知覚と相談と人生とわたし

noteに去年の夏に投げた文章をスクラップしています(noteのほうのは消えています)。


わたしは、ある日唐突に自我が芽生えた状態で中庭に放り出されたように幼年期を始めました。

「誰もなにも教えてくれなかった」と言えばうそになりますが、「みんながあたりまえのように知っていることを、わたしは知らない」が、あたりまえの状態からスタートしました。

というわけで、わたしは彼らの「あたりまえのこと」をなにも知りませんでした。それを知らない理由も説明できませんし、それは何なのか説明してくれと求めることもできませんでした。なぜならそれを当たり前に知っている子供たちは、「それがあたりまえである」という以上の認識をできないからです。

そしてわたしがどうしたかというと、彼らの話をひたすら聞いて、それは「何」であるのか、自分で考えて理解して自分のものにしようとする、わからなかったらわかるまで考えるか、サブテキストになりそうなものを探す、ということをやっていました。

「打ち明け話」をされるようになったのはたぶん高校生くらいの頃からで、加速度的にされるようになったのが大学に入ってからでした。人生のこと、家族の問題、将来設計について、「聞いてほしい」と言われること、あるいは、遊んでいる途中でなんとなく始まること、泊まっていてなんとなく始まること、かかってくる電話、そういう日々を延々と経て、インターネットでQ&Aのサービスで遊び始めました。

めちゃくちゃたくさん質問が来た。

で、回答側としてもハマったし、こういうことをやるべきだった、とか、こういうことができたんだ、とか、いろいろ思うところがあったんですが、まあask.fmというサービスは匿名で質問ができるので、最終的に端的に悪意が寄せられる量が許容範囲を超えてしまい、なかったこととなりました。いまも質問は送れますが全然見てないので回答はしません。

で、代わりに萩の原というウェブショップを始めました。

唐突に発生した何も知らない子供から、知っていたはずのことが分からなくなった人や、知らないということそれ自体にはじめて直面して、出口がわからなくなった人へ。


こないだ斜視の話をしてわりと友人知人にウケたんですよね。「おまえは絶対目が悪いと思っていた、目が悪い人間の挙動だった」って言われてめちゃくちゃ面白かった。たしかにその指摘はずいぶん前から受けていました。でもわたし0.9と0.5のあわせて1.5とかなので(だったと思う)視力的には別にそこまで悪くないんだなということでみんなが訝しんでいたところが解決したわけです。みんないいやつだな。ありがとう。

で、面白いんで色々人に聞いてもらったり考えたりしてたんですが、そういや耳もあまりよくないというか、たぶんこっちはちょっと聞こえすぎというか聞くべき領域を選別するのが苦手なんじゃないかと思うんですが聴覚過敏で頭痛くなりやすくて、基本的に音がでかい場所があまり得意ではない。最近ある程度克服できないかなと思ってカラオケちょくちょく行くようにしているんですが、自分で歌ってない時はちょっとしんどい。

鼻はめちゃくちゃ悪い。それは知ってた。全く分からないわけではないけど微妙な匂いは何もわからない。

 

どうやって生きているんだ……?

大抵のものを触るか舐めてみる理由がわかりました。

それしか十分な機能がないからです。

 

で、冒頭の文章に戻りますが、つまり何もわからない何も知らない状態だったのは、そう、そういう、そういうことです。そもそも生育環境が他の子供と違う上に、そもそも他の子供と知覚できる情報の量が段違いに違ったということになる。

そして冒頭の文章に挙げたように、わたしは他の子供より注意深くなることで問題をクリアしようとしました。気配とか、速さとか、声のトーンとか、そういうものを重視してコミュニケーションを取ってきたし、それはうまくいくこともあればうまくいかないこともありました。というか基本的にはうまくいかないながらもそれでも生き延びてきたわけです。あと勘は鋭いほうだと思う。ぎりぎりのところで危険を察知したことはあるし、「なんとなくいやだから行かない」も多いし、よく知らない人の情報を「たぶんこうこうこうですよね」と当てることも一応できる(絶対にあたるわけではないにしろ)。

できないことが多いから勘が発達した、ということでしかないように思える。

そして、だからこそわたしの勘をみんな頼ってくるわけだ。古代人みたいだな。いや前から思ってたけど勘が鋭いから価値を見出されて頼られて生き延びることを許されているのマジ古代人みたいだよな……。

人生……。

 

ところでとにかく目が疲れやすいということを自覚したので日中サングラスをかけています。つまり視覚情報を意図的に減らしています。

よりいっそう勘と触覚で生きています。

部屋と疲れ目と人生とわたし

わたしの実家がナントカみたいな話はブログの過去ログあさっていただければいいと思うんですがそれにしたってストレス性のアレみたいなのが多くねーかとは思っていて、ストレス性のアレというのは子供のころから原因不明の腹痛、原因不明の嘔吐、強迫観念からくる失禁、みたいな症状があってまあそういう人間なんだなと自分では思っていたしたぶんそういう人間なんだなで済ませてる人多いと思います。でもこう、多くない? 子供のころからだから社会生活を経ての鬱とかでもないしなにゆえのなに? とは思っていた。

あと忘れ物が子供の頃からめちゃくちゃ多くて注意力散漫で鳴らしてきました。忘れ物も多いし、こう、「そこに置いてある」ものが「見えない」。あと窓が汚れてるとかが「わからない」。ものによくぶつかる。なぜそんなにぼんやりしているのかとずっと言われてきたんだけどでも別にボケーッと生きてるわけではないというか細かいことをめちゃくちゃ気にする方だしアニメとかだとむしろ細かいところをめちゃくちゃよく観ていると言われるほうなんだけど何なんだ? と思っておりました。

 

眼鏡のフレームが歪んじゃったんですよ。

視力1.5くらいなのでべつに眼鏡なくても全く支障ないんですけど、上記のような不備というか視覚上の困難が多いのはおまえそれは目が悪いからじゃないのか、悪くなってるんじゃないのかという説があり、でも眼鏡かけると頭痛くなるから眼鏡かけたくなくて抵抗していたんですが、まあどうせ眼鏡は要るので(1.5でも映画の字幕とかはちょっと困るので)そろそろ作るかーと思ってふらっと眼鏡屋に、本当にふらっと何も考えずに行きました。

いろいろ検査をしたあとで、「右目と左目の焦点が合ってないです」と言われました。

それは……

斜視というやつではないのかな……? ……というのがインターネットの有志のご意見です。実際そういう診断になるのかどうかは眼科行って確認します。眼科は眼鏡受け取ってから具合を見て適宜行きます。眼鏡は明日できます。プリズムレンズ入れてもらいました(斜視の補助をするレンズ)。

 

エッ世の中の目に異常のない人間は何かを見ようと思うときにぐっと目の周りの筋肉に力を……入れない! 手もとを見ていると疲れるので遠くを眺めていて不注意を叱られたりしない! 動いているものの動きが把握しきれないのでそのあとどこに動くか考えてから動いていない! 飛んでくるボールの軌道が見えている! 視界が二重にブレない! まじで。

わたし目の焦点を合わせていないと人相が悪くなるので人前に出るとき目にいつも力を入れて生活してて、子供のころから、家帰ってくると一時間でも二時間でも平気でボーッとしてるというか何もできないって感じだったんですけど、それを、みんなは、していない!

