ファンフィクションコミットメント索引(更新随時)

noteで連載している腐女子寓話が増えてきたので索引を作りました。


腐女子とコミュニケーション

 隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

神とふぁぼ魔

斜陽ジャンル

神の虐殺のためのプラン

回顧厨

読者

作者


腐女子と二次創作原作

隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

斜陽ジャンル

二度死んだ嫁

嫁の蘇生

あのころチョコエッグがあった

悪役


腐女子とカップリング

総受厨になりたくなかった腐女子

固定過激派になりたくなかった腐女子


腐女子と二次創作

 隠れたい腐女子と隠れない腐女子と隠れたくない腐女子

ジャンル撤退

地雷という概念のない世界

地雷という概念のない世界 二人目

地雷という概念のない世界 三人目

地雷という概念のある世界

オリジナルでやればいいのに

承認欲求

メアリー・スー


その他

男の子とライオン

男の子なんて大嫌い

絵を描く

おかあさんたち

5/1文学フリマコ-38「名越野大学文芸部」参加します

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『ここではないどこか』フルカラー22ページ 300円

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写真:伊藤さらば/切り絵(撮影素材)青葱まがり

短歌:哉村哉子

掌編小説:朝木四葉、上原あい子、音、小暮しろた、佐々田端束、志木正睛、槇比良りる、途(50音順)

責任編集:高遠看做

どこかであなたに会ったような、いまでもあなたといるような、気配と記憶のなかで一瞬だけ漂う異国の匂いそのものが、あなただったのかもしれない。写真と短歌と掌編で織りなす儚いゆらぎの世界。

 

5/1文学フリマの名越野大学文芸部(架空の大学を偽った文芸サークル)の五月の新刊です~。よろしくおねがいします。当日鹿は不在ですが、編集はわたしがやりました。久しぶりすぎて勝手がつかめなかったけどかわいくできてるといいなー。

 

 

名越野大学文芸部の話をぼちぼちやっていますがまとまった話をしたことはなかった気がするのでやっておこうと思う。ざっくりいうとワールドトリガーの二次創作の知り合いがジャンル若干遠ざかっても(はっきり抜けた人いない気がするけど)ダラダラ遊んだりコンテンツを継続したりなんとなく飲み会っぽいノリでインターネットでワイワイしたりしているという文芸部っぽい感じのクラスタです。メインコンテンツは『ラブディスコミュニケーション』(LDC)。

 

音さん:わたしが2009年頃リリエンタールヤクザだったころ同じ組だった。なんか地味にTwitterで相互フォローになって長いんだけどまさかこんなに距離が縮まるとは……。

佐々田端束氏:わたしが2011年頃デュラララ!!にハマって二次創作を読み漁っていた頃こいつはすげえぞと思った人がしかし当時もうデュラ抜けてたんだよね。ワートリで再会した。びっくりした。

倉井紗和子:わたしが2013年頃黒子のバスケの二次創作をやっていたころ倉井紗和子嬢と同担で(宮地担で)その絡みでうだうだしていた時期があった。その後ワートリで再会した。

伊藤さらば:黒バスで知り合ったんだけど当時はオタクしぐさもよく知らない初々しい文化系少女だったんだけどワートリで再会したら立派に美少年の話ができるようになっていた。何故黒バスの時相互フォローだったのかは不明(カップリングは合わない)。

上原あい子:名越野大学文芸部で知り合いました。相方です。(結婚式のスピーチみたいだ……)

小暮しろた(わんわ先生):賢者タイムが重くてLDCのことはできれば忘れたくなっていたわたしのケツに火をつけて「続きは!?」「続き書いて!!!」とケツを叩いた功労者。

 

みたいな感じの人たちとやっているんですけども(メンバーは16人います)、元はと言えばさわことさらば(の二人がタイムラインのリプライツリーで延々と喋っていた時期略してさわらと言い出したのはわたしです)と音さんが深夜にウダウダフォロワー男体化という若干下世話な遊びをしていたところにわたしは巻き込まれてですね……。佐々田氏も巻き込まれてですね……。なんか話がでかくなってきたからまとめるかーと言い出したのが運のつきで名越野の代表者みたいな顔をしているけどたぶんこの「リアルパーソンをモデルにしてかなりぎりぎりに下世話なキャラメイクをしている」ということに一番悩んだのはわたしでな……いや(コンプラ)もまあ相当あれだったと思うけど……。

何があれって高遠ミナシ氏(※わたし)がある意味で相当リアルなところです。いや美少年ではないけども。伊藤さらば許さない。

LDCが続いたのはむにこさんが「二次創作」と言ってキャラクターデザインを始めたから、さらちゃんと真理の同棲のくだりまでで放り出してあった続きを書くべくわたしが重い腰を持ち上げたのはわんわ先生がケツを叩いたから、いい加減本にしたらどうかという話が出たのは音さんが唐突に続編を書き始めたから、本になったのはゆたさんが「エックリアカバー表紙小口塗りって本当ですか!?」「エッ表紙描いてくれるって本当ですか!?」「出るんなら~」という茶番に乗っかってくれたおかげです。

