思索のための手仕事、あるいは相談を受けるということについて

夏コミ申し込みました。で何冊出すんだっけみたいなことを考えたら四冊スタート本音としてはもうちょっと出したいみたいな状態になって、ウワッこれどこから手をつけたらいいんだって感じになり、結果として、考え事をしながらコイルを巻いていました。だいぶん上達をした……と思う……。

コイルを巻くとこういうものができる。これはモールス信号ネックレスです。モールス信号ネックレスの発展として短歌や俳句をモールス信号でネックレスにするというのも考えてるんですけどなにしろ長いのでデザインに難渋している。服飾デザインの勉強、全然関係ない世界すぎて知らないことばっかりで面白いし、模索しているうちに近代アメリカにするっと行きついてやっぱりなーと思った。わたしはデザイン関係はたいていアメリカに行きつく。

 

なんでアクセサリー作るようになったかという話はいろいろな理由があるんですが、なんでそれを続けているのかというと考え事をしているときにワイヤーをいじくりまわしているのが一番捗るというのがあり、次点ぼんやりしているときや目を通さないといけないけど特に何も考えないでいたいときは編物が捗ります。いえ、作るのが捗るのではなくて、思索が捗るのです。思えば子供のころからずっとそうだったような気がする。何かを考えるために歩き回り、泳ぎ、手仕事をし、料理をする。うっすらと考え続けるために。

 

人生相談を受け始めてから何年になるのかよくわからない。このよくわからないというのは数が数えられないという意味ではなくてどれが相談でどれがスタートだったのか切れ目がわからないという意味です。でも子供のころからなんとなく長話を聞かされることが多くて、なんとなく聞く側に回ることが多かった。という話は前にブログに書いたんだったか。わたしの家庭環境においては「わたしから語り始めることが可能なこと」は少なくて、だから黙って聞いていることのほうが多かった、そうするとほかの子はみんな自分の話をしたいので聞いてもらえる相手を見つける、わたしが見つかる、わたしが聞く。という順番だったんだろうと思う。

わたしにも話したいことがないわけではなくて、でもわたしの話したいことはうまく説明できなかったので、聞かせる相手はいなかった。だからわたしは自分と話し合うことにした。自分と話し合うというのが思索ということで、思索をうまく行うためにコイルを巻いたり編物をしたりしているわけです。散歩と水泳ももうちょっとやってほしいものだと思う。特に水泳はここのところ体調が悪かったのでまる一か月ほどさぼってしまっていて……。

思春期の頃はほどんど緘黙症だったこともありました。今でも疲れているとよくどもる。別にわたしは喋るのは得意ではない。

 

たぶん人より、ものを考えている時間が長いんですよね。黙っていることも苦にならない。人の話を聞くのは本当は別に得意ではないんだけど、なにしろ訓練する機会はたくさんあったので、「重要な情報」と「聞き流していい情報」を切り分けることができるようになった。喋るのはいまでも別に得意ではない。よく黙るし口ごもる。口ごもっている間は待っていてもらう。喋るのは得意ではないけど、口ごもったりどもったりするのを恥ずかしいとはあまり思わなくなった、しょうがないので。思わなくなるまでにはいろいろなできごとがあったのもたしかです。

 

まあそんなわけで「相談を受ける」ということに人より慣れていて、いまのところをそれを収入源にしていて、いや別に聞くのはいいんだけど喋るのはそんなに得意じゃないんだよなあ、こんなこといつまでも続くかどうかとは思うんだけど、まあ今のところやっていて、そもそもここ五年くらい相談を受ける頻度がめちゃくちゃあがっていたのもたしかでした。そりゃそうで、インターネットで匿名の人から質問を受けるプラットフォームが流行ったのがきっかけでインターネットの不特定多数から相談を受けるようになって、その結果爆発的に増えたという経緯なんですが。ask.fmというサービス、そういうかたちで相談に乗るのが上手い人がどんどん可視化されているところ、かなり高頻度で見かける感じがする。

 

相談を日常的に受けるようになってようやく相談を受けるときのこつみたいなものが最近つかめてきました。最近かよって感じですけども。まあ長い間人の相談に乗ってきたとはいえこんな量の相談をさばくこともなかったから……。

・依存関係に陥らないこと

・相手は自分の話がしたいのであって「わたし」はできる限り「あなた」を理解することに注力する必要があること

・必要な助言は大抵パターンが決まっていること

悩みを打ち明けられて一番徒労に終わりやすいのが親身になって一生懸命最適解の助言を出そうとすることで、これは大抵の場合必要がない。それはもちろん「殴られたんだけど警察と病院どっちでしょうか」「おそらく警察です」みたいな、いや状況によると思いますがこれは喩えですが、具体的な助言が具体的に役立つシーンというのはあるんだけど、はっきりと割り切れない問題はめちゃくちゃ多くて、それに対して「こうでこうが正解だよ、これをやれば解決するよ」は、親身になっているのは確かなんだけどお互い別に何の役にも立たない、徒労、ということがけっこうある。ので、たとえば接客業とか、あとわたしのような相談に乗り慣れている人間とかの、「パターン化された回答」のほうが役立つというシーンのほうが、個別にいちいちちゃんと考えて対応するより相手にとっては受け止めて処理しやすい、みたいなことはわりとあるっぽいなと思う。

必要なのは「これが正解」じゃなくて「何が『あなた』にとって正解なのか」を理解すること、わからないなら「あなたはどう思う?」と問いかけることなんだろうな、必要なのはある程度マイルドに映る鏡であって他人じゃないんだろうなと思う。

「こんなことずっとやってられるのか?」と思うのはその点で、「相談を受けているとき、わたしはそこにはいない」をあんまりやっちゃうと「わたしとはだれか?」がきわめて曖昧になってしまうのでは? なりかけているのでは? ということで、たぶんバランスを取るためにコイル巻いてる(あるいは糸をいじってる)部分はあると思う。

 

