を踏み入れているというか」「『とりあえず壊してみよう』ってことだけが、どんどん目的化していったようなところがあると思うので」「そういう世界を、せっかくのチャンスなので『おそ松さん』でも垣間見せることができれば、と」「自分も、小学校低学年頃に赤塚さんのマンガを読んでたんですけど、変な気持ちにしかなんないんですよ。(略)やっぱり、それが、『常識を壊していく行為』を目の当たりにしている感覚なのかなって」

「ギャグを撮るんじゃなくて、シチュエーションを撮りたい。おかしなことが起こっている空間の、空気そのものを撮っていきたい」

「オレ自身が本当にモテたいですね。そのためにも、これからも頑張って作ろうと思います」

 

2016/2/10 PASH! 2016年3月号 おそ松さん特集号

監督藤田陽一&シリーズ構成松原秀「伝説はここから生まれた!」 A4版1ページインタビュー

一ページにふたり分と短いですが、「この段階で伝えておきたいことはひととおり」みたいな内容だなと思います。「お客さんを驚かせたい」「喜ばせたい」というメッセージはインタビューで繰り返し出てきてますね。

松原「当て書きとまではいきませんが、映像で動いて、キャストさんたちの演技を受けて徐々に出来上がっていった部分もあります」

藤田「作品を作ることって、結局『コミュニケーション』だと思うんです。常にお客さんを意識しているだけですね」

松原「藤田監督とネタや構成を打ち合わせているときに考えるのは、『こうすればお客さんが驚くんじゃないか』『喜ぶんじゃないか』ということ。お客さんと会話したいんです」

藤田「作品作りもサービス業だと思うので。かといって当然、媚びるわけでもなく。純粋にみんなが気軽に楽しんでくれればという思いで作っています。だから女性人気は想定外でした。かといってもちろん嫌われるのはイヤですから、そこはデリカシーを持ってやっているつもりですけど(笑)」

 

2016/2/27 TV Bros. 平成28年2月27日号

シリーズ構成・脚本 松原秀インタビュー A4版2ページインタビュー

インタビュアーさんがかなり攻めたことを聞いていていつもと違う雰囲気があってとても面白かった。最後、「続編があるとしたら」と振られた松原さんが突然テンションが上がって、というかヤケになって「全然まったく問題ないです! あと8000パターンありますから!」とか言っているところで落としているのが本当に手馴れたインタビューだなという印象(笑)

『「個性をつける」というのは、いただいた課題みたいなものだったので、その次に考えたのは『関係性』でした。(略)僕はもともとコント畑からデビューしたんですけど、アンジャッシュさんや東京03さんのように、しっとり始まって関係性や展開で見せるものが好きだったんですね。それで『おそ松さん』でも関係性を意識しました」

「(インタビュアー:表現の幅として、『このへんまではやっていい』というのは、さじ加減を見ながら幅を広げていった感じですか? それとも、後先考えずに……。)いや、逆かもしれないです、僕と藤田さんで『面白いですねコレ』『みんなびっくりするんじゃない?』とか言いながら作るんですけど、原作の『おそ松くん』とか赤塚不二夫先生のラインにちゃんと到達してるかな……と心配になります。『自分たちは面白いと思ってるけど、赤塚先生のレベルからすると、ぬるいんじゃないか?」とか」

「『これで大丈夫か?』『パワーは足りてるか?』みたいなこと、本当に毎回思ってるんですよ。このタイトルはどうしても刺激の強い系の話が出やすいので、そうすると自分たちが作った過去の話が首を絞めてくるんですよ。『あっ、前回これやったしな……』みたいな」

「キリがないんですよね。あっという間に行き詰まって、ウケないゾーンに入っていく可能性もあるわけだし。なので、間でリセットするようなことはやっていますね。でも、『おそ松さん』はそれが効くタイトルでもあるんですよね。もうなんでもありなのが一番のメリットだから、尺が長くてもいいし、ものすごく短くてもいいし、今までとまったく別の話をやってもいいし。なので、あんまり一方向だけにグーンと上がらないように、一回ちょっと散らすというのかな、『こんなんもあるよ』みたいなことをやっておいて、その前のことをみなさんが忘れかけた頃に、またそれをやる……というようなパズルは多少意識しています」

 

2016/3/5 MdN 2016年4月号「[特集]おそ松さん 赤塚不二夫のDNAを継ぐものたち」

シリーズ構成編 松原秀 A4版2ページインタビュー

二次創作というか、女性人気、関係性萌え、というところに対する認識のズレと、そういうところになぜリーチしたかについての松原さんの自己分析の部分が面白い。あとほかのインタビューでも出てますが温度感のコントロールというかいろいろな雰囲気のネタをやることで視聴者を飽きさせない話も出ています。

「藤田さんに以前教えてもらったのは、表情や間の取り方で笑わせるのは結構難しいよと。リアルに比べて、どうしても情報量が少なくなるんです。(略)感情の「おもしろ」の時は、脚本を丁寧に積んでくださいと言われました」

「『恋する十四松』で言えば、タイトル通り、十四松が恋をしたっていうことが大切で、そのほかの部分はメインの話じゃない」「わからなくてもよいかな、と思っていて」「(「恋する十四松」には)裏設定のようなものがありますが、それはお話を作る上で必要だから作っただけなので、全部出すのは違うなと」

「全部ホームランを狙うと、きりがないんですね。それでは何にもやることがなくなってくるし、最後にはなにもウケなくなってくる。よくシナリオ会議で、『温度を下げましょう』と言うんです。一回、ハードルを下げるというか、熱を冷ましたりリセットしたりしてみる。それで、見る側が置いてきぼりを食らうような回ができたりしてもいい。これはやっぱり、どこかバラエティ番組の感覚に近いのかもしれないですね」

「(二次創作的な感覚については)まったくしてないです。(略)藤田さんと僕がそんなの作ったらクソ寒いと思いますよ」「僕には『関係性おもしろ』の地はあるんですよ、コントや漫才を作る時に。普段仲良くさせていただいてるアンジャッシュさんや東京03さんのコントは、人の生々しい内面が出てくるやりとりが多いですよね。僕はそれを『関係性おもしろ』としてコント的な要素として面白がってるんですけど、それがアニメの脚本になってこのキャラに載ると、関係性に萌える人たちに刺さるものになるのかなと」

 

2016/3/9 TV Bros. 特別編集 カルチャーブロス vol.2 「今、語りたいラジオの話」

松原秀(シリーズ構成・脚本)「『おそ松さん』の裏側に潜む「コント」と「深夜ラジオ」」A5版6ページインタビュー

雑誌の特集に合わせて、深夜ラジオのハガキ職人だった話、高校を留年して卒業後21歳でNSCに入るまで「(バイトはしてたけど)ニートみたいなもん」だったこと、芸人としての目標は挫折して構成作家に、「エンタの神様」で構成作家デビューという経歴が語られる。松原秀という「人物」についていろいろな知見があってよかったです。あとこう、なんというか「おそ松さんらしい」経歴だな。トド松によく似ていると言われるそう。「よく「心がない」みたいなことは言われます。そんなことないのになあ(笑)」

「(赤塚作品について仕事をもらってから勉強しても)たかがしれているじゃないですか」「結局、小手先で対応することになって、「求めていたのと違う。お前を起用した理由はそこじゃないんだけど」って思われる気がしたんで、それなら自分が身に着けた筋肉(ネタハガキやコントを指す)を思いっきり発揮しようと。アニメのスペシャリストが本当に凄いんです。だから、僕がやらかしてもどうにでもなるかなって(笑)。皆さんに助けてもらえるんで、自分の強いところを出して、アニメっぽくない違和感が出ればいいなと。で、悪い違和感は皆さんにフォローしてもらう。そういうところに落ち着きました。やっぱりカッコつけないでおこうって。できないものはできないですから(笑)」

 

2016/3/19 CUT 4月号 No.367 「『おそ松さん』2号連続特集第1弾! 第2表紙&描き下ろしイラスト

「超絶大好き!『おそ松さん』放送終了直前! 6つ子キャスト緊急アンケート 松原秀(シリーズ構成)×富永禎彦(プロデューサー)に訊く『おそ松さん』誕生物語」 A4版2ページインタビュー

※富永Pの発言に関してはまた別にまとめます。今回は松原さんの分のみ。

このへんのインタビューになってくると色々スタッフもどういう姿勢で作っていたのかという言及がけっこう出てきている感じがする。「どうしようもない彼らを好きになるどうしようもない人がこんなにいる世界は素敵な世界」、おそ松さんという作品の魅力の真髄という感じがします。

「僕が呼んでもらってチームに入れてもらった段階では、6つ子が大人になっているというのと、全員ニートで童貞だっていうのは決まってて。でもキャラはついてなかったんですね。なので最初に与えられた課題はキャラクターづくりでした。監督がよく言うんですけど『そこだけ唯一、隙があった』と。(略)6つ子は個々のキャラクターでいうと無色だったので『ここは掘れる』と。でも、それが決まるまでは――富永さんには初めて言うかもしれないですけど『どこで勝つんだ』と思ってましたね(笑)」

「『森のおんがくだん』『銀魂』の2タイトルでこれまで藤田さんとお仕事させてもらった時に共有できていたことがあって。今も富永さんと藤田さんと僕とでよく飲みにいくんですけど、話していると子ども時代とか若い頃に共通点があったり。『部活の時の理不尽な上下関係、あったよね』とか。モテなかった感じとか(笑)。笑うところも、もともと似てたんだと思いますね」

「なんかアニメのなかでも3列目くらいに控えていて、2列目の最前列まで上がりたいなと。だから精一杯、ふざけようっていう。本当に『ちょっと面白好きな人が観てくれれば』ぐらいの感じでした。爆弾落としてやろうとか、事件起こしてやろうとか、まったくないですね」

「なんで女の子に人気が出たんだろう。全然わからないですけどね(笑)」

「これが話題になって数字が残ったと言われた時に一番最初に思ったのは『本当に素敵な世の中だな』ということでした。(略)偉そうな言い方ですけど、これに受け皿があるって素敵じゃないですか」「彼らはどうしようもないですけど、彼らのことを好きになる人もどうしようもないはずなんですよ(笑)」

 

2016/3/23 an・an 2016年3月23日号「幸運の女神の前髪は、一瞬でつかめ! あなたにも必ず訪れる、運命の出会い」

「シリーズ構成/脚本 松原秀インタビュー」A4版1ページインタビュー

内容としてはほかのインタビューと被ってますが、まあなにしろan・anですからね! なんで!? とファンだって言っていたよ!

「僕はもともとお笑い番組の脚本などを書いていたんですが、登場人物に役割をつけてくという意味では、コント台本の登場人物を考えるのと似てますね」

「12話のアニメを作る場合、普通は最初に12話分どんな話をやるか、おおよそ決めるんです。でもこの作品は、最初に監督が『縛りなし、なんでもあり。気楽に作ろう、くだらなくていいんだ。だって赤塚先生の作品なんだから』って言ってくれた。だから毎回、『次何やる?』ってゼロから考えて、好きなことができる。これってかなり特殊な作り方だし、すごく楽しいです」

「冷静に見ると、ニートだし童貞だし正直全然モテ要素ないキャラ。しかも作ってる僕や浅野さん、藤田監督、全員おじさんで、かわいいキャラを作る引き出しはないはずなんですが…。でも、浅野さんの描く絵は本当にかわいい。だからこそ、クズなエピソードとか下ネタとか、そういうものをぶっこめるな、とは思いましたね。いい意味で、そのかわいさを利用させてもらおうかな、と」

 

2016/5/15 『TVアニメ「おそ松さん」ファンブック われら松野家6兄弟!

製作陣ぶっちゃけ鼎談 監督藤田陽一×シリーズ構成・脚本松原秀×キャラクターデザイン・作画監督浅野直之

※浅野さんの発言に関しては別にまとめます

キンドルで買えます!(たぶんほかの雑誌も買えるのがあるような気もするんですが確かめてなくてごめん!)『森のおんがくだん』みたいなものを作っている人が「バンドやろうぜ!」って超雑にインタビューを締めているの本当にどうかと思うというインタビューです(爆笑しちゃったよ……)。なおインタビューは居酒屋で行われた模様。このあとのan・anといいそういうことは一般的に行われるものなのか? というか藤田監督をインタビューに引っ張り出すのはそんなに困難なのか?

