一日652円

なんとなくぼんやりと金銭的な困窮が続いており、ぎりぎり生きてはいける範囲なのでめちゃくちゃに困るというわけでもないんだけど「これが続くと最終的にゼロの日が来るのではないか」という認識が頭をかすめ、まあでも11月はこのへんの金でしのぎ、12月はこのへんの入金があり、このへんをこうして税金をひねり出し、うむ、どうにかなるな、とは思うんですけど、おそ松さんの放送が始まったので雑誌を大量に買ったところ、あらゆるところを振っても残金は6523円、なお次の入金日は18日。

ないというほどにないわけでもないしあるというほどにあるわけでもない現状に8日に向き合ったので10日間で6523円、つまり一日652円、別に少なくはない額であり、だからわたしはこう、こういう生活をいつもいつも続けてしまうのですが、いつもぎりぎり金に困らない。手相占いでも何の占いでもいつもいつも「金に困らない」と言われる。そんな具体的な占いがあってたまるかと思う。いつだか占いで「寝るときはカーテンを閉めろ」と言われたこともあります。占いってもっとなんかメンタルの話じゃないの? とりあえず寝るときは忘れずにカーテンを閉めるようにしています。母親の助言のようである。

ということで一日652円なんですが光熱費の支払いはまだぎりぎり粘れるラインなので事実上食費が一日652円あるということになります。一食あたり217円なので選択肢としては自炊一択です(キャリーオーバーが発生すると外食ができます)。

さて、金がないのは今に始まったことではないので(というか先月末はもっとやばく、一週間300円で乗り切るみたいな状態だったので)、醤油が切れかけていて、みりんはもうなくて、酢も切れかけていて、砂糖は切れて、和出汁が取れるものがなにひとつなく、何があるかというとサラダ油、ごま油、ナンプラー、甜麵醬、コンソメキューブ、バルサミコ酢、マスタード。

食材チームはというとにんじん、玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツ、にんにく、しょうが。米とパスタとそうめんと春雨と小麦粉と片栗粉。ひじき、お麩、乾燥わかめ、干ししいたけ。大葉、梅干。

一分の迷いもなく今夜はポトフということになります。

 

652円の初日(昨日)はまだ冷凍庫に納豆と餃子があり、いただきもののコンビーフもあったので、ごはんを炊いて味噌汁を食べました。味噌汁の具はにんじんとだいこん。昨日は何も買い物をしなかったので一日分キャリーオーバーが発生し、一日724円に変わりました。

なお冷蔵庫には茗荷味噌とひじきの煮物があり、それと味噌汁(にんじんとだいこんの味噌汁の残り)でやっつけ、昼は最後に残っていたツナ缶とキャベツでペペロンチーノでした。

これから野菜だけのポトフを作り、多分ポトフで二日くらいしのげると思います。肉は明日買います(近所の店は祝日閉まっています)。今日も買い物をしなかった場合キャリーオーバーが発生し、815円の世界に入ることができます。これは大金のように思える。

 

絶対的に金があったという経験も乏しいのですが、金がないという経験にも乏しい。なんとなくやっていけるのではないかという気がしてしまう。もちろん貯金残高というものが存在しないのはそうなので貧乏以外の何でもないんですけど、ものすごく困窮したという覚えもない。なくなったらなくなったなりの生活をしているからというだけだと思うんですけど……。トイレットペーパーがなくなったらチラシを揉んでしばらくしのいでしまうし……。

なお、前回金があった時酒とお茶と果物を買っておいたので、そこの点で今回たいへん豊かな気持ちになっているという側面はあります。

 

わたしの生活はおおむね、朝起きて仕事(タスクリストの更新をして、あとは最近はずっとプロットについての文章を書いています)、昼ご飯を食べて少し寝てから仕事(ゼミの準備)、夕方に長めの睡眠を取ってからゼミ、という構成で、これを毎日毎日来る日も来る日も繰り返していて、時々煮詰まると仕事をファミレスに持ち出してファミレスでやるくらいの贅沢しかないので、金を使うところがないといえばまあそう。時々本と毛糸を買うくらいで、静かな生活を送っています。金がもっとたくさんあったらもっといい毛糸を買うけど。

日報05(体調が悪い、ファミレス)