ところで相談に乗るとわりと高頻度で「何か恩返しをしなくては」と言われることがあって、一方的に与えられて終わるということを受け入れるのは体力の要ることで、要ることだということはわかるけど頼ってしまったのは事実なので一方的に与えられて終わるしかないということをある程度は受け入れて欲しいと思う。「親身にしてもらったから恩返しをしないといけない」という感情自体はべつに否定しないけど、「自分も親身になる」以外ないし、申し訳ないけど普段親身になり慣れてない人が親身にしてもらったからといって自然に親身になれるかというとなれない人がほとんどだし、別に普通に感謝するだけでいい。感謝というか、わたしが親身になったという事実、そしてそこで親身になってもらったことで扱われた自分自身に対して、敬意を払ってほしい。

相談を受けて一番徒労感を感じるのが、「自分に向き合う」以外ないですよとお伝えしたのに「自分に向き合っていない」人を見るときで、依存というのは結局そういうことだと思っている。わたしが敬意を払ったあなたに対してあなた自身も敬意を払ってくれ。徒労に終わらせないでくれ。

 

それで結局わたしは夏コミで何冊出すんだろう……。

「描きたいこと」と「伝えたいこと」について

以下の文章はウェブショップでやっている「萩ゼミ」という創作講座のテキストとして書かれたもので、そのテキストが冊子形態で売り出せる見通しがさっぱり立たない(進捗的な意味で)ので、まあこのくだりサビの部分でゼミで死ぬほど何回も繰り返すのでブログに投げておこうと思って投げました。

萩ゼミというのは昔わたしがask.fmでやっていたことを一時間~長くて三時間くらい(盛り上がるとずるずる長引く)延々としゃべっては質問を受けしゃべっては質問を受ける場所で、有料です。有料なのはいい加減金を取るべき濃さなのが半分、あとの半分は不要なノイズを弾くためです。

水金土日祝開催、平日22時から休日24時から。内容や時間帯などご相談いただければ融通がききます。黙ってても酒飲んでても大丈夫。どなたさまもお気軽においでください。

……というのをテキスト媒体に起こしてくれと言われ続けてもう半年くらいになるのでいい加減起こそうとして四苦八苦しているんですけど、マンツーマンだと伝わったかどうか確認できるけど文章は大多数に向けて発信するわけで原稿を書くのがとてもつらい。

とてもつらいという気持ちを押して書いているのだということを念頭においてもおかなくてもいいですがとても大変な思いをして書きました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(主張)

なおnoteに置いているものとはちょっと違う内容ですが言いたいことは同じです。noteのほうがもうちょっとわかりやすいはずだ。と思う。

 

―――――――

ゼミをはじめてから二か月ほど、質問持ち寄りで、どういうことでお悩みですか、相談に乗って考えていきましょう、といった感じでやっていました。

実際作品を作る方からの相談を受けてどうこう、というのが多かったのですが、そうやってご相談をお受けしてみたところ、どうも、プロット以前、物語を作る以前のところの作業をもう少しやったほうがいいのではないか、ということがとても多かったのです。

集まった質問の内容は、具体的にはこんな感じでした。

・エピソードが広がらない

・話が一本調子で、おもしろみがない

・考えたできごとやキャラクターの動きがご都合主義で不自然な気がする

どれも、結局のところ、「お話を組み立てるうえで、おもしろくする方法がわからない」というご相談です。ひいては、「キャラクターの外側にあるものがうまく作れない」ということです。この章では、「描きたいキャラクターは用意できた」という前提において、「キャラクターの外側を構築する」方法について考えていきます。

以前から友人からも、「事件性のある話が書けない」「社会のある話が書けない」といった悩みをちらほら聞いていました。

「事件」「社会」つまり、「主人公の外部にあるもの」や「主人公に起こった出来事」をどう設定したらよいか、わからない、という状況です。恋愛を扱った作品、特に二次創作では、このような状況に陥ることがよくあります。主人公、もしくはカップルが存在している、というところまでは想定できる。好きなキャラクター、もしくはカップルを描きたい気持ちはある。描くために、「何か」を起こしたい。でも「何」を起こせばいいのかわからない。

1、まずキャラクターがいる、もしくは舞台がある。

2、そこに「事件」が起こる。

これはプロットの最小限のサイズです。物語には必ず「事件」が起こります。「事件」あるいは「できごと」あるいは「異変」「ノイズ」。

それは日常から脱出すること、もしくはさせられることです。

「事件」という言葉では大きすぎるかもしれません。「殺人事件」や「大災害」、あるいは大恋愛のはじまりなどを想起してしまうかもしれませんが、必ずしも大きいものである必要はありません。

普段始業ぎりぎりまで寝ている人が、五分早く起きることができた。

いつものスーパーで、好きなお菓子が半額だった。

普通は通り過ぎてしまう道端に、手袋が落ちていた。

「この物語での、いつもの風景」を設定すること。そして、そこから、「違う風景」へ移動すること。

これが「舞台」と「事件」の関係です。その移動の距離や齟齬は大きくても小さくても、どちらでも構いません。

重要なのは、この物語は、何のために存在するのか? ということです。事件のサイズはそこから導き出されます。

「物語を書こうとするとき、それを書くことでなにを描きたいのか」

「物語を書こうとするとき、それを書くことでなにを伝えたいのか」

このふたつをまず明確にしましょう。

 

 

2、イメージとテーマ

 

「描きたいこと」を明確なイメージにするということは、自分にとってこの物語の核になる部分、モチベーションになる部分、そこは絶対に外せないという部分を用意して、それを中心に描いていくために役立ちます。キャラクターの魅力に迫る話が書きたいのなら、キャラクターの中の最も魅力的と思える部分、もしくは今回特に取り上げたい部分はどこかしっかりイメージしましょう。

対して「伝えたいこと」は読者へ向かって差し出したいもの、もしくは突きつけたいものです。その読者は自分自身でも構いません。読み終わった人にどういう感想を持ってほしいか、どういう感情で読んでほしいか、どういう情報を持ち帰ってほしいか。これは物語のテーマであり、もしくは問題提起です。