藤田「いろんなタイプの話を作って、思いつく限りやりましたね。反響どうこう以上に、『赤塚先生の作品を扱っているからには、最低限の結果を出さなきゃいけない』という重圧から解放された感覚はあるかもしれないです。若い人たちに赤塚作品の名前を覚えてもらうために、なりふり構わずやったので。それが自ずと作品のコンセプトにも繋がったのですが」

藤田「(キャラの設定を)焦って完成形で出していたら、最初から“できすぎたもの”になったと思います。今回はそんなに決め込まずにやろうと思いました。基本的には赤塚作品ですし、1話完結のこんとなので、それを成り立たせるために個性が必要なのであって。逆に、個性ありきでモノを作っちゃうと良くなかったと思います」

松原「今っぽさを出すのは最初の段階から共有されていましたね。『ノスタルジーに寄せてはいけない。それは赤塚先生がもっとも喜ばないことだから』と」

藤田「(絵に関しては)ちゃんとオリジナリティがあるものでなければダメだという想いはありました」

藤田「結果的にスケジュールがなかったことで、いろんな部分に相乗効果が生まれて」

藤田「いわゆるアニメキャラじゃなくて、どっかで会ったことがある感覚。浅野さんのデザインにしても、松原さんのダイアログにしても、「どっかにこういう人いるんだろうな」っていう生っぽさが、デフォルメされた世界だけど地に足がついた感に繋がっていて。ちゃんと体験から起こされているのは大きい」

松原「僕たちが監督と6つ子について考えていることって、作品上ですべて見せているわけではないんですよね。全25話のなかで、その一端が見えている形なので。だから視聴者からすれば、「えっ!?」って驚く瞬間はあるかもしれないです。でも、全てを丁寧に『こういうキャラクターですよ』と見せるものでもないと思うので」

 

2016/5/18 an・an 2016年5月11日号「日笠雅水さん特別監修 恋のお悩み、仕事のモヤモヤ、Q&Aで解決します 教えて、手相!」「16ページSPECIAL BOOK おそ松さんがやってきた!」

「シリーズ構成、脚本 松原秀 監督 藤田陽一 深夜の電話、熱海で合宿…。今だから話せます! おもいっきり“松トーク”inおでん屋。」

酒を飲んでいる……ビール片手にって書いてあるけど日本酒も飲んでいる!(写真が載っている)藤田監督と松原さんがビールジョッキ片手に楽しそうに歓談しているかわいい写真が3枚! 内容も延々と藤田監督が松原さんの脚本を褒めていたり、時々話題に出ていた「ふたりで食事をしているときに藤田監督が松原さんをおそ松さんに誘って」の舞台が「上井草のバーみたいな店のカップルシート的な席」だった話や、秋に煮詰まりすぎて熱海に行った話だったり、いや、最後の話は「こっちが思ってたよりぐちゃぐちゃな現場だったんだな」という感じですが(毎日のようにメールや電話でやりとりをして週に3回以上打ち合わせをしていた話とかも)全体的にわいわいとした楽しそうなムードのインタビューでなんというか、資料としてどうというより「おふたりが楽しそうで元気そうでよかった! おつかれさまでした!」という感じなので抜粋はまあ、いいかな……。

最後に「気が付くと三年会ってないとかありそうですよね」などと松原さんが仰ってますがこの時点ではおそ松さん二期の話はおそらく出てなかったんだろうなと思うとほほえましいと同時に「きつい仕事を再び、おつかれさまです、楽しみにしております……!」と頭が下がる思いです。

 

2016/6/29 pen+ 「完全保存版 いまだから、赤塚不二夫」

藤田陽一インタビュー「思いつくものは、すべてやり切りました。」A4版4ページ

特集内容に合わせて、赤塚作品をどう意識したかについての言及が多いですね。赤塚作品に対して思い入れの深い藤田監督の熱い思いが感じられるまじめなインタビュー。

なお「シェー教の崩壊」は赤塚不二夫還暦&漫画家生活40周年を記念して1995年に制作された、1995年の「地下鉄サリン事件」で一躍有名となったオウム真理教を題材にとったと思われる作品。『泉麻人『シェーの時代 おそ松くんと昭和子ども社会』によると赤塚作品中最後の「シェー」が描かれた作品、だそうです。

「今回一番警戒したのは、リスペクトとノスタルジーだったんです。もちろん僕も、赤塚さんという偉大な方にリスペクトは持っています。でもそれは面白いものを作るには必要ないんですよ。ご本人もご存命だったら、そういうものは求めていないだろうと思いましたし……」

「(30分1本ネタを作るのは時間がかかるので)あの最終回ですら、年明けから週3~4回の打合せを3週間くらい続けて作ったので」

「(原作回では)「こじきロボット」なんかはどうカスタムしてもなかなか関係者のOKが出ませんでしたね(笑)」

「今はスターシステムに対するリテラシーがなくなっているような気もするので、スターシステムをやるのは義務というか、ある程度キャラクターが認知されたらちゃんとやらなくてはと思っていた部分です」

「2クール目はお笑い、麻雀、ヤンキー、カンフー、それに野球と、昭和のボンクラが好きなものしか並んでないですよ」

「『おそ松さん』は、赤塚先生が還暦の1995年に描かれた短編『シェー教の崩壊』にすごく影響を受けているんです。あのタイミングで新興宗教をいじるという攻めの姿勢。そういう原作者を前にすると、「こっちは何ができるんだ」ということを突きつけられますよね。だからこそ「思いついたらやるべし」という姿勢で取り組んだんです。そうでないと失礼ですよね」

 

2016/9/25 サンデー毎日 2016年9月25日号

特集「おそ松さん」は、文学である!

「『おそ松さん』脚本・シリーズ構成 松原秀×小説家 柚月裕子 Wクリエイター120分徹底対談! 結論「面白さ」に正解なんてない」B5版3ページ

※松原さんの発言のみまとめています

ハガキ職人としての松原さんの話を結構突っ込んで言及されています。おそ松さんの打ち合わせの現場では「人の言ったことを拾う、ネタを拾ってきてまとめる」という方向の作業をけっこうしていた印象のある松原さんの原点という感じ。

「僕は『笑わせる』より、『笑っている』のが好きだったんですね。だから、『一番面白い人』になりたいとは思っていなくて、『一番面白い人』の横でケラケラ笑っていたいタイプでした。(略)中学生になってから、お笑いにハマったんです。特にナインティナインさんにハマって、中3の時に『オールナイトニッポン』に投稿するようになったのがそもそもの始まりです」「とにかく目立ちたかったんです。だからペンネームでなく本名ではがきを出していました。有名人の方が僕の名前を読んだり、僕のことをいじってくれたりしたのがうれしかったし、まわりも『読まれてたな』とちやほやしてくれて、それが嬉しかったんです」「その頃は毎週20通をノルマにしてましたね」「ナイナイさんをテレビで見て、お二人が気にしていることとか、芸能ニュースを見て『この件は面白がっているだろうな』とか、ナイナイさんが笑いそうといいうものをベースに、ネタを拾っていました」

「僕は一人で作れない、共同作業でしか作ったことがないんですよ」

赤塚王国フラグメンツ(5.5)松野カラ松とチビ太の「終わらない昭和」

このブログを読んでる人は大抵経緯を知ってると思うし知らない人は過去ログ読んだらリアルタイムで色々あった様子がご高覧頂けるんですけど、とにかくギャグアニメの感想を書いたらブログが炎上した(事実をまとめただけで事実がアニメよりギャグになりかねないこの……)のでわたしは課金制に引っ込んでnoteはじめたんですが、金取るからにはどうせならこれまで手を抜いてたところをちゃんと書こうと思って積んでる資料(赤塚の他作品とか、過去に出た赤塚関連ムックとか、怒涛のように出たおそ松さんインタビューの雑誌とか)を崩しているうちに半年更新が止まっていました。本当にごめん。

というコンテンツがようやく軌道に乗ってきたのでお試し無料分をここに置いておきます。チビ太とカラ松の話です。マガジン買うかどうかの判断材料にしてください。なんで800円なんだっけって思い返したら「たぶんA5で作ったら100ページ超えるからまあ800円くらいで頒布でいいか」という理由だったことを思い出しました。購入された方はPDFデータをDLできるようにしようかと思います。物理冊子版は印刷費回収させてください。

 

いいかげんしつこいと思うけど再度断っておきたいんですけどいいですか。

・論述文というのは仮説があって検証があって結論がある文章のことをいうし、いま書いてここに置いていくのがそれ

・わたしがここでおそ松さんについてのたくりまわしていたのは感想っていうかもっと正確に言うと仮説に対する発想の飛躍と論理の省略を含むある種のエンタメであって論述文ではないし「考察」ではないので論拠が浅いと言われてもそういう文章ですとしか言いようがないし論述文を書いたつもりはない

・仮説を立てて立てっぱなしで論証しないものを主とした論拠の浅い文章を考察と呼ぶ言い方がこの件を通じてまじめちゃくちゃ嫌いになったと言ってもさすがにわたしは悪くないと思う

わたしがなんで「父さんな、腐女子やめてアニメ評論にまじめにとりくもうと思うんだ」してしまったかというと「論拠が浅いのでもっと努力しろ」と「どうせ腐女子は何を言わせても論拠が浅い」を同時に言われた上に「わたし自身論拠は浅いと知っている情報をロンダリングする人」までいたからだよ! 冷静になってくれよ! アニメ見た翌日か下手したら当日に書いた文章がちゃんと仮説を検証し切れてるわけないだろ! 自分の首の上に載せてるやつの使用方法を考えながら生きて!

父さんな、腐女子やめてアニメ評論やろうと思うんだ。でも正直不&毛って気持ちのほうが強いので料金前払いでもらったぶんを書き終わったらアニオタ自体から足を洗おうかなとは思わないでもない。料金前払いでもらってなかったら逃げてた可能性わりと高いなってくらいおもに去年の10月頃(あまりに進まない進捗に)追い込まれて死んでいたのでオッ読んだろと思ってくださった、そしていまだに時々新規で読みに来てくださるみなさんありがとうございます……。


月刊PASH!2016年3月号藤田監督&松原脚本インタビューにおいて、最初にキャラクターが固まったのが六つ子の象徴としてのおそ松、そしてそれに対するツッコミ役としてのチョロ松、との言及ののち、「役割のあと、最初にキャラが見えたのはカラ松です」との言及がある。「非赤塚的なキャラクターとしてテンポを変える要請」と語られる一松、「末っ子という立ち位置からスタートした」と語られるトド松、「最後まで決まらなかった、違うタイプのボケを用意するという点でキャラクターデザイン浅野原案によって広がった」と語られる十四松の、ある種のキャラクターとしての明瞭さに比べ、カラ松というキャラクターが「なぜ」あの形に決まったのか、しかも最初に決まったのかという点に関する言及は少ない。しかしこのインタビューにおいて特筆すべきは、カラ松のキャラクターは「立ち位置」でも「物語上の要請」でもない部分において成り立ったという点であり、逆説的にそれは「カラ松は『六つ子』という組織において『代替不可能な立ち位置』を持たない」、そしてそれがゆえに「カラ松は存在を疎外され、追い詰められてゆく」という物語構造と密接に絡み合っている。

カラ松というキャラクターがどのように作られたのかを確定することはできないが、その要素をひとつひとつ考えていくことは可能である。その一考察として、「昭和90年」を意識したとの言及(spoon.2Di 10号 美術監督田村せいきインタビュー)前回の『おそ松くん』アニメ化である88年という年の「続き」を生きていると想定されるカラ松の好み(2話でカラ松の妄想のなかに登場する尾崎豊の活動期間は 1983年~1992年、妄想の対象となっている女性二人組の仮名アイダとサチコの元ネタと考えられるWinkの活動期間は 1988年~1996年)の関連性を踏まえると、「終わらない昭和」を最も先鋭的に生きているキャラクターとしてのカラ松が浮き彫りとなる。そしてその「昭和」は華やかで輝かしいものでありそしてスターたちの時代であり、古びて懐かしいものではなく、そのうえでカラ松はそのスターたちの時代としての昭和の申し子としての自分を生き続けることに何の疑問も抱いておらず、自分自身に対する確信が揺らぐことはあっても彼の中の「輝かしい昭和」としての「パーフェクトファッション」は最終回に至るまで終わらない。