昨日の夜は3時まで卓があったので寝たのはなんやかんやで5時を回っており、寝て12時に起きたら風邪をひいているような気配を察知した。13時頃まで起き上がれず、どうにかして起きてどうにかしてファミレスに行く。他人が作った料理を食べてどうにか立て直そうとする。

発送をしてからファミレスでごはんを食べてゼミの告知、そのまま次の小説技法のシリーズについてああでもないこうでもないと考えているうちにゼミに呼び出されて帰る。

そのあと卓をちょっとやってそのままだらだらSkype。

日報04(不眠、お詫び、寒い9月1日)

この日報は都合の悪いことにはあまり触れていませんがおおむねありのまま、ほとんどリアルタイムにメモしたものをそのまま配信しております。

 

18時、ツナとじゃがいもをマヨネーズで炒めてもちもちカリカリしたものを作る。大量に作ってほとんど冷凍する。料理は全部大量に作ってほとんど冷凍していて、ここのところ集中的に料理を作っていたので冷凍庫がそろそろいっぱいになってしまったので食べるほうに回らなくてはならない。

ごはんもあるだけ炊いて(米の残量はこれでゼロ)冷凍する。

ひじきをもどして、しょうが(しょうがシロップを作ったカスが大量に冷凍してある)と鶏ひき肉と鯖缶で煮込む。お麩も入れる。鯖缶を突っ込んだのは醤油とかみりんとか全然ないからです。缶詰も甘かったしショウガもすでに甘く煮てあるものなので結果として甘い煮物ができる。まあいいということにする。

ひじきを煮ながら洗濯をしながらどどんとふ(TRPGのオンラインセッションツール)の準備。

20時から23時半までセッション。そのままの流れでだらだら通話をしながらまたショーゴの話をして洗濯物を干してひじきを冷凍して日誌を書いているうちに2時頃通話が終わって、そこから一時間ネタ出しとか企画とかそういう感じの仕事をする。通話の終わり際にフルーツグラノーラを食べていたら「太るぞ」と宣告され「このあと仕事するので……」と言ったら「寝なさい」と言われる。あとから考えたら確かにその通りだと思うし、しかも多分フルーツグラノーラが食べたかったというより牛乳が飲みたかっただけだった。

なおフルーツグラノーラは友達が送ってくれた救援物資です。いつもありがとう。まじ。

 

3時半くらいに寝たものの卓でいろいろなトラブルがある夢を見て5時半に目が覚める。二度寝しようかどうしようか考えながらメールTwitterLINE諸々を確認したところ、『赤塚王国フラグメンツ』の編集漏れがあったとのメールをいただいており飛び起きて確認して返信してTwitterに告知を流しデータを作り直しメールを送りnoteを更新する。たいへん申し訳ありませんでした。詳細はnoteをご覧ください。

睡眠不足のときの常で喉がめちゃくちゃ乾いているので、ここぞとばかりにいちじくを食べる。お茶をたくさん飲む。

 

そう、起きるとメールとLINEとTwitterとわんこそばを確認しているのでわんこそば最近返せてないですけど確認はしています。もうちょっと余裕ができたらまた再開します。

ひととおり対応が終わったのでため息をついて、遅延していたメルマガをようやく書く。いまだに読んでくださっている方ありがとうございます。夏コミが終わったことだし、もうちょっと更新頻度を取り戻したい気持ちが……ある!

あと死蔵されていた小説のデータをぼちぼち公開。面白いか面白くないかで言ったら面白いとは思うけど、投稿用小説としては全然ダメという、3月に書いていたものです。このあともう一回改稿して、それの更に改稿を今やっていて、ずいぶん違う話になってきたのでプロトタイプの方はそろそろ公開でいいかという判断をしました。おおむね異世界ファンタジー、おおむね家族の話です。

 

10時半、単に睡眠不足なのか寒いせいかいろいろあって緊張したのかスムーズな流れで嘔吐したので(よくあることです)あわてず騒がずインスタント味噌汁を飲み、ごはんとひじきを温めて食べる。

 