まじで!?

 

それはあれじゃないですか。わたしが子供の頃から団体生活をしていると唐突に具合が悪くなってたのも人混みが苦手なのも情報量が多い映像を見ると具合が悪くなるのも忘れ物が多かったのも目が乾燥するとめまいで倒れてたのも花の名前は覚えられても種類は覚えられないのも学校から帰るとボケーと壁を眺めているうちに一日が終わって宿題ができないで泣いていたのも

疲れ目のせい……ということになります。

疲れ目ー!!

そして意識して生活してみるとたしかに痛いのは目だ。頭痛がするんじゃなくて目が痛いんだし吐き気がするのも目が痛いんだし肩に力が入っているのは目に力を入れているからだしサングラスかけると楽になるのは人相が悪くなるのを気にしないで済むからだ。というか閉所恐怖=窓がない建造物に対する恐怖は「近くに焦点を合わせると疲れるから焦点を合わせずに『遠く』を眺められないとだんだん具合が悪くなる」というすごく具体的な疲れ目の問題だったということではないかという疑惑も浮上します。もしかして精神疾患ではないのでは!? いや、躁鬱傾向にあることは事実ですが、躁病というのは要するに「目に力を入れている」状態を常態としようとした努力の結果なのではないか。最適化する人体! というか目の焦点を合わせるために背負っている疲れをどうにかするためにカフェインと糖分をどばどば摂っていたのではという疑惑も生じる。

まあ実際どうなのかわからないので眼科行こうかとは思うんですがとりあえず自分が「人相が悪いコンプレックス」を、意外とめちゃくちゃ持っていたことに気づきました、知らなかった、身体上のコンプレックスはそれなりにあるつもりではあったけど一番気にしていたのは「目」だったということを知らなかった。目をパッチリ開けろ(シャキッとせえ的な意味で)とそういえば子供のころからよく言われていたしたしかに目をパッチリ開けるとすごく人相がよくなるんですよね。疲れるとすぐ人相が悪くなるんですけど。

とりあえずサングラスをかけて生活していますが、サングラスをかけると楽になるメカニズムがそんなところにあったとは知らなかったよ……。サングラスをかけていると目をパッチリ開けなくていい(開けていてもどうせわからない)。まあものの色がわからないので写真撮りに行くときと作品製作をやっているときはサングラスかけられないんですけど。まあでも眼鏡かけてるとある程度ごまかせるよね。新しい眼鏡に期待。ていうか「眼鏡をかけると頭痛くなる」ってつまり「よく見えるので、よく見ようとがんばってしまう」ってことだと思う、多分……。というところが新しい眼鏡で多少改善されるといいなと思います。まあしくみがわかったら気をつけて生活できるしな。

 

しかし人生が、というか人間性が、もっと言うと人生観が、すごい勢いでひっくり返りましたよ。目の焦点を無理に合わせている! これこそが「生きているだけでえらい」というやつじゃないですか。

 

このエントリでは就活生のために人生の話をしようと思っていたのに枕だけで二千字も書いてしまった。

 

5歳 休日中出かけた諸々の話を幼稚園では黙っているように釘を刺される

6歳 忘れ物をしない日がない

8歳 疲れ目で倒れて運び込まれた保健室で『猫の事務所』を読み人生を知る

9歳 体重が増加し始める

10歳 小説を書き始める

11歳 父の死

12歳 中学校で喋らないことを決意

14歳 自分はおそらくろくな小説が書けないという天啓を得る

15歳 高校では喋ることを決意

15歳 交通事故の後遺症で倒れてる間にアニメにハマる

16歳 将来の進路を言語学者か民俗学者か図書館司書と定める

18歳 言語学を志すも、たぶん学者にはなれないっぽいことをなんとなく把握する

20歳 図書館司書のアルバイトを始める傍ら小説を書き始める

21歳 自動車免許の獲得に一年かかる傍ら小説を書いていた

22歳 就活をドロップアウトして小説を書いていた

23歳 書き上げた小説三作を仲良く全部燃やして工場労働者に

24歳 図書館司書非正規雇用の口にありつくも閉所恐怖のパニック障害の発作を起こして辞職

25歳 回転寿司屋で働きながら松尾芭蕉についての書籍を読みふける

26歳 BLエロ小説を書き始める

27歳 謎の社会福祉法人で謎の有償ボランティアを始める

30歳 同人誌を31種作る

30歳 自分の将来性についてもうちょっとまじめに考えたほうが良いのではないかと今更思い至り職業訓練校でofficeソフトの高度なとりあつかいを学んで事務員になりたいと思うも、教室が狭くて週5くらいで発作を起こし、人生が詰んでいることをしみじみとかみしめながらとりあえず就活条件を少しでも良くするために都会へ引っ越した矢先ブログがバズってよくわからないことになる

31歳 謎の稼業を始める

32歳 これまでの人生のうまくいかなかったことの大半が疲れ目によるものであるという疑惑が浮上←New!

 

なんでこんな赤裸々なことを書いたかと言うといろんな人生といろんな人生の破綻とそこからの再起があるというエピソードをみんな色々共有したらいいと思うんですよ。もちろん誰が正解とか誰のまねをしたらうまくいくとかいうことはないしできるもんならしてみろこっちは目をパッチリ開けながら生きてんやぞ! という感じだしいままともな企業みつけるのたいへんだと思うし(10年前だって十分たいへんでした)、モデルケースというわけじゃなくて、ただ、就職先が見つからないでべこべこにへこんでるとき「わたしの人生は22歳(±)で詰むのでは!?」という気持ちになる人けっこういるでしょう、不具合は山のようにあるけど意外とまだ詰んでないほうの人生をここに置いておきます。だから何ってわけじゃないんだけど。これ多分一個多めにミスったらドボンしてると思うし、実際人生の過程でドボンした人もいっぱい見たし。もちろん成功した人もほどほどになんとかクリアしてる人もいっぱい見たけど。

あと、わたしは「人生においてつらかったことがなかったら今の自分になっていないからつらいことがあってよかった」みたいなの大嫌いで、つらくないほうがよかったですよ!? つらいこと全然ないほうがよかった! と思うんですけど、目のことに関しては「指先の感覚や爪先の感覚ベースで生活する」能力を鍛えたのは目を補助しようという働きでしょう、と思うので、それに関してだけは「よいこと」の数に数えてもいい。だからって別に特にめちゃくちゃ役に立っているとかはないけど……。タイピングが早いとかくらいだと思うけど……(製作した作品が製作できない代わりに目を調整するよ! って言われても困らない程度の作品でしかないのが現状なので……)。

まあでももっと早いうちに、せめてはじめて眼鏡作った時に発覚してればちょっと楽だったかもしれないと思うとな。いやもちろん悔しいんですけど、それ以前に「わたしの30年がひっくり返る!」というアクロバティックな快楽のほうが勝ってます。過ぎたことをくよくよしてもしょうがないしな。自分の人生に伏線の回収によるどんでん返しが仕込まれていたなんて! 俺が、俺こそが信頼できない語り手だ!