「六つ子が平穏に生きていられた世界の終わり」が六つ子ひとりひとりに訪れていくという点に関しては『赤塚王国フラグメンツ』本論において述べた。それはいわば「現在が昭和90年ではなく平成27年であることを自覚する」作業であり、そのなかでおそ松は小規模な昭和を自分たちのなかで維持することを、チョロ松はおそ松に従うために平成を諦めることを、トド松は平成に順応するために六つ子から一度距離を置くことを選ぶ。一松と十四松はそれぞれ別のかたちで「現在」と「自我」からある意味で逃避する。トド松を除く五人の行動は「いまが昭和90年ではないことはわかっていても、なお昭和90年を維持しようとする」方向に向かいあるいは疎外せず、トド松は明確に組織としての六つ子の理念たる昭和90年を裏切ったが、それは明確な裏切りであったがゆえに対処は明確だった。

対してカラ松が「処罰」もされなければ「厚遇」されることもなく、ゆっくりと六つ子のなかで「いないもの」となっていった理由は、ここまで述べた論に準ずるなら明確である。彼は「昭和」を疑わなかったがゆえに、「今はもう昭和ではない」ことから目をそらす必要がなかった。それゆえに彼は四人が問題視しているのは何なのかもトド松が何から逃れようとしているのかもついに理解することはなかった。それは同時に「家族であること」「六つ子であること」が前提的に絶対的な事実であって離れたり別れたりすることはあり得ない、がゆえに救済は必ず来ると信じた、「カラ松事変」における彼の盲信ともつながる。彼は自己を、現在を、家族を、疑わなかった。それを怠慢と呼ぶことも信頼と呼ぶことも可能だが、いずれにせよカラ松は5話以降「自分の居場所」を模索した結果として、15話で結婚、24話ではチビ太の家に居候という、二回にわたる「別の家族を選択する」という結論に至っている。

「すでに昭和は終わっている」はすなわち、「すでに『おそ松くん』も『六人でひとつ』も終わっている」、ひいては「もう赤塚不二夫は死んだ」という事実を示し、カラ松を除く六つ子はそれぞれそれを突きつけられてゆく。そしてこの物語のなかで、既に「昭和が終わった世界」に順応しているのがイヤミをはじめとするサブキャラクターたちであり、ブラック工場やレンタル彼女をはじめとした現代的な手法での一獲千金を狙うイヤミ、近未来的な研究所を持つデカパン、アイドルを目指すトト子、高層ビルに君臨するハタ坊といったキャラクターは皆既に「平成的」なアイコンをそれぞれ手に入れている(ダヨーンは今作ではモブキャラクター的な存在であるため触れない)。そのなか、チビ太が流行らないおでん屋を続けていることと、トト子のライブへの招待およびレンタル彼女回を除き基本的にほかのキャラクターから「おでん屋の大将」以上のものとして顧みられることがないという点は、先に述べた「昭和を疑わないもの」は「取り残されて、忘れられていく」というカラ松の物語と密接に絡み合っている。「カラ松事変」は、昭和に取り残されたふたりが昭和に取り残されたと気づかぬまま彼らが顧みられないことを突きつけられるエピソードだった。

5話以降カラ松とチビ太は関連を持って描かれることが多くなり、24話では同居に至る。「終わらない昭和」を生き続けることによって物語から「浮いている」ことそれ自体を役割とされた彼らが「浮き続けること」を選んだひとつの結論、「終わらない昭和の続き」が、24話における彼らの選択であり、それはおそ松さんという「昭和の続き」を描いた物語のひとつの屋台骨だった。

松野兄弟万年筆奇譚第二回 ミラーボールと登山のあいだ

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万年筆オタクによる独断と偏見の松野兄弟万年筆&インクセレクト、第二回はトッティこと松野トド松くんです。

写真の画像はパーカーアーバン。クールマジェンダ超いい色なんだよね……。アーバンのえっちなシルエットに対して赤やピンクを持ってくるとセクシーになりすぎそうなところを、このクールな光沢感がスッと引いた視座を作っていて、アーバンの中で一番格好良いと思うというか、アーバンって形が独特すぎてわりとダサくなりがちで、パキッと仕上げたほうが絶対かっこいいと思うんだけどね。クールマジェンダが一番良いと思います。

アーバン、きゅっとくびれたシルエットが最高にセクシーな一本で、スタバァは(たぶん)アメリカ資本だしアメリカ万年筆からということで……「なんだかちょっと気になるけど、明るくてやさしそうなのにクールでミステリアス」というイメージ。これくびれた胴軸を握ると持ちやすいというプロダクトデザインなんですが、胴軸を握らない人にとっては全然それ持ちやすくないんですよ! 全然万人向けではない! 「こっちは寄せてるよ、君はそれにちゃんと乗っかれるかな」って試してくるペン……。挑発的……。

 

ていうのが多分トッティの「こうでありたい自分」じゃないかなって思いました。

 

それにエルバンのカーマインを合わせています。

リンク先だとよくわかんないですがこのインク、金色の偏光があり、ぎらぎら光ります。トド松のミラーボール状の自意識をイメージして入れました。

クールマジェンダもカーマインも分類としては赤なんですが、万年筆インクのぱっと明るい赤のセクシーな感じはトド松によく似合うと思います。持ってないけど色彩雫の紅葉も似合いそう。神戸インク物語なら元町ルージュ。国内のインクのピンクは「愛らしい」に傾きがちなので、トド松は明るいセクシーさを含みながらぱっきりと素直な赤が似合うと思います。そのうちネチネチ書きますが対照的におそ松兄さんはどこかに昏さを隠し持ちながらも甘い赤ってイメージ。

 

続いてもう一本。クリア―キャンディメタリックピンクに色彩雫の山栗

クリア―キャンディは廃番になってしまいましたねえ……。ネットではすっかり見かけなくなりましたが、文具店にはまだ結構あるのでみかけたら一本どうぞ、セーラーの1000円万年筆です。とびきりキュートでポップで、そして昭和の匂いがして、意外とごつい復刻商品。

廉価帯でねじキャップ(廉価帯万年筆は気軽に使いたいし、高額帯帯の万年筆がねじキャップなのは家でゆっくり使うからいいけど、そうするとクリア―キャンディの立ち位置が……)というどう扱ったらいいのかわからない立ち位置と軸の微妙な太さが災いした印象で、さらに1000円帯のライバル・カクノのバカ売れに完全に食われ、同じセーラーでもハイエースネオのほうが取り回しも利くし……ていうかハイエースネオが一松くんでカクノがおそ松兄さんのイメージなんですが要するにそういうところも含めて……あの……って気持ちもあります。トッティは要らない子なんかじゃないよ!

逆に言うとクリア―キャンディもアーバンと同じく、「僕の都合のほうに、みんなが合わせてよ、僕はちゃんとみんなの都合を考えて合わせてるんだから」ってペンで、はっきりとした「意思」のあるペン、だと思います。自立心が旺盛なあまり存在することからログアウトしてしまったクリア―キャンディちゃん、手に入るうちにお求めください……。

わたし結局クリア―キャンディ四本も買ったんだな使わないのに……もう二本くらい欲しいんだよな……どうしようかな……。

メタリックピンクはクリップや天冠が青くて、自意識を見る限り結構カラ松くんのことをなんだかんだで慕ってるっぽいトド松にこれを持ってくるのはわりとせつないなって思いながら眺めています。別にトッティのために買ってきたわけじゃなくて、うちに、あったのです……。そしてクリア―キャンディのなかではメタリックピンクがいちばんトッティに似てるよ……。

色彩雫の山栗はトド松の本当は地味な趣味が好きで堅実志向という側面のことを考えながら選びました。本当にうっすら赤みがかっていて静かな秋のさみしい切なさが混ざった、さらりとしたセピアで、いい色です。

 

プラチナ 富士五湖シリーズ 西

これをトッティに持って行かないわけに行くまい! わたし富士五湖精進しか持ってなくてそれはカラ松兄さんに割り当てられてるけどね(精進は青みがかってるからトド松には割り当てられない)。西欲しい……超欲しいと言いながら発売からずっとウダウダしてるんだけど買うならそろそろ買わないといいかげん買えなくなる……。近所の本屋に売ってるけど……。本栖は絶対手に入らないと思うけど山中はしょうじき十四松だと思うし河口に何がくるかこわくてたまらない……。

トッティはほんとプラチナだと思うんですよ。全体的に決して悪くないしそつもないしきれいにまとまっているのにどこか何かが足りないんだけど、堅実なんだからそれでいいんだよ、って思うけど、堅実に堅実に頑張りすぎてちょっと暴走もしちゃう……。まじめで責任感も強いのに、どっか抜けてて、ええかっこしいで、そしてすごく優秀な男の子であるところのトド松にはあっけらかんとした澄み切った富士五湖の軸と堅実さ堅牢さを絵に描いたような3776のニブはほんとうに似合う。

インクはダイアミンのホープピンクっきゃない(持ってないけど)。希望の星! トッティ!

 

というわけで第二回でした。あと四人だよ! 楽しい以外の感想がない!

松野兄弟万年筆奇譚第一回 紫色でしかありえない君

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万年筆オタクはたくさん万年筆と万年筆インクを持っています。

さて、おそ松さんというアニメには六つ子が出てきて、それぞれテーマカラーが決まっています。アイドルグループあるいは戦隊ヒーローみたいですね。

怒涛のようにアニメを観終わって、アニメ見てる最中万年筆どころではなかった(興奮して振り回してぶつけてニブ曲げそうだった)(実際やったことある)のでしみじみと久々に大量洗浄していて、ふと気づくと

「おそ松……カラ松……カラ松……カラ松……十四松……チョロ松……待ってあと二人もいるはず」

 

そう。

手持ちの万年筆とインクを六つ子に仕分けてしまったのだ!!!!!!

 

オタク趣味とオタク趣味のコンボが決まってとてもつらい顔をしています。哉村哉子です。せっかく仕分けたので手持ち万年筆とインクを誰に振ったかという話をしようと思います。

第一回は一松くんです。

なぜ第一回が一松くんかというと、中途半端な色のインクが超似合うからです。むしろ中途半端な色が似合う子は六つ子のなかに一松くんくらいしかいないと言ってもよい。そして一松くんに似合う色をほかの子に持って行ってもなんとなくしっくりこない。ムーンシャドウはもちろん一松くん、ラマンももちろん一松くん、紫式部もやはり一松くんということにせざるを得ない。そう、他の六つ子は紫が似合わないのです! びっくりするほど! いや、服で似合うかどうかとかじゃなくて!

一松くんの魂は紫色をしており、一松くん以外の五人の魂は紫色をしていない!

 

エルバン ムーンシャドウ

ほんともうこれ一松くんですよね。むしろこのインクの名前が松野一松でいいよね。「月の塵」を「ムーンシャドウ」と訳すセンスからしてもう照れ屋の一松くんっぽいし、その上で「月の塵」彼持ってそうじゃないですか、子供の頃に行った夜店とか、古道具屋の片隅に転がってたとか、なんかそういう理由で「月の塵」という名前の石かなにかを持っている一松くん、めちゃくちゃありそう。

ざらっとした質感のある紫で、派手さも暗さも感じさせない、寄り添う影のようなインクです。フローが渋いのも無口な感じで一松くんっぽい。一松くんのロマンティックさとペシミスティックなところとペーソスと甘えを全部くるんで静かに兄弟の一番後ろで微笑ませたらこういう色っていう色です。松野一松~! 一松くんの香水ムーンシャドウみたいな匂いなんでしょ!? 嗅いだことないけど知ってる~!

色彩雫 紫式部

外面はきれいで品がいいけど一筋縄ではいかないところのある女性、というのが紫式部(本人)のイメージなんですが、それにもうすこしパイロット的なぱあっとした明るさを加えた上で、パイロットインクなので水であり、青寄りの紫であるところも含めて本心では結構カラ松にあこがれているし脳内はやかましいし、そして脳内がやかましいわりにうじうじはしていてもゲスいところはないこどもじみた潔癖さと潔癖さに見合うこともできない自分に対するジレンマみたいなところを含めてダッバア……って流れ出るインク……って感じです。紫式部(インク)みたいになれたら友達だってできてるのにねー!