二者は同じようでいて違うものです。

「キャラクターの魅力を描くこと」と「キャラクターが魅力的だと伝えること」は、同じ目的ですが、プロットの作成において違う作用をします。

「キャラクターの魅力を描くこと」は、情報を絞り込んでいく行為です。「どうしてもこれだけは外せない」情報だけを残して、それを最も効果的に使えるプロットを考えます。

「キャラクターが魅力的だと伝えること」は、情報を広げていく行為です。「魅力を感じるとはどういうことか」「誰に魅力を伝えるのか」「どんなふうに伝えれば伝わるのか」伝える相手を、架空の存在でも構いませんので具体的な相手を想定して、その相手により伝わる方法をたくさん考え、広げていきましょう。

「伝える相手」「読者」とは実在の誰かでも構いませんが、その相手に読んでもらえることを期待するよりも、まず自分自身にとって面白いものを書こうとするほうが目標としては現実的です。アマチュア作家にとって、自分自身は最も読者になってくれる可能性が高い存在です。絶対に読んでくれる(読み返してくれる)とは限りませんが、それでも、自分自身にとって面白いものであることで、書きあがりを楽しみにすることができます。

「自分が描きたいものを書くこと」と「自分が読んで楽しいものを書くこと」。それが何であるかを考えること。

これが「物語の始まるところ」にあるもの、プロット以前、事件以前にあるものです。

これは両方必要です。自分が書きたいものと、相手に読ませたいものは、同時に、感情と風景、抽象と具象のバランスを取ることにもなります。テーマは抽象、イメージは具象です。

収入がホニャララみたいな額になったのでみたいなお知らせ

わたしは知っている……! こういうとき具体的な額を出すと燃えるもとだということを……!

 

何回か書いたお仕事進捗のおしらせの続きです。フリーランスで在宅でなに……何かを……できるかぎりのいろいろなことをやっています。

最近は生活パターンがぐちゃぐちゃなのでそのへんうまいこといっていません。朝は七時に起きてはいますがよく昼前後くらいに床で死んでいます。夜はなんだかんだで二時ごろまでいろいろ終わらないことが多い。ゼミを始めてしまったので夜遅くなるのはもうどうしようもない側面があり(別に毎日やってるわけではないはないんですが)床でぶっ倒れてないでちゃんと昼に昼寝の時間を作ることで調整しようと思います。朝は起きたいんだよ。というか、朝起きるようになっちゃったから、もう今更変えられないんだよ。まあ夏の真昼間なんて寝るためにあるような時間ですからフリーランスをせいぜい楽しむ形で昼寝昼風呂しようと思います(夜はなんかぶっ倒れてるうちに風呂を忘れる)。

 

noteは投げ銭フォーマットとしてよくできてるんですが、そしてみなさんさくさく投げ銭してくださるのとわたしがぱかすか更新するので実を言うと生活費くらいさらっと頂けているのですが、noteは結局フォーマットに依存していることになるわけで、そこでライフラインを担保するのはかなりまずいだろう、しかしブログで稼ぐという感覚がよくわからんし広告収入はギャグでやるんじゃない限りあんまり真剣にやればやるほど泥沼って感じするんだよな、などと思っていたところ、「鹿さん(※わたし)タイトル考えるやつやめちゃったんだっけ」と誰かが言いました。

ask.fmやってたころ、あらすじ投げたらタイトル考えるよという遊びをやっていたんですね。

無料でやるとまあめんどいのがまた来るかもだし、百円でいいよ一応有料ねとか言って、ショッピングカートサービス借りてきて、開業しました。

購入には住所登録が必要なので、「じゃあどうせ住所登録してもらうんだからそれ有効活用しよう、手紙書くよ」ということになって、タイトルと手紙で開業しました。あとおはなしもあったかな。あれはなんで置いたんだったかな。小説が書きたかったのかな。今扱ってないですがそのうちまたなんか執筆依頼フォーマットは用意するようにします。

 

「そんならあれもやってくれよ」

「これも前やってたじゃん、金取っていいからやってよ」

がめちゃくちゃいっぱい来て、今の状態になりました。今再構築中でいくつか下げてますがそのうち戻します。

君にジュースを買ってあげられるくらいの額になりました。おめでとうございます。こっちはショッピングカートさえあればできるので、BASEが沈んでも最悪自分で構築するか人に金を払って構築してもらえばよくて、体力の限り続けられると思います。というわけで毎日のようにSkypeをしたり一日に手紙を十通書いたりしながら暮らしています。

 

わたし多分人生相談やさんとしての能力が一番金銭的価値があって芸術や文学のほうはおそらくたいして金にならんだろうなと思ってはいたんですが、まじそうだな、と思いながら日々人に寄り添うことを考えて生きたりその裏で必死に埒もない芸術やったりしています。なるほどなあ……自分で人生相談やさんを開業したらよかったんか……まあでも萩の原ってフォーマット自体がインスタレーションアートじみてるところはある。体験型アトラクションていうか。

 

そのうち「おはなしランダムガチャ」を設置するよ。

 

 

床でぶっ倒れるのをやめたいです。二次創作同人やってた頃もよく床にぶっ倒れてたな……。

まあでも、あと、店に客が来ない時はnoteやればよくて、店が忙しいならそれでよくて、みたいなところでいまバランスが取れてるのでありがたいこってす。

塾を始めました

まあいつか始めるだろうとは思っていたよね……。

そもそも小説技法の話を一問一答ではじめたのは、ask.fmがきっかけだったと思うんですが、なんか延々と二年間くらい一問一答を続けまして(途中もう無理だと思ってブログでやろうとしてなかなかうまくいかず)、諸事情あって匿名のやりとりにうんざりし、撤収した結果、金銭の絡む形でやるしかないだろうという結論に達して、今に至ります。金が欲しくてやってるわけじゃなくて、いや、金は欲しいけど、インターネットの有象無象のノイズがやかましいからだよ!!

わたしがだれのせいでインターネットで金の話しかしなくなったと思っているんだ!