 

新しい眼鏡たのしみです。

しかし人間はずいぶん視覚情報に頼って生きているんだな。そういや階段は段数を暗記して上り下りするので知らない階段苦手なんですよね。そいつもそれだよ。

オオソ~ジ2017spring

ものを捨てました。

 

わたしの部屋にはおそ松さん放送中のあらゆる雑誌があって、あと大量の日記帳と大量のネタ帳があります。ありました。これらを全部捨てました。

正確にはおそ松さん関係の記事はとりあえず切り取って残してある。整理がついたらもう半分くらいに減らせると思います(インタビューは残したいから)。

あと直近半年で買った服以外全部捨てて、かばんも捨てて、キャラグッズも捨てて、文房具も高額文具を残して捨てて、本棚の本を半分くらいこれは実家に送ったら読むかもしれないのでまとめて、そんなとこか。二十年持ってたものから去年買ったものまでとにかくひととおり捨てられる限り捨てました。なんだろうな。

ここんとこ「失踪したい」ってずっと言ってて、あらゆることがつらくなっていて、人間関係、仕事、物質、全部リセットしたいという感情が強くて、じゃあリセットできるところから、まあリセットはできないんだけど捨てられるものから捨ててみようと思ってまずSNSを整理して、それからとりあえず仕事を休んで、仕事を休んでなにしてたかって部屋掃除、とにかくひたすら「燃えるゴミ、燃えないゴミ、いるもの」って分けていく作業をやっていました。

 

小説を書き始めたのは小学校五年生の頃です。そのころの小説が取ってありました。

これを捨てたとたん堰を切ったようにほんとうに全部捨てた。次は在庫のパッケージをはがし終えたらエコサリオに送ろうと思ってて、さっき言った雑誌の整理を完遂させて、大型ごみがちょっとあるので出して、そしたら本当に仕事関係のもの(パソコン、編み物の道具とレシピ本、ビーズワークの材料と資料)と勉強の本(松尾芭蕉と赤塚不二夫と北欧神話と言語学と物語論)、あと少しの本と生活用品とトランペットと水着と万年筆が残ります。整理してもこれだけは残るわけだ。

 

 

別に断捨離を勧める記事ではありません。

ただなんか、これまでの人生が自分にしがみついていることにうんざりした、これまでの人生を、なかったことにできるとは思ってないしなかったことにしたいわけでもないと思うけど(たぶん)、せめて「思い出」にしたかった。物質として手元に置かないことでそれができるんじゃないかと思った。それでそうした。とりあえず部屋が広くなって、ああそうか、部屋が狭いのがいやだったんだなと思いました。面積の問題ではなくて。

人間が抱えられる荷物の量には限りがあって、でもその限界は人によって違う、というのが持論です。

わたしは閉所恐怖症なんですけど、閉所恐怖というのは「認識できる広さ」に対する恐怖症だと思う、少なくともわたしはそう、わたしは狭いところが怖いわけではなくて、その空間に入っている物量がこわい。なので、たくさんのものを持つのに向いていないのだと思う。だからわたしはコレクターではない。たくさんのものを持つのに向いている人もいて、コレクターの資質というのはそういう人に宿るのだと思う。

 

もうひとつ。

「ものを買う」ことが不得意で、それは「訓練をしていないから」、子供のころから大人になってもずーっとお金がなくて何かを買うということの練習ができなくて、だから買ったものを「捨てる」タイミングもよくわからなかったんだけど、「買わなかったら使えなかったもの」を「買って、使った」ら、それはもう「買った価値に対する行動はとった」んだなと最近思うようになった。

アニメキャラのグッズとか全く使わないわけなんですけどなんで買うのかというと「市場が動いている」ということを示したいから買うんですが、だから逆にいうとあれって「別にいつ捨ててもいいもの」なんだなというか、気が済むまで飾っておいて気が済んだら捨てる、でいいんだと思う。というわけで気が済んだ範疇から捨てました。

 

 

たぶん近々引っ越すので、引っ越すときにソファとソファテーブルと家電品は買い取りに出す予定で、書き物机は捨てていく。たぶん資材もそのとき半分くらい捨てるし、いまここにあるアニメキャラのグッズもそのとき捨てていくと思う。本も読み終わったら置いていく。断捨離を勧める記事ではないです。わたしの人生の尺に合ったものを持ち運ぶには「過去」は量が多すぎるという話です。

 

「生活の質を上げる」ということを最近考えるようにしている。生活の質を上げる、というか、生活のなかで死にたくならない、というか、そういうことについて。で、部屋を掃除すること(いらないものを捨てて掃除しやすくすること)、料理すること(料理のための買い物をすること)まで考えて、まあぼちぼち、といった感じです。ひとり暮らし一年半、ようやく「生活をする」ということができるようになってきたのかもしれないと思う。

思索のための手仕事、あるいは相談を受けるということについて

夏コミ申し込みました。で何冊出すんだっけみたいなことを考えたら四冊スタート本音としてはもうちょっと出したいみたいな状態になって、ウワッこれどこから手をつけたらいいんだって感じになり、結果として、考え事をしながらコイルを巻いていました。だいぶん上達をした……と思う……。

コイルを巻くとこういうものができる。これはモールス信号ネックレスです。モールス信号ネックレスの発展として短歌や俳句をモールス信号でネックレスにするというのも考えてるんですけどなにしろ長いのでデザインに難渋している。服飾デザインの勉強、全然関係ない世界すぎて知らないことばっかりで面白いし、模索しているうちに近代アメリカにするっと行きついてやっぱりなーと思った。わたしはデザイン関係はたいていアメリカに行きつく。

 

なんでアクセサリー作るようになったかという話はいろいろな理由があるんですが、なんでそれを続けているのかというと考え事をしているときにワイヤーをいじくりまわしているのが一番捗るというのがあり、次点ぼんやりしているときや目を通さないといけないけど特に何も考えないでいたいときは編物が捗ります。いえ、作るのが捗るのではなくて、思索が捗るのです。思えば子供のころからずっとそうだったような気がする。何かを考えるために歩き回り、泳ぎ、手仕事をし、料理をする。うっすらと考え続けるために。

