なんかTwitterで思ったよりTRPGの自キャラの話をしていたのでいいからブログを書けよと思った

TRPGの自キャラ創作をやるのよくわからないんですが文明として存在していることはわかる。というわけで書いたものがこれこれです。なんかオチたのかオチてないのかよくわからない短い文章を書くのは楽しいなあ!! というわけでシナリオを読んでいなくて(あるいはプレイしていなくて)意味が分かるのかどうかわからない程度のわかりづらい文章ですみません。

 

自探索者の南方くんのキャラクターシートがこれです。

このキャラクターシートが上記のように運用されるようになった経緯はいろいろあって、いろいろあってという話をしたいと思ったのでブログエントリを書いているわけですが自分の話しかしないブログエントリは楽しいなあ本当に。役に立たなくて楽しいなあ! 役に立たないことがしたい! 働きすぎている! 来世は常夏の無人島のビーチの砂になりたい! ともあれとりあえずキャラメイクができない人はキャラクターシートだけ無限に作って遊べばいいんじゃないのみたいなことをこのあいだ喋ったしこのシートの説明をすることで何かが生まれることもあるでしょう……多分……おそらく……というかなにをやっても仕事に結びつけようとするのをやめたいんだけど……

 

まず要請として、三人でキャラメイクをやったんですけど、必須要項として探偵を作らなくてはならなかった。探偵は外見が目立っちゃダメだろという強固な感情があり(そこをリアルにしなくてもよかったのかもしれないけどでも職業探偵は外見が目立っちゃダメじゃない!?)引いた数値でいちばんわたしが外見普通だったので……身長は普通、顔はまあまあいいくらい、ちょうどいいのでは、ということでじゃあ探偵やりますという……。

でもわたし推理ぜんぜんできないんですよね。提示された情報を整理してまとめることはできるんだけどそこから導き出される別解みたいなの考えるのすごい苦手というか謎の抵抗感がある。のでロールプレイ上の要請から「そんなに推理はしない」ということで、若造にしようと思ったんですけど変に年収高かったので(このシートには反映させてないですがここでダイスを振っているので年収が出る)(ていうかダイスもシートもオンラインでいじれてとてもすごい)「有閑マダム向けの浮気・ペット探し系の探偵事務所、の二世、先代は急死」という設定にしました。なんでかわからないけどクトゥルフのキャラクターシートを作っているとどんどん設定が濃くなっていきます。こんな濃い設定ふだん作ったことないぞ。

あと能力値的にはSAN値(正気度)がすごく低く、つまり怖がりということで、肝の小さい探偵大丈夫か? という感じなんですがまあ二世なので、というのと、一緒に作ってたなかでちょうど筋力高いキャラが出てたので用心棒がくっついています、という感じで、設定がどんどん盛られていく。

 

能力値としてはそんな感じで、「あんまり推理は得意ではないビビリの私立探偵、二世、用心棒にくっついている」という設定がまず固まって、そのあとの設定は技能にポイントを割り振っていくなかで決めました。

どうせ探偵なんだから(+シナリオ的に必要そうなので)できるだけ探偵っぽい技能をたくさん取りたかったんですがそうするとEDU16(大卒くらい)という能力値が死に、つまりこれは……大学は出たけどぜんぜん勉強をしなかったタイプのクズ……! それでいこう! ということで法律に5振ってあります。法律5、ぜんぜん振ってないよりバカ感がある。

ポンコツ大学生がハマってグチャグチャになるといったら麻雀でしょ、ということと、こいつ設定がバカっぽいわりに収入多すぎないか、麻雀で補っているのでは、ということで本業より麻雀のほうがけっこう強い(そして脱税をしている)という設定がどんどん膨らんでいきました。「非モテだけどこじらせてはないアッパー系のバカ、怖がりだし自分に自信もあんまりないけど得意分野があるのでビビリのわりに調子に乗りやすい」というイメージが膨らみきったところで「ヒモで食ってるかわいげのあるイケメンが友達未満くらいの関係で出入りしている、年下」という設定(一緒にシートを作っていた人のキャラ)が追加され、「それは軽く恋しちゃってるでしょ」で、仕上がった、という感じです。

 

ロールプレイしたりダイスの出目とかほかのキャラとの関係性とかを考慮した感じとしては、アッパー系のバカはおおむね演じてるだけで素地としては頭が良いんだけど世の中をあたりまえに渡り歩いていくには世の中に対してこわいという感情が強すぎる、みたいなイメージだなと思いました。発狂ロールが「殺人衝動」だったの笑っちゃったんですけど(殺人/自殺衝動なんだけど発狂ロールが発生したシーンが殺人衝動のほうが都合が良かった)、本人は気づいていない強迫観念けっこうありそう。

探偵としての鍵開けとか忍び歩きとか図書館・目星あたりの技術はお父さんに子供の頃教わった、反動で高校~大学くらいは遊びまくっていて、高校は深夜アニメにハマってて、咲から麻雀に入って、大学では「なにやってんのかよくわからないサークル(何らかの特定の映画研究会とか)」に所属してサークルの活動はぜんぜんしないで毎日昼に学校行って卓を囲んで夜警備員さんに怒られるまでやってそのまま誰かの家になだれ込んで続ける日もあって、という感じの充実した学生生活を送って留年した。「好きだから遊んでる」というより「あいまいな不安感から逃げたいから」って感じだと思う。

ということで(べつに雀士でもそれなりに食えそうなのに)探偵をやっている理由を「趣味」と「ヒーローになりたいから」、もっと言えば「父親への憧れ」だよねーという処理をしたのが冒頭に投げた小説です。このへんはべつに「義理」とかでもいいし、もともとは「気が弱いから断れなくてずるずる」みたいな設定にするつもりだったんですが、なにしろ中の人がわたしなので、がんがん出しゃばるキャラになってしまって、これはむしろいらない苦労を買うのが趣味の人だなと……。「探偵という職業」に「人を救うことができる仕事」というイメージを持っている、それはたぶんお父さんが与えた呪いなんだろうな、みたいなキャラ付けになりました。お父さんがそう教えたというより、「人から頼られるような仕事が立派な仕事であり、人間は立派な仕事をするべき」みたいな印象を勝手に受けたんじゃないかな~。