食事の選択肢、フルーツグラノーラ、ごはん、パン、冷凍のピザ、千切りのジャガイモをもちもちさせたもの(これの名前はなんだっけ?)、春雨、というバリエーションがご用意できており、味噌汁とカップスープのポタージュと作り置きのトマトスープもあり、その他おかずの冷凍や常備菜もあり、ピッチャー二本にお茶と水があり、机の上も片付いているので、つまりこの状態が永遠に維持できればファミレスに仕事をしに行く必要はなくなるわけです。机が散らかっていて、食べ物も飲み物もなくて、あとなんとなく人恋しいからファミレスに行くのである。

 

日誌を読み返して8月にあったことを整理しているうちに眠くなったので寝ることにする。

今日のゼミは17時から受け付けています。22時から卓に行きます。

日報03(調味料のない家、掃除)

ゼミの準備をしながら晩御飯。ワニのフィレ肉と白ネギを焼いてマリネ、塩水につけた枝豆をオーブントースターでグリル(白ごはん.comのレシピ)、山芋を短冊に切ってわかめと合える。醤油とみりんと油が全然なくなってしまい、今後何かを炒めたくなったらマヨネーズで炒めるしかなくなったため、「明日は、ツナとじゃがいものマヨネーズ炒めと、ひじきのそぼろ鯖缶煮を作ろう」ということを考える。胡椒をはじめとしたスパイスの類も全部使ってしまった。月が切り替わって光熱費を払い終わった残りで調達しないといけないものリストを作る必要があるのであとでここを見返してリストアップしてほしいという要望を自分に向かって出しておく。

あと冷蔵庫には食べる機会をいまいち逸したいちじくがあり、これも明日こそ食べよう、と思う。

最近料理のレシピを考えていると南方くん(※クトゥルフTRPGで使っているキャラクター)が脇からヒュッと出てきて「僕これ嫌い」「これは好き」と言っていく。これは一時期南方の作る弁当の内容を毎日考えていた名残(また考えたいと思っている間に一か月くらい間が開いてしまった)。南方は茄子ときのこと芋類ととうもろこしとネバネバしたものとゴーヤが嫌い。好きな食べ物はミョウガの肉巻きとはんぺんの梅肉はさみ焼き。

 

皿を洗ってゴミをまとめてゴミ出しと発送。

12時までゼミ待機がてら通話をつないでショーゴの話をしつつ、スケジューリングと今後やりたい企画などを曖昧に延々と書き出したり整理したりを続ける。

酒を飲んで(酒がもうなくなった)寝る。3時には寝たような覚えがある。

 

12時起床。そのまま一時間ショーゴのことを考えているうちに一時間が過ぎていく。感情移入しすぎてぐちゃぐちゃになり少し泣いたりする。

起きて昨日のワニの残りで昼ごはんを食べてから通話をつないで、部屋掃除。いま、自宅のメインの照明が諸事情(蛍光灯カバーの外し方がわからない、踏台が壊れたので仔細を調べることができない、踏台を買うところからやらなくてはならない、金がマジで全然ない)で切れているので、「夜になると部屋が暗い」という旧時代の生活を送っており、夜はパソコン仕事をしたらいいので特に困ってはいないのだけれど部屋掃除は日の高いうちにしかできない。

アクセサリーの写真を撮る約束、忘れていないんですけれどもせめて部屋がもう少し片付いてから頑張らせてください。発送も詰まっていますが部屋掃除を……。晴れているし……。

ということで部屋掃除をした。ちょっと前に部屋掃除をするたびに通話をしていた友達(会ったことはないけれどわたしは軽率に友達と呼ぶので友達だと思っているインターネットの人)がいて、その人の声を聴くと手が勝手に部屋掃除を始めるので助かっている。今日もたいへんはかどりました。ありがとうございました。

部屋が暗くなってきたので17時で部屋掃除は終わり。シーツをひっぺがしたりして洗濯物が出たので洗濯機を回しながら晩御飯を作る。このように日照量に合わせて生活をしていると体調がよくなってくるはずなんですがそのまま4時とかまで起きているのであんまり関係ないような気もするんですよね。ツナとじゃがいもをマヨネーズで炒めたり、ひじきをもどしたり、ごはんを炊いたりしてきます。

今日はTRPGをやるのでゼミはありません。自作シナリオ「もう嫌だ死にたいあるいはハワイで豪遊したい」を回してきます。

日報02(梱包と発送)