「これだけ人数がいたらやりたいこと何でもできるんじゃないの!? みんな一生に一度やりたかった装丁言って!」と言いあって、各自上限二万という約束でお金を出し合って(先生はルールを破ってちょっと多く出しました! いけないと思います!)作った本でした。

切り絵をデザインしたクリアカバー表紙(ベタ面が多い点でいろいろプリントオンさんに気を揉んでいただいてお世話になりました)と対応する形でのフルカラー表紙(紙は偏光ラメペーパーブルー)、トレーシングペーパー遊び紙印刷フルカラー口絵、という「作中カップリングに対応した合作」は絶対やるぞと言っていて、その上でこの装丁による本誌と、「いわゆる部誌っぽい部誌」を一冊、キャラクターブックを一冊作って(こちらは栄光さんにお願いしました)、三冊を宝石箱タイプの箱に収めて、箱の表題はどこにも書いてないんですが実は佐々田端束によるものです(高遠看做の独断専行です)。を、切り絵を散らばせたクラフト紙の遊び紙と、ゆたさん題字のオリジナル印刷リボンで放送して頒布しました。キオスクと言われた……。

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そのほか詳しい写真はTwitterに上がっているのでそちらからどうぞ~。

 

まあなんか、「こんなことは多分一生二度とないよ」ということを、あらゆることがひとつひとつ、誰かと誰かが接続した結果起こったことで、ばらばらに生きてきた人間が一個一個関わった結果こうなって、いい話だったなあ、という、そして、今でもひとりも欠けることなく(最近見かけない子はいるけど仲が悪くなったわけでもなく元気にしてるらしい噂は聞くし)なんとなく一緒にいて、新刊も出るよ、というの、いいことだなあ、と思います。高遠看做という「わたしがわたしであることから逃げ出していた時期使っていた何をやっているわけでもない単なるわたし」の名前がまだ生きているのもね。

「君LDCに入らない?」とスカウトしたり、旧交をグラグラに温めて沸騰させたり、唐突な出会いがあった結果「ふたりの人生にお互いがいなかった時期がそんなに長いなんてもはや考えられない」みたいになったり、昔憧れていた人から原稿を毟り取ったり、それなりにうだうだしたなかったことにしたいような思い出話もあったりなかったり、まあでもLDCがあってよかったよとなんとなく唐突に思ったり、青春は続くって感じなんですが、インターネットをしていて楽しいことばかりではなかったけどまあでも青春を作れて良かったですねみたいな、そういう感じでやっています。

青春は作れる。

 

しかしほんとはパチカも使って遊び紙三層をやりたかったし小口も焼きたかったんだよね。栞紐くらいなら個人でもできる気がするけど……。パチカそのうちやりたいなー。

プリントオンさんで一番やりたい装丁はエッチング加工なんですけどできる日が来る気が全くしない。

名越野大学文芸部という終わりなき青春の日々

5/1の文学フリマ「名越野大学文芸部」で参加しております。

地震がトリガーで不眠っぽくてクッソ眠いので文章があれだったらすみません。告知をするぞ。

 

名越野大学文芸部というのは架空の大学の架空の文芸サークルの架空の部員という設定における野良文芸部です。高校生が卒業したので18歳から地球の創生からを見てきた鹿(※わたくし)まで、16人+αで構成されています。増えたな!?

過去エントリでも何度か触れましたが(参考「上原あい子さんとわたし」)LDCというコンテンツは一応ジャンルのつながりで知り合った腐女子が悪ふざけに悪ふざけを重ねた結果存続しているコンテンツで、わりといまジャンルばらばらになったり残ったりしているのですが人間関係としてはそのまま存続しており、「そういや我々同じジャンルで一昨年とか去年とかに知り合ったんだったね、なんかもともと大学のツレだったような気がしてた」みたいな空気でなごやかにやっております。年齢制限のない青春、そう、おそ松さんを観た人向けに言うとセンバツです。

 

完売してしまった既刊も含め、色々出していこうとはしているんですが、この秋冬編集長(※わたくし)が死んでいたので(察して)、何分部活動ですのであの、こう……。編集長生き返ります……。

ということで今回の参加は前回バブル以外の何物でもないことをしたのと比べると大分あっさりしています。

 

『ここではないどこか』フルカラー22ページ 300円

kokodehanai-hyousi

写真:伊藤さらば/切り絵(撮影素材)青葱まがり

短歌:哉村哉子

掌編小説:朝木四葉、上原あい子、音、小暮しろた、佐々田端束、志木正睛、槇比良りる、途(50音順)

責任編集:高遠看做

どこかであなたに会ったような、いまでもあなたといるような、気配と記憶のなかで一瞬だけ漂う異国の匂いそのものが、あなただったのかもしれない。写真と短歌と掌編で織りなす儚いゆらぎの世界。

 

※鹿が三匹いるよ!