 

人生相談を受け始めてから何年になるのかよくわからない。このよくわからないというのは数が数えられないという意味ではなくてどれが相談でどれがスタートだったのか切れ目がわからないという意味です。でも子供のころからなんとなく長話を聞かされることが多くて、なんとなく聞く側に回ることが多かった。という話は前にブログに書いたんだったか。わたしの家庭環境においては「わたしから語り始めることが可能なこと」は少なくて、だから黙って聞いていることのほうが多かった、そうするとほかの子はみんな自分の話をしたいので聞いてもらえる相手を見つける、わたしが見つかる、わたしが聞く。という順番だったんだろうと思う。

わたしにも話したいことがないわけではなくて、でもわたしの話したいことはうまく説明できなかったので、聞かせる相手はいなかった。だからわたしは自分と話し合うことにした。自分と話し合うというのが思索ということで、思索をうまく行うためにコイルを巻いたり編物をしたりしているわけです。散歩と水泳ももうちょっとやってほしいものだと思う。特に水泳はここのところ体調が悪かったのでまる一か月ほどさぼってしまっていて……。

思春期の頃はほどんど緘黙症だったこともありました。今でも疲れているとよくどもる。別にわたしは喋るのは得意ではない。

 

たぶん人より、ものを考えている時間が長いんですよね。黙っていることも苦にならない。人の話を聞くのは本当は別に得意ではないんだけど、なにしろ訓練する機会はたくさんあったので、「重要な情報」と「聞き流していい情報」を切り分けることができるようになった。喋るのはいまでも別に得意ではない。よく黙るし口ごもる。口ごもっている間は待っていてもらう。喋るのは得意ではないけど、口ごもったりどもったりするのを恥ずかしいとはあまり思わなくなった、しょうがないので。思わなくなるまでにはいろいろなできごとがあったのもたしかです。

 

まあそんなわけで「相談を受ける」ということに人より慣れていて、いまのところをそれを収入源にしていて、いや別に聞くのはいいんだけど喋るのはそんなに得意じゃないんだよなあ、こんなこといつまでも続くかどうかとは思うんだけど、まあ今のところやっていて、そもそもここ五年くらい相談を受ける頻度がめちゃくちゃあがっていたのもたしかでした。そりゃそうで、インターネットで匿名の人から質問を受けるプラットフォームが流行ったのがきっかけでインターネットの不特定多数から相談を受けるようになって、その結果爆発的に増えたという経緯なんですが。ask.fmというサービス、そういうかたちで相談に乗るのが上手い人がどんどん可視化されているところ、かなり高頻度で見かける感じがする。

 

相談を日常的に受けるようになってようやく相談を受けるときのこつみたいなものが最近つかめてきました。最近かよって感じですけども。まあ長い間人の相談に乗ってきたとはいえこんな量の相談をさばくこともなかったから……。

・依存関係に陥らないこと

・相手は自分の話がしたいのであって「わたし」はできる限り「あなた」を理解することに注力する必要があること

・必要な助言は大抵パターンが決まっていること

悩みを打ち明けられて一番徒労に終わりやすいのが親身になって一生懸命最適解の助言を出そうとすることで、これは大抵の場合必要がない。それはもちろん「殴られたんだけど警察と病院どっちでしょうか」「おそらく警察です」みたいな、いや状況によると思いますがこれは喩えですが、具体的な助言が具体的に役立つシーンというのはあるんだけど、はっきりと割り切れない問題はめちゃくちゃ多くて、それに対して「こうでこうが正解だよ、これをやれば解決するよ」は、親身になっているのは確かなんだけどお互い別に何の役にも立たない、徒労、ということがけっこうある。ので、たとえば接客業とか、あとわたしのような相談に乗り慣れている人間とかの、「パターン化された回答」のほうが役立つというシーンのほうが、個別にいちいちちゃんと考えて対応するより相手にとっては受け止めて処理しやすい、みたいなことはわりとあるっぽいなと思う。

必要なのは「これが正解」じゃなくて「何が『あなた』にとって正解なのか」を理解すること、わからないなら「あなたはどう思う?」と問いかけることなんだろうな、必要なのはある程度マイルドに映る鏡であって他人じゃないんだろうなと思う。

「こんなことずっとやってられるのか?」と思うのはその点で、「相談を受けているとき、わたしはそこにはいない」をあんまりやっちゃうと「わたしとはだれか?」がきわめて曖昧になってしまうのでは? なりかけているのでは? ということで、たぶんバランスを取るためにコイル巻いてる(あるいは糸をいじってる)部分はあると思う。

 

ところで相談に乗るとわりと高頻度で「何か恩返しをしなくては」と言われることがあって、一方的に与えられて終わるということを受け入れるのは体力の要ることで、要ることだということはわかるけど頼ってしまったのは事実なので一方的に与えられて終わるしかないということをある程度は受け入れて欲しいと思う。「親身にしてもらったから恩返しをしないといけない」という感情自体はべつに否定しないけど、「自分も親身になる」以外ないし、申し訳ないけど普段親身になり慣れてない人が親身にしてもらったからといって自然に親身になれるかというとなれない人がほとんどだし、別に普通に感謝するだけでいい。感謝というか、わたしが親身になったという事実、そしてそこで親身になってもらったことで扱われた自分自身に対して、敬意を払ってほしい。

相談を受けて一番徒労感を感じるのが、「自分に向き合う」以外ないですよとお伝えしたのに「自分に向き合っていない」人を見るときで、依存というのは結局そういうことだと思っている。わたしが敬意を払ったあなたに対してあなた自身も敬意を払ってくれ。徒労に終わらせないでくれ。

 

それで結局わたしは夏コミで何冊出すんだろう……。

専門店での買い物についての簡単なメモ

picture_pc_03252b42fb2a51ed2b4db5cfa7e1bc4d

カメラ買いました(これは一枚目に試しに撮ったうちのミニバラ)。OLYMPUS XZ-10。バーゲンになっていて、そろそろカメラを買わないと諸々不便だなと思っていたので。うちのiPhoneはどうもカメラの調子がおかしかった。

まださほどいじってないのでカメラの話はまた今度。

 

久しぶりに専門店で大きめの買い物をしたので、スムーズな買い物についてのメモです。

  1. 事前に何が欲しいのか何がしたいのかのイメージをはっきりさせておく
  2. 店に入ったらひととおり売り場を眺めて自分をその空間になじませはっきりものが言えるように気持ちを整理しつつどんなものが売られているのかなんとなく把握する
  3. 「こういう条件(の中でできれば安いもの)」とはっきり伝える、もしくは「どれがいいのかわからないので教えてください、こういう条件下で使います」と伝える
  4. 高価格帯の商品にも手を出したい気持ちがある場合、そのむねをはっきり伝える(低価格帯の中でも機能の良いものを勧めてもらいやすい)
  5. 判断がつかなかったら、「少し考えてみます、ありがとうございました」と言えば大抵それ以上押してこない