ブングボックスオリジナルインク L’Amant

ラマン、愛人、という名前のインクで、一松くんこの言葉ちょうーーーーーーーにあうよねえーーーーーーー……ラマンていうとわたしはマルグリット・デュラスでデュラス超好きなんですけど一松くんのそれはデュラスのそれみたいな奔放な愛じゃなくてもうちょっと日本っぽい湿り気のある愛で、いやセックスの話じゃなくて(セックスの話でもいいけど)、家族に寄せる、じめっとした、しかし束縛的ではないある種のピーカンの突き抜けたあかるさすら含む、雨に濡れた苔がつやつやしているような愛……。一松くんの愛……。暗幕の底から光が湧き上がってくるようなふしぎな輝きのあるインクです。次いつ買えるだろうね……。

 

紫以外だと、

渚ミュージアムグレー

まず名前がひどいんだけど、そして渚ミュージアムという言葉に関係がありそうなのは次男なんですけど、でもこれ次男の色じゃないよね……。どこかに緑色の気配のある、暗めのグレーで、グレーには空のグレーと土のグレーと湿気のグレーがあると思うんだけどこれは確実に湿気の色、夜霧のなか何かを見つめようとする色。一松くんが芸術に行きたいという設定はぼかされたままでしたけどなんとなくちらほらあったと思ったんですが、兄弟とか好きなものとかを見ている一松くんの世界ってこんな感じかなーと思いました。

一松くんの魂の色は紫なんだけど、一松くんの視界の色は緑(松色)がかったグレーなんじゃないかな……。

 

きりがないやめよう。

万年筆は、紫軸は持ってないので、コンセプト重視で選びました。

パイロット コクーン

つるんと丸まったかたちが一松くんぽい。つるん、ころん、としていてかわいいし、意外と重いところもそれっぽい。するする書きやすい優等生でわたしこのニブが世界一いいニブじゃないかとすら思います不良個体がないという意味で。一松くんってそういう、優等生の鏡みたいなところあるよね……そして優等生の鑑なのにこれじゃっかんダサいし価格設定も微妙でそんなみんな買わないんだよね……。でもコクーンという名前がまずすごくいいと思うんですよ……超一松くん……。

というかこれ一松くんにあげたい。名入れもしてあげるね。

ラミー cp1

一松くんってわたしのなかでやっぱりこういう、優等生的で、さっぱりしていて、無駄な機能がなくて、そして万年筆っぽくない、っていうイメージで、余計なところにはみ出さないけどああ万年筆だねという評価もされないっていうか、そういう位置づけの万年筆です。派手な万年筆って派手だからってだけの理由で買うじゃん、ダサい万年筆は同時に安い万年筆だからみんなに使ってもらえるじゃん、一松くんは一見とっつきにくそうに見えてじつは単なる優等生だし、照れ屋だから俺万年筆ですよって言えないし、目立たない方がいいと思ってるし、でも可能な限り自分のできる範囲でかっこよくありたいみたいなそういう……。

一松くん……。

ラミーなんだよね……ラミーなんだよ……ラミーのゴツくないほうのプロダクトだし2000もたぶん超絶一松くんっぽい子なんだろうなと思います。ほしいー。

 

きりがないなこの話。あとペンケースの一松くんのところにはハイエースネオも差してあります。言いたいことはもうわかるだろ!?

 

 

というわけであと五回やります! 六つ子への愛と万年筆とインクへの愛が惜しみなくかけ流し温泉!

 

このおそ松さん公式がえぐい六つ子の誕生日直前スペシャル

一回書いた記事が飛びましたのでローテンションに行きます。わたしはいま絶好調に死にたいです。

 

まずこれを見てほしいんだ。

【グッズ-ストラップ】トイズワークスコレクション にいてんごむっ! おそ松さん そのに | アニメイトオンラインショップ

二次創作見ない方は「あたらしいグッズ出るんだね」とお思いでしょう。

これはpixivで「宗教松」というタグで投稿されている二次創作設定のパラレルのモチーフの公式採用です。

 

三行でまとめますが、

  • 原作準拠とパラレルのごった煮のパラレル設定があって人気がある
  • その設定準拠の公式グッズが出る
  • ネタの料理が二次創作よりよほどうまい

 

元気がないって言ったろさくさくいくぞ。

宗教松というタグは

  • 女神チョロ松―2話準拠、デリバリーコント本当は怖いイソップ童話における「泉の女神」のコスプレ
  • 悪魔おそ松―12話準拠、トト子ちゃんとふたりで悪だくみをしているいわば「イメージ映像」

以上二点を起点としておそらく今年の1月ごろ発生し(記憶で喋っています、pixivのアーカイブは初投稿の人消えてるかもしれないしさらしあげみたいになるのもなんだし)

  • ゾンビトド松―ゾンビ以外のこともあるんですが公式採用がこれなので。なお公式採用の聖歌隊トド松はモチーフがゾンビトド松と被っているので要するにクリスマスキャロルの聖歌隊でありゾントドを限りなくマイルドにしたものと思われます。これは11話準拠。なおゾンビ化は全員してるんですトド松だけ絶大な人気があります。体が半分にちぎれててかわいいからじゃないですかね(雑な見解)。

原作準拠はここまで

  • 神父カラ松―二次創作設定。5話がキリストの受難を連想させる説が一定量の層を持っていたのが発祥かと思ってましたが2話3話からカラ松まじ聖母勢が一定量いるので5話より古いのではないかという指摘を頂きましてまあそんな感じです。
  • 十四松マジ天使―十四松の人外性をポジティブに捉えたインターネットミームです。

一応根拠があると言えなくもないというかまあ言いたいことはわかる二次創作設定がここまで

という設定が各クラスタにばらばらばらっとあってそれぞれ楽しんでいたところ、デビめが(カップリング名称)を起点としてすごい勢いで習合し、ひとつの共通世界観ということになって「宗教松」というタグが付きました。そのタグでいいのかよという話(ゾンビ……)(天使を宗教と呼ぶとそれはちょっと意味が変わってこないか……)(悪魔と女神はどちらもある種の土着信仰では……)(唐突にいるキリスト教徒……)はまあいいです。わたしは趣味が二次創作のテクスト形成を追うことで、おもしろいことやってるなーと思いながら眺めてたんですが、ポイントは人間がカラ松しかいないことじゃないかと。カラ松って16話からフツーにしゃべるようになるまでおもしろポエム吐きクリーチャーみたいな雰囲気で処理されることが多かったと思うんですが(幼女か聖母かおもしろクリーチャーって感じ)、この設定は逆にカラ松だけが人間で、つまり「カラ松から見たおそ松さん」みたいになっているなあと思いながら楽しく拝見しておりました。「宗教とは……」とは言ってたけど。

 

お気づきでしょうか。

一松くんがいません。

一松くんは宗教松において固定の役が振られておらず(猫又か童貞ゴッドじゃだめなのかよって思うんですけども)、書き手の解釈によって変化します。シスターイッチはたしかに人気がありますが別にそれ固定ではありません。

 

公式の採用が来た……。

シスターイッチ、なんの脈絡もないのに……。

シスターの格好させたいのはすげえわかるけど、脈絡がないという意味では本当に脈絡がないのに……。

 

まあこれ、「これが以降公式設定」ってガチガチになる必要ないと思うんですけど(二次創作見てる人にしか通じない話だけどそもそも保険医は聴診器使わないし)、要するに海賊版グッズ対策のハイスペック釘刺しっていうか、普通公式というものは海賊版対策に「作るなよ、怒るよ」って言うわけですが、おそ松さん公式は「うちはもっといいのを出しますからうちから買いなよ」をブッこんできているのではないかと思います。つ、つよーい! まねできない~!

あとまあ二次創作設定を公式が、言ってみりゃアイデアの剽窃じゃねという側面も、今回は誰が言い出しっぺとも言いづらい、自然形成されたみたいな話なので、どうとも言いづらくて、う、うまい……。

 

で、その上で、「宗教 is 何」みたいなところの処理がめちゃくちゃきちんとしています。そもそもが寄せ集めの宗教松をこんな辻褄のあった話にできたのかよ! って感じです。

 

  • まず「神父」「シスター」「聖歌隊員」の後ろにあるステンドグラスが「松」なので、このグッズで「人間」の役が振られている彼らが信仰しているのは「松」
  • その上でチョロ松が「梨」と「林檎」を手にしており、梨は5話準拠で家族愛の象徴(文脈的に家庭の安寧を選んでノイズを切った話で出てきたモチーフで、梨の花言葉は愛情)、林檎はおそ松(参考1公式Twitter、参考2藤田監督Twitter)。そして彼女(彼女です)は泉の女神なので、「梨も林檎も選ばないのが正解」。
  • おそ松は「振り返っている」。
  • 十四松は大天使ミカエル(たぶん)(ちがったらごめん)、松という宗教に属していない。

チョロ松にとっておそ松がどういう存在かはいちいち言うと長くなるので割愛しますが、13話で喧嘩中にもかかわらずおそ松をセンターに据えている点だけ挙げても十分ではないかと思います。「おそ松さん」というアニメの「主人公」であり、「林檎を取る」は「おそ松の弟であること、ギャグアニメのキャラクターであることを取る」も「松野家の一員であることを取る」もしなかった、つまりこのチョロ松は24話「手紙」における自立。

それに対応して、「振り返るおそ松」は24話手紙ラストのおそ松、「弟たちと向き合うきっかけを得て振り返った」おそ松。

「シスター」一松は首を垂れてひれ伏し(まあいわば)頭上に松を戴き、「おそ松の神格を担保するための女神」であったチョロ松(参考:この世界では女は女神の姿をしている)の位置を担う形でおそ松に寄り添い、おそ松の口癖であった赤塚史上最も有名な台詞「これでいいのだ」を言って去っていった24話の一松の静かで無力な献身と対応しています。

対して神父カラ松は松を背に立ち、鏡のなかの自分を見つめています。鏡および彼の顔プリントグッズは彼のほぼ唯一にして絶対の武装であり、その上で彼が見ているのは「何か」ではなく明確に「鏡の中の自分」であり、松を戴く神はおそ松ではなく自分でありカラ松は自分自身のための宗教のなかにいるとしていると取れる。カラ松はおそ松の支配を必要とせず気を使わず、必要とあれば仲裁として武力行使に出た24話と対応しています。

トド松も立っていますが見上げて歌っているのでおそ松を見ているのかもしれません。が、彼はおそらくゾンビ、死体です。「もうここに生きて存在してはいないが、歌うことだけはできる」死体です。外の世界に実質的に出て行っているが、兄弟の未来を思って涙ながらに歌っている22話「希望の星トド松」と対応しています。

そして十四松はひとりだけこの「松」という宗教とは全く関係なく武器のようなものと玉のようなものを手にしています。大天使ミカエルだとしたらその名の意味は「神に似たるものは何か」。「十四松が誰にもわからない」「おそ松爆発のトリガーを引いたのは十四松」

 

つまりこれは24話-25話における、おそ松が松の名のもとに赤塚先生の赤を戴く神の子であることから失脚し「悪魔」となり、チョロ松が全てを捨てて自立した24話の宗教画である。

ようやるわ!