 

わたしは会場にはいないんですが東京文フリ行かれる方はお立ち寄りいただけるとうれしいです。卓上にはこれ一冊とまがりちゃんの切り絵が来てくれるのかな? お気軽においでください~。

 

と、LDCは面白いからみんな読んでくれよ。

地方都市の大学文芸部における恋のこじらせと憎悪のこじらせと自分嫌いのこじらせの結果暴走して自滅してゆく青春群像です。実質、言いたいことはわかるだろ。

ガチで金がないからGoogleアドセンス再開してもいい?

再開しました(事後報告)

やめた経緯

邪魔という意味ではまじ邪魔なんですけど、三月一切仕事らしい仕事をしてなかったせいで収入が一万ちょいしかなかったわりに(※生活費はどうにかなっています)DVDとドラマCDとグッズの代引きが容赦なく襲い掛かってくるからゴメンとりあえず今月つけとくね……多少邪魔じゃなくならないかちょっとチャレンジしてみます……。

「何を根拠に未来の自分を信じたんだ!?」と問い詰めたい気持ちでいっぱい。いや、ほとんど代引きでは買ってないはずだとは思うんだけど……今どうしても金がないけどこれはどうしてもというやつ以外……。

Googleアドレセンスやめました

さようなら思春期。

 

Googleアドセンス広告をサイトに貼るのをやめる理由

  • 自動配信される広告に不快な感じのものが結構あり、ジャンルごとアドレスごとに弾けることは弾けるんだけどいちいちその作業をするのが面倒だし、文章の内容でナイーブなことを扱っているときにこういうのが出られると困るというのが超多い
  • フィッシングサイトとかにきちんと対処できる気がしない
  • ふつうに邪魔
  • そのわりに、貼り方とかSEOあれなのかもだけど月5000円とかなので割に合わない

ブログとかサイトとかに広告貼ろう系の記事をいろいろ読んでウームと思って導入してみたんですけど、自動配信のがぜったいいいよ! って意見が多いけど、アフィリエイトサイトに登録して信頼できるコンテンツ自分で探して手貼りした方が絶対楽しいなと思った。暇があればだけど。あとまあそれで食っていこうってわけではないしな……。単におもしろいというだけだ……。

あとSEOについての文章読んでて、「なにはともあれコンテンツ力」って言われて、まあ、ですよねって。コンテンツ力を下げる広告は本末転倒だなって。

ということで自動配信広告外しました。外れてるよな……外れてなかったらあとで確認します。時々「これはゆかい」みたいなアフィリエイト記事を貼ろうと思います。詐欺には十分気を付けます。

スッキリ。

 

ちなみにサイドバーに貼ってあるやつはエヴァンゲリオンと星の王子さまをかけたアフィリエイトギャグです(ギャグの解説というダサい行為)

 

※追記 環境によっては広告外れてないみたいなんですが諸々あってまだサービス解除自体はできない状態なのでちょっと待ってね~

若干の面倒くささと愉快さを伴う今回の経緯

ゴシップで騒がれた芸能人が「どうして、このたびはお騒がせしましたと言うのかわからん」「お騒がせしたのはあんたじゃなくゴシップ誌だろ」と思ってきたがちょっとわかったぞ。

このたびはお騒がせしてすみません。

以外に口火の切り方がない。

 

「しばらく見てない間にかなこさんどうした」と結構言われたので書いておきます。なおわたしが「かなこさんさいきんどうしてんの」ってわりとしょっちゅう言われるのはインターネットに十四年いるわりに全く落ち着きがなくやってることが見るたび違っているせいだと思います。十四年前から「ジャンルとかとにかく眺めつづけている」人がそれなりにいるんだ……。みんなありがとう……。

 

デジモンアドベンチャーtri.の告知が出たのいつでしたっけ、もうそこから記憶があいまいですけど。内容に関してはとりあえず触れませんというか連作映画なのでこれから何が来るわからない以上なんともいえなすぎますが、次観なくていいのかどうか死ぬほど迷っているということだけ言います。現場からは以上です。

内容云々以前に「サイトや商業展開やイラスト、あまりにも前作への敬意がない番宣ではないか」ということにわたしは真剣に腹を立てて封切りまでを過ごし、まあ観て、観たので、逆にそれまで怒りすぎて番宣に関してはもう大分どうでもよくなるという現象が起こったのですが、まあ、その話はいいんだ。

去年一年間ものすごく追い込まれた精神状態で生活していました。デジモンアドベンチャーはわたしが青春を捧げた作品です。誇張なしに貯金残高と可処分時間の全てを捧げパソコンを買ってインターネットを始めいまここにいます。あのタイミングであのアニメにハマらなかったらたぶんなにひとつ始まっていないでしょう。それの続編の告知を見ても不安しかない。ていうか根本的なことを言うと、大輔さんはどうなったんだ。