まあでも「金くらい払いたかった、今の状況は素晴らしい」と言ってくれる方だけ相手にしているのはたいへん楽でいいです。

 

ということでコースが松竹梅とあります。

Skypeセッション 一時間2600円

マンツーマンでお話を伺って色々相談に乗るコースです。人生相談とかなんでも可。事前予約制。

萩ゼミ 一時間1500円

Skypeが落ちない範囲内で(うちの回線だと何人で落ちるのかまだ不明)何人か集まって創作技法関係二次創作関係の講義やら軽い演習やらというのを想定しています。安いのは団体割引ですが、当面マンツーマンしか集まらなくても開講予定です。希望の時間帯を教えて頂ければ他に集まらないかどうかアナウンスします。

原稿督促メール 月額648円

わたしが忘れているか死んでいないかぎり毎日メールマガジンが届きます。メールフォームからご連絡いただくとだれそれさんは締切もうじきですね白紙何枚ですかとかアナウンスします。用事がない日はどこそこの印刷所のこのプランが気になるとかワールドトリガーのオンリーイベントがどうとか適当な雑談とウェブショップの広告が届きます。

あとメルマガ会員特典として自習室を開けています。他の予約やゼミの予定がない限り、メールに記載したSkypeの専用アカウントに13時~22時までログインしてますので、適当に声をかけてください。これは自習室なので特にアドバイスとかはありません。打鍵音と外国語のラジオと鳥の鳴き声が聞こえるだけです。どうせわたしはそこにいるんだから別に遠慮しなくていいよ……。

 

以上です。特にメルマガに関しては人が集まらないとコンテンツとしていまいちおもしろくないところがあるのでできればたくさんの人に登録していただければと思っています。

あとえーとなんだ……講師の紹介をしなくてはならない……哉村哉子(かなむらかなこ)と申します。20年くらい小説を書いています。去年同人誌を30冊くらい出しました。最短記録個人誌8時間合同誌5日。現場からは以上です。

昔話「感想とわたし」

同人作家に感想を送るということの続きですが、とりとめもなく自分の話をしてしまった。もっと「作家の方は感想とどう向き合うべきか」みたいな話をしようと思ったのに。まあいいや。ケーススタディだと思ってください。

 

ところでわたしはオンライン小説を読むのがメチャクチャ好きです。

オンライン小説に限らず素人の書いた文章を読むのがメチャクチャ好きで延々とググって延々とブログを読んでいることがあります。気に入ったオンライン小説はその作家のぶん全部読みますし、ブログはさかのぼれる限りさかのぼります。Twitterも文章が気に入ったらさかのぼれる限りさかのぼります。

別に「名文家」ではない人がほとんどです。内容にも共感できないこともある。でも好きです。

文章が文章であるというだけで結構好きなのです。そして文章に含まれる湿度とか体温とか呼吸感とかそういうものに惹かれて読んでいる。うまい文章が読みたかったら死んだ作家の本だけ読めばいい。わたしはうまくない文章、うまくないと言ってしまうと語弊がありますが、商業的にパッケージングされていない、むきだしの、本人が選んでそれを書くのを是としている、あるいは是とすらしていない自然のまま吐き出しているだけの文章が好きです。普段文章を書かない人の文章がずるずる読めるというだけでTwitterは存在する価値があるのでいいかげん金を払わせてくれ。

 

今も大概な量のブログやオンライン小説(pixivを含む)を読んでいますが、高校生くらいから二十代前半くらいまでは暇だったこともあり、めちゃくちゃな量読んで、めちゃくちゃな量の感想を送っていました。そしてある日唐突に同人作家に対して感想を書くことを諦めました。以降親しい友達にすら詳細な感想を伝えていることはあまりないと思います。

 

先のエントリでも何度も言いましたが、「送るな」とは一言も言っていません。

「人間は分かり合えない」って言ってるんだ。

分かち合うことはできるかもしれない。でも分かり合えない。

 

というのは「じゃあ感想送るのもうやめよう」みたいな意見を散見したからです。別にそう結論してもいいけどそうじゃないんだって。

 

好きな作家さんには更新即日長文のメールや掲示板の書き込みをするのが当然だったころのわたしは、当然自分のところの掲示板の書き込みやメールにも同じだけの熱量でレスを返していました。めっちゃ感想ほしかったし、今日の更新分どう思われるかなと思ってドキドキしてました。一個一個のやりとりが楽しかったです。当時オールキャラギャグをやっていたのでそれなりに舐めた書き込みもあったというか、「こいつ喧嘩売ってんのかな……」みたいな書き込みも頂きましたが、しれっと受け流して腹芸をかますのもそれはそれで楽しかったです。掲示板のレスでどれだけ面白いことを書くか姉と競い合うみたいにしてわいわいやっていたし(共同サイトでした)、ウェブ拍手が始まったらウェブ拍手のフォーマットでどれだけ遊べるかを考えるのに熱中しましたし、ウェブ拍手リリース前だったと思うんですが「通りすがりのものです! 大好き!」みたいなことがデフォルトで書いてある一言メールフォームをサイトに埋め込んで遊んだこともあります。インターネットが双方向で、どこかの知らない誰かとやりとりをしているということ自体が超楽しかった時代です。

受験生になって、大学生になって、忙しくなって、そういう熱量をキープするのがまず難しくなりました。掲示板いつ外したっけな。なんとなく、「ちゃんとやりとりできてない」ことと、「自分がだんだん気難しくなってきてて、というか、本来気難しいのに明るいキャラを装ってることの無理が来てる」ことが悲しかった。「メールを貰っても疲れててあんまり喜べない、疲れてるのにが先立ってちゃんとお返事ができない自分」が嫌で、性根が腐っていっているような気がしました。

「メールボックスを開く」こと自体が辛くなったのは同人とは関係なく友人と世にも凄惨なやりとりがありメンタルがずたぼろになっていたからでしたが、それに加えてものすごくささいなきっかけでウェブ拍手が荒らされて、今思うと別に全然幼稚な手口だったんだけどいろいろ疲れててぷつんとインターネットが無理になりました。20歳くらいの頃だったかな。サーチエンジンの登録を全部切って、日記とか作品分析とか全部消して、ブログのリンクをサイトに貼らなくなりました。そのうち貼るようになった気もするし、22歳くらいの頃にもう一回サイトをやるのが盛り上がっていた時期があって、長文メールのやりとりをしたりしてた時期もあったけど、それも個人が相手で、だんだん、「いろんな人がいるインターネット」が怖くなった。