昨日はゼミがあり、そのあと4時まで日誌をつけたり日記を書いたり9月のスケジュールをごそごそやってから寝た。

12時起床。昨日作った羊と茄子の炒め物に羊と茄子を追加してグリーンチリソースで炒める。みょうがの肉巻きを作る。ごはんなしでおかずだけぼんやり食べながら、いいかげん枝豆を調理しなくてはいけないということを考える。

今日のやることリストを作ったものの、茫漠としていてあまりはかどらない。寝る前にショーゴ(※自作小説の登場人物)の話をSkypeで二時間してしまったので脳内でずっとショーゴが延々と何かを言っており、ショーゴとよく話し合って言語化するのにリソースを割いているうちにぼんやり一日が過ぎていく。

梱包と部屋掃除、洗濯、スケジューリングの続き。

押し売りの類(最近よく来る)を追い返して気分がクサクサする。

Skypeでショーゴの話の続きをしてとりあえず落ち着く。まだ喋っているけどなんとなくたわいのない雰囲気になった。ショーゴは5年くらいの付き合いなので時々よく喋ることがある。キャラクターが脳内でよくわからないことを延々と言っている現象、あるという人は結構多いみたいだけども、なんなんだかよくわからない。誰なんだ。

『かんかん橋をわたって』を三巻まで読む。あと最近読んでるのは吉田戦車『逃避めし』深見じゅん『悪女』。LINEで時々送られてくる任意の動画。

今日はこれからゼミの準備をしながら引き続きぼんやりする。枝豆を茹でることができればいいんですけど、できるかどうか確信が持てない。

日報01(梱包と発送)

~これまでのあらすじ~

TRPGをやりながら夏コミの原稿をやり、夏コミの原稿をやりながら夏コミの原稿をやり、夏コミの原稿をやって、夏コミに行き、帰ってきて、しばらく寝くたれながらTRPGをやり、そろそろようやく生き返り始めたところです。

 

最近わんこそば という名前でメッセージボックスを利用したQ&Aをやっていて、そこと、あと相談でも聞いていただいたんですが、わたしに関して「文章を書いて生計を立てている」というのは語弊があるというか、語弊しかないというか、端的に言って全然違うぞ。

文章を書くことで得ている収入は以下の二点です。

1、ブログの広告収入。大した額じゃないので具体的に言ってしまうとうち程度の更新頻度かつ内容だと一日25円くらい。数か月おきに、忘れたころに、口座にちょっと振り込まれてて「あっ、やったー」と思う。もっと広告の量を増やしたり、広告の内容をもっとセンセーショナルなものに変えればもうちょっと収益が上がるっぽいけど、そういう状態の自分のブログが好ましいと思えないので別にこれでよい。

2、noteの投げ銭。これもぶっちゃけると多くて三万くらい、おおむね光熱費分くらい稼げればそれでいいかという認識。noteはプラットフォーム自体がわりと気軽に投げ銭しやすいので(わたしもわりとちょいちょい買います)ちょいちょいお金が動いて助かっていますが、プラットフォームにあんまり依存するのどうかと思うし、「収入源のひとつとしてあれば助かる、なくても生活はできる」範疇に収めるつもりで運用しています。いつも投げ銭してくださる方はありがとうございます。日々の糧になっています!

以上。

 

って感じなので、別に全然文章を書いて生計を立ててはいません。なにで生計を立てているかというとゼミ人生相談添削指導、まあそのへんで、よろしくお願いします。

生計を立てるというか、家賃と税金がどうにかなればまあいいやと思っていて、今ちょっと親に借金をしているので(パソコンが唐突に壊れたので……)それを返すために稼ぎ出すためにどうにか頑張らなくてはならないなと思っているというくらいで、金のかかる趣味はほとんどなく、野菜を買い、肉を人からもらって食べ(肉はいつでも送ってくださってウェルカムです)、ファミレスで企画書を書き、TRPGの募集にシュッし、電子書籍を買い集め、誰にも会わず、遊びに行くこともなく、それだけの静かな生活を……