時代はリバイバルブームでした。あとNARUTOが終わったような終わってないような続いたような続いてないような生殺しを続けていました。もうリバイバルとか続編とかいう言葉を見るだけでナイーブになるしかないような状況で一年を過ごしそしておそ松さんが始まりました。

最速組の反応を観て、「ああ赤塚アニメっぽいことやってるんだなあ、これは当たりのリバイバルかなあ、いい加減当たりのリバイバル観たいよなあ」と思って観て、前も言ったけど指さして笑っていいよ……。

「赤塚先生怒ってないかな」「ごめんなさい」

リバイバル作中のメタ作品としてこれ以上「欲しかった」言葉はなかった。号泣して、「なんかもう全部受け入れよう」と思いました。というわけでtriは比較的心やすらかに観ました。松がなかったら前後半年くらいダメージを引きずっていたことは想像に難くない。

あの頃の夢はもうここにはない。何をしたらいいのかわからないんだ。偉大な原作が最高のコンテンツだった時代はもう過去のものだ。先生は死んだのにキャラクターは生きてる。どうやって生きていったらいいんだろうね。なにをしたらいいんだろう。そうだね、わかんねーよな。わたしだってどんな続編なら観たいのかわかんないよ。老害になんかなりたくなかった。大好きだったものをずっと好きでいるためにもうなにも見せないでいてほしかっただけなんだよ結局。

 

というわけでおそ松さんには恩があります。誰が「おまえがおそ松さんを好きになってワーワー言ったせいでこんなんなってあんなんなったじゃねーか」と言おうがわたしはこれは言います。リバイバルとは何かということにたいして真摯に向き合い言及したおそ松さんに恩があるしあの作品が好きだし今週もめっちゃ面白かったし、ぎりぎりなところは多い作品なので全人類に観てほしいとは言わないが(不快な気持ちになってもなんの補償もできないので)できれば観てほしい作品としてこれからもずっと推し続けると思う。

 

さて、わたしの好きになる作品が、メタ視点とメタファとオマージュとミスリードに溢れている(ように読める)ディストピア作品である(ように読める)のはいつものことです。全部そうです。というか、全部そうだとわたしは思って読んできました。作者がどういう意図で書いたとか関係なく、わたしは「ディストピア作品として読めるから」好きなのであって、それはわたしの「自由な読み方」です。そしてわたしはフィクションがディストピアを描いてくれるとものすごく幸せなんだ。

いいですか。繰り返して言いますが、「どういう作品として受容されることを目的として提供されたコンテンツであっても、受け取り手が実際にどう受容するかは、受け取り手の自由」です。

それはそれとしておそ松さんはギャグアニメとして非常によくできていて、たとえばわたしはカラ松兄さんのコメディアンとしての仕事のテクニカルさとそれが何故テクニカルであるがゆえに評価されずいじられキャラという立ち位置に立たねばならなかったのか実際の漫才やコントの作品を引いて賛美するエントリを上げたりしたほうがたぶんよかったんですが毎週エントリ一本上げるのがぎりぎりすぎて手が回らなくて、いやなんていうか、去年はtriに振り回されたあと冬コミでばたばたしてたし今年入ってからはずっと、ようやくそろそろ大分軌道に乗ったので(ライターの仕事が)逆に言うともうアニメエントリ書いてる暇もそもそもないのでこの状態でいいっちゃいい。いやこの話は今はいいです。それはそれとしておそ松さんはギャグアニメとしてよくできていて、というか、なんであの情報量を詰め込んでいるにもかかわらず「さらっと気軽に観られる一話完結ショートギャグアニメ」として成り立っているのかがわからない……。すごいお仕事だと思う……。毎週あんなものを観てこれから口が奢って何を観てもつまらなくなったらどうしたらいいんだと思って逆にほかの作品も一生懸命観るようになったし流行ってる作品を観ることを恐れなくなったしおそ松さんのおかげで朝6時に起きて20時に寝る生活ができるようになったし痩せたし背も伸びましたありがとうございます!

ところで松野カラ松新訳シリーズの続きわたし書いてもいいんだろうか……(カラ松兄さんのコメディアンとしての仕事がそもそもテクニカルであるというのはこういう話です……)。

 

違う。その話じゃない。

というわけでわたしは最高のギャグアニメであり良質なディストピア作品であり真摯なリメイクであるおそ松さんというアニメをめっちゃ楽しく観て、いつも通りの放言を繰り返していました。インターネットを始める前姉や友人を相手に、インターネットを始めて十四年、ずっとやってきた、いつも通りの放言です。いつものやつです。昔からの方はよくご存じだと思います。いつもやってるいつものやつです。

5話が来ました。

「あのな、父さん、これまでさすがにけいおんとかfreeとかに対して言ってたことはどう考えても本編に反映されない種類の放言だということはわかっていた。そしておそ松さんは先週までは社会風刺入り男けいおんだと思っていた。おそ松さん5話が来たんだ。いまからあらすじを話すぞ。これ、あのさあ、これ、先週言った。先々週も言った気がする。待って? なんで俺の言った通りなの言った通りだよねこれ? なんなの?」