24歳でBLを唐突に書き始めて、BLを書いている間はTPOがあっているかわからなくてめちゃくちゃ怯えていた。萌えましたと言ってもらえると村の一員にしてもらえた気がして嬉しくて、でも「一員にしてもらうために」書いてるだけのような気がしてきてどんどんよくわからなくなった。「書きたい」と「書くべき」と「書いたら褒められる」の境界があいまいになっていった。頑張ったら「正しい答え」が貰えるような気がしていたし、もう何を言われるのもなんだか怖かった。自分で合ってるか書きたいかわからないのに人に褒められてそれで嬉しいのかどうかもわからない。

 

歴史があるんですよ。

17歳の頃のわたしなら、どんな感想でも嬉しくてはしゃいだと思います。煽ってんのかな馬鹿にしてんのかなと思ってもヒュウと言って煽り返したでしょう。齢を経るごとに、自分の書きたいものが明瞭になっていけばいくほどに、だんだん「相手の文脈に則って感想を読み解いて返事をする」のがキツくなってきた。ギャグを書いていたときは少なくとも「笑ってもらえればそれでよかった」。そしてそれができなくなった自分がなんだか恥ずかしかった。でも自分にはギャグのセンスはないと思った。ラブコメのセンスもないと思う。でもギャグやラブコメを書くと褒められるし自分でも結構よくできているのではないかと思う、「優等生」だと思う、でも、「勉強しただけ」じゃないか、とも思う。なにが「良い作品」なのか自分でもわからない。誰に何を言われてももう全部ノイズに聞こえる。

 

という時期があって……28歳くらいかな……。

まあ今それほどこじらせてないですし、勉強して書いて何が悪い立派な才能だと思いますし、褒められたらアザースと言って笑い返すけども、28歳くらいの頃はわたし本当に「わたしを褒めるな、とくに、小説を褒めるな」ってずっと喚いてたし、今思うと自分に自信なかったんだなあと思う、逆に言うと今なんでこんな益体もないことばっかりやってるのに堂々としてるのかよくわかんないけど。

 

「わたしが書いているもの」に確信が持てていたころ、あるいは確信は持てないけど何かやりたいことがあることだけは誰かにわかってほしいと思っていたころ、「あなたはわたしにとってこういう人間だ」「あなたの作品をこう読んだ」と言われるのはすごく気持ちいいことでした。

たぶんそれが怖くなったのは、「わたしはわたしだ、ということを、わたし自身が決めないといけなくて、ほかのだれもそれを認めてくれないかもしれない」と思い始めて以降だと思う。「変な子」になんかなりたくなかった。みんなが面白いって言ってくれるような、誰が読んでも笑ってもらえるようなものがもっと書きたかった。でもそれを書けば書くほどわたしが遠ざかっていく気がした。そうしてある日疲れて泣きわめいて、「そんなに頑張る必要なんてないのに、やりたいことをやればいいのに」と言われて絶望した。「やりたいことをやっていたらわたしの書くものに興味なんかないくせに、意味もわからないくせに」と思った。「意味が分からない」と言われすぎていた。

 

どれだけ言葉を尽くしても意味が分からないと言われるのが怖くてたまらないので意味が分からない文章だけをいっそ書きたい。

つまり感想を書くことはできません。書き手に言いたいことが伝わらない感想を書くことは大抵の場合無意味だからです。

そしてわたしは作者相手ではなくインターネットにほそぼそと感想を垂れ流し、そしてばっちりその感想に対して第三者から「意味が分からない」と言われたのでありました。

 

 

伏線の回収……。

 

 

たぶん今でもわたしはわたしのことをわからない人に怯えていますよ。感想を貰って嬉しくないわけではないけど、怯えてはいる。誰のせいでもないんだ。

意味がわからないだけなんだ。

文章を読んで褒める商売

水曜限定バーゲンセール文章を読んでメッチャ褒めるという商売を始めた。わたしが水曜だと言った日が水曜だ。(※週中心が折れたときに類する状況でどうぞという意味です、別に水曜限定ではない常設商品です、そもそも今日は木曜です)

感想云々の話の続きというか、「じゃあ逆に言うけどとりあえずメッチャ褒めるサービスが実際あったとして君ら利用すんの!? それで何を言われるかわからないとしても!? 正直何を言われているかすらよくわからないとしても!? 何のために払った何の金なんだよと思うとしても!?」くらいの感じでキレ散らかしながら朝一で商品を用意したんですけどね。

 

楽しくてね……。

 

二万字二千円という価格設定は読む側の感覚としては破格です。なぜなら

  • 内容によっては長さにかかわらず何時間も食われる可能性がある(時給換算という概念が死んでいる)
  • 内容によってはものすごく情緒が不安定になって一日飛ぶ危険性を踏まえてやっている
  • 何があっても褒めると確約した以上何があっても褒める語彙を引っ張り出さなくてはならない

感想は200字程度ですが一字一句ちゃんと読んで至極まじめに書いています。それが欲しかった感想かどうかに関しては確約できませんしそもそもわたしの言っている意味が分かるかどうかすら確約できません。知らない人の書いた文章なんだからわかるわけがない。どういう意図で書かれたんですか、その点においてここはうまく書けていると感じられました、みたいな話をするためにはもっと何時間もかけて話し合わないとわからないしさすがにそれは二千円でやってられません。というわけで読んで「ここのポイントがとてもよかった、効果的だった、ここで感動した」みたいなことをお伝えするだけに絞っています。あとわたしの個人的な好みの話は極力頭のどこかに追いやっています。追いやらないとうっかり地雷を踏んだ時にキレ散らかして仕事にならないからです。

というわけでわたしのメンタルが死んだらこの商品は閉じます。リスクを背負い個という概念を消してひたすらに読んでおります。いや、全部おもしろかったですけど。

 

褒めるところがない文章というものはこの世に存在しません。存在するだけで尊いからです

ただその点を褒めることが道義上どうかとか相手にとって褒められたと感じられるかどうかは微妙というだけで……。

 

人の文章を褒めるのはとても楽しいです。

楽しいのは楽しいけどしかしこんなことばっかりやっていたら仕事にならない!

時間泥棒!