 

で、「悪魔」が「神父」を支配しようとし、それを背後に座って見ているだけの「女神」、そして「シスター」を背に載せ「聖歌隊員」をさらってどこかへ行こうとしている「大天使」。

ボックス購入特典(各店舗別)はオープニング由来の「極寒の地から火(=文明)を得た人類」、これは直球で原作準拠の神話。

ここんとこずっとおそ松さん二期やってんだよ! って喚いてるんですが、つまりそういう話なんじゃないの、次は……おそ松さん二期やってんじゃないのみたいな話をするマガジンをnoteで売ってるから気が向いたら買ってね(有料にしてるのは信者乙って言われるの飽きたからです)。

 

 

おそ松さんすげえなあ……。

なにがすげえなあって、このグッズ作るのにどれくらいの人員と企画会議が割かれたのかなあ……。

すげえなあ……。

以上です。消えたエントリを取り戻す作業はとてもつらい。ご清聴ありがとうございました。

楽しいカラ松ポエム初級講座 第一回 麻雀回から見るスルーされスキル

麗春の候いかがお過ごしでしょうか。新生活に伴い、不安な出来事や自分の存在の無価値さに向き合い、水辺があったらダイブインといった気持ちになる方も多い日々ではないかと思います。

そこで皆様にカラ松ポエムのご提案をいたします。カラ松ポエムとその精神性を身に着け、スルーされてもドヤ顔でいられるメンタリティを鍛えましょう。

 

まずカラ松ポエムの定義ですが、テレビアニメ『おそ松さん』に登場する松野カラ松くん(成人男性・無職)が繰り出すポエムを指します。代表としては「仕事のことはノープランだ」。そのほか資料といたしましてはテレビアニメ『おそ松さん』全25話(※24話しかないのが仕様です)をご参照ください。全話パックでなんと驚きの二千円を切っていて一か月見られます。驚異的に安い。Fuluの観放題そのほか観放題に入っている配信サイトもあるようです。

カラ松ポエムの基本理念ですが、「スルーされる」ないしは「呆れられる」ことが基本的な目的です。

カラ松ポエムが基本理念通りに機能していた時期が作中あまりにも短いので誤解されがちですが、カラ松ポエムはウケることを狙った構造のポエムではありません。スルーされスキルの高さを示すポエムです。

 

カラ松ポエムは2話釣り堀「魚に愛をしたためた」4話「まともじゃない、か……褒め言葉だ。バーン」、そして21話の怒涛のような麻雀解説以降における、「堂々とスベっているしなんなら誰も聞いていないしなんなら自分の胸の中で言っているだけ」の状態が常態です。

6話から14話までのあいだ、カラ松はスルーされると「えっ」という戸惑いを表明していたため、「ウケること」が目的化していると取れますが、6話から14話まではカラ松が5話で受けた痛手によってどう変質せざるを得なかったかを示す迷走のシーズンであり、この時期もたしかにカラ松ポエムは運用されていましたが、その運用方法をカラ松は見失っていたと言って良いでしょう。

 

カラ松ポエムの本質は、特に21話麻雀回において遺憾なく発揮されています。

麻雀回の構造に関しては玉木サナさんの精緻な論考をご覧ください。

こちらのエントリをご覧いただければお分かりのとおり、麻雀が「できていない」のが一松、かなり打てるがメンタリティの問題で勝負に出られないのがトド松、普通に強いのにポーカーフェイスができないのが玉に瑕のチョロ松、勝手にバカ勝ちして勝手にミスって死ぬ十四松、そして「計算して的確に勝つことはできるのに」あえてノーリターンに突っ走って気持ちよく負けるおそ松。

その上でおそ松の「あえて」の部分を理解しているか否かはともかく(文脈上理解しているのではないかと想定しているのですが)、これら兄弟の打ち筋を全て理解した上で「勝てないことを前提とした目標のもとに負ける」麻雀を貫いている、というかそれ麻雀やってないよね? ということをやっているのがカラ松です。

何故カラ松は麻雀を「やらない」のか。彼は何の意図を持って「勝てる勝負で負けている」のか。

その理由はこのエピソードを分析してみるとわかります。

 

まず卓を囲むのは一松とカラ松を除いた四人。おそ松が負けて抜け、一松が代わりに入ります。そして「普通に弱く普通によく負ける」一松の苛立ちが頂点に達して暴れて勝負を台無しにするまで、カラ松はずっと兄弟を見守っており、全く動きません。一松と入れ替わる形で入ったカラ松が何をしているかというと、黙って座ったまま防衛しながら手元に彼の目指す芸術を完成させることを目的に黙々と牌を集め、そして完成することなく負けている。

つまり、彼の手役を見ていない三人(おそらく一松も見ていない、おそ松は覗き込んで呆れているようにも取れる)は、「座ったままずっと静かにしていて、気が付いたら負けていた」「なにもしていない」ようにしか見えず、おそらく「座ったきり何もしていないようにしか見えない」が、松野家麻雀におけるカラ松の常態であることはトド松からかけられる「相変わらずクッソ弱いね!」という言葉に担保されています。

 

カラ松が怒涛のように解説する彼らの打ち筋は「いつも通り」のものであり、一松が不機嫌になって卓をひっくり返して暴れて場の空気を乱すところまでが、「松野家麻雀における既定路線」です。そしてカラ松がクソ弱いと「思われている」、実際はきれいな手役を作りその上で振り込まず普通に打ったら相当強い、「ということを絶対に明かさない」麻雀をしているのも「いつも通り」。

と来れば、カラ松が一松のあとに入ることも「いつも通り」と取るのが妥当です。

卓返しは強いも弱いもなく普通にマナー違反ですし、一緒に卓を囲んでいた皆は当然心が乱れます。そこでカラ松はあとの三人を座らせ自分も座り、一局静かに打たせて神経質なチョロ松(が一番怒るのもいつも通りなのでしょう)の精神を落ち着かせ、一松がいない場合一番弱いトド松に「カラ松兄さんは僕より弱い」と思わせることによって、ゲームの秩序を保っている。

カラ松は「役満が作れるまで黙っている」ルール、そのうえでカラ松はこの松野家麻雀においてほとんど卓を囲んでいないので、「カラ松は弱いし、一緒に打ってあまり面白くもないし、どうも本人もあまり乗り気ではないようだし、基本的に見ているだけでいいみたいだ」という「空気」も「いつも通り」と思われます。つまりカラ松は負けたら抜けて、おそ松か一松に席を譲り、また続けさせるのではないか。カラ松が卓を囲んだことにより、一松が乱した空気はすっかり安定しています。

 

カラ松ポエムの神髄はここにあります。

2話釣り堀でカラ松がトド松の話し相手としてポエムで受け流したとき、トド松は結局愚痴が言いたかっただけ(このまま平穏に暮らしていきたいと漏らしている)、4話でチョロ松の「まともじゃない」をギャグにして流し皆に無視されたのも、チョロ松の追い込みをきれいに受け流したのであり、どちらもカラ松は特に傷ついていません。それが彼の「既定路線」です。

「何を言っているのかも何をやっているのかもよくはわからないが、カラ松が口を挟んだり、卓を囲んだりすると、なんとなく苛立ちが鎮まるというか、どうでもよくなる」という、無為さこそがカラ松ポエムの神髄です。

 

ご理解いただけましたでしょうか。

第二回からは実践といたしまして、カラ松ポエムのケーススタディに入りたいと思います。ご清聴ありがとうございました。寒暖の差が大きい季節柄、なおいっそうご自愛ください。

 

追記となりますが、松野家麻雀は、おそ松が華麗に吹っ飛んで場の空気を温め、弟たちに気持ちよく打たせ、場の空気が荒れたタイミングでカラ松が黙って静かに負けて場の空気を立て直すという構造で成り立っていたものと推察されます。おそらくおそ松が飛ぶのがスタートでカラ松が飛ぶのがゴールのワンセットであり、本来カラ松のあとおそ松がまた入って場のテンションを上げて以下エンドレスに続けるという構造で楽しくやっていたのではないか。おそ松もカラ松も本気を出さないのもそもそも麻雀が好きなわけでもなさそうな一松をのけ者にしないのも、「兄弟仲良くみんなで打つ」のが目的で「勝負云々よりスキンシップでありコミュニケーションの側面が強いから」と取るのが妥当です。

おそ松はそれに「飽きた」と言及し、「本当は強いおそ松麻雀」を披露する形で弟たちの夢を壊し、カラ松はそれを受けて無理矢理役満を作って(というか作れたと言い張って)幸福な甘い嘘の時代の終焉を確定的なものとした、というエピソード(なお一松が聖澤庄之助を作り翌週玩具にしている牌はおそらく勝負に使っている牌ではなくカラ松が役満を作るために何セットも余分に用意した牌ではないかと推察され、つまりおそ松がバカ勝ちしたタイミングで役満を無理矢理作るまでが今回の麻雀の「既定路線」として麻雀牌を買ってあったのではないかと推察しています)なのですが、24話で「傷つかなくて強くて何でも許してくれていつも笑っている彼らのリーダー長男おそ松」の夢の崩壊の瞬間即座にそれまで守り抜いてきた「兄弟最弱のカラ松」という甘い夢を放り出しておそ松に寄り添うかたちで「強いカラ松の提示という夢の終わり」を演じたことと響き合っており、二人が守ろうとしたものと二人の限界を示す意味で切なく美しい構造を織りなしています。

アリス松絵解きやるよ!

ぷりっしゅ おそ松さん トレーディングアクリルキーホルダー アリスver.

おそ松さん公式のアリスパロがどう考えても原作ガチ勢の犯行。

 

なおアリスパロは二回目だったっぽいんですが雑誌情報でそっちは確認できていません(雑誌が積まれています……)。そっちは「まあ妥当」という感じだったはず。

「わたしとアリス」の話をざっくりしますとファンタジー文学を志す人間として子供の頃から読み続けてきた上で大学で訳本を30冊くらい読んで文体比較してレポートを書くということをやりました(文体論をやっていたので)。ガチ勢を名乗っても問題ないはずだ。というわけで誰得だか知らんが感動したので書いておく。

 

まず、おそ松=赤の王はアニメ観てるだけでも「まあ要するに赤の王だよなこれ」とは思っていたんですが、アニメディアDELUXE+ Vol.1で示唆され、マーガレット3/5号付録でおそ松が王冠をかぶっていて補強され、おそ松市 in MIYAZAKIで確定になりました。なお松の描き下ろし絵はおおむね本編と噛んでいて描き下ろし絵間の小道具の使いまわしなどがちょいちょいあるので細かい指示が出ているものと考えるのが妥当です。具体的にはパッシュ二月号ポスターのエスパーニャンコぬいぐるみが養いシーツで再登場が一番わかりやすい例。

「赤」は赤塚先生から頂いた色でおそ松のキャラクターカラーであり、公式は明確に彼を「王」として扱っており、そのうえで赤の王って言ったらそんなもんアリスだよ。

赤の王というのは『鏡の国のアリス』に登場するチェスのキングであり、「この世界は全て、この眠りについた赤の王の見ている夢で、赤の王が目覚めたとき全ては終わる」というキャラクターです。と同時に『鏡』は実はアリスの見ている夢であり、最終的に「誰の夢だったのか? アリス? それとも赤の王?」という目覚めたアリスの問いかけには誰も答えず終わります。

まあおそ松さんというのはそういう話である。松野おそ松の見ている「一生遊んで暮らしたい」という夢の中で五人の兄弟が脱出口を探したり安寧を求めたりしてどたばたする話だ。「まあこれ赤の王だよね」は妥当な解釈だと思います。

しかしここでアリス松が突っ込まれた。これ赤の王じゃなくてハートの王です。

不思議の国のアリス』の方の、実権は妻に奪われ本人は何ひとつ持たないお飾り君主の、暴君になり切れずおろおろしているハートの王です。赤の王じゃなかった。単なるハートの王だった。24話!!!!!!!!!(※このキャラグッズは24話放送後にシルエットが公開され(ただけでおおむね何が何だかわかってわたしは死に、最終回直前に全貌が公開されて再度死に、最終回を観て見なおして再度死にました)

 

さくさく行きましょうカラ松はきちがい帽子屋。

トド松以外は全員『不思議』の方のキャラです。きちがい帽子屋は三月うさぎ・ねむりねずみと三人で延々とお茶会をしているメンツで、かつ、かつて王と女王の前で歌を披露するとき失敗して女王の処刑対象に入り、命からがら逃げてきた身です。なぜ歌を失敗したかというと「親友でかつては耳打ちひとつで自在にコントロールできた『時間』と仲たがいをし、歌の拍が取れなかったから」。おそらく「お茶会」をやめることができないのも「時間がわからないから」です。

「礼を欠いている、帽子を取れ」と言われたとき帽子屋は「商品なので脱げない」と答えます。つまり「帽子屋というアイデンティティは帽子に担保されているので、帽子を取ると彼は帽子屋ではなくなる」から脱げない。

カラ松のうかれポンチなポエムキャラがキャラづくりであってキャラを放り投げるとちょっとドスと気回りが利いてちょっと押しが弱いフツーの青年に過ぎないというのは16話以降明らかにされ、かつ、チビ太とふたりきりでいるときだけは単なる生真面目で脇が甘い等身大の青年というのは5話9話15話24話と一貫してずっとそう。つまりカラ松は兄弟の前では「帽子屋」で、帽子を脱ぐのはチビ太といるときだけ。売り物の帽子を被って、兄弟のために愉快なポエムキャラを演じている。もう彼の「時間」との友情は5話で死んだのに。

何故カラ松がキャラを演じているのかを突っ込むと話が長くなるので切り上げますが(またそのうち)、そのうえでこの帽子屋は「薔薇を塗った」。

「ペンキで塗られた薔薇」はハートの王国のために植えられた薔薇。赤薔薇を植えなくてはならなかったのに白薔薇を植えてしまったトランプ兵が慌てふためいてペンキで赤く塗ります。白薔薇を植えてしまったのは本人の不始末、つまりこのグッズにおいては「帽子屋が白薔薇を植え、それを赤とピンクイコールハートの王おそ松とアリストド松のために塗っている」「ここにあるのは白薔薇でしかないということを彼らの目に触れさせないために」。

23話で「昨日も一昨日も俺が灯油を入れた」と胸中で言っているカラ松はおそらく灯油切れの前に毎日毎日注ぎ足していたのではないか。そして兄弟の態度から察するに切れたらアイコンタクトで促しさえすればカラ松が入れてくれていた、ガソリンスタンドの場所もうろ覚えのチョロ松はもちろん灯油を買いに行ったことはおそらくない、それもカラ松が黙ってやっていた。「薔薇を塗っていた」のです。薔薇を塗る人間がいなくなったら単なる白薔薇が残るということを、そして23話でついに教え24話はペンキが剥がれ落ちていく世界だったわけです。その上で彼25話でしれっと「帽子を被って」帰ってきてわたしは悲鳴を上げましたがもう話長くなるからこの辺にするわ……。

なお帽子についてる10/6は10シリング6ペンスをしめしていて原作通りですが、10/6はおそ松さん放送開始日。あのさあ!