別に送りたくて送っているのかと言われるとよくわからないんですけども。閉所恐怖の発作が起きるから下手に出かけられないでいるうちにこういう生活が成り立つようになってしまったから月収が二桁にほとんど乗らないまま静かな生活を送っているだけなんですけど……。

 

というね、まあ、という、どういう生活を送っているのかという話に誤解があるようなのでまあどういう生活を送っているのかという盛り上がらない記事をたまに書こうかなあと思いました。わたしは他人の日記が好きなんですけど、自分でも五年かそれくらい日記をつけてはいるんですけど、オンラインで毎日更新はなかなか続かないので、まあどうなるかわからないですけど書いてみようかと思います。

 

3時

諸々片付いたので酒を飲んで羊肉を塩で炒めて食ってから寝た。今日はロフトベッドに上がることに成功した。

4時

起きる。トイレに行く。そのまま床で寝た。

8時

床で寝ていたことに気づく。うちの床は硬くて冷たいので夏は気持ちよく眠れるんですがそれはそれとして体が痛い。ベッドで寝直す。

11時

起床。昨夜仕事あけに飲んでそのままになっている酒とつまみ(杏露酒のお湯割りと焼いた羊肉)の皿がそのままになっているのでそのままの流れでまた羊肉を焼いて食べる。切って焼いていると自分の油で勝手に揚がっていく。この油、本当はちゃんとはがして油は油として先に熱したほうがはかどるんだろうなということをぼんやり考える。あと、茄子に吸わせたらいいような気もするんだけど、でもとりあえず今は腹が減っている。

焼いた肉を半分くらい食ったところで唐突に「羊はもういい」という感情が来る。たまに来ることがある。別に特に気に留めず、最後まで食べ終える。

羊肉をオンリーで炒めるのは、羊肉の風味のついた野菜を食べたいときと、「もういい」という感情が加速するときの、両方があって、どちらが来るかよくわからないからです。そして米も汁も用意せず羊肉だけをひたすら食べた。塩で。

12時

夏コミの新刊の発送がたまっているので延々と宛名書き。あんしんboothパックを使えばいいのに(すごく便利そう)いちいち手書きをしているのは万年筆を使いたいからというのはちょっとあって、うちは宛名書きのための中屋万年筆(プラチナブルーブラックが入っており、耐水性インクなので、宛名書きに使える)があって、これを握っていると大変幸福なので宛名書きは好きなんですけど30通書いたらさすがに気が狂いそうになった。

14時

Skypeの相手がつかまる(大学生)。だらだら喋りながら延々と梱包。皆FGOをやっているので少し憮然とする。

15時

一回発送に行き、スマートレター(梱包資材)を買い足してくる。こんなに発送するんだったら安売りしているところでまとめ買いをするべきだった。完全なスマートレター貧乏。財布にも口座にも札がない。

金がないのはわかっているのにコンビニで濃縮還元百パーセント桃のジュースを買う。百パーセントジュースのお湯割りに五か月くらいハマっているので。

ものすごく金がなくてものすごくまずいような気がするけれど月末のうちに発送をできるだけしたいし(boothは月末締めなので)、食材はいっぱいあるし(茄子、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、長ネギ、みょうが、枝豆、ショウガ、にんにく。炊いたご飯はたくさん、炊いてないお米は少し、春雨、お麩。羊、ワニ、ダチョウ、豚)、冷凍庫には調理済みのおかずも詰まっているし、ふりかけと漬物と梅干もあるし、味噌もある……まで考えたところで醤油を切らしているのを思い出した。まあいいや。醤油くらいなくてもしばらくやっていけるでしょう。あと別に醤油くらい買おうと思えば買えるくらいの小銭はある。

帰ってSkypeをつなぎ直して梱包の続きをする。

17時

梱包が終わったのでアクセサリーをひとつ作る。明日明るくなったら更新しようと思う。というか店に上げていないアクセサリーが何個かたまっているような気がする。なんでためるのか理由は分かっていて、写真を撮るのが下手なので、写真を延々と撮り直しているうちにめちゃくちゃな気分になってふて寝をするからです。下手なりに一個一個頑張っていってほしい。わたしだけど。