最近覚えたんですが、「これいいですね、買えないけど……」と予算外の商品について言及すると、店員さんの勧め方がかなり変わってくるというか、高額商品が売れるかも? みたいな意味ではなくて「そういうのがお好きならこれがおすすめです」って感じで低価格帯のなかでもイメージに沿ったものを勧めてもらいやすいように思います。高額の商品はやはりお金をかけて開発しているので細かいところに手がかかっており、その「細かいところ」の、いわばジェネリック的なぎりぎり予算内の商品を店員さんも考えやすいということではないかと思います。

なおXZ-10はざーっと眺めて予算内の商品でデザインのよいものに目星をつけたあとで、店員さんに「仕事で使う、印刷に耐えるレベルのものが撮れればなんでもいい」「カメラを買うのははじめてでよくわからない」と言って予算を伝えた上で、「いかにも家電っぽいてかてかしたデザインのものはちょっと、できればカメラっぽい黒い感じのか、マットな仕上げのものがいい」と「今見ていて、一眼も楽しそうだなと思ったんだけども、さすがに今は手が出ない」を伝えた上で第一希望だったこのカメラについて聞いて、「展示品なので傷がありますが」「あ、それは別に全然」でお買い上げでした。

あとで気が付いたんだけど、「仕事で興味を持ったけれども、カメラ自体にも実は興味があるが、初心者なのでさほど背伸びはできない」に対して「それなりに高機能だけど予算内に収まる商品」のセールスポイントをさくさく聞いてはいはいじゃあ買いますねとさっさと買えたという流れになっており、なんていうかコンパクトにうまくまとめて伝えられたなと……。引っ越しで家電を散々買って家電量販店でのやりとりに慣れたからかもしれませんが。あと今回に限っては相互に条件が合いすぎて「呼ばれた」感じがする。

 

あと、郊外はその限りではないけれど、少なくとも都市部や繁華街のなかにある家電量販店の店員さんは結構オタク率が高い気がするというか、業務を超えたレベルで商品に対する把握力が高い印象がある。やっぱそういう意味で優秀な店員さんが配置されてるのかなあという気がする。郊外の家電量販店は商品知識より接客それ自体に相当注力してる印象で、まあそりゃ電化製品触り慣れてない層にリーチするのが目的だからな……。というわけで買い物には地域性も関係あるっぽいなーと思いました。「安くてできれば機能が充実しているもの」をピッと買うには都市部の家電量販店でピッと買った方がいいんだなーと。わたしいつも買い物を都市部で済ませてしまうので、そういえば徒歩十分のところにある家電量販店に行ったことがない、今度行ってみよう……。

「今は買えない」をはっきり伝えたうえで、おすすめをごり押しせず、それでも機能について聞いたらきっちり答えてくれる専門店の店員さんはいいもんだなーと思いました。

いい買い物をした。

生理用ナプキンにまつわるあれこれ

そろそろ話題も一段落したかなと思うので生理用ナプキンの話をします。しんみりしたエントリを流した後に唐突に生臭いけどずっと書きかけにしてあったんだ。

 

生理用ナプキンをここ数か月買っていません。

どうしているかというとフツーのタオルをパンツの間に挟んでいます。衛生上問題があるのかどうかまではよく知らないんですが、というか(小鳥の鳴き声)的な(小鳥の鳴き声)が多くて調べる気になれないんですが、

  • 別にどうせ自分の体液
  • パンツについたときだって洗って使うんだから問題ないはず
  • フツーのタオルと布ナプキンの間にどれほどの違いがあるのか

という理屈です。

 

わたしは驚異的に生理(このあいだ男性はそもそも生理という言葉をよく知らないという話も聞いたので付記すると生理というのは月経のことです)が短く、1日か2日くらいで終わります。痛みはあるときとないときがありますが、日常的な不調と比べると生理中のほうがむしろ不定愁訴は少ないです(鈍感になっていてわからないのかもしれない)。短くて軽いかわりにおそろしいほどの量出ます。

何が起こるかと言うと九割九分の確率で漏れます。この量の経血に世の中のナプキンは対応していません。

わたしはタンポンを入れると気分が悪くなるたちです。

どうしていたかというと、尿漏れパッドを使っていました。当然生理中はおしりのラインが分かる服は着られません。

 

フェイスタオルでもかわらんやんけ。

 

もちろん洗わないといけないのでかわらんやんけって問題ではないし、布ナプキンでもかわらんやんけという話がしたいわけではありません。非常時はもちろん使い捨てナプキンが衛生的だし、ていうか勤め人の方は当然薄手のナプキン使うのがベターなのはもちろんです。単に

  • 在宅労働者だしそもそも尿漏れパッド時代からぴちっとしたズボンとか履いてないし
  • 量がめちゃくちゃ多いのでどうせパンツも洗ってたし
  • じゃあろくに役に立たないものに金を払う意義がない

という理由で最近ずっとタオルで済ませているという話です。

 

布ナプキン礼賛みたいな誤読を受けそうなエピソードなのになんでこんな話をしたかというと、生理というのは日常でありハレでもケガレでもない、という話がしたかったからです。

経血のついたタオルをざっと水で流して洗剤を少し溶いた水を張った洗面器に突っ込んでしばらく放っておいてざっと洗って洗濯機に突っ込んで回して、そしてそのタオルを別に普通に顔を拭くのに使う、ということを、しかしみんなできるかといわれたらできないのが現実であって、わたしも一人暮らしじゃなかったらこれ洗濯機に回さないしそれ専用のタオルを用意すると思うし客には出さないと思います。ケガレの感覚があるんだよねそこはやっぱり。まあ、「パンツで顔拭くか?」って言われたら拭かないわけなんだけど、でもパンツ、もっとも不衛生であってはならない場所を覆ってるんだから、清潔なはずだと思うんですけど……。

でも感覚としてできない。できない限り緊急時いちいち分けて洗ってられるわけないじゃないですか。っていう話がしたかった。なおわたしのふとんは経血が染みているので誰にも貸せません。固定です。そんなに不潔なのかと言われたらそんなわけないんだけどさああ。わたしは本当にすぐ漏らすので不潔であってたまるかと思うんですがそれでなくともボーッとしてるか腹痛いかなのに経血漏れを延々と気にしないといけない生活まじめんどいので生理のとき家から出たくない。家に血痕がついても最悪別に……わたしの家なんだから宿命だよ……。