 

あとはまあだいたい見たまんまです。

チョロ松は時計を持った白うさぎ、ハートの王の忠実な配下にしてその生き方に少し無理を感じながらも忠実な配下であり続けている。「狂っていない時計」を持っている白うさぎは延々と時間と仕事に追われて汲々としており、いつも少し怯えている。それでもやっぱりチョロ松はおそ松の忠実な部下で、呼ばれたらあらゆるものを投げ捨てて帰ってくるのです。

一松はチェシャ猫であり同時に芋虫、どちらも世界を俯瞰し理解する観測者で、同時に世界のどこで行われているパーティーにも観測しかできず参加することができずただにやにや笑ってアリスに処世術や世界の真理を教えてやることしかできない。一松は結局人間の人生において主人公になることができない自分を自覚し、独り立ちの選択肢として「野良猫」の生活を経て「猫転換手術を受けたい」という結論を出し、チェシャ猫の生をその孤独も含めて全うしようとしている。

十四松は三月うさぎ、うかれて気が狂っているが、帽子屋の「狂った時計」に「最高のバター」を塗ることで修繕してやろうとする。寄り添い、与え、導こうとしてきた十四松が選んだ職業は「工場労働」、17話で「自我の本質とは何か」を考え、麻雀回でメンツの心理状態と行動を延々と分析してみせた十四松の本質は「知」であり、そして一松に「友情とは何か」「死とは何か」「自我とは何か」「動物を愛するとは何か」最終的には「灯油の買い方」まで導いて寄り添った十四松は結論として「最高のバターを作るために知と技術を結びつける」ことを選択した。個人に向き合うのではなくもっと大きなものに向き合うために。ところで十四松のほうは最終回辞めたとは一言も言ってないのでセンバツ中も普通に働いてた可能性も休職して戻れるようにしてあった可能性も大いにある……。

 

で、トド松がアリス。

アリスだけチェスの駒があるので『不思議』『鏡』両方踏まえた上でのアリス。アリスは主人公であり、冒険者であり放浪者であり迷子であり、地底や鏡の国といった反転世界における正しい振る舞いが分からないまま必死で歩き回ってあらゆる住民と対等に渡り歩いて謎めいた出来事を経験するストレンジャーであり、そして「全てを夢見ている現実そのもの、彼女の少女時代が終わるとき不思議の国は消える」存在です。「現実」への出口を必死で探してきたトド松はアリス。

でもおそ松さんは脱出したアリスが帰ってきて「不思議の国やっぱ楽しいね!」というところまでやったわけですが。

 

 

というわけでよくできたアリスパロでした。こんな原作設定に突っ込んだアリスパロなかなか見ないぞ……ありがとうございました……。

赤塚漫画の根底には「常識に向こうを張ってひっくり返す」があるわけで、アリスとうまくかみ合うのは確かなんだけど、これ誰が考えたんだ……いいアリスパロでした……。ボックス買います……。

 

というわけで松は描き下ろし絵もかなり攻めたものを突っ込んできていてよく悲鳴を上げていたんですがそういう話もそのうち……したほうがいいのか? 誰得なんだ?

おそ松さんのスマホアプリについてとコンテンツ産業の未来について

引き続きおそ松さんがすごい話を続けますが、わたしは何もおそ松さんを観てくれと言っているわけではなく、いや実際めちゃくちゃ面白いしあれを観ると本当にいろいろな知見や教訓が得られて人間力が底上げされて元気になれるし松はいいぞとは思いますが、家庭環境やハラスメントや人間関係に関してトラウマを持っている人がPTSDで死ぬ危険性も極めて高いし下品という意味では下品なところは数多くあったので全世界の人間が観ればいいのにとまでは言いませんが(ぎりぎりもしくはそこだけ切り取ると明確にアウトな部分が多すぎて世界基準で言ったらコンテンツとして通用しない側面はでかいんじゃないかな……)あとまあ趣味の合う合わないはもちろんあるし君も今すぐ松を観ようとか言いたくてエントリをばかすか書いてるわけではなくてですね、

おそ松さんが大成功をした以上、モデルケースとしてコンテンツ産業を牽引していってほしいんですよ。

だってああいう公式がもっと増えたらオタクでいるのもひとりの労働者でいるのも楽しいじゃないか。

 

さてスマホアプリの話をします。へそくりウォーズ(アンドロイドiOS)とパズ松さん養うやつをやっています。とくにやりこんでないので誤情報があったらごめんね詳しくは調べてください。

・へそくりウォーズ

おそ松さんというアニメの成功のひとつの理由として、ポップに美しく描きこまれた背景美術があると思うんですが、その世界観をそのまま持ってきたタワーディフェンスゲームです。とにかく画面とキャラクターがかわいい。ちょっとUIが使いにくいとは思うんですが、かわいいという点においては間違いなくとてもかわいい。おそ松さん本編はエグくてちょっと……でもキャラや絵はかわいいよね……みたいな感じで挫折した方にもおすすめです。とてもかわいい。

一応メチャクチャ簡単なストーリーがあって、「働きたくない! あらゆる人間から一円ずつ巻き上げたら大金持ちになれるのでは!?」と言い出したおそ松が街でコツコツ一円巻き上げたり邪魔する相手は殴って排除したりしてコツコツ頑張っていたところ(そのリソースで働けよ……)導入部で「いやそういうのはどうかと思う」と真っ先に反対していたカラ松が見かねたのか来てくれ(※ステージクリア報酬)その後チョロ松もステージクリア報酬で来てくれて、あとの三人や両親やチビ太やエスパーニャンコや聖澤庄之助はまあガチャでおいおい……みんなで絶対金を巻き上げて行こうな! みたいな話です。東京で巻き上げ終わったら大阪へ北海道へ沖縄へ、そして海外へと……という壮大な展開を見せていますがやっていることはひたすら1ステージにつきせいぜい千円程度(ゲーム内通貨なので「コイン」ですが)を巻き上げている、ただそれだけ……。しかも巻き上げた金は次のステージに進むために強くなるため消えていく……不毛……。

ものすごくおそ松さんらしい、くだらない内容で、「なぜニートが必死で戦っているのか」という前提がきちんとしており、「労働は不毛」という作中感覚ともリンクしており、そのうえでやりこみ度は低く、なんとなくぼんやり触ったりキャラを出す順番を考えたり遊び方を工夫したりする余地がある上で「面白いことは面白いけど一日中やっていたいというほどではない」という微妙なところもおそ松さんらしい。

その上で、設定がかなりしっかりしていて、「おそ松は基本的に役に立たないので家にいて漫画でも読んでてくれ、もしくは延々と最前で壁やって吹っ飛ばされまくっててくれ」って感じで「さすがニートのカリスマ」だし、「カラ松は公式推奨肉壁でほぼ攻撃しないけどひたすら兄弟を防御し、しかし足が遅いので弟が出揃った頃には蒸発している、あと一松よりちょっとだけ足が早くて寄り添って庇って死ぬ」「チョロ松は金を注げば一番バランスが良く足が速くて使いやすい」「一松は鈍足だしすぐ死ぬけど大量に出せば敵に触れられる前にジェノサイドするので頼れる」「十四松はとにかく高速で移動しすぐ吹っ飛びそしてまた高速で突っ込んでいく」「トド松は大量に出しさえすれば火炎放射器だが出撃コストが高い」

あまりにもおそ松さん本編通りのスペック(というかおそ松やカラ松は本編準拠なら喧嘩自体は強いはずなので思うところあって手を抜いているとしか思えないので本編通りのメンタリティ)です。すごい!

というわけでへそくりウォーズ、ぼんやり触って楽しく本編の再現や本編でできなかったことの再現などをやるおままごとゲームとしてわたしの周りでは扱われています。お勧めはドルオタチョロ松がレーザービームで街を陥落させているところを楽しそうに眺めているホワイトデーおそ松(銭湯おそ松でもいいと思う)の後ろで長男に勝利の花束を渡すため立っているホワイトデーカラ松だよ。ホワイトデー期間終わっちゃったけど。

なお今期間限定で(明日まで)24話ネタの「独り立ち」がガチャになっており、独り立ちカラ松が欲しくてたまりません……。課金したいのはやまやまですが別件で松に貢いだので金がありません!

あとウォは最終回後の最終回おめでとうイベントに「地方民でも大丈夫最終回のネタバレはないよ!」ってやってくれたのがあまりにも最高だった(独り立ちガチャでした)。

 

・パズ松さん

「同じ松を三人そろえると消えるよ!」というパズルゲームなんですが、「同じ松を三人そろえると消えるよ!」の時点で相当出落ちなんですが、難易度が上がるにつれ「色分け」がなくなり最終的に「シルエットクイズ」になります。見分けつかねーよ。超くだらない。最高。

おそ松さん、2話3話くらいまで「どうやって見分けろと!? いやわかるけれども!」と喚くのが通過儀礼の作品なんですが(六つ子だからね!)7話くらいまで観ると楽々と見分けられるようになりますが、最終回まで観てもはやキャラのシルエットを見ただけで、というかこの絵を見てすら「あ、はいはい、もうわかるわ」って言うようになった訓練されたファンがパズ松をやって「見分けがつかねえわ!」って喚いているのは相当面白いです。観始めた初期の追体験ができるというか、「忘れていたがあいつらは六つ子だしそっくりだ……」と思える。というわけでこれは観終ってからやったほうが楽しいゲーム。

画面構成自体はウォほどスタイリッシュではないけどSDイラストがもちもち動いているのはかわいいし、松を三人そろえて消しているたびに「キャラクターを消費している……六つ子はちゃんとキャラクターとして独り立ちした……消費されている……」という気分になれるし、イヤミが毎日ログインボーナスをくれてパワー切れしたら教えてくれるのもうれしい。あと「推し松の親密度を上げる」ことができて(親密度が上がるとポイントボーナスやスキルが増える)、正直別にスコアを上げるより親密度を上げて「推し松と親密度が上がった……」というぼんやりとした幸福感を味わうのが目的でパズルしてるところある。

これも「見分けがつかねえよ!」以外はわりとぬるいゲームだと思います。やりこみ度は低い。ただ新規絵がばんばん出るのでガチャを回したくはなる。新規絵だしぽいんぽいん跳ねるし親密度が上げられるので楽しいけどでもそれだけっちゃそれだけなので回しても回さなくてもどっちでもいい感もある。

そういえば「推し松」という言葉自体、もう慣れてしまいましたが、出た当初は「推し松て」ってめっちゃ面白かったね……。

 

・養うやつ

養うやつのゲームとしての正式名称は結局なんなの……? 「選抜会場」って言うけど別に選抜会場じゃないし……。

上記ふたつがゲームとしての面白さは普通か普通よりちょっと楽しいくらいになっているのに対して、このゲームは単なる作業です。推し松(また推し松……)を選ぶと六つ子のひとりが突っ立っていて、触るとアニメ作中の台詞を喋る、触り続けると喋る台詞のバリエーションが増える。飼ってる推し松の隣で内職(造花作ったりする)のボタンを押して放置しておくと何もしなくても時間経過だけで内職が終わって金がもらえる。もらえた金でニートに服が貢げる。以上。

シンプルな上作業以外の何でもないゲームでやりこみ度もクソもなく達成感すらあるかといわれると微妙なんですが、何が得られるかというと「ニートをひとり飼っていてそのために働いているという確かな実感」という不毛な感覚です。しかも聞いたような台詞しか言わねえしこいつ。

ちなみにわたしカラ松くんをいま飼っていますが「カラ松兄さんってこんなに悲鳴と不満ばっかり漏らしてたっけ……」という気持ちになり梨がどうとか痛いってなんだとか言い出した日にはおなかがキュッ……ってなります。飼ってる感ない……監禁してるみたい……ほかの松を養ってるみんなが上げるスクショはもっと楽しそうで……ヒモ飼ってるっぽいのに……。