 

「人のことをすぐ好きになる」はそういう、「人から頼られたい」→「お人好し」→「頼ってくれた人にはかっこいいところを見せたい」→「(自分にとって)素晴らしい人に頼られたり、(自分にとって)素晴らしい人に敬意を払われている自分はすごい」みたいな、虎の威を借る的な側面とヒーロー願望がごっちゃになったなにかで、あんまり周りの人間の本質は見抜いていないと思うというか、できるだけ良い人間だと思いたいと思っている。ので、浮気調査とかでもけっこう簡単に調査対象にコンタクトを取って「奥さん寂しがってますよ」みたいないらないことを言っちゃっているんじゃないだろうか。

啓秀くん(友達未満のヒモ)と知り合った経緯も、ターゲットにコンタクトを取っちゃった(というか取られちゃった)案件なんだけど、これも薄々啓秀くんが悪いわけではないと分かっていてコンタクトを取っちゃった案件なんじゃないかなーって感じです。

根本的に探偵は向いていないし、探偵という職業に対して誤解もしてるんだけど、「皆がより良い状態になる」ことが「解決」だとするなら、「名探偵」ではあり得るのかもしれない。

 

啓秀くんのことは品が良くておとなしい可愛い生き物だなあと思っていて淡い恋というか濃い目の好意というか以上に進みそうにないし、啓秀くんのほうも「変な生き物」のカテゴリにミナカタさんを突っ込んでおいて深入りしないのがお互いのためとわかってると思うんですが(南方くん、けっこうメンヘラぎりぎりだし……メンヘラとヒモは食い合せが悪い……)、「傷ついているけれど高貴で優れたお兄さんであるところの僕の桂さん」に対しては距離感もかなり近いというかかなり色々な顔も見せていそうだし、桂さんの警戒心がうっかりした瞬間があるとうっかりするような気がする。うっかりとはなんだろうね……。

 

なお探偵事務所には36歳のクールな(というか業務を業務としてだけ認識する有能な)経理事務の女性がいて、佐倉さんという名前で、先代の死後辞めたり辞めてもらったりした中でひとりだけ残ってくれた貴重な人材として南方くんの中では聖女のように崇め奉られており、お触り禁止です。なお若俳&ニチアサ&2.5クラスタであることを南方くんは微妙に知っていますが南方くんはインターネット恐怖症なので微妙にしか知らない。桂さんはたぶんその事実自体を全く知らない。

#とーりゃ卓 CoCTRPGシナリオ『ニジゲン』リプレイ

私立探偵南方睦実くん(キャラシート)キャラクターデザイン:ダムるしさん

 

とーりゃさんのオリジナルシナリオ「ニジゲン」、とーりゃさんKPで卓を囲んできました。楽しかったー!

ダムるしさん・△さんこといぬおさん(それぞれCoCリプレイにアドレスを貼っています)というお友達の集まりで囲ませていただいたので、事前に話し合いながらバランスを考えてキャラシートを作った結果、わたしの振った目がいちばん探偵っぽい(外見に特出したところがない)ので探偵では? SAN値35の私立探偵いる????ということでいろいろな意味で盾になってもらう用心棒にいつもくっついてもらっているという設定でダムるしさんが用心棒・桂くん、そのへんに転がってるよくわからないクズがひとりほしいよね~ということでいぬおくんのキャラメイクした啓秀くん(21歳ヒモ、女と揉めて転がり込んでいる)というポンコツ三人組でのプレイとなりました。南方先生が啓秀のことをちょっと好きというのは完全にどうでもいいフレーバーです。ちょっと好き以上のなにかでは別にない。そこでなにかにできていたら24歳まで童貞を守り抜いていない。

リプレイとしてはド素人目線のそれとしてご笑覧ください。

 

依頼を受ける

若い女の子がやってきて依頼を受けるというスタートなんですが、わたしは「若い女の子から(料金を取らずに)私立探偵が依頼を受ける必然性」「これは釣りというか依頼人をそもそも信じていいのか」みたいなのが最初にあり、まあでももちろん選択肢は受けるしかないんだけど受けるんだよねこれ?」と、聞いたっけ聞かなかったような気がするな……ここRPが長くて(これなにをどうしたらいいんだっけというのがよくわからなくて)すいませんでした。後半はちゃんとみんなに聞いてRPしている!

捜査に行こう!

「とりあえず行くところを整理しよう→いつも行ってる漫画喫茶(実はそこにいるのでは?)、ターゲットのご実家(行方不明になったきっかけがわかるのでは?)、警察(依頼人から入ったいくつかの事件情報の手がかりが見つかるのでは?」という三択を立てて、あとで気づいたんですが行く場所として「バイト先」を入れるのを忘れていました(あとでNPCからツッコミが入りました、KPさんありがとう!)、あと選択肢としては学校に聞き込みというのもありだったのではと思うんだけどシナリオ上は関係なかったっぽいですね。

漫画喫茶

そもそも私立探偵ごときに顧客情報を出すのか? 情報出ないのでは? と疑っていたので、うまく情報が引き出せなかった時の保険に啓秀にAPP14のちからで(いうて14なんですけど……)なんとかしてもらおうと思ってとりあえず南方・桂で「桂さん威圧感出して!」「もとから出てます……消せたことないです……」みたいな感じで話しかけたんですけどRPが長(略)すいませんでした、というか言いくるめを振れよだしそもそも言いくるめを振る必要もなく喋ってもらえたんですけど……。「ターゲットと親しくしていた店員がいる」という情報を得て啓秀と合流。

警察

ダムるしさんが警察に先に行こうというので(リプレイを読むと自宅が最終ダンジョンではという疑惑を持ってたんだな)桂・啓秀チームのロールを先に。南方先生は依頼人と合流、南方先生の中の人はこの隙にスマホミュートして(通話だけスマホでやってたので)トイレ行ってました。

ここから桂さんのファインプレー伝説の始まり、ダイスの目に恵まれて昔職質を受けた繋がり(笑)のへっぽこ刑事が現れいろいろな事件との関連性をぺらぺら喋ってくれてしまったぞ! 桂さん、たぶん自分が思ってるより男にモテてるぞ!