ファンフィクションコミットメント索引(更新随時)

noteで連載している腐女子寓話が増えてきたので索引を作りました。


腐女子とコミュニケーション

 隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

神とふぁぼ魔

斜陽ジャンル

神の虐殺のためのプラン

回顧厨

読者

作者


腐女子と二次創作原作

隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

斜陽ジャンル

二度死んだ嫁

嫁の蘇生

あのころチョコエッグがあった

悪役


腐女子とカップリング

総受厨になりたくなかった腐女子

固定過激派になりたくなかった腐女子


腐女子と二次創作

 隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

ジャンル撤退

地雷という概念のない世界

地雷という概念のない世界 二人目

地雷という概念のない世界 三人目

地雷という概念のある世界

オリジナルでやればいいのに

承認欲求

メアリー・スー


その他

男の子とライオン

男の子なんて大嫌い

絵を描く

おかあさんたち

昔話「感想とわたし」

同人作家に感想を送るということの続きですが、とりとめもなく自分の話をしてしまった。もっと「作家の方は感想とどう向き合うべきか」みたいな話をしようと思ったのに。まあいいや。ケーススタディだと思ってください。

 

ところでわたしはオンライン小説を読むのがメチャクチャ好きです。

オンライン小説に限らず素人の書いた文章を読むのがメチャクチャ好きで延々とググって延々とブログを読んでいることがあります。気に入ったオンライン小説はその作家のぶん全部読みますし、ブログはさかのぼれる限りさかのぼります。Twitterも文章が気に入ったらさかのぼれる限りさかのぼります。

別に「名文家」ではない人がほとんどです。内容にも共感できないこともある。でも好きです。

文章が文章であるというだけで結構好きなのです。そして文章に含まれる湿度とか体温とか呼吸感とかそういうものに惹かれて読んでいる。うまい文章が読みたかったら死んだ作家の本だけ読めばいい。わたしはうまくない文章、うまくないと言ってしまうと語弊がありますが、商業的にパッケージングされていない、むきだしの、本人が選んでそれを書くのを是としている、あるいは是とすらしていない自然のまま吐き出しているだけの文章が好きです。普段文章を書かない人の文章がずるずる読めるというだけでTwitterは存在する価値があるのでいいかげん金を払わせてくれ。

 

今も大概な量のブログやオンライン小説(pixivを含む)を読んでいますが、高校生くらいから二十代前半くらいまでは暇だったこともあり、めちゃくちゃな量読んで、めちゃくちゃな量の感想を送っていました。そしてある日唐突に同人作家に対して感想を書くことを諦めました。以降親しい友達にすら詳細な感想を伝えていることはあまりないと思います。

 

先のエントリでも何度も言いましたが、「送るな」とは一言も言っていません。

「人間は分かり合えない」って言ってるんだ。

分かち合うことはできるかもしれない。でも分かり合えない。

 

というのは「じゃあ感想送るのもうやめよう」みたいな意見を散見したからです。別にそう結論してもいいけどそうじゃないんだって。

 

好きな作家さんには更新即日長文のメールや掲示板の書き込みをするのが当然だったころのわたしは、当然自分のところの掲示板の書き込みやメールにも同じだけの熱量でレスを返していました。めっちゃ感想ほしかったし、今日の更新分どう思われるかなと思ってドキドキしてました。一個一個のやりとりが楽しかったです。当時オールキャラギャグをやっていたのでそれなりに舐めた書き込みもあったというか、「こいつ喧嘩売ってんのかな……」みたいな書き込みも頂きましたが、しれっと受け流して腹芸をかますのもそれはそれで楽しかったです。掲示板のレスでどれだけ面白いことを書くか姉と競い合うみたいにしてわいわいやっていたし(共同サイトでした)、ウェブ拍手が始まったらウェブ拍手のフォーマットでどれだけ遊べるかを考えるのに熱中しましたし、ウェブ拍手リリース前だったと思うんですが「通りすがりのものです! 大好き!」みたいなことがデフォルトで書いてある一言メールフォームをサイトに埋め込んで遊んだこともあります。インターネットが双方向で、どこかの知らない誰かとやりとりをしているということ自体が超楽しかった時代です。

受験生になって、大学生になって、忙しくなって、そういう熱量をキープするのがまず難しくなりました。掲示板いつ外したっけな。なんとなく、「ちゃんとやりとりできてない」ことと、「自分がだんだん気難しくなってきてて、というか、本来気難しいのに明るいキャラを装ってることの無理が来てる」ことが悲しかった。「メールを貰っても疲れててあんまり喜べない、疲れてるのにが先立ってちゃんとお返事ができない自分」が嫌で、性根が腐っていっているような気がしました。

「メールボックスを開く」こと自体が辛くなったのは同人とは関係なく友人と世にも凄惨なやりとりがありメンタルがずたぼろになっていたからでしたが、それに加えてものすごくささいなきっかけでウェブ拍手が荒らされて、今思うと別に全然幼稚な手口だったんだけどいろいろ疲れててぷつんとインターネットが無理になりました。20歳くらいの頃だったかな。サーチエンジンの登録を全部切って、日記とか作品分析とか全部消して、ブログのリンクをサイトに貼らなくなりました。そのうち貼るようになった気もするし、22歳くらいの頃にもう一回サイトをやるのが盛り上がっていた時期があって、長文メールのやりとりをしたりしてた時期もあったけど、それも個人が相手で、だんだん、「いろんな人がいるインターネット」が怖くなった。

24歳でBLを唐突に書き始めて、BLを書いている間はTPOがあっているかわからなくてめちゃくちゃ怯えていた。萌えましたと言ってもらえると村の一員にしてもらえた気がして嬉しくて、でも「一員にしてもらうために」書いてるだけのような気がしてきてどんどんよくわからなくなった。「書きたい」と「書くべき」と「書いたら褒められる」の境界があいまいになっていった。頑張ったら「正しい答え」が貰えるような気がしていたし、もう何を言われるのもなんだか怖かった。自分で合ってるか書きたいかわからないのに人に褒められてそれで嬉しいのかどうかもわからない。

 

歴史があるんですよ。

17歳の頃のわたしなら、どんな感想でも嬉しくてはしゃいだと思います。煽ってんのかな馬鹿にしてんのかなと思ってもヒュウと言って煽り返したでしょう。齢を経るごとに、自分の書きたいものが明瞭になっていけばいくほどに、だんだん「相手の文脈に則って感想を読み解いて返事をする」のがキツくなってきた。ギャグを書いていたときは少なくとも「笑ってもらえればそれでよかった」。そしてそれができなくなった自分がなんだか恥ずかしかった。でも自分にはギャグのセンスはないと思った。ラブコメのセンスもないと思う。でもギャグやラブコメを書くと褒められるし自分でも結構よくできているのではないかと思う、「優等生」だと思う、でも、「勉強しただけ」じゃないか、とも思う。なにが「良い作品」なのか自分でもわからない。誰に何を言われてももう全部ノイズに聞こえる。