 

ご利用お待ちしております。

 

言っておくけどうちのお店はコンセプト優先で採算度外視すぎて手間のわりに全く儲かっていません。手間のわりに全く儲かっていないようなことをするのが好きなんだよ。わたしの人生そのものですね。

短歌連作を依頼していただきました

ハスミケイさんから、「おはなしのタイトル」経由のご依頼で、Kのイメージ短歌連作25首をつくりました。楽しかったです。転載の了承を頂いたのでここにも載せておきます。

 

「誰もいない世界があればいいのかな」こどものようなささやかな声

誰、という問いに百回零音を床にこぼしてはじまりとする

空襲のあったあとだねなんていう間投詞には風は要らない

オゾン層のない世界に行こうって真空パックに語り掛けてる

海ですと幼子に言うように言う 小さな小さな子供になって

手のひらを生まれて初めて触れ合った子供のようなうつむいた頬

まずいウソだったのですよ真実を告げるっていうこと自体がね

どこまでも行けるといいねと言いたくて言わないことが永遠になる

はるしおんくらいはわかる道のりではるしおんのかずをかぞえた

道のりに唐突にある青薔薇があなたのことだといま気づかずに

のど元にパッションフラワーのそり生え恥じらいがちな聖人の閨

ざらざらの嘘のなかった山中の問答のない背中を見てる

花の名をみっつ数えてそれ以外解けぬ謎のように塞がれ

ルール無用 まっすぐ見えるものだけの名前を呼んで 今 すぐに

きまりごとのない世界を胎内に呪いのように刻んだ香り

砂のあるところをゆけば道すがら足跡のない世界が残る

ズルのない友情も職も敬愛も 愛も 愛も 愛ならすべて

はじまりがくるみたいです身を伏せて声だけずっと聴いてください

温かいものをはじめて食べているような顔をしたあなたの現世

三日月のとがったところを折り取ってふたりで食べたような思い出

ようやくのことになったと靴音を立てて歩いてまた頷いて

ありとあらゆる床に零れゆく砂のかけらを追いかけてゆく

もう一回言ってみせてよ飴玉の作り方をいつ習ったの?

どこまでも続く旅だよ海よりも青い世界へまた収まって

手のひらをまた繰り返し触れ合わせ明日のぶんのチャージを終えた

一杯飲み屋と大道芸と賃仕事と小説

こうやって書きだしてみるとなんか「それっぽさ」はあるね。

カラ松タンクトップ君を着てうかれて過ごしていたらさすがにタンクトップ一枚では寒かったみたいでまんまと風邪を引きました。人生のなかでも上位に食い込む馬鹿っぽい風邪の引き方だと思います。これ書いたら資材買い出しがてら大根とはちみつ買ってきます。頭がボーッとしているので住所を書き間違えそうでこわいんですがいいかげんそんなことを言っている場合ではない。

 

5/1に上げたお仕事の話の経過報告。

べつにそういうのが目的のブログではないのでどれがいくらくらいみたいな話はしませんが、いまわたしの収入の基盤はnoteで、ただnoteってプラットフォーム自体が投げ銭しやすいフォーマットになっていて、わたしみたいな九割無料で書いてても(九割無料にする戦略というのも考えたうえで書いてはいるわけだけど)毎日ぱかすか書いていれば塵が積もってってところはあります。クレジットカード支払いしかできないんですが、逆に言うとクレジットカード情報しか渡さなくていいし、書き手と読み手の間の個人情報のやりとりもない。投げ銭フォーマットとしてよくできている、他でちょっとこういう文章を書いて帽子を回すコンテンツをやるフォーマットなさそうなので続いてほしいんですけど、つまりあそこ文章書きが大道芸をできる珍しいフォーマットなので、他にないよねと思うし他にないということはnoteがサービスとして沈んだらこの収入は消えるということです。

今月は通販処理しそびれていた古い同人誌の在庫をひっぱりだしてきて買って頂いたので(ほとんどフリーマーケットのノリ)それの収入が結構あってよかったよかったという……過去の自分からおこづかいを貰った状態ですがこれ返ってきただけなんだけどね……(うちの同人誌が赤字ではなかったことがあったかどうか……)。

 

というわけでいま収入源がnoteととらのあなとboothとアフィリエイト広告と、お店と、それ以外の以来のお仕事、って感じなんですけど、収入源を分散させるのは少なくともわたしの場合は精神衛生上良くて、一個詰まったり伸び悩んだりしても、まあでも細々とあのへん……とかあのへん……が売れてるからいいか……って思うので、よかったなーと思います。

あとまあ二次創作時代の自分に相当支えられてる部分はあると思う。

 

お店なんですが、

通りすがりや合わせ買いで買いやすい価格帯のものを多めに、それなりの値段だけどまあそんなもんかという価格帯のものをいくつか、要交渉の大きい商品を少し、というラインナップで揃えていて、住所入力必須はある程度の「会員制」で、大きい商品の細かい価格表を出そうかどうしようか迷ってるんですが「相談したらやってもらえるけど相談しないとどうなるのかわからない」くらいのほうが、「小さなお店」の身の丈に合っているのではと思っていて、

というのは、小さな料理屋で「パーティー料理を作ります、応相談」の内容の内訳が常に書いてあるのは何か違うのではないか、細かい買い物をする人が「これがメインなのかな」と思うような店がやりたいわけではない、みたいなことを考えていて、自動見積もりフォームとか作れないわけではないんだけどどうしようかなあ……と思っています。

高価格帯の商品がなんで高価格かというと手間がかかるからで、おそらく本数こなせないし疲弊度も高いと思う、が、やってみたいし、やってほしいと言ってくれる人がいるのはありがたいと思う、という感じなので、メニュー表には載っています、あとは相談してください、って感じです。

結構定額商品の枠の中でフリーダムな指定をくださって一緒に遊んでくださるお客さんもいらっしゃるので、なんかみんな、てきとうにくつろいでね。できないことはできないし、「思った通りのものが上がってくる」ようなタイプの店ではないけど。

 