ターゲットのご実家

一方南方先生は依頼人と合流、ターゲットのご実家に案内してもらいます。いい天気ですね~でも依頼人さんの笑顔のほうがもっと輝いてますよ的なくだらないことを言いながらご実家に到着。ここで南方先生の中の人はようやく言いくるめを振ることを覚えたのですがここで失敗。なんでや。上限値まで振った言いくるめ技能は飾りか。この状態でターゲットの厳格なお母様を説得できる気は全くせずNPCにめちゃくちゃ助けてもらってよろよろと高校生女子の自室に潜入することに成功しました。「理性ある大人ですから若い娘さんのタンスを開けたりとかは絶対にしませんから!」

そしてターゲットの娘さんのノートパソコンを「やだなあーこれセクハラじゃないの~訴えられるよ~」とNPCに泣きつきながらチェック、不穏なメールを確認。本棚からは不審な本を発見。不審な本に関しては記憶の中の桂さん(おにいちゃ~ん)が「こわそうなものを見つけても先生はけっして詳細を確認しないように」と言っていたので(南方先生のSAN値が35しかない対策)先生は詳細を見ずに、ここで警察での調査を終えた桂・啓秀チームに連絡、どうせもうご実家のお母様の探偵事務所の人に対する評価はだだ下がりなのでええやろということで合流(NPCのちからで突破させていただきましてありがとうございます……自分の力でどうにかすべきなのでは!?)

ご実家に合流した桂・啓秀コンビがあやし~い本をチェックしている(「先生は部屋の隅のほうにでも行っててください」)ので一抹の寂しさを覚えながら部屋の隅を眺めている先生を尻目に桂さんと啓秀はSAN値チェックが入りました。なお本の間から出てきた美女のブロマイド(※ブロマイドじゃない)は見せてもらえたので先生は「わーい美人だわーい」と言いながら貰いました。

みんな集まったところで、改めて、ネットで怪しいメールの内容である謎の宗教団体について調べてみるも目立った成果は得られず。

どうでもいいけど先生は今回のいろいろを通じて七年くらい使ってるガラケーの知らなかった機能をいろいろ覚えたと思う。いつもの調査は桂さんとべったりふたりきりだから。

ターゲットのバイト先

さてこれからどうしよう? と言い合っていたところ、NPCに「バイト先……」と言われてようやく気づくヘッポコ探偵団。というわけで3人でバイト先に行って……ここで何かがあった覚えはないな? ロッカーに忘れていったという本を預かり、ここで時間もちょうどよくなったのでターゲットと仲が良いらしいネカフェの店員さんに会いに行くことに。

岸くんと桂さんのアツい友情

仲が良いはずと聞いていた岸くん(NPC)はしかし仲良くなんてない! とかたくなに否認、ターゲットと関わりがありそうな謎の宗教団体についてちょっと触れてみたところ、岸くんがその宗教を信じているらしき言動があり、ここで桂さん勝負に出ます! どうでもいいけど南方先生、言いくるめがうまいという設定のわりに言いくるめに失敗してばっかりだったし最後までそうだぞ! 技能値80%は飾りか!

「僕もこの顔ですので幸福な世界に行けるという教義に興味があって……」

APP6が説得力を持つ瞬間! すごいぞ桂さんと桂さんの中の人(ダムるしさん!)

我々も口々に口裏を合わせて教団に関心があることをアピール、「ターゲットと同じような境遇で苦しんでいて」の啓秀はともかく先生の「生まれながらのバカで」はアリとして通ったのか微妙ですがこれまでに言いくるめに失敗しているので……。

対決! 謎の宗教団体

ここから先の展開について軽く話し合ったような気がするしRPでなんとなく流したような気もする。「できればターゲットを連れて帰りたい」「少なくとも話をして納得をしているかどうかが聞きたい」「宗教団体の解体まではべつに目指してない」くらいのイメージだった(共有されてたかどうかは自信がない)。

なかで聞き込みに成功するも、ターゲットについての情報はどうしても入らず(話の流れからぐだ子@FGOのコスプレをしたオタク女のRPをKPさんがやってめちゃくちゃおもしろかったです)、だらだら一般人と喋って油断しきったところで啓秀がひとりで入った部屋でSAN値チェックを食らったのが痛かった。まあ桂・啓秀で入ってもどっちにしろ削られたと思うし先生は入らなくて正解だったのでどうしてもああなったような気はするけど……。

バトルになっちゃったぞ

謎の儀式で人死が出るのはやだなーそもそもターゲットが死ぬ可能性もあるしそれより先にどうにかしたいなーと思ったのですが先生の自慢の鍵開け技能を出せる空気でもなくそんなこんなで儀式は不可避という流れに。あとでシナリオ読んだら儀式中に乱闘に入るというか「ちょっと待ったー!」をやることは可能だったっぽいんだけどハワワワワとか言ってるうちに人がひとり死んでしまった。秋山くん(NPC)ごめんよ……。

「エッこわ」「こわない?」「こわい」とか言っているところに岸くんが「これもしやこわいやつ?」といいに来てくれたのですがこれもさっさと岸くんに話しかけてあげるべきだったんだよなー! NPCにはとにかくがんがん話しかけること! ダメなら切り上げられると思うし! おぼえた!

岸くんのサポートもありバトルへ。

「死体遺棄事件の犯人はあなたですね!」←探偵として言えて満足

あとから考えたらいちばん敏捷な先生がシュッとボス戦に突撃するのがいちばん良かったような気がする。コンデジ投げてる場合ではなかった。コンデジでダメージ入ったけど……。初期値で投げてダメージ入ったけど……。

ここまで顔とコミュ力担当だった啓秀がラスト怒涛の追い上げをかけ、敵のボスである美女に魅了されて活動停止後発狂するも一瞬正気に戻り止めをさしておわり! ゲームクリアでした。

 

しかしエンディングで南方先生は見てしまったのだった……事情聴取の刑事さんのボールペンから異形の者がコンニチハするところを……!