 

という時期があって……28歳くらいかな……。

まあ今それほどこじらせてないですし、勉強して書いて何が悪い立派な才能だと思いますし、褒められたらアザースと言って笑い返すけども、28歳くらいの頃はわたし本当に「わたしを褒めるな、とくに、小説を褒めるな」ってずっと喚いてたし、今思うと自分に自信なかったんだなあと思う、逆に言うと今なんでこんな益体もないことばっかりやってるのに堂々としてるのかよくわかんないけど。

 

「わたしが書いているもの」に確信が持てていたころ、あるいは確信は持てないけど何かやりたいことがあることだけは誰かにわかってほしいと思っていたころ、「あなたはわたしにとってこういう人間だ」「あなたの作品をこう読んだ」と言われるのはすごく気持ちいいことでした。

たぶんそれが怖くなったのは、「わたしはわたしだ、ということを、わたし自身が決めないといけなくて、ほかのだれもそれを認めてくれないかもしれない」と思い始めて以降だと思う。「変な子」になんかなりたくなかった。みんなが面白いって言ってくれるような、誰が読んでも笑ってもらえるようなものがもっと書きたかった。でもそれを書けば書くほどわたしが遠ざかっていく気がした。そうしてある日疲れて泣きわめいて、「そんなに頑張る必要なんてないのに、やりたいことをやればいいのに」と言われて絶望した。「やりたいことをやっていたらわたしの書くものに興味なんかないくせに、意味もわからないくせに」と思った。「意味が分からない」と言われすぎていた。

 

どれだけ言葉を尽くしても意味が分からないと言われるのが怖くてたまらないので意味が分からない文章だけをいっそ書きたい。

つまり感想を書くことはできません。書き手に言いたいことが伝わらない感想を書くことは大抵の場合無意味だからです。

そしてわたしは作者相手ではなくインターネットにほそぼそと感想を垂れ流し、そしてばっちりその感想に対して第三者から「意味が分からない」と言われたのでありました。

 

 

伏線の回収……。

 

 

たぶん今でもわたしはわたしのことをわからない人に怯えていますよ。感想を貰って嬉しくないわけではないけど、怯えてはいる。誰のせいでもないんだ。

意味がわからないだけなんだ。

千羽鶴とは何か

「被災地に千羽鶴はいらない」が議論巻き起こす 被災者を「傲慢」と怒る人たちの理由とは

 

この間もひろしまブランドのホームページをふと見たら折り鶴がモチーフに使われててげんなりしたんだけどさあ……。

サッカースタジアムもかなりどうかと思うんだけどさあ……。

 

被災地に千羽鶴を送るのがどれくらい有害かという話をするためのエントリです。

 

わたしがいま文章を書いている家のあるここは広島ですので、千羽鶴のいわばメッカです。処分に年間一億かかるという話はネットではソースがとりあえず見当たらないのでどうだか知りませんが気が遠くなるほどの量が送られてきているのは事実であり、その上で、広島に千羽鶴を送るという行為の中にどれくらい「平和への祈り」が本質的に含まれているのかは相当怪しいと思います。少なくとも広島の子供はわたしの体感ではほとんど義務で折っているし、大量に折らなくてはならない以上、たくさん折れる手先の器用な子が良い子=「平和への祈り」が強い子ということになります。そんなことあってたまるかという話ですがそういうテンションになるのも事実です、競争させないと大量生産できませんからね。

まあでも広島に千羽鶴を送るのは送られる側としてフォーマットが整っています。再生紙を作ろうという取り組みもあるみたいなんですがよく知らない人の「祈り」をリサイクルして手元に置くという感覚が理解に苦しむ。それは「呪い」と何が違うんだ。まあその話はともかく少なくとも千羽鶴というものに対して感覚は麻痺していますし受け取って当たり前ということになっています。だから別にいい。わたしは、あの文化を、どうかとは思うんだけど、それはまあいい。

 

しかし慣れてない人があれを唐突に送り付けられたらかなり、あの、

気持ち悪いのでは……。

 

「千羽鶴」というのは「美談」ということになっていますが、たとえばですね、介護施設によくあるでしょう、今リンク貼ろうかと思ったけどなんか申し訳なくなってやめたのですが、折り紙で作ったフクロウとかああいうやつ(見たことない人はググってください)を、作ることを否定しているわけではない。作るのは結構おもしろそうだと思う。だたそれを貰ってうれしいかといわれると、大事な人からもらったものであってもこれどうしたらいいんだよと思う人は結構多いと思う。手作りのプレゼントは親しい人同士でもこれどうしたらいいのかわからないということが多いと思うんですが、わたし編み物サークルで「編み物をしてそれを送るなんていまの状況では自己満足だ、寄付をしましょう」という呼びかけをしているところも見かけたことがありますが、手編みのセーターはまだしも着れます。送れって言ってるんじゃないぞ!

千羽鶴は着れない上に、千羽分の、よく知らない人の感情が籠っているのです。

焼いていいのかどうかすら微妙なのです。

しかも結構でかい!

 

千羽分人の指が触れたものが全く無意味に送り付けられても何の役にも立たないし燃やすにも人目をはばかるし(おそらくそういうものを無下に扱うのはどうかという声は現地にすらあるでしょうし)、しかしその結構でかいものを送るための送料でもっとほかのことができたはずです。

折るなと言っているのではない。

送るなよ。

家で飾るか家で燃やそう!

 

心が乱れてしょうがないときに折り紙をするのは有効だと思います。それは祈りだ。でも祈りましたという成果物を誰かに渡すべきではない。心が乱れたのはわたしの問題、その成果物はわたしの問題、誰とも関係ないわたしの問題。それを世界規模で共有するメッカという文脈をつけた広島の千羽鶴文化はしみじみと有害だと思いますが今更やめられないだろうししょうがないんだけど広島の平和立県本当にどうにもならないのかこれ……。「平和」とは「鶴を折ること」ではないだろう……。平和とは何であるかはともかく鶴を(授業で)折ったから何なんだ?

 

 

あと付け加えると千羽鶴という文化は、というか迷信は、鶴が長寿である→長寿の鶴を千羽集めることによって病気快癒や長寿への祈願になるという理屈なんだけど地震とあんま関係なくない? もっと言うと平和とも関係ないと思う(本来的には原爆病に対するカウンターだと思う)んだけどだから変な文脈をつけるからこういうことにさあ……。

鶴を折ることで担保される平和って何だよ!