つまりこれ、「ひとりに焦点を絞って台詞を反芻した場合、彼にとってニートの生活はどんなものだったのか」の追体験ができるゲームですねって一日くらいつつきまわしたあとで思いました……。

この台詞はどこでいつ言ったどういう文脈の台詞かわかる人ほど楽しいと思うし、「なるほど、推し松が違うとこんなに景色が違う」と思えると思う……。

カラ松担が前世で何をしたというのだ……(という気持ちに久しぶりになった)(いや本編にも扱いにも何の不満もないんですが、おなかはキュッてなります)。

 

 

というわけでこれらのゲームに一貫している姿勢は「やりこみ度が低いがゲームとしてそれなりに面白い」「課金しなくても楽しめるが課金しようと思える要素はそれなりにある」です。

というのが大変よくできているなあと思いました。

 

いわゆるソシャゲというか、ぽちぽち作業してマラソンして課金してガチャ回してトレードして……というたぐいのゲーム、モバマスやパズドラをはじめとしていくつかやりましたが、あとガチャはないけど刀剣乱舞もやったし、どれもそれなりに楽しかったのは楽しかったんですが、この手のゲーム、いい加減「楽しい」と「作業や課金の苦痛」と「無」があまりにもワンセットすぎやしないか。パズドラはその辺バランスが良かったですが。

「jpgがもらえるだけじゃねーか」系の批判に関しては「jpgは捨てる手間なくていいだろうが!」で返して終わりでいいとは思ってるんですが、しかしソシャゲに時間を縛られ、つぎ込んだ額で殴り合い、シナリオを読むために心を無にしてひたすら作業をするゲームによって金を動かす仕組み、絶対そのうち無理が来ると思うし、疲れたのでソシャゲやめたんですよ。

そういう意味で松のゲームは、「ゲームなんかやってもやらなくてもいいよー金なんか払っても払わなくてもいいよーいちいち一時間ごとに確認しなくていいよー適当にやりなよーそこそこ面白いでしょ」みたいなゲームしかリリースしてなくて大変気楽に遊べるしこういうのもっと増えてもいいんじゃないかね……と思いました。毎度言ってますがコンテンツとして成功したから金と余裕があるから、あと作品自体がそういう雰囲気だからが前提ではあるとは思うんですが、でも、遊ぶのも生きるのも、本来、もっと肩の力抜いていいことじゃなかったですかね……。必死でエンタメ消費しなきゃいけないのって、なんなんだろ……。

もっと「やってもやらなくてもいいけど、やると結構楽しい」という姿勢で様々なことが円滑に動くようになったらそれに越したことはないのではないか。誰だって本当は無意味に働きたくなどないだろう!

 

というわけで、おそ松さんのゲームは「肩の力を抜いて遊べて、肩の力を抜かせることに成功している」事例としてよくできていると思いました。さすが松公式なにをやらせてもそつがない。

 

うちで養ってるカラ松くん、最終的にポジティブな台詞しか言わなくなるみたいな仕組みになってないだろうか……。

おそ松さん公式がすごいパートⅡというか人件費をケチってはいけない話

エイプリルフールなので各企業各個人精力を上げて一日限りのお祭りをするのがインターネットしぐさとして定番化していますが、いつも気になるのはそこに割かれたリソースは回収に見合うものなのかということと、一日限りのお祭りのために仕事をした人はこのお祭りが楽しかったのだろうかということです……。個人がやる分には個人の勝手だが、企業である以上企画立案者と実行者が違う可能性があるだろ! ちゃんとお給料出てんのかな! ということが気になってエイプリルフールあまり楽しめなくなって数年が経ちます。細かいことを気にするとお思いでしょうが現代コンテンツ産業とは無数の人間からリソースを搾取することで成り立っているのが事実だ……。

 

でそのエイプリルフールなんですがおそ松さん公式の動きはサイトとTwitterが「おそ松くん」バージョンに差し変わった(赤塚公式の流用)へそくりウォーズ(スマホアプリ)トップが19話ネタに差し替えになって下らなすぎて良かったのと事前登録プレゼントの配布でした。24話おそ松と松パーカーを着たトト子ちゃんなんですけど、つまりこれは……「トト子ちゃんが松パーカーを着るとかいう事実上の入籍という四月の嘘」……? (嘘でもありがとういい夢だよエイプリルフール終わってからも使えてるし……)

と、日付はエイプリルフールだがこれは本当の、東急電鉄とのコラボが発表されました。この内容がな、すごいぞ。

内容はこのサイトがぺらっと一ページと既存絵に少し描き足したムービーとほとんど更新されないTwitterアカウントだけなんですが、情報量が濃い。おそ松さんはアニメ本編もコラボ描き下ろし絵もだいたい情報量が濃いですがこれは本当に濃い。

まず、「六つ子の接点なしコンビ」と名高かった(何を言っているのかとお思いでしょうし実際接点ないわけではないんですがきちんとお互いを認識して会話らしい会話をしたのは23話が初、対話が成り立ったのは24話が初)のチョロ松とカラ松がムービーで議事進行をやっている上だれひとりまぜっかえさずにきちんと進行できています。おそ松に仕切るのを任せないのは24話の空気の上今回はおそ松もそれにフツーに納得してるみたいだし、最終回後の関係性だ!

モテたいとは言うものの具体的なモテを意識したことがなかった私服の一枚すら持っていないおそ松がトト子ちゃんとのおしゃれな街でのデートを視野にいれて弟と喧嘩をしています。24話ではそんな気分じゃないからってあっさり背を向けたのに改めて向き直ろうとしている! 4話では「トト子ちゃんの方から好きって言われたい」5話では「トト子ちゃんの本当の気持ちなんか知らない方がいい」21話では「トト子ちゃんが自分の善なる部分に奪われると思うと人体自然発火するほど悔しいけど善なる部分を殺す以外なにもできない」24話では「弟がいなくなったあとなのにどうでもいいやってトト子ちゃんと逃避なんかできない」そして最終回では「俺と五人の弟の永遠のアイドルトト子ちゃんと俺たちの男根のメタファ」で終わった、結局トト子ちゃんとの関係を何ひとつ進められなかった松野おそ松くん、ここにきてようやく「トト子ちゃんと自由が丘でおしゃれなデートをする権利は俺のものだ絶対渡さない」と言い張って力づくで奪い取りました! おめでとう! 25話を観る限りトト子ちゃんまだ石油王をキープしてるっぽいけど魚臭いところにむしろ惚れてるおそ松くんは十分石油王と対等に戦えるぞ頑張れ!(観てない人は何を言っているのかとお思いでしょうが24話を観てくれ)

そして、かたやトド松はどうも池上線を押し付けられたっぽいですが登山や滝や囲碁将棋が好きなトド松が本当は自由が丘よりスワンボートの方が好きなことは我々も兄も知っているぞお兄ちゃんは優しいねえ! チョロ松は変に背伸びをせずたまプラーザあたりに家を構えて子育てしながら都心に通うビジネスマンの等身大の人生に思いを馳せて居心地悪そうにしているし(頭下げて会社に戻るなり就活頑張るなりしような……)、カラ松は「寄生虫(つまりイコールニートでしょうね……)の愛の囁き」を聴いてごらんって言ってるし、十四松という知性担当教育キャラ(何を言っているのかとお思いでしょうが17話を観てくれ、いや観ても何を言っているのかとお思いかもしれないが)が「松陰神社」に言及するのはこれからも知性担当で行くのだな……って感じだし、一松くんもカラ松をこじらせてることを何憚ることなく言及するようになったし……。

つまりこれ、「最終回後のエピローグ」です。たったこれだけのテキストとこれだけのムービーで、「みんな元気にしているし、これまでのことを受け入れて、これからのことを考えてるし、みんな仲良くやってるよ」というエピローグが、まさか、コマーシャルの形で提示されました……。

 

それに加えて四月二日~三日まで、ラフォーレミュージアム六本木にて春の松の市が開催されており、六つ子とイヤミ(の着ぐるみ)がファンサービスをしています。

ファンサとしか言いようのないことをしています。

Twitterにばんばん動画が流れていますが、着ぐるみが抱き合ったり手を繋いだり手でハートを作ったりするたびにほとんど悲鳴のような女子の黄色い歓声が上がっています。アイドルだ。単なる着ぐるみです。べつにそこまで似てないしかわいいけど超かわいいというほどでもないと思う。でもめちゃくちゃ「本人だ」「実在してる」としか言いようのない動きをしている。本当に。何を言っているのかわからないと思(略)

おそ松さんというアニメは1話で「アイドルになって成功しよう!」というネタを突っ込んで「いや、これ、無理だわ、等身大の俺らで行こう、しかし等身大の俺らとは何なのか」という迷宮に迷い込んだ結果ニートになるという導入があったのですが(そして1話は黒歴史に葬られどこにも収録も公開もされていないのでそういうことがあったということ自体思い出とリアルタイム録画民に焼いてもらう以外の場所にないのですが)、最終的に六つ子はアイドルになった。

そして松野カラ松くんは最終回で「俺の夢は武道館でワンマンライブだ」という言及をしているのですが(前後の流れからしてあれ多分一松を釣るためのジョークですが)、この松の市という六つ子アイドル時空において、カラ松は完全に全てを理解したファンサに次ぐファンサと兄弟との絡みをやりまくっており、緊張して硬直してるっぽいチョロ松(アニメ本編でろくに絡んでないチョロ松)と絡みまくり、ノーリアクション芸人で行こうとしている一松(アニメ本編でずっと微妙な関係だった一松)と絡みまくり、ほかの兄弟とも絡んだのかもしれないがおそ松は見たけど全部チェックできてないですがとにかくこれ事実上の武道館ライブじゃねえか。

しかも最終回のあとだと「お仕事とかメタとか関係なく、これくらいのことは今ならやりかねんな」と別に思える。

 

コマーシャルと着ぐるみで、エピローグとカーテンコールをやった作品、おそ松さん……。

 

重要なのは「別にたいしたリソースは割かれてないけど女子は黄色い歓声を上げる、そうなるようにアニメ本編を観ているだけで調教された」「別にたいした情報量じゃないけどでもここに濃い情報が入っていることを理解することは可能」ということであり、つまり、

誰だって働きたくないだろ! 最小限のリソースで最大限の利益を上げるんだよ!

ということを徹底しているということです。作品内容と公式の動きがきれいに噛み合っている上で、誰も損をしていないどころか得しかしていない!

あと、スポンサーがついてなかったり金が動くことが前提じゃない仕事はしていない。たしかに着ぐるみは無料で観られるが(入場制限はかかったみたいですが)通販に出回ってない(と思う)グッズがばかすか買える空間でありたぶんみんななんか買って帰るでしょう。あと入場制限関係で揉めたという情報を聞いていないし公式アナウンスもスムーズでしたと言っているのでさすが松公式は何をやらせてもそつがない……。

 

才能やキャリアのある(監督脚本みたいな話だけではなく、オンライン更新担当やイベント担当や描き下ろし絵・コラボ関係にしっかりした情報を渡して話し合う担当者がきちんと雇われているしおそらくチームとして用意されているのだと思います)十分なスタッフを用意してきちんと話し合って隅々までほうれんそうを徹底している公式だからできることであり、ようするに前提として金と余裕があるんじゃねえかという話ではあるんですが、でも「大事なのは、人件費と、ほうれんそうと、顧客満足度を上げること」という、いやこれ当たり前のことですよ!? でもできてる企業どれだけある!? これを徹底しているとしっかりと伝わってくる公式がこれだけ莫大な利益を上げているという事実、日本の未来と展望である。

おそ松さん公式ありがとう……。儲かった金できっと関係者みんなちゃんとした飯が食えているんだろうなと思える公式……。いやどうだか知らないけどここまでそつがないと少なくとも「そういう夢」は見られるじゃん……。人件費をケチって買いたたいてはいけない! 余裕がなくなる! 余裕のない空間は小さなことからぼろが出ていくんだ!