反省

わたしはまじでガチのど素人なので、勝手がわからなすぎる時はとにかく「整理しよ」「○○していい?」とみんなにがんがん聞いていくのが大事だなと思いました。楽しかったです! 次回もがんばりたい。

 

キャラのRP的な意味では、南方先生はなんとなく退屈な人生をぼんやりと生きているタイプのありがちなボンクラなので二次元に行きたい気持ちはけっこうわかると思っていたと思うし、「本当は行けないのに騙していた」とわかったときけっこうまじでキレてたんじゃないかなと思います。対して啓秀は出自がターゲットと偶然似ていたこともありターゲットに帰還してほしいという感情がいちばん強かったんじゃないのかな。なので、ゲームとして最善かどうかはともかく、先生がキレてコンデジをブン投げ、啓秀がターゲットを守るほうに向かったのは「らしかった」かなーと思います。ラストで啓秀が一瞬正気になったのも飯田さんへの想いという意味でめちゃくちゃ良かったですね。運命的な出目だった……。まあ啓秀は飯田さんみたいな子には手は出さないんだろうけど南方先生的には人生そういうまじめな恋もありじゃないのと思っています!

鹿ask自選集(更新中)

ask.fmが見づらい!!!!!!!!!!

宗教についてというゼミ題目をいただいてまして、信仰のことをもっとも考えていた2014年上半期のログを読み返していました。というのは黒子のバスケの高尾和成くんをこじらせていたのと(彼がわたしの信仰対象という話ではなくて、彼が信仰をしているという話です)うたの☆プリンスさまっ♪のカミュ伯爵をわたしが信仰対象にしていたのが2014年上半期で、まあそのへんの話をブログにも書かないといけないと思うんですけどすごい遠い目になるので触れたくない気持ちがあります。

それはともかくせっかく掘り返しているのでおもしろかったaskを貼っておきます。また掘るたびに更新します。

なおおやくだちtipsはbestをあさるとまとめてあります。

 

ふだんどうやって小説を書いているのか教えてください

幸せになるためには何が欠けている?

なにうどんが好きですか?

おすすめの小説2013

おすすめの高速バス

児童書について

まどマギキャラにタイトルをつける

のっぺらぼうはどうして喋ることができるのか

 

この質問者さんがすごいシリーズ

マイナーカップリングで最後のひとりになるときの心構え

最近読んだ本

例によってあんまり思い出せないまま適当にメモを書いています。

 

村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ラオスにいったい何があるというんですか?』

ラオスは初読。熊本のくまモンのくだりが思ってたより相当良かったです。

レイモンド・カーヴァー『ぼくが電話をかけている場所』

カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』

フィッツジェラルド『雨の朝パリに死す』

武田百合子『日々雑記』

最近読んだもなにもずっと読んでるだけですが……

トールキン『妖精物語について』

これもおおむねつねに読んでるだけだな

ジャン=ミシェル・アダン『物語論―プロップからエーコまで』

クリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナ『物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術』

これはまあ仕事の資料です。そのうちどっかになんか書くなりします。

ポール・オースター『ムーン・パレス』

人にオースターを勧めたてまえ自分でも読もうかと思って引っ張り出してきました。『ムーン・パレス』は公園のところと老人との生活のところが好きであとはそうでもないんですがたぶん何回も読みすぎたせいでどこを拾い読みしたらとりあえず満足するかということがわかってしまっただけだと思う。

保谷伸『マヤさんの夜ふかし』

谷崎潤一郎『細雪』

伊藤計劃・円城塔『屍者の帝国』

手元にとりあえず読めるゾンビパニックがこれしかなかった。

九井諒子『ひきだしにテラリウム』

こうの史代『この世界の片隅に』

ジャン・ジュネ『泥棒日記』

向田くん(うちのアクセサリー作家)はジュネが好きで、わたしは彼のことを考えるときはとりあえずこれを引っ張り出してくることになる。

デュラス『愛人 ラマン』

 

ハヤカワがキンドルセールをやっているので喜んで大量に買い込んだので今後そういう読書傾向になる予定です。

 

このものすごくやる気のない読書記録、感想書いてうだうだ言われるのマジ鬱陶しかったのでメモだけ残すという形でこうなっているんですが、なんかもうそろそろ鬱陶しくすらなくなってきたし、読んでる本の傾向はこうだし、なにをいつ読んだのかぜんぜん思い出せないし、もうちょっと丁寧に記録をつけてもいいのでは? という気はしてきた。おそ松さん放送終了後一年経ったしな……。

あとおそ松さんのインタビュー記事を延々と読んでいました。大量にありすぎてなにをどうまとめたらいいのかぜんぜんわからない。

優雅で楽しい生活

旅行に行ってない。

 

去年の11月に友達が結婚して、それに着ていく服がそもそもない状態で服のことはまあどうにかし(なっていたのかどうかあやしいんだけどまあ一応どうにかし、いや、平服でどうぞのお式だったんですけど、それでも着ていく服がなかったんですよ)、それに出席するために名古屋に行って以降、旅行に行っていない。

12月に東京に遊びに行く予定だったんですが、祖母が死んだのでそれはなくなりました。まあ納骨があるのでということで1月もなんとなく旅行に行きませんでした。2月3月は普通に体調が悪くてあとふつうに忙しくて家にいました。

 

旅行に行きたいという感情がきれいに消滅してしまった。

というのも旅行に行かなかったら金銭的にかなり余裕があるということに気づいてしまったのです。

 

ここまで書いたところで三日ほど放置してあったぶろぐの続きを書こうとしてるんですが、ここからどうやってつなげようと思っていたのか思い出せない。貧乏の話をしようと思っていました。

わたしは貧乏なんですが、そう、それはもうなんの余地もなく貧乏で、具体的に言うと家賃と生活費を払ってしまうと一万円残らない……ときがある(業務形態上収入にはムラがあります、そこが最低ラインで、そこを割らない生活は維持できています)くらいです。でもそもそもべつに手元に五桁のお金がないという生活は昔から普通でした。家賃と生活費が捻出できている以上の何も気にしなくていい生活はわたしの人生において快適な方です。快適な状態にたどり着いてしまった。

もちろん「これでみんな生きていけるはずだ」という話ではありません。

 

もう結構前の話なので探してきてエントリを貼るのもアレだし貼りませんが、「貧乏である」ということと、「使えるお金がないので、遊べない」ということは、ぜんぜん別のことです。