ウェブライターなりブロガーなりとしてやっていこうと思って色々調べていたとき、「わたしは、こういうものが常に生産できます、という確約ができるタイプの物書きではない、フォーマットが決まったものを書けないわけではないけど書いていたら多分潰れる」と思って、「それよりもっと、その時にある材料で、自分にできる味付けの料理しかできない、その日仕入れた材料でありあわせのものを出す居酒屋みたいな場当たり的な文章しか書けない」と思って、うまいことnoteのプラットフォームがハマったのでこのやり方でもどうにか軌道に乗って、いまあの地に足のつかない埒もない店をやってそれなりにお客さんがぽつぽついらしていて、って感じで、それはすごくラッキーなことだと思うんですが、なんかしみじみと「誰かと一緒に足並みをそろえる」に向いてなかったのかなあと思います。前職が続いたのだって給料そのほかのことはともかく七割くらいワンオペで裁量を任されてる部分が大きかったからだし……。

たぶん今結構焦っていて、まあ焦るべきタイミングではあるとは思うんですが、朝七時に起きて夜九時ごろまでぶっ通しで働いたり企画を毎日三本とか立てて予定を更に逼迫させたり徹夜で仕事して体調崩したりしているのでたぶんぽきっと折れたら折れるだろうとは思うんだけど、おそ松さん観たので、またその話かよですけど、まああれ観たので、必死で死ぬまで生きればいいし、ダメだったら諦めて次行けばいい、って思いながら生活しています。

 

まあでも本当にラッキーだったと思うしこんなにうまくいってて大丈夫だろうかって思う。つぶれない範囲で頑張りたいし周りの人を大事にしたい。

 

二次創作の在庫なんですが、

登録し忘れた本が三種……………あるんですけど今更出しづらいので来月くらいにまた載せます……そのころには新刊が出ている予定です。なんと。頑張ります。

あと、食用臨也読本の一巻があるっちゃあるんですが、あれ「二巻以降はどこかで読めますか」というお問い合わせを頂いたまま上げる段ではなくなってしまっていて、どうしようかなと思ったんですが、二次創作を電子書籍で有料配信するのはわたしの倫理に反するし(わたしの倫理であって全否定するものではないです)、さりとて無料で置くとやめるっつったのにズルズルになっちゃうし、どっちにしろクローン人間生産工場の話は繰り返し扱ってるテーマでもう一回書かないといけないとは思っていたので、オリジナルでそのうち書き直そうかと思います。オリジナルで書いたからそれで埋め合わせになるってものでもないとは思うけど。あとあれとは全く違う話になるのはそれはそうだと思うというか、ならなかったらおかしいと思うけど。

循環とか野ばらあたりも再版するくらいならもう一回書きたいなというのはある。とても。

ああ小説が書きたいな。文章がたくさん書きたい。おもしろいことがしたい。してるんだけど。あといい加減それなりにちゃんとしたカメラが欲しい。楽しいですが風邪は治します。

 

最近あったうれしかったことは、にびさんがSkype中リアルタイムでチュウレンジバチと薔薇を読んでくすくす笑っていたことと、依頼原稿をいくつか書いたことです。楽しかった。

文章を商うお店を開店しました

腹を括って無職をやっています(1/12)

まじめな気持ちでフォークロアを書いています(2/8)

 

7時 今日書きたい文章について考えていて起きて窓を開けてとりあえずパソコンを開いて文章を書く

8時 今日のハーブティーを沸かして朝食(覚えていれば)

9時 始業してメールチェックしてタスク管理

12時 ばたばたと仕事をしていたらいつの間にか昼なので何かを食べる(大抵シリアル)

 

16時 集中力が切れた

17時 タスクリストを眺めて焦っている

18時 とにかく晩ご飯を食べることにする(大抵パスタ)

19時 漫然と仕事を続けている

20時 倒れている

21時 風呂に入って寝なくてはいけない

22時 力尽きる

 

今日はちゃんと朝ごはん食べました。太古に作った油っぽいカレー(失敗したのを冷凍してあった)とこのあいだあしながおじさんが送ってくれたレトルトごはん。ちゃんと……?

 

こうやって書きだしてみるとなんか漫然と一日中仕事してて良くないな! 先生(精神科の)と「散歩をしろ」「それな」って約束したのにな! どこかに散歩を割り込ませなくてはならない……これたぶん16時頃に死に始めたあたりで(あるい死ぬ前に昼に)挟むべきなんだろうけどその習慣にしたら夏に死ぬのでは? とは思う(夏になってから考えればいいか……)。

 

今何をやっているかというと、


■ウェブショップ

  • amazon:オリジナル小説のkindleデータ配信
  • とらのあな:二次創作小説同人誌委託
  • booth:二次創作小説同人誌販売・オリジナル小説データ配信、あとグッズ作りたい
  • base:タイトル・フィクション受注

しれっと増えていますが本日開店しました。baseにてものすごく地に足のつかない商売をやっています。「受注生産」というにはあまりにも「リテイクはできません」すぎるのですが、要するにガチャです。十連はできません(一日の生産量が決まっています)。ask.fmで「ストーリーを投げるとタイトルをつける」「タイトルを貰ってストーリーを考える」という遊びをやっていたのですが、あれどっかで再開したいなと思っていたのですが、とりあえずこんな感じで。そろそろ双方向のコンテンツをやりたかった。

短歌関係のデータ配信ができてないのでさっさと整理してやろうと思います。

 

■人生相談

人生相談フォーマットをどこかにきちんと作りたいんだけども、どうやって作ったらいいのかわかんないんだよね。

baseで商っている「お手紙」は「そういう方法でやりとりすることで何かができるかもしれない」という人生相談アプローチの一環ですが、人生相談以外でも別に大丈夫です。

メールでの相談も今も請けていますが今なんて返したらいいのかちょっとわからなくて止まっている(順番に返しているので……)。ちょっと待ってね~。

 

note

増えたな……。あとのマガジン(noteはブログでいうカテゴリに表紙つけることができてマガジンと言います)は続きが上がるかどうか微妙ですがこのへんは定期的に(主にask.fmその他の過去ログの書き直しというかたちで)しばらく続くと思います。おおむね「女オタク」「食」で、ふと思い立って「万年筆」も始めました。一日に更新できて三本とかなんだからあんまり増やしても回せないよなと思うのでこのへんにしておきたいけども思いついたらまた増えるだろう……。

noteは「フリーストレスで課金ができる」を目指して構築していて、九割無料、有料のライン引きでいらいらさせない、ふっと課金ボタンを押す気になれる、というイメージで色々模索しています。いま「自分の文章、どこから有料にしていいのか」を模索しているところなので、基本的にどこかに有料のラインを入れるようにしていますが、無料部分だけ読んでもおもしろいようには作ってるつもりです。