 

しかしニートを扱った作品が「人件費をケチってはいけない」という結論を見せてくれるのすごくこう、美しいですね、すべてが。

 

ところでおそ松くんの愛蔵版や赤塚全集の類はそのうち出ると期待してもいいんでしょうか……「出るまで松に金を払うのをやめない」みたいなテンションなんですが……(しかしそんな生活を続けていたらいざ出たとき買えないのではないか)。

おそ松さんにおける女性人気とは何か、およびおそ松さん公式が最初から最後まで全部すごかった話

アニメ業界:アニメジャパンに見る試行錯誤 パッケージビジネス崩壊で“生みの苦しみ”続く

そして、今年のアニメジャパンで、各担当者が最初に口をそろえたのが、女性来場者の増加だ。「おそ松さん」や「弱虫ペダル」など、女性の支持を得たヒット作が立て続けに生まれたことが背景にあるという。特に近年は、「おそ松さん」など女性を狙ったつもりでないにもかかわらず、結果として女性の支持を得たものも出てきており、結果的に女性人気の作品が増えている。

 

(首を振って素数を数える運動)

 

さて、わたしはおそ松さんを全部GYAO配信で観た(1話2話は一週遅れでそれ以降は二日遅れで観た)ので、つまりアニメスタート頃の動きは公式ツイッターのログと10/16に行われたスペシャル上映会のパンフレット(通販で買いました)でしか知らないのですが、あ、DVD一巻特典のスペシャル上映会ダイジェストまだ観れてないゴメン(DVDを観る余裕などなかった……)、それはともかくスペシャル上映会のパンフレットは36ページ中16ページが声優グラビアです。インタビューがメインではありません。グラビアがメインです。インタビューもコンパクトな量ながら情報量が濃く、またそれ以外の記事もたいへん充実しているのですが、声優グラビアが、ええ、端的な言い方をすればじゃぶじゃぶ金のかかった匂いのする「絵的に読ませる」仕様となっております。おそ松さんの女性人気沸騰の理由に「男性人気俳優」がよく挙げられていますが、実際しょっぱなの釣り餌としては男性人気俳優を「有効活用」する形できちんとしたグラビア誌を作ったと取るのが妥当です。声優アニメディアでの声優陣の連載枠もありました。わたしはおそ松さんにハマってはじめて声優雑誌というものを買いましたが少なくともその連載枠はメチャクチャきちんとしたインタビューとグラビアだった。

というわけで声優オタクを囲い込む気満々だったのは明らかだし、男性声優のファンに女性が多いのはお察しのとおりです。

 

そのうえでおそ松さんはまず1話でいわゆる乙女ゲーパロをしょっぱなに突っ込んだ上で、男性キャラクター同士のセクシーな絡みのシーンも入れることで、「BL消費まったく問題ありません、夢女子もどんと来い」をやりました。大事なのはあの「イケメンバージョン」に萌えている女子は実は別にさほどいない(pixivのイラストでも圧倒的大多数は「原作絵」です)ということで、あれは「そういう消費をして全然オッケーですよ、そういう公式です、客を差別しません」という「公式からのメッセージ」として示されました。(※夢女子というのはとりあえずここではキャラと自分もしくはキャラと任意のモブキャラの恋愛を想定しながら作品消費をする姿勢の女性オタクを指します)

これはあまり気にしていない人も多いとは思いますが意外と重要で、ジャンプ作家や映画公式等から「女の客は呼んでいない」と言及されることにおける幻滅感というのはそれなりにマイナス要因になるものです。おそ松さんは「声オタ! オッケー! 腐女子! オッケー! 夢女子! オッケー! いいから全員来い!」をきっちりやったのです。しかもイベントではなく第1話で。

実際(入り組んだ事情で入り組んだ人間関係の入り組んだ結実としての)「一松事変」回のホモフォビア描写を除き(しかしこの回はホモフォビア描写を踏まえた上での兄と弟の非常に精緻な情愛というか執着の話で、色々な感情が入り混じっているものの根本的にはそこにあるのは照れであり、男を男の魅力を評価することの微妙さです)ホモフォビア的発言はわたしが覚えている限りゼロ、ミソジニー描写はたくさんありましたがあれは反転的に女への憧れとして処理され、諸々恋愛模様はあるものの結局誰ひとり決まったパートナーはいないという終わり方をしたので夢女子にも優しい仕様。男女恋愛で萌えたいから作中で欲しいという人向けにもそれなりのラブロマンスが用意されているし何より六つ子のための永遠のヒロイントト子ちゃんがいます。もちろん恋愛要素抜きで二次創作を楽しむことも邪魔されていません。

女性向け二次創作というのは恋愛要素なしのオールキャラ作品およびラブストーリーとしての消費が大半だと思いますが、おそ松さんはその点において完璧にそつのない「想像の余地があり、想像のノイズにならない」作品を提供してくれて、「別にオッケー、差別も排斥もしません、全然ありです」という姿勢を貫きました。男同士のディープキス(多分)のシーンもあります。恋愛要素としてカウントすることも兄弟の悪ふざけとしてカウントすることも可能な範囲で。

 

おそ松さんは女オタクを釣る気などなかったはずだとこの期に及んで言っている人はいい加減帰ってくれ。釣る気満々だった。釣り針まみれだった。

 

そしておそ松さんが腐女子にウケたのはイケメンバージョンがあるからではありません。というかべつにBL二次創作というのは、厳密に言えば、外観によって何がどうなるという種類のものではありません(もちろん外観を重要視する人もいるけど)。

「同い年の男が六人同居していて同じ布団で寝て一緒に銭湯に行って仲良く生活をしながらも、愛憎や駆け引きにまみれつつ、あくまでも群体であることを貫こうとする」六つ子の人間関係が非常に微妙かつ精緻に描かれており、その上で空白の部分はきっちり空白として残されており、妄想の余地だらけだからです。

その上であらゆる全てが「これは別に恋愛感情ではない、男同士の間ではよくあることだし悪ふざけとか兄弟愛とかちょっとしたこじらせとかそんなもんだよ」でも収まる範囲での出来事であり、いわゆる「腐媚び」感がない(からこそ何故腐女子は……という話になるのでしょうが)。いわゆる腐媚びと呼ばれるものが悪いとは全く思いませんが、とにかく広い客層を獲得するという意味では最適解です。

 

そして「若い男が六人も出てくる話なんだから(※サブレギュラーも含めるともっと出てくる)女性を全力に釣りにかかるべき」という商業戦略は極めて妥当。実際大ヒットした。そしてだから男性は排除されているかというとそんなこともなく男性ファンもいっぱいいる。子供も結構観てるそうだ。さすがにそれはギリギリな気がするけどまあアウトというほどではないか……。

 

その上で重要なことなんですが、「おそ松さんの人気は所詮人気声優に釣られてるだけでしょう」という言説は、人気声優というものをなんだと思っているのか。というか、おそ松さんを観たのか? あそこでいわゆる「イケメン声の代表格」みたいな人たちが一体どんなえげつない台詞をどんなえげつない声でどんなにえげつなく演じているのかを踏まえた上で、「所詮人気声優に」などと言えるものなら言ってみろという話であり、たしかに皆さんおそ松さんでもたいへん美しい声を披露してらっしゃるんですが、あそこには「いわゆるイケメン声的なイケメン声」は基本的に存在しない。12話のオーディオコメンタリーで聴けるご本人の声の方がよほどイケメンです。彼らは演技として「若干のおっさんくささとズレを孕んだそのへんにいるフツーの若者」の声を「演技として」出しているのであり、そのうえで声オタの方は「なるほどこれは良い演技だ」とか「なんでこのキャスティングなのかと思ったけど今回で納得した、有効活用だった」とか言っているわけで、ちょっと人気声優と声オタを舐めすぎではないかという言説が、ええ、多かったですね! 実に多かった!!

なおおそ松さんで「櫻井孝宏がすげえのはわかったけどこの声の櫻井孝宏に次いつ会えるんだよ」系の苦悩を抱いているファンはわたしの周りにめちゃくちゃたくさんいます(櫻井さんに限らず)。おそ松さんでしか聴けないだろうなと思わざるを得ない。わたしは演技としては入野自由さんのトド松の演技が一番好きでしたが、「また入野自由にこんな……こんな演技を……こんなんずるいわ!!!!」と何回言ったかわからない……最終回もひどかった……。

 

 

二匹目のドジョウが釣れるものなら頼むからやってみてくれと言いたい。配慮! サービス! ノーストレスな視聴体験!

 

女性人気に関して言いたいことはこんなところなんですが、おそ松さん公式は本当にあらゆる意味ですごかった。

まず、Twitterの告知の時間が「普通」で「頻度が多い」。

細かいことだとお思いでしょうが、アニメ公式のTwitterがおそらく専用スタッフを用意していないか他の仕事と兼任だけど忙しすぎて手が回っていないんだろうなと思わせるというのは意外と「ああ金ないんだな」と思わせる理由になってそれなりに視聴の上でストレスです。もちろん金がない公式は金がないのが事実だからそれでいいっちゃいいんですが、でも午前四時とかに告知が上がって「いや俺らも起きてるけど寝て!? まだ仕事してたの!?」と悲鳴を上げるのはあまりいいものではありません。

その上で、告知の内容自体も完全に無味無臭、「仕事が行われているのはわかるが、そこにスタッフが存在するということを感じさせない」公式Twitterです。グッズやコラボのリツイートも多すぎて鬱陶しいと言うほどではない(おそらくあえて絞ってある、多すぎるので)。

 

その上で、Twitterやホームページ、スタッフTwitter、雑誌やイベントでの「失言」がない。

おそ松さんというアニメがそもそも「前提として共有すべき裏設定」みたいなものが発生する必要がない作品であるというのももちろんありますが、それにしても、「この先のネタバレ」だとか「2クール目をやるか二期をやるか」だとか「解釈に関するそれは違うというはっきりした否定」だとか、そしてもちろん「こういう客は呼んでいない」みたいな言及が一切ない、完璧にコントロールされている。あまりにもコントロールされているので、多少あったとしても「これはまあ別に漏らしてもよかった情報だったんだろうな」と思えるし、実際たいしたことではありません(主線色に意味はあるのか云々くらいだったかな)。

キャストスタッフ含め膨大な量のインタビューや対談が公開されているにも関わらず、「アニメ本編以外目を通しても通さなくても別にどっちでも大丈夫だけど目を通しておくとさらに楽しい」みたいな、どうでもいいといえばどうでもいいし、深読みの材料がもらえてスリリングといえばスリリングな発言ばかり。

これも細かいことだとお思いでしょうが、情報が錯綜して情報戦争状態になり、「え、それ何情報?」「資料集買えなかった……」「どこまでが公式設定なんだ」というのはこれも結構ストレスです。面倒くさくなって全部追うのを諦める人もいるけど諦めたら諦めたでみんなが何の話してるのかわかんないのも疲れる。おそ松さんはそういうのがなかった。DVD収録分のネタもグッズ情報拾えばだいたいわかるし今度へそくりウォーズ(スマホアプリ)で回収されるみたいだし。

 

挙げていくときりがないんですが、これも言わせてくれ。グッズが受注生産。

人気アニメのグッズが告知即完売というのはよくある話ですがおそ松さんは予約で買える上予約期間がそれなりに長いので(ちゃんと確認してないですが一か月くらいあるんじゃないか)適当にこれは買っとこうこれはいいやの選別ができます。グッズの予約による受注生産は本当にやってほしい。こっちだって戦争をやるためにオタクやってるわけじゃないんだ。好きな公式にジャブジャブ気持ちよく貢ぎたいだけなんだ。

 

おそ松さん公式、とにかくストレスフリーで気持ちよくジャブジャブ貢がせてくれて、情報のチェックとかだるいでしょ読んでも読まなくてもいいよでもまた描き下ろしだよとぺろっと出してくれて、どんな客でもどんとこいみんな楽しんでいってくれ、という大盤振る舞いの上で、作品自体はあくまでも攻めたものを作って、そして結局最後は全部「どんな人生もオッケー! なんとかなるよ! 負けてもいいじゃん!」って終わったという、驚異的なコンテンツでした。「アニメさえ観てればそれでいい」上で「気持ちよく課金もできる」コンテンツだったんだ。すごいことなんですよ……。

 

二匹目のドジョウを(略)

 

最後になりますが12話オーディオコメンタリーで多分中村さんと神谷さんだったかな……が「研究みたいなことをしてる人もいるってスタッフさんが」「ああ、そういうのもありですよね」ってさらっと言ってくださったの本当にありがとうございました……。

いわゆる考察厨は少なくとも女オタク界隈ではわりと肩身が狭いんすよ……「ほらあ! いいって言ってるよ! 俺だって客なんだよ!!!!!!!!!!!」ってメッチャ喚いて五体投地しました……ありがとうございました……。