ユニクロとドトールしか入れない(ユニクロやドトールが悪いわけではなくて、ここでいうユニクロとドトールは「いつも行く店」の象徴として認識しています)、新しいことができない、のは、「お金がないから」ではない。「お金がないという自認で精神が荒んでいて、思考が働いていない」からです。ユニクロに行くより古着を眺めに行ったほうが楽しいかもしれないし、買える服の額が釣り合わないことが気になるなら美術館のような金銭的にどうこうというものを眺める方場所に行くほうが良いかもしれないし(入館料はかかりますがたいていの服一枚より安いわけで、安いと思う、どうかな……とにかくその中で過ごせる時間の長さと豊かさと比べたら微々たる額です、微々たる額だと思えない人は向いてないんだろうけど)、喫茶店に千円千五百円払えないならパン屋でパン買ってきて公園でピクニックだ。

「遊ぶ」というのは「お金をかける」ということじゃなくて、「楽しいことをする」ことで、べつに美術館にいけとかピクニックしろとか言ってるわけでもなくて、「楽しいってなんだっけ」がわからなくなってるのはメンタルがまずいぞ、という話をしています。

「お金がない」という状況はふたつあって、ひとつは「金銭的に余裕がない」、口座に300円しかないからおろせないとか、もっと言うと「家がない」とか、そういう状況。もうひとつは、「来月生きていける確証がない、来年、十年後、どうしよう」という「先行きの不安で焦っている」という状況。後者は「仕事をやめたいけどやめたあとの生活がどうにかなるほどの貯金がない」とか、そういうのも含まれます。

前者だけなら意外と「気の持ちよう」です。というか、前者における「金がない」は状況なので、メンタルの部分でまだ勝負をかけられます。

対して後者のそれは精神的に追い詰められている状態なので、実際は貯金が百万あったとしても、本人が「ない」といえば「ない」のだし(むかし何かの授業で老後のための貯蓄額の試算をやらされたことがあってたしか二千万だったと思うので、まあたしかに百万の貯金というのは、「ない」といえば「ない」のです)、「ない」ことと「それを『ない』としか捉えられない」状況はどう頑張っても変えられません。詰んでいます。

わたしが「楽しいってなんだって見失ってしまっていたらそれは金がないだけの問題じゃないぞ」と言っているのはその点です。

 

もちろんみんな金がありません。そういう意味ではたくさんの人があすをも知れぬ我が身です。唐突に鬱病になって玄関を出ることができなくなり即解雇という可能性もありますし、そのほかの怪我や病気の可能性もあります。働きすぎたせいで病を得て何年も身動きがとれなくなるかもしれません。どんな仕事をしていても、正社員でも派遣社員でも、「お金が十分にない」という閉塞感と、そこから生まれる「わたしにはお金がないので、楽しいことをすることは許されない、お金がないのにそんな資格はない」という自縄自縛につかまって身動きがとれなくなる可能性はあります。

そしてそこから抜け出すためには、「もしかして、問題はお金じゃないんじゃないか」と気づく以外にない。

お金がないという現在はなかなか変えられません。もちろんジャブジャブお金があったほうが良いに決まっているのですが、それはともかく変えられません。

でも、「わたしはお金がないけど、それでもできる楽しいことをするし、それを邪魔することは誰にもできない」と考えることは可能です。というより、そう考えないと、生き延びることはとても困難になります。

 

 

ところでわたしは貧乏です。生まれた時から貧乏で、ずーっと貧乏で今も貧乏です。世の中には二種類の貧乏人がいて、絶対にお金持ちになってやると思う貧乏人(なれるかどうかは時の運ですが)と、貧乏に慣れてしまっているのでとくにそれ以上の何も求めない貧乏人です。わたしは後者なんですが、

なんですが、なぜか「生まれた時から金持ちで、ずっと金持ちで、だから金遣いが荒い」と思われることが、超多い。

まあそう思われても仕方がないといえばそうで、一万円~くらいの買い物をわりとぽんぽんするし、旅行にも行くし、同人誌もどんどんつくるし、なにより「金がなくてつらい」と言わないので、まあ、金があるように見えるといえばそうなんだろうと思います。

なんだけど、もちろんそれは「ふつうみんなが買っている、とくに購入報告をしないもの言及しないもの」を買っていないからある、ということに過ぎません。ある程度不便な土地に部屋を借り、酒と煙草をやらず、外食をせず、服を最低限しか買わず、野菜は最安値のときにたくさん買ってたくさん調理しておき、みたいなことです。

そしてもっとも大事なのは、「それをやってわたしは苦痛を感じない」という点です。貧乏に慣れているのでとくにそれ以上を求めない貧乏人であると言ったのはそういう意味です。そしてそれは同時にほしいものを手に入れるために平気で生活レベルを更に下げるということでもあります。

大事なのは「楽しい」ということで、そして「楽しい」のレベルはひとそれぞれあって、それは残念ながら基本的に共有不可能です。「あの人が楽しそうにしていること」が「わたしにとって絶対に楽しい」かどうかはわかりません。

 

「自分の身を守れるのは自分だけ」というのはそういうことです。「自分で自分を受け入れる訓練」をする、「自分にとって楽しいものを自分にとって楽しいというだけの理由で愛する」こと、それが「持てるもののなかで最大限に優雅に生きる」ということで、「優雅で楽しい生活」がないと、人間の精神は死にます。

「優雅で楽しい生活」というのは必ずしもお金が掛かっている必要はありません。それは言い換えれば「余裕のある生活」です。「自分の手持ちのなかで、たとえば自分はこういうことを楽しんでいる」、「余暇がある」ということ。もちろん余裕や余暇はお金で買えます。でもお金がないならないでなにか楽しいことをしないと精神というのはどんどん死んでいきます。楽しいことは無為な時間と言い換えても構いません。小説を書くんでも絵を書くんでもけん玉でもユニクロの新商品のチェックでもマンホールの写真のコレクションでもなんでも構いません。

大事なのはそれが「自分にとって楽しいこと」であり、「別に楽しくないけど誰かに評価されるためにやっていること」ではない、という点です。評価軸を自分以外に用意するのが悪いわけではないのですが、それはまた別件です。それは「目標を持つ」みたいな話です。別件です。それは「余暇」の話ではありません。いってみれば「未来への希望の持ち方」みたいな話で、その話はまたそのうちしましょう(たぶん)。

 

そして、「自分の人生に余暇はない」「ありとあらゆる全部が隙間なくつらい」という状況に自分がいる、と思ってしまったら、それはその状況から、できれば脱出したほうがいい。そして「あなたがやってる『楽しい』は、無駄なことだ」と言ってくる人がいる状況からも、離れたほうがいい。「余裕があってうらやましい」と言ってくる人からも、残念ながら離れるしかない。たぶん。

なんで旅行に行かなくなった話からはじめたのか思い出した。

「具体的に金を使っている話をしたらやっかむ人がいる」ということが面倒くさくなったので、遊んでいる話をするのがいやにくなったのでした。余裕というのは結局、個人的な体験です。誰かと遊んでいるとしても。

 

優雅で楽しい人生をお送りください!