18時

この記事を書き始める。

書き終わったら今日のタスクは九月のスケジュールを整理すること、ゼミの準備をすること(今日もあけています)、皿を洗う、風呂に入る、2時くらいには寝る。2時くらいに寝ると言いながらよく4時くらいまで起きている。朝方生活に戻りたいけどTRPGをやっている限り戻らないような気がする。皆卓をやったあと寝て起きて仕事に行っていてえらい。フリーランスは朝寝坊ができる職業……ということを考える。それ以外に良いことがあるかと言われたら別にたぶんそんなにないんだけど、朝寝坊はできる職業です。

五月の月間目標(と、タスク管理のやりかたまとめ)

マインドマップで五月のタスクを整理していたところ画面に収まらない広さになり縮小したら読めないサイズになってしまってバチギレしているようすです。

ともあれマインドマップ式整理は便利でどうにかいま即座にすべきことが整理できてよかった、地味に三時間くらいかかったけど……。さいきん何回かGTDのやりかたを指導していたんですが、まあわたし相当簡略化してるのでもうあんまりGTDじゃないのでは? という気もするんですが、GTDの実践の一番最初にタスクを全部書き出すんだけどそれをやるのにマインドマップは便利だということがわかったけど三時間くらいはまあかかるな……。

 

五月の目標は

魚の国を完結させる

物語以前を完成させる

今夜裏庭で会いましょうを完結させる

・おそ松さん関係の雑誌目録を作る

・こまめにプールに行く

・ファミレスに行かない

ファミレスに行かないというのはどういうことかというと、仕事と私生活が混然一体となってグチャグチャになり、グチャグチャになると飯が作れなくなり、タスク管理もできなくなり、部屋の狭さも気になりはじめて閉所恐怖を発症すると逃れるように大きな窓と大きな机と食料を求めてファミレスに行くので、冬からこっち行きすぎだったのでこのへんでそもそも生活がグチャグチャになるのを止めようという考えです。ファミレスに行くと金がずるずるなくなっていく

というわけでファミレスに行かないためにどうしたらいいのかというと、

・仕事をしすぎない

仕事をしすぎることによって無理が生じて無理が積み重なった結果グチャグチャになるのでタスク管理をしっかりやってコントロールする。

・自炊ほか家事の実行

食べるものがなくならない状況を作りグチャグチャになりにくくする。

・タスクを定期的に見直す

立てた予定に無理があるのではないかという確認をこまめに行う。月曜あたりに見返す習慣をつけましょう。

 

 

ということで頑張ってほしいと思います(わたしが)。

 

最近ゼミ(今週1000円です、気軽に遊びに来てね)でタスク管理の話をすることが多くて、わたしがやってるのは適当に簡略化したGTDとポモドーロなんですけど、要点としては

1、時間の管理

(1)仕事や学業の時間を引いた(睡眠時間等はここでは引かない)自分の自由時間を把握する

(2)睡眠時間、食事の時間といった、絶対に必要だし削ろうと思ってもどうせ削れない時間をゆとりをもって計上する、ここにはTwitterを眺めるとかpixivを眺めるとかなにもしてないけどなんかボーッとしてるとか寝ると思って布団に入ったけど眠れない時間とか、「よくわからないけど一日のなかでそういえば無自覚的に使っている時間」も含む(絶対にそれはやるし、それを含まないで予定を立てても絶対に破綻するので)

(3)残りの時間を把握して、タスクを割り振る(タスクに関しては次を参照)、タスクが割り振り切れない場合、タスクの量を減らすか、(2)を調整できないか検討する

2、タスクの管理

(1)やらないといけないこと、やりたいこと、できればやりたいこと、いつかやりたいことなど、とにかく全部書き出す(使っていて楽しい文具を使う、気軽に捨てられる紙に殴り書きをする、大きな紙に適当にどんどん書き込んでみるなど、あらゆることを気軽に書ける状況をそれぞれ考えて用意するとよい)

(2)書き出したタスクを「今月やること」「今月はやらないこと」「いつでもいいから余裕があったらやりたいこと」に分ける(抜き書きする、蛍光ペンなどでマークするなど)

(3)「今月やること」のタスクの必要な時間をそれぞれ考える

(4)「今月やること」のなかで長い時間を要するタスクを取り出して、「今日の」あるいは「今週の」メインタスクとして扱い、メインタスクが複数ある場合は適宜要する時間に合わせて振り分ける