「おめでとう鹿ちゃん!」

「鹿さん待って。鹿さん待って待ってTwitterタイムシフトさせて話が長いわたしまだ観てないから」

 

という経緯でめっちゃ久しぶりにブログエントリ書きました。なおわたしが旧ブログをぱかすか更新していた前回は、askが荒れすぎて(第一回ask荒れ時代、たしか黒バスです)めんどくさくなったのでaskで延々喋っていたようなことをブログに移動したのと、仕事が死ぬほど暇なわりにないわけではなく店にはわたしひとりしかいないので話し相手もおらずかといってわたしひとりの裁量で決めていい仕事の量が少なくひたすら確認案件を上げたあとは手帳を開いてうだうだ考え事をするくらいしかできることがなかったからです。今回は友達のために(あとカラ松ガールが慌てふためいていて気の毒だったので)書きました。

めっちゃ久しぶりにブログエントリ書いたら、エントリ告知ツイート4000RT。

アクセスログうっかり取り忘れましたが投稿日だけで25000ページリクエストされてたと記憶しています。

旧ブログでバズったときもそれくらいだったと記録がありました。RTはこっちのほうがされたんじゃないかな。みんな汀こるものを読もう! 新刊が出たぞ!

後者の方は全然荒れなかったんですよ。有益な情報をシェアします的な感じでどんどん広がって行ったけどわたし個人に対する何かみたいなのは良くも悪くも全然なかった。スッキリしたもんでした。

今回バズってまじ大荒れに荒れました。いやなんか意味わかんなかったしいまだに正直わかんないんですけどとにかく大荒れに荒れました。あらゆる悪口を言われているのでエゴサは当然しないほうがよく、すごい勢いでフォロワーが増えましたが増えすぎて誰が敵で誰が味方なのか、というか、解釈の合う合わないはともかくとして、誰なら友達になってくれるのかが分かりません。

わたしはもともと垢消し芸人です。しれっとブログを消し、一か月くらいTwitterアカウント消し、なにもかもなかったことにしたらほとぼりがさめるのはわかっていました。

でもですね!

好きな商業作家さんにフォローされてな!(わたしは商業作家さんのTwitterを見てがっかりするのがいやなので「Twitterが面白い人として視界に入るタイプのTwitterが面白い作家」しかフォローしないことにしていますが好きな商業作家さんにフォローされてうれしくないやついるか!?)

ジャンルあんまり被らないし、なんならギャグアニメ観ないような友達にも、「鹿氏のエントリはおもしろいぞ。おそ松さん観よう」って言わせてな!

あとさあ、義侠心が一切なかったとは言わんよ、カラ松担あんだけのことされて「いやこれさすがに笑えない」つって喚く正当な権利あったよ、公式に凸リプした子がいてまとめサイトできたよねまあ公式凸リプはおまえやめとけ気持ちはメールかお手紙にしたためろまとめサイトくらいできるわ人目につくところでやるんじゃないという話なんですが、それにしたって、「おい、こじらせてるオタクを指さして笑うな、みんな頑張って生きてんだ」と、言いたい気持ちがなかったとは言わない。義侠心もありました。

あの時点でケツをまくったらなにもかもなかったことにできるのはわかっていました。おそ松さんというアニメを嫌いになりたくありませんでした。5話メッチャおもしろかった俺ワーワー言っててよかったって思い続けていたかったです。俺は松に恩があって松を嫌いになるっていうことは松にあの時救ってもらった俺の気持ちの時点でリセットするってことです。俺はそれは嫌でした。ていうか、ここで松にしがみつくのをやめたらガチで、フィクションを愛すること自体が困難になると思いました(繰り返して言いますがわたしは青春のデジアドが生き返ったのか殺されたのかよくわかんない状況に、いまでもいます)。勘弁してくれ俺からフィクション取ったら何が残るんだ。

 

逃げたら全部詰むと思いました。

アカウントは消しませんでした。

感想を続行しました。

 

昔話ばかりして恐縮ですがわたしのインターネットは2002年に始まりました。当時はキャラクターに対する悪口を言うのを……当初は……気を付けていました。しかしキャラクターに対する悪口というのはもうなんか出てくるものです。出てこない人もいるのは知っているが出てくるものだもうこれは、少なくともわたしにとっては。2002年のうちに諦めたような気がします具体的にいうと松田啓人おいこら松田啓人あと秋山(※自担)てめえ自重しろ!!!!!!!!!!