二次創作が好きだった話

~これまでのあらすじ~

1、色々あって二次創作をやめてから一年くらい経ちました。

2、ちょっとだけ斜視なので視界が恒常的にブレていてそれは普通ではないということが発覚しました。

 

~今回のあらすじ~

斜視おもしろくて遊んでたら小説が書きあがっていた。

 

人生いつ何がわかるかわからないものですね。

風と桶屋の関係のようにいろいろなことが複合的に絡み合っているんですよ。2月仕事がむちゃくちゃキツかったんです。なんでキツかったのかというとここに書けない理由プラス夏コミに申し込んだからで、夏コミに申し込んだのはわたしのことを松で覚えた人にいいかげん名刺を渡す機会のひとつくらい設けろよと思ったからなんですけど、仕事がむちゃくちゃキツくてめちゃくちゃ失踪したくなり、まあまあとりあえず落ち着けよということでとにかく部屋掃除をしたんです。極限までものを捨てたら(そこまでではない)かなりスッキリしてメンタルが明るくなり、よーしカラオケでも行くかと思いました。カラオケに行くというのは皆さんが思ってらっしゃるような楽しい娯楽ではなくて試練です。閉所恐怖症なんだよ。でもこう、テンションが上がっているときはいつもできないこともできるかもしれないですからね。それでカラオケに行って、まあ具合は悪くなったんですけど、でも一応三時間耐えきったのでわたしは超えらくて、超えらいのでウキウキしていて、眼鏡買お! と思いました。これもまあ試練なんですけどね。なんで服を買うとか眼鏡買うとかが試練だったのかということは眼鏡屋でその日発覚しました。

そうです。

斜視の話にここでつながるわけです。

人生とは物語性を孕んでおり伏線は回収される。

 

ここまでがこれまでのあらすじなんですけど、で、斜視だということがわかった、というか、これまで視界がボーっとしているとかものが二重に見えるとか疲れているとよく見えないとかっていう状況があった、さらに言えばそれを「目の周りの筋肉に力を入れて」修正し、かつ「脳内で重複している情報を整理して」修正して生活していた、そしてこれが大事なんですが、それはふつうのことではなかったということを理解しました。君の見ている世界とわたしの見ている世界は違う!

というのがわたしがオリジナル小説を書いていた頃の永遠の命題だったということは、書いてから思い出しました。

「うわスゲー面白い、超ずれる、知ってたけどそっかこれそういうことか! 一点を集中して見ていると二秒くらいで五個くらいに増える! 知ってたけどこれそういうことか! これみんなはないやつでわたしはあるやつか! えっもしかしてわたし画面見ないでも小説かけるんじゃない? ていうか、見てなくない? 書いてみーよっと。うわめっちゃおもしろいさすがに目をつぶると怪しいけどそれでも別に書けることは書けるわブラインドタッチの精度っていうかこれどうせわたしミスタイプしても気づかないのは見てないからじゃねーか! 校正下手な理由もわかったよ! 小説書けた~」

書けました。

二次創作を、最後に書いたのが、えーとおそ松さん10話のときだから2015年の12月頭かな。丸一年ちょっとくらいですね。それきり小説の書き方がよくわからなくなっていて、そう、小説技法の塾をやっているくせに(やっています)小説の書き方がなんかいまいちぴんときてない状態でダラダラ書いたり書かなかったりしていたんですが、書けました。

まあいろんなことのつじつまが合ったんですよね多分。これの一個でも足りなかったら、あと大阪で友達に眼鏡屋に連れていかれて眼鏡はいいぞと言われたとか、京都で友達と発病以降はじめてのカラオケに行ってちゃんと楽しく過ごせたとか、それ以前のこととか、いろんなことが絡みあって現在に至っていて本当に風と桶屋なんですけども。

小説を書きました。

これまでで一番うまく書けました。

というか、小説がうまく書けたと思ったのは生まれて初めてでした。

 

小説技法の塾をやってるんですが、基本的に小説技法の塾なんですが、まあ持ち寄られた内容によってはなんの話でもやります。ということで小説を書いたちょうど次の日、就活対策というか観念的な意味での「仕事について」をやって、その中で「創作を仕事にするということについて」に触れました。「と言っても別にわたしは創作を仕事にしているわけではないんですが、そうなれるかどうかはともかくどうしてそれをしようとしていないかというと、水準に達していないと思っていたからです」という説明をしました。

終わったあとで、「あれ? 水準に達しているような気がするな」と思いました。

商業的にどうこうなるかどうかはわたしにはわかりませんが、「わたしの書きたいものを書けているという意味では水準に達している」し、「わたしの書きたかったものがひととおり書けたんだから、商業的にどうこうなるかどうかちゃんと確認してみよう、ダメならまあ別にそれは仕方ないけど、送るからにはもちろん全力を尽くそう」と、生まれて初めて思いました。「小説を商品にしてみたい」と思いました。

 

で、「二次創作のこと、たぶんわたしはわからなくなるんだろうな」と思った、というのが今日の本題です。枕が長い。

 

ファンフィクションコミットメントという本をずっと作っていて、作り終わりました。内容はnote再録、腐女子寓話とそれにまつわるコラムをまとめた本です。紙媒体は金ができたらぼちぼち……。