(5)残りの小さなタスクを、「今週中にやること」「今日やること」「このあとすぐやること」などに整理し、メインタスク分を抜いた残りの時間にあわせてスケジュールにはめこんでいく

(6)「いつでもいいから余裕があったらやりたいこと」はタスクが思ったより早く片付いたときのおたのしみ

(7)「今月はやらないこと」は来月になったら見返して「今月やること」を掘り返し「やらなくてよくなったこと」を消し、また残りは「今月はやらないこと」として残す、この場合新しくタスクがある場合は書いて同様に処理する

(8)できれば一週間に一日~数時間程度「タスクを割り振っていない時間」を余らせておいたほうがよい

☆ポイント

・メインタスクとなる大きなタスクはできるだけ小さなタスクにさらに分割し、「これとこれとこれは終わった」という状況を作ることで、少しずつ進んでいるという実感が持てる、分割できない作業の場合は「一時間×何回」で把握する。45分作業+15分休憩×何回、別に40分+20分でもいいんだけど、というやり方だと作業効率が上がる……人もいる(ワンセットの時間は適宜自分に合った長さで)。

・ひとつのタスクに取り組んでいる間はほかのタスクのことは考えない(忘れるために書きだしたので)。

・一週間ごとくらいの頻度で、「このスケジュールで遅れてないか」を確認し、遅れている場合はタスクの量を減らすか減らせない場合は間に合わせる手段を講じる

・スケジュールに余裕がある場合は前倒しで作業を進めても良いが無理はしないこと、どちらかというと余暇として扱ったほうがいいかも

・タスクに「タスクのための時間を作る」を入れるのを忘れないこと!!!!

 

まあ理想ですよね。実際はタスクをぎちぎちに詰めすぎて爆死したり、ビビッてガンガン前倒ししちゃって爆死したりしてるからグチャグチャになってるんですけど、今月は気をつけてしっかりタスク管理しようと思いまーす……。

それはそうかもしれない、でも幸せになろう

いろんな人から人生相談が来るんですよ。

 

わたしのような肩書のない人間になんでこんなに人生相談が来るのかよくわからないんですが、来ることは事実です。いい加減肩書がないのもどうかと思うので夏コミが終わったらカウンセラーの資格取ろうと思っている……夏コミが終わったらなのは印刷費を捻出するために綱渡りの生活をしていて金がないからですが……印刷費が返ってきたらいいかげんカウンセラーの資格を取ろうと思う、それはともかく人生相談がたくさん来ます。いろんな人から来ます。病院に行ってる人も、行ったほうがいいのかわからない人も、行くほどじゃないのはわかってるけど誰かに聞いてほしかった人もいます。

 

メンタルの具合が悪い人というのは自己肯定度の低い人なんですよね、おおむね、多分。

で、なんで自己肯定度が低いのかというと、「否定されたから」というのはまあ多分多いと思う。

その否定されたタイミングが、「親から」だったり、「学校で」だったり、「職場で」だったり、まあ色々です、「趣味の場所で」の場合もある、何の話かというと、「家庭環境が精神疾患を作るわけでは必ずしもないでしょう」という話です。人生にはいろいろなタイミングで自分以外全員敵みたいな状況が生まれる可能性があって、それがたまたま人生の早い段階かもしれないし、遅い段階かもしれない。

そして否定されやすい(否定されたと感じやすい)性格なのかもしれないし、現代社会において否定されやすい要件が多いのかもしれない。疲れやすくて仕事がたくさんできないとか、太りやすいとか、逆におっぱいが大きくてその話ばっかりされるとか、お人よしすぎて騙されて周りの人が信じられなくなったとかもある。

そして「自分の身に起こったことは、つらいことだったんだ」と認識できるようになるのは、自己肯定度の低いグチャグチャの世界から抜け出す第一歩です。

だからそこで「わたしの人生はグチャグチャだった、なんでわたしだけがこんなひどい目に」という気持ちになるのは、それはまあ仕方ないと思う。

 