 

 

鶴を折ることは嫌いではない。でもばかばかしいと思っている。本当にばかばかしいと思っている。

朝ごはんと和解せよ

七時に起床してカーテンをあけて窓をあけて湯をわかしピッチャー二本分のお茶を作り(任意のハーブティーと麦茶、今日はクリッパーのレモン&ジンジャー)トイレに行って戻ってきてパソコンを開いて仕事をしているうちに昼になるという生活をついうっかりやってしまうのですが、

朝ごはんという概念が定着しない。

 

寝起きが悪くなかった覚えがない人生だったのですが、一人暮らしを始めてから唐突に朝七時(早いときは六時)にぱちっと目が覚めるようになりました。いわゆる「実家を出さえすれば全て解決する」案件だったということになりますが、記憶する限り6歳くらいの頃には既に寝起きが悪くしかも登校時間が長いために学校の近くに住んでいる子より一時間くらい早く起きなくてはならないし通勤時間となると片道二時間は当たり前だから起(略)という生活をしてきて、「だめだ! 通勤片道二時間はわたしには無理だ! 引っ越そう!」と思うまで十年の年月を経て引っ越したにも関わらずいま在宅で必死でパソコンを叩いたり資料の山をあっちへやったりこっちへやったりするのが仕事で別に昼夜逆転しても何の問題もないのに、たかが一人暮らしを始めたくらいで全て解決し朝七時に起きているのは理不尽ではないか。

別に誰が悪いということもない(しいて言えばさっさと家を出なかったわたしが悪い)んですが、理不尽ではないか。

それはともかく朝七時に起きています。夜十時には寝ていたい生活だしだいたい九時には寝ています。勤め人のみんなとSkypeのタイミングが合わない。いやそれも別にいいんだけど、わたしが起きていられそうな時に行くけど、この文章の議題は早起きができるようになってしまった理不尽さでもなく夜更かしができない弊害でもなく、それはどっちも別にいいよ、問題はどのタイミングで朝食を摂ったらいいのかよくわからないということです。

 

学生時代は当然朝起きていました。ろくに寝ていない(寝つきも悪かった、というか今思うと不眠症気味だった)ので食欲がなく、加えてうちの味噌汁はいろいろな点で雑なので、作ってもらっておいて文句を言うのもなんなので言いませんでしたがわたしはアサリの砂を噛むのが何より嫌いで次に出汁を取ったいりこがそのまま入っているのが嫌いだった、つまり頭がボーッとしているときにじゃりじゃりしたものが口に入ると自動的にエラーとして処理してしまうので味噌汁が飲めなかったのですが、今思うといちいちいりこと昆布で出汁取ってわざわざアサリの味噌汁作ってるのすげえな。飲んでなかったわけですが。アサリの砂を噛むのがめちゃくちゃ嫌いだったせいでアサリが嫌いでもっと言うと味噌汁が、そしていりこ出汁全般が嫌いな少女時代を過ごしましたが、大学生くらいで外食をするようになって全部和解しました。

のちに和解するわけですが、それはともかく外食を自発的に行うようになる以前、とにかく味噌汁が飲めないのです。そして選択肢として提示されたのは納豆ごはんでした。別に納豆は嫌いではないのですが、寝不足なので、納豆の匂いもエラーとして処理してしまって食べるには食べるんだけどよく通学中に吐いていました。

パンという選択肢がなかったわけではありませんが、常備されてはいませんでした。あとうちには大抵マーマレードしかありませんでした。マーマレードの苦みも(略)

というわけでわたしは朝食を諦めました。

 

わたしは食べ物についての文章を小説にしろノンフィクションにしろその中間くらいの文章にしろしょっちゅう書くわけですが、別にわたしは食いしん坊でも食べるのが大好きなわけでもなく、どちらかというと憎んでいる方だと思います。あいつらとの適切な付き合い方が分からない。栄養素というデータと味というデータの他に、記憶、憧れ、嫌悪、様々な感情的なデータが載っているものを、選択できるときは選択するし、選択できなくても何かを食べなくてはならない、適切なタイミングで、常に。毎日。作ってもらったごはんに文句を言ってはいけないことになっているし、養われている意味も考えなくてはいけないし、栄養バランスを考えなくてはいけないし、思想的な側面もくっついてくる。売れ残りの残飯を食うまでが仕事だと言われていた時代もあるし、よく食べれば褒められるから食べていた時代もある。よく食べるということや何を選んで食べるかということがセルフブランディングの側面すら持っている。

子供の頃はインスタントフードに憧れていました。バランス栄養食品にも。コンビニエンスストアにも憧れていました。文脈がなくて自由だからです。そして我が家はインスタントフードとお菓子は禁止でした。中学生になるまでコンビニで買い物をしたこともなかった。今は時々深夜にコンビニに行きます。深夜のコンビニは救いだ。どんなに不安でも社会は継続していることを教えてくれる。

 

おそ松さんの2話でチビ太とおそ松がディスコミュニケーションしていたことを思い出す。だから何だというわけではない。だから何だというわけではないが食べることの前提的な価値がどこかへ行ってしまってわたしはいまだにそいつを確保できない。朝食との適切な関係性が持てなかった人にはたぶんわからない。誰が悪いわけでもない。

 

朝ごはんを食べた方が全体的にシャキッとするのは知っている。朝食に重きを置いてだんだん軽くしていって夕食は軽めに食べるほうが睡眠状態が良いということも知っている。それなら実行できるかというとこれができずに四苦八苦している。

まず、空腹時のほうが文章が書けるので、起床時の空腹状態を阻害したくない。とりあえず一個片づけてから朝食を取ろうと思う。そうすると忘れていて十時くらいになっているのでどうせあと二時間でしかないのでもういいかと思う。さすがに頭がふらふらしてくるので昼食はどうにかする。オールブランフルーツグラノーラを2:1くらいで混ぜてヨーグルトをかけて食べると腹持ちが異常に良いのでそればかり食べていて、食事を摂ったというノイズが発生しなくていいんだけど、ほとんど空腹から逃げて時間を稼ぐくらいの感覚で食べてどうにかしている。先月末に浮かれていてペンネを四キロ買ったので、昼食の用意のついでにペンネを一合桝に二杯計って水につける。夕方になるとキャベツと豚肉に塩コショウをしてレンジで回して、水で戻したペンネを電子レンジで十分回して、合えて食べる。野菜や肉を触る気になれない時はレトルトのスパゲッティソースをかけて食べる。

朝食に限らず、食べることからどうにかして逃げようとしている。

食べることから逃げれば逃げるほど人間ではない何かになれるような気がしているのは知っている。

自由になりたいと思っている。

 

まあでも人間ではないふりをしている先に待っているのは必ず破綻だ。自分が地上に縛られており歴史と文化を背負って生きているということを認識するために明日こそ味噌汁を作ってごはんですよで米を食べます。朝ごはんと和解せよ。

 

料理をするという作業自体は好きなんだけど、いま(多分地震の影響で)野菜が高いんだよねえ。