なんだろうな、もうここに出てくる彼らのこと、よくわからなくなってしまったんですよ。

二次創作のことも、二次創作者のことも、忘れちゃうんだろうなと思った。

本に入れたエントリに、「嫉妬のこと」というのがあります。ここではオンラインの交流が難しくなった話をしていますが、ブログやTwitterに作品の感想を書きづらくなったこと、二次創作をやめたこと、における、「オタクを続けている人に対するなんとなく苦しい感情」がずっとあって、ああこりゃダメだなと思って、好きだったものや愛したものをくだらない理由で憎みたくないと思って、そういうものから自分を切り離した。オタクの友達とある程度距離を取って、アニメやゲームや漫画の情報を一時期ほとんどシャットアウトしていた。「感想を書きたくなったら嫌だから、やりたくないから、やりたくなりそうなものは見ない」を続けた。そしたら本当に興味がなくなった、というか、どうやって、どんなふうに、興味を持っていたのかわからなくなった。

そしてそのかわりに、小説が書けた。

 

二次創作とはどうして二次創作でなくてはならないのか」というエントリは、ファンフィクションコミットメントのためのテキストとして、最後に書きました。難しかったです。もう二次創作のことがあんまり思い出せなかったから。

創作全般ですが、ひとつの側面として、「架空の実在性を手に入れたい」とか「架空に接触したい」という感情、「そこにある何かを、『ある』と言いたい」という欲望、そういうものがあって、それはたとえば「可能性」を幻視するという行為だと思う。そしてその「可能性」は、「絶対にこのかたちをしていなくてはならない」ことがあって、だから「わたしが幻視した彼らの人生やその続き」は「たとえほかの可能性を裏切るとしてもそのかたちをしていなくてはならない」ということがありえる、という意味において、二次創作は二次創作でなくてはならない。そういう、「わたしは彼らの可能性を見ることができる」「彼らの可能性に触れることができる」という、なんていうんだ、確信? オリジナル書いててもそれはやっぱり「可能性を形にすること」には違いないんですが、この場合の「可能性」は「存在するかしないか自体を選択できる」であって「存在しているものそれ自体の別の可能性に触れる」ではなくて、なんかうまく言えないんだけど、体験として別個の部分はたしかにある、「彼らに触れることはできないけど、彼らの可能性に触れることはできる」をやっていたことを、間違っていたとか無駄だったとか思いたくないし言われたくないし、これから先忘れてしまったあとで言いたくもない。ので、完全に忘れる前にここに残しておきます。

ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』に、超雑に要約すると「俺は戦争に行ったかもしれないし戦友は死んだかもしれないしそれは全部起こらなかったかもしれないけど全部本当の戦争の話なんだよ」みたいなことが書いてあるんですけど、わたしにとって二次創作というのは(これはわたしの話でみんなそうだという話ではないんですが)そういう「これは起こったかもしれないし起こらなかったかもしれないけどどっちにしろ全部自ジャンルなんだよ」っていうのを超カジュアルに前提として体験できるもので、そこが好きだった。と思う。「可能性を体験する」っていうのはそういう話で、そのうえでその可能性を共有するっていうのはめちゃくちゃ贅沢なことだと思うんですよ、まあ共有できない(人がいないとかで)こともあるけど……。

そしてオリジナル小説を書けば書くほど「可能性を共有する体験」というものが何だったのかわからなくなっていく。たぶん、わからなくなろうとしてわからなくなっているから、必死で遠ざかるために、嫌いにならないために、憎まないために、書いているんだと思う。わたしの目に見えているものはわたしの目にしか見えないということを、書いてしまっている。あなたの見ているものをわたしが書くことができるという可能性を、見失ってしまった。たぶんわたしは「自分の戦争」の話は書けても「わたしたちの戦争」の話は書けなくなっていて、それをいつかまた書く日は来るのかもしれないけど、それはかつて信じていたものではない、んだと、思う。風が吹いたのでそうなりました。いろんな理由で。

 

わたしは二次創作が好きでした。

「どうして」好きだったのかは思い出せなくなるとしても、「好きだった」ということは忘れないでいたいと思う。

2016年にあったこと

ブログには何を書くんだっけ? という気持ちで机に向かっているところです。

 

向田くん(向田くんというのはわたしの非実在部下です)のask.fm経由で「もうブログは更新しないんですか?」と問われたのはずいぶん前なんですが、さてブログをもう更新しないのかというのは難しい問題で、そもそもこの場合求められている「ブログ更新」とは何のことなんだろう。

アニメの話をすると障りしかないということが現状まだ続いているので少なくとも向こう半年ほどはアニメの話はしません。夏になったら考えます。というわけで今のところアニメの話を求められても何もできません。以下(情報共有制限)と記述される項目に関しては以上の理由で向こう半年は言及しないと意固地になっている要件です。

あとTwitterをやめてしまったので話題の出来事についても特に情報が入ってこない。ここでいうやめてしまったのでというのは告知用のアカウントしか持っていないという意味です。年末まで一応交流用のアカウントがあったんですが年末に大掃除のついでに消滅しました。今はもう何もありません。正確に言うとLINEグループ的なものがひとつ生きていますがそれで終わりです。なお向田くんのask.fmもかつてのわたくしのask.fmと同じ経緯で閉鎖しております。さようなら、ハートフルなインターネット! というわけでわたしは世間様とのコミュニケ~ションをいまのところおおむねSkypeからの伝聞で成り立たせています。noteはみんな好きなことを好きにだるだる喋っている印象のほうがつよいのであまり情報入手SNSではないな。

 

このブログがアニメの感想と時事ネタでいちおう回されていたことを思うと(去年はほとんど告知しかしてないけど)ブログを更新するというのはそのへんを指すのではないかと思うけどそのあたりについては言及する気は全くないというかインプットをしていません。さようなら、ハートフルなインターネット!