「わたしの人生はグチャグチャだった! おまえの人生もグチャグチャになればいいのに!」とか、「グチャグチャじゃない人生を歩んだ人がねたましい!」とか、思うのはまあ仕方ないです。思うのは仕方ない。そこで自分の感情を抑圧するのは良くない。でもそれを「伝える相手」は選ばないといけない。なぜなら「わたしの人生はグチャグチャだったんです!」と伝えることで成功経験を積んで自己肯定度を上げてしまうと、話を聞いてもらえなくなった時にまた自己肯定度が下がるだけだからです。

別の方法で、もっとゆっくり確実な方法で、自分の人生はどこから積み上げていけるのか、見つけないと、もっとグチャグチャになるだけなんですよ。

 

「失敗すると叱られるから」以外にも、「生まれつき神経質で、失敗するのが嫌」「完璧なもの以外作りたくない」という人はたとえばいて、でも「失敗したくない」人が必ずしも駄目な人かというと、「ミスが許されない仕事」においてはその人は「素晴らしい仕事をする人」です。そういう仕事に就くことは必ずしも可能ではないかもしれないけど、人生には仕事以外の側面もあって、ノーミスで幸せになれるたとえばゲームとか、自分の性格に適した余暇を持つことで幸せになれる可能性は高い。そういうかたちで積み上げた成功経験はなくなりません。それをやっている間満ち足りて幸せだったという事実は残るからです。

「失敗が怖い」は「仕事が正確」、「醜いと感じるものが多い」は「美意識が高い」、「疲れやすい」は「無理しない、させない」、「神経質」は「よく気がつく」、ストレス耐性が低い原因になっている要素が実はこれから先の人生よいほうに転じる何かかもしれない。

 

人生のどこかの時点で何かが起こって、つらいことばっかりの時期になる、まわりに敵しかいなくなる、そういうことは時々あります。もちろん許しがたいことはたくさんあるでしょう。戦って殴り合いになって苦しむばかりかもしれないです。親のほうも親をやるのに向いていなくて親をやっている間敵だらけでつらかったのかもしれない。単に親子の性格の相性が悪かったのかもしれない。上司部下でもそう、学校もそう、人生の一時期「いなくてはならなかった場所」が、相性が悪かっただけかもしれない。もちろん相性の問題では片付かないレベルで劣悪だったということもありますが。

人生における運が悪かった。それはまあそうだね、というしかないことはたくさんある。つらかった、療養して少しましになった。憎しみが湧いてくるようになった。体力が出てきた証拠です。いいことです。

そしたらどうしたらいいのか?

自分の人生を自分の手の中に取り戻す方法を探すしかない。

少し元気になって、「わたしが悪かったわけじゃない」に気づいたあとにできることは、「わたしにとってすばらしい人生はどうやったら見つかるのか」を考えるしかない。たぶんそれはめちゃくちゃ大変なことなんだけど、つらかったらもちろん誰かに八つ当たりするしかないときはあると思うけど、こっそり隠れて八つ当たりして、八つ当たりを成功経験に数えないように気を付けて、あとはなんとかして、幸福な成功経験を積む方法を探すしかないんですよ。たぶんそれはめちゃくちゃ大変なことなんだけど、幸福になる方法は、幸福になろうとすることによってしか始められないんです。

 

ところでこういう話を延々としていると本当にわたしは何なんだ? と思うよね。市井の市民です……。世界人類が皆幸せになることが非常に望ましいと願っているだけの……。市井の市民、単なる無職だったところじゃあ有料でいいから相談に乗ってくれやにはいはいと受けていたら気が付いたら人生相談で飯を食っていて全く意味が分からないんだけど、気軽に相談に来てね! メールでもSkypeでもいいよ!

オカルトとでも言わなきゃやってらんねえよ

~これまでのあらすじ~

小説を新人賞に応募しようと思った。

 

オカルトの問題ではない、すべてわたしが悪いといえばそうなんですよ。

公募の締切は3/31でした。改稿は30日の朝に終わり、30日は死んで過ごしました。このときバックアップをきちんと取らなかったのが第一のミステイクです。そうだね。

31日の朝に晴れ晴れと起きたわたしは、冷凍庫からキャベツの煮物を取り出し、チンして、

 

なぜかパソコンのキーボードにぶちまけました。

 

当然ながらそんなことをしたことはありません(してたらもっと早く壊してます)。なんでそんなことになったのか