「最終行だけ有料」というのは、わたしは最終行に向かって文章を構築するという方向でカタルシスを作るというのをここ一年くらい特化して練習していたので、その延長です。「金を払うに値する最後の一文」を書きたい。

あと、これははっきり課金コンテンツとして、おそ松さんのまとまった感想をnoteに上げると言ってから一か月たってしまいましたが原作を読み返しているうちに時間が消滅しました。

 

■ブログ(ここ)

ブログの収益はおおむねGoogleアドセンスAmazonアソシエイトですが別にこれは大した収入では……バズったら「広告貼っといてよかった!」って思う程度……(※わたしはバズって文脈の外に文章が出るのを強いて好みませんが収入になるからいいかという……)。

Amazonアソシエイトは選んで手貼りなのでともかくGoogleアドセンスはこの広告を表示したくないを静かにコツコツ弾いた結果おそ松さんばっかり表示されてる時がよくあるね……。

書きかけでほったらかしてあるのがカラ松ポエム講座(月一更新くらいでいいんじゃないかな……)で、あと文章の書き方関係とか同人誌の作り方関係とか小説の書き方関係を昔askやブログでやってたのをいい加減掘り返して書きたいと思っています。

 

■おそ松さん関係

原作を読んだり88年版アニメを観たり資料を崩したりしているうちに四月が終わってしまった。個人的なデータベースをちまちま作っているんですが道のりが遠すぎるのでいい加減一回切り上げておそ松さんの全体の感想を書かないと新しい感想が生まれてしまいそうだ。

 

■そのほか

業務上やっていると言わないほうがよさそうな業務


という感じです。

 

全体的に「何故それで食えているのか」って感じなんですが(食えてると言うのかって感じだけど……月収十万ないけど……)わたしこういう地に足のつかない文章を無料で投げている期間が長かった上でそれに需要を見出してくださる方が一定量いる状態で開業したので、要するに下積みが長かったので、成り立ってるんじゃないかなあと思います。

あと全体的に単価安くしてるんだけども、これはなんていうか、要するに「同業者がいない」ので、わたしいわゆるライターではないので、というか売っているのは事実上「文章ではない」ので、何を売っているのかというと「その文章に触れたときの感情に対価をつける」金銭のやり取りを含めて「詩」って感じのことをやっているので、どれくらい取るのが適正なのかわからないので、「おやつ感覚で買える」か「ちょっとだけいいごはんを食べた」くらいの価格帯でしばらくやっていく予定です。まあ別にやっていけてるし……。

 

「市場」というものが存在する範囲のお仕事がいただけるときは自分の文章にはっきり値段をつけますが(つけてますが)、今のところの運営状況としてはまあこんなところかなあと。

noteは有料課金のラインを引くプラットフォームとしては非常によくできているので、楽しく更新していますが、あまりnoteに偏りすぎないように気をつけたいです。あるいはnoteっぽいことを他のコンテンツでもできるかどうか考えておきたい。

まじめな気持ちでフォークロアを書いています

6時 起床してだらだら家事とかをする

7時 今日のハーブティーを沸かして朝ごはん(だいたいおじや)

8時 Twitterを眺める

9時 始業

10時 メールチェックしてタスク管理

11時 たぶんブログを更新する

12時 おひる(おじやの残り)

13時 雑務

14時 資料を読む

15時 たぶんnoteを更新する

16時 そろそろ焦り始める

17時 タスクリストを眺めて焦っている

18時 「泣いても笑っても仕事を納めるように」と言いながら仕事を納める

19時 晩ご飯(やる気があれば野菜を炒める)

20時 読み切れなかった資料を読んでいる

21時 おそ松さんのことを考えている

22時 力尽きる

 

マイボイスコムに個人情報を渡すときに「自営業」でいいのか微妙に悩むんだけどいいんだよな?(※マイボイスコムで小遣いを稼いで稼いだ小遣いをGYAOに渡しています)

 

「わたし何をやってるってメタファを通じて何かを伝える文章をひたすら書いているのであって、noteでもよく売れてんのはフォークロアだ。ウェブに文章を投げているわけだからたしかに広義にはウェブライターだと思うんだけどウェブライターって言うとノンフィクションを扱ってるみたいに見えるんだけど。わたしどちらかというと『語り部』とか『吟遊詩人』ではないか」

「合ってるのでは……戦争の……語り部では……」

「でも語り部って職業は語り部協会さんがこういう意味で使ってるからな、あと詩人はともかく吟遊はしないし詩人の定義も職業詩人からしたらおまえはこっちではないと言われるだろう、ストーリーテラーって言葉ももう今は筋作るのがうまい作家のことだしな」

ということで「フォークロアを書いています」で通しています。「フォークロアライター」って言うとなんかうさんくさくてなんかって言うと「ライター」だけでもノンフィクションを扱ってるみたいに見えるのにフォークロアじゃねえかということになるからだ。「フォークロア作家」でいいのか。なんかその……なんだその新手の手芸作家みたいな……。

おさまりがわるい!

かといって「童話作家」ではないしな……。べつに子供に読むなとは言わないけど「童話」ではないだろ……。

 

結局「フォークロアを書いています」で通してるし名刺も作りたいんですけど(誰に渡すんだかわからないけど名刺持ったことないから作りたい)、ランサーズとかに登録しづらすぎる。

主にフォークロアを書いて生計を立てています。

なんでそれで生計が立つのかほかならぬわたしが知りたい。

 

お仕事お待ちしていますって書くと百パーセント荒らしが釣れるんですが懲りずに何度もお仕事お待ちしています……knk.bkyd@gmail.comまでご連絡ください。

フォークロア作家に……。

フォークロア作家になにを依頼したらいいのかわたしもわからない……。売り込みづらい……。わたしは何をやっているんだろう……(フォークロアを書いています)。