 

去年は大量に買ってある(情報共有制限)関連書籍を徒に積み続けた以外の書籍の購入はアクセサリー製作関係と編物関係が中心で、編物関係に関しては執拗に「誕生日には編物の本をください」と言い続けたために17冊になりました、ありがとうございます。何らかの形でお返ししていきたい。というわけでアランニット関係の現行書籍をざっと買ったんですが特に良かったのはこの本。

Clooth-Na-Bare『アラン編みのちいさなニット: アイルランドの素朴な伝統模様を編む

アランニットの歴史と現在、いわゆるアラン諸島についての美しい写真、伝統ニットパターンとともに簡単な小物レシピがたくさん載っているという読み物として充実していて情報から手芸に入りたいタイプにはおあつらえむきの一冊です。読むところが多いレシピブックが好きなのでこれはとてもよかった。レシピもわかりやすい。

あとは積んであったロシア・フォルマリズム関係の本を崩したり買いなおしたり買い足したり、ロラン・バルトとかソシュールとか、大学生の頃に読んだんだか挫折したんだかというラインナップに再挑戦しつつ、そういや読んだんだっけ読んでないんだっけと言いながら日本近代文学をひっくり返しています。とりあえず漱石の短編の読み漏らしとかを浚ってる。なおわたしにとっての日本近代文学は「書いてある意味ぜんぶわかる」と泣きながら演習の準備の合間に読むもので学問としてちゃんとやったことは実はあんまりない(日本文学が専門だと思われることがちょいちょいあるんですが義務的にちょっと触れただけで別に専門ではない)。大学では言文一致をやっていたんですがそれも「日本近代文学・翻訳文学・新聞口語・落語」というラインナップでいちおう読むだけ読んだというだけで……。いちおう読むだけ読んだけど……。学問というのはいちおう読むだけ読む範疇がほとんどではないかという気もするけど……。

あと去年始めたのは、あまりにも「始めた」だけでろくにできていないので忘れていたけどホロスコープとトランペット。どっちも「音が出てすごい」とか「用語がちょっとわかる」くらいに留まってるけど。

 

こう書いてみると去年はずいぶん充実した年だったし、(情報共有制限)に言及するまでもなく書くべきことはいろいろあるという気もするな。どうせ動かないとわかっているのに押し続けていた石が唐突にごろっと向こう側に落ちたみたいな2016年でした。向こう側に何があるのかはまだよくわかりません。以下に去年あったことのまとめを書いていたら5月ごろまではすごくまじめにブログを書いていたことがわかり「なるほど、更新しないのかと言いたくもなるな」とちょっと思いました。

 

2月 観念してインターネットからお金をもらう手段を整える

4月 向田くんの誕生

5月 ウェブショップを開店

6月からゼミをはじめていろいろな進捗が爆発 勢いだけでトランペットを買う

8月 唐突にアクセサリーを作り始める(2012年に一瞬作っていたことがあるのでいちおう再開)

10月 唐突に編物を再開する(2011年ぶり)

11月 水泳を始める(たぶん高校生ぶりくらい)

12月 ジョギングを始める(十年ぶりくらい)

 

「昔やっていたこと」が多い人間だなあ。という感じです。まあ生活は完全に一変しました。2017年もこの風来坊同然の生活を続けるのか全てなかったような顔をしてインターネットから完全に姿を消すのかは神のみぞ知る。遊べるうちに遊びに来てね。

これまでのあらすじ

二次創作はもうしないんですかというようなことやそれ以外のことをちょくちょく聞かれるし、もう一年くらいになるので再度まとめておきます。

 

1、2015年11月におそ松さんの感想(感想です)エントリを上げたところめちゃくちゃ反響があってハートフルなインターネット(隠語)に色々な側面から話題にされた結果インターネットで書けないことがいろいろ増えた

2、2016年1月に限界がきて感想(感想です)エントリを上げるのと二次創作をするのを一切やめた

 

ポイント

1、二次創作およびリアルタイムのフィクションの感想は一切書かない、理由はハートフルなインターネットが面倒くさいことをたくさん言ってきてすごく面倒くさいから

2、わたしが書いていたのは感想であって「考察」じゃない

 

以上です。

リアルタイムコンテンツじゃなくなったと思っていいと思うし(先日特番ありましたけど)おそ松さんの話そろそろしようかなと思ってTwitterにもちょくちょく書いてたけど、まあこういうエントリを書いているという以上、お察しくださいって感じだ。

嫉妬について

おお ask.fmよ 君を泣く!

 

去年の10月にask.fmのまとめを作ろうと思った形跡をぼちぼちまとめなおしているんですが、当然ながら当時の文章を読むことになり、無邪気に永遠にask.fmを続けていられると思っていた(そしてやめるときはやめたいときにやめるのであってやめざるを得ないからやめるのではないと思っていた)頃をつきつけられて容赦なく落ち込むのですがわたしは最近ようやくask.fmをやっている人をみかけても嫉妬の炎に焼かれなくなりました。

最近ですよ!

わたしは嫉妬という感情をほとんど抱かないんですけど、というか抱かない種類の人間なんだと思っていたんですけど、それはたぶん人間に興味がないということと自分に特に確信を抱いていないということによって裏付けられているのではないかと最近思うんですけど、それはともかくask.fmのログを呼んでいると「嫉妬の炎に困っている」という質問ていうか相談がたくさん寄せられており、何の話をしているかというと、

 

ask.fmをやっていない今こそask.fmにきりもなく雨のように降り注ぐ、あの人がうらやましい、あの人になりたい、あの人がどうしてあんなに幸せでいられるのかわからない、といった質問に親身になってこたえられるのに!!!!!

 

というジレンマです。ask.fmをやっている人がうらやましい。いや最近ようやくなにも考えなくなれたのですがうらやましい。すごくうらやましい。無料で有象無象からしょうもない質問に答えたいが無料でしょうもない質問に答えるプラットフォームにはハートフルなインターネット(隠語)がやってくる人生になってしまったのでそれをやる日は二度と来ないのですがわかっているのはわたしが嫉妬という感情について答えなくてはならなくてはならなくなったときの答えはもうわかったということです。

どうでもよくなるまですごい勢いで別のことを考える。

しかない。

手慣らしのためのさみしいなにか 8/12

哉村哉子さんは涙のような雨のふる夕方、ウェディングドレスが飾られたショーウィンドウの前で星の一生について教わったことの話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943

 

着てみたかった。

きれいな女の子に生まれたら、と言いながら、立っている背中を見ている。ちいさくて、どこもかしこも子供じみた曲線を描いている。女の子のものとは全く似ていないその曲線を眺めている。きれいな女の子に生まれたら、着てみたかったたくさんの服がある、という。漫画やアニメのなかのキャラクターのように変身ができたなら着たかったたくさんの服を着ない子供の死骸。傘をさして立っているわたしは君の反対側の肩を守ることができない。

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