みたいな形で解禁せざるを得なくなったような気がする……。秋山は……秋山……うん……。なんかみんなごめんねあの時は(俺の自担が)(唐突に乱入した俺の自担が……)(※デジモンテイマーズ)

キャラクターを愛するというのはたいへんナイーブなことです。それは承知しております。

でもナイーブな人がいるからといって「この作品のこの部分が許されない、ここは本当に改善してもらいたい、もらえなければもういいかげん読むのをやめるしかないが好きな部分はあるので和睦したいんだ」とか「このキャラクターのここの部分が本当にどうしてもだめだし俺はここだけは間違っていたって言い続けるからな」とか、言うのをやめるのが健全なことだとは全く思いません。

というか、作品キャラクター批判を「する理由がないからしない」のはあたりまえですが、「したいけどしない」が当たり前になるのは不健全です。

いいですか。

 

  • 作品理解の上でキャラクターを分析してそのうえでキャラクターを批判をする自由な権利がありそれは作品への向き合い方としてひとつの誠実さの示し方でありえる
  • 分析上誤読があることは当然ある
  • 「俺の感想」は「俺の感想」であって「俺は誰にこの感想をシェアしてもらいたいとも皆がこう考えるべきだとも言ってない」、言ったことはないはずだ。これは「俺の感想」なんだ。「君の感想」じゃないんだ。「誰の感想」でもないんだ。「俺が自分で考えた感想」なんだ。正直それにフリーライドした人間がいたからといって「おまえが石を握らせた」と言われるのは不可解だ。
  • おい冷静になれよたかがアニメの感想だぞ!?

 

というわけで、わたしは言いたいことを言いたかったし、これは言うべきではないということは言わないようにしていたし、見えないふりをするのが困難なくらいわたしの意見を支持する支持しない(そもそもなんで支持する支持しないみたいな話になったんだ……)みたいな話題が上がっているのは観測自体はしてたんですが下手に首を突っ込むとなんていうか、逆に燃えると思ったし、そっちに割くリソースはなかったし、それはそれとしてわたしは批判をしないというわけにはいかないというか、というかですね、15話で兄弟が止めなかったことに関してうだうだべろべろ恨み言を言ったのはともかく(あれはモンペとしての発言なので、モンペなんだからモンペとしての発言くらいあの時くらいは許してくれよ……)、それ以外はわたしの定義によると批判というほどのことは別に言っていないんだ……。

キャラdisという言葉の定義があまりにも広がりすぎではないか!?

広がりすぎではないか!? とは思うものの、まあ、disってるわけじゃないよって言っても担キャラについて他担が言ってる言葉が攻撃的だったらてめえ! みたいになるのはわかるし、悪意のあるなし関係なくいやなもんはいやだろうし、俺をブロックしても第二第三の俺(俺ではない)みたいになると不毛だろうし、なんかもう見てないふり不可能になってきたんで、ていうか、直リプが来たんで、もうまあ……「誰がここまで燃えろと言った!? 俺が拡散してほしいと言ったか!? 言ってないとは言わないよ……『ここまで来たらどこまでも拡散させてしまいたい』とは思ったよ……松の話題性が上がれば上がるほど松がおもしろいということをみんなが知るから……でももはや俺が何を言う必要もないよなみんな知ってるよなここまで来たら、カラ松兄さんも一区切りついたみたいだし潮時だな、さよなら俺の本垢」

という経緯でした。

今回ミスった点は、「5話エントリを上げる前に松垢を分けるべきだった」です。そしたら本垢に鍵かけるだけで本垢は本垢として残せました。でも正直600フォロワーの時点(2年くらい前)で多いなと思ってたんだよね……まあ垢移動潮時かなって……。

アカウントを宣伝用に切り替えて(あとホットな話題を時々流して)鍵垢に引っ込んで、友達になってもらえそうな人を引きずり込んでうだうだしております。毎週何を言ってももう叱られません。誰に対する影響力も考えずに喋れます。うれしくて24時間ぶっ通しで松の話をしました。みんなに寝ろと叱られました。うれしかったです。みんなが遠い目で眺めてくれて「いっぱい喋るな……」「大将やってるね」「おいいい加減にしろ追えない」「楽しそうで何よりだよ」と言われてうれしかったです。「俺は……まだ……話すことが……」と言いながら息絶えました。たのしかったです。百回くらい「俺は自由だ」って言いました。

 

で、前職のなんだかよくわからない社会福祉法人をやめてからえーと一年半? ついに無職ではなくなりました。とりあえず今のところ、ウェブライターで食えています。いや入金来月だからまだ食えてないけど。頑張りたいと思います。

わたしのブログエントリが拡散されてたくさんの人に好意と悪意を持たれたこととは、たしかに現在わたしがウェブライターでやっていけている理由なので、それが全てではないですが、確実に一歩を踏み出せたのはそのおかげなので、おそ松さんと、それを取り巻く言説、わたしに対する悪意も含めた言説すべてに感謝があります。ありがとうございました。その意味で松にフリーライドしてる部分は確実にあるんですがわたし生活費ぎりぎりまで削って松のグッズ買ってるんでWinWinということにならないだろうか。

おそ松さんという作品のことを毎日毎日考えて物語を作るとは何かおもしろさとは何によって担保されるのかということを考えていることと、松野カラ松というひとりの人間の選択を追いかけることも、大げさな言い方をすると逆に嘘くさいのはわかってるんだけど、わたしの人生に起こった最も良いことのひとつだと思います。ありがとう。これはなにをどうしてもWinWinということにはならないと思う。フィクションは尊い。ありがとう。

わたしが影響力を持ってしまったことによってうだうだ喚いて結果として死人がもし出たのだとしたらその件に関しては謝りますし、キャラdisと取れる内容が感想に絶対含まれないとは絶対言えないし、そしてキャラをdisって戦争をしたい人の火種を提供するのは勘弁なので、感想は上げませんが、それは「火種を提供するのは勘弁なので」というだけの理由であって、だからと言ってわたしは絶対におそ松さんを好きでいることをやめないからな! わたしは5話のときにインターネットからのリアクションに追い込まれて友達や家族との連絡すらつかなくなってた時期があった上でインターネットに帰ってきてこういう流れになったけどまだそれでもおそ松さんを好きでいることをやめないからな! 絶対やめないからな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

神様ごめんなさい、俺はもしかしたら間違ったことをしたかもしれませんが人生を詰ませないことからだけは逃げたくなかった。比喩的にずっと言っていくと思います。「赤塚先生ごめんなさい、来週もやります」そして俺が俺の人生においてミスったことを謝る相手は赤塚先生(概念としての神)だけだ。だれかの人生に対してやらかしたことがあったらそれは都度謝るけど俺の人生や俺の好悪や俺の愛に関しては俺が謝るべきなのは神だけだ。

The show must go on!

販売物情報など

note:食や腐女子文化をはじめとするコミュニケーション全般にモチーフを取った文章を配信しています

base:タイトルとおはなしとお手紙を商っています

 

魔法少女と世界の終わり』(kindle配信/boothにもあります)

中澤ユーハ名義で2013年に出した群像SF小説です。厳密には百合ではないんですが広義には百合だと思う。

世界に唐突に発生し繁茂する「カミサマ」と名乗る紫色の兎たち、そしてそれらによって永遠の生命を得る「魔法少女」たち。世界を覆い尽くしてゆく彼らは何故生まれ何をしようとしているのか。――魔法少女は人類の敵か味方か。

HELLO,HELLO,HELLO』(kindle配信)

「遠いところへ行きましょう」――YOU,GOD,LOVERS,STRANGER,FRIEND,50篇の掌編小説における様々な人生。

 

二次創作同人誌:在庫がある限り通販もあるよ……。ワールドトリガー(迅嵐、穂荒、つつすわ、当奈良、米出)/戯言シリーズ(頼狐)/刀剣乱舞(薬宗、小夜×三日月)

とらのあな(槇比良名義荒穂はこちら)とboothからどうぞ(一部重複しています)。上原さんとの合同誌はワールドトリガー出水受で三種(Kブックス)、刀剣乱舞小夜×三日月が一種(とらのあな)。『三門ボーダー商店街』にも三篇寄稿しています。

 

趣味で人生相談に乗っています。「小耳にはさんだ話は漏らさないけれどもいつか何かを書くとき思い出さないとは言いきれない」「返信までのペースはまちまちです、送ったら満足くらいの気持ちで」info@bkyd.kill.jpまでお気軽にご連絡ください。返信はほんとに遅いです。ごめん。

ほか、ご感想やお仕事依頼や楽しいことのお誘いなどお気軽にどうぞ。

 

Amazon欲しいものリスト(唐突に何かを投げつけたくなった時あるいはおそ松さんのグッズや赤塚関連書籍のおすすめリストとしてご活用ください、買ったから載ってないのあるけど。送られてきた本のレビューはできる限り書きます)

肉のやつ(変な肉を送りつけるとレビューを書きます)

おそ松さん感想のリタイアについてと架空の鹿のための追悼文

わたしが「何を」確認したのかの細部までは言いませんが、というか、「確認して介入するのは手に余る」と思っていたので極力視界に入れないようにしていたのですが、わたしの感想文を援用したかたちで、なんか、なんだ? 対立構造が発生している? というようなシーンを、まあいい加減見ないふりをしないわけにはいかなくなりました。

わたしはおそ松さん感想を、まず友人のために書き始め、それから「鹿のエントリを読むのが楽しみで松を観ているよ」と言ってくれる友人や知らない人々、そしてあんまりにも何が起こったのかわからなくて混乱しているカラ松担に寄り添う形で(結果的に途中から自分自身も当事者となって)書き続けてきて、わたしの認識としてはそれはあくまでも小規模なものでありあくまでも一個人の感想文のつもりでした。そしてそれは「おそ松さんはとてもおもしろいよ」「いろんな読み方ができるよくできた話なんだよ」ということを伝えてあのアニメをもっとたくさんの人に楽しんでもらいたいという気持ちから発したものでした。2000人のフォロワーのリアクションを常に気にしているのは荷が重すぎると思いながらもアカウントに鍵をかけなかったのも極力ブロックをしなかったのも、「そうか、わたしがおもしろがってることで、わたしをおもしろがりながらおそ松さんをもっとおもしろく観られる人がいるってことなんだ、それって松公式にわたしができる一番のお礼じゃん! だってこんな面白いアニメ観たことないもん、なんでもしたいよ!」と思っていたからです。

しかし、これは誇張ではなく状況は膨らみすぎて何故わたしはこれを扱わないのかこれにはこのような反証がある、おまえがこれを認めないと政治的に障りがある、被害を蒙っている、こういう文脈になってくると、もうわたしがあの作品に対して感想を書いて発表していくことには、あまりにも別の意味が乗りすぎています。

わたしはそもそもたくさんの人に読まれたかったわけではありませんが、たくさんの人の役に立てたのならうれしいと思います。しかし「わたし自身が」誰かを傷つけるのならともかく、「わたしの考え方を使って誰かが誰かを」傷つけるのだとしたら、わたしが「発言力を持ってしまった」ことに対する落とし前のつけかたはひとつです。

おそ松さんの感想を(少なくとも放送中は)発表することを控えます。それが最適解だと判断しました。16話について話したいことは本当にたくさんあります。でもそれが誰かの為になるのかわからなくなりました。16話以降の感想に関しては放送終了後にまとめていずれどこかで。

あいつらに、一緒に全力で走れなくてごめんと言いたい。ずっと観てるよ。頑張って。

そして5話から一緒に(わたしのなかのカラ松に対する感情がコントロールできなくなりそうだったのでTwitterフォローはしていませんでしたが時々拝見していました)カラ松の人生の悲哀に向き合って並走してきた人々に本当に申し訳ないと思う。ここまで一緒に来たのに梯子を外してごめん。

 

そして併せて、すでにTwitterID:bkydに対してあらゆる悪意が寄せられることに疲れました。あそこはもうわたしの静かな遊び場ではなくなりました。

「たくさん好意的なリアクションがあること」には、「たくさん悪意が寄せられること」を癒す機能はありません。少なくともわたしにとっては。それでも悪意を含めて向き合うべきではないか、批判されそれを受け止めることこそ、褒めてくれる人がいればいるほど、裸の王様にならない唯一の方法ではないかと思っていました。でも寄せられる言葉はあまりにも、内容以前の問題として見るに堪えないものでした。もはやわたしはあそこで愚痴ひとつ言えません。

もう限界です。

bkydから一旦ツイートを全削除し、日常的なツイートを全てやめ、ブログやnote、出版物の告知と、思想的にこれは言及しておきたいという種類の発言だけをあそこで行うことにします。要するに「告知垢」として使うことにします。併せて、二次創作を行い腐女子であるということに対してあまりにも面倒なリアクションを目にしすぎたので、おそらくもう二次創作をやることはないと思います。LDCへの寄稿を最後に、中澤ユーハイムという名前に幕を下ろします。

というわけでわたしの6年と少しのTwitterライフは幕を下ろしました。友人とやりとりをするクローズドSNSとしてのアカウントはありますが、インターネットの有象無象とリプライのやりとりをやる気は今後一切ありません。メールアドレス(knk.bkyd@gmail.com)は生きていますのでなにかありましたら昔ながらの方法でご連絡ください。

そのころ大好きだった漫画家さんのツイートを眺めたいために2009年に始めたTwitterで、そのころはまだ有象無象と楽しくつながることができたフォローミータグでよくわからない人とよくわからない親睦を深め、わたしは歌人たちと関わり、アニメ論壇と関わり、フェミニズムに片足を突っ込みながらぶつぶつ言ったり喚いたりして生きている元気の良い連中と関わり、たくさんの萌えを誰かと共有し、別名義というかたちでしれっと全く他人のような顔をして全く他人のようなアカウントを運用してリプライのやりとりをして遊び、唐突に短歌が作れるようになり、ハイスピードのツイートと二次創作更新で趣味の合う友人をいたぶり、神と親友と外部脳と出会い、躁鬱で泣きわめきジャンプ感想を喚きアニメ感想を喚き、たくさんの頭の良い人たちとたくさんの気のいい仲間に、おまえは面白い奴だ良い友達だと言っていただき、そして喧嘩も絶縁も無数のブロックも炎上を笑いながら薪をくべる悪趣味なインターネットしぐさもしました。

bkydはbackyardの略、裏庭です。わたしは裏庭に住む鹿で、そしてそこには気のいい動物たちとすこし疲れた連中がときにへらへらと時にさめざめと感情を吐露している、ただそれだけの場所だった。わたしはbkydが好きでした。そこにはもうだれもいません。誰が悪いわけでもないけれど、ただわたしはそのことを追悼しています。

6年と少しとても楽しかったです。たぶんTwitterがなかったら生きるのはずっと辛かった。

架空の鹿を害獣と呼んで可愛がってくださってありがとうございました。たぶんそいつは、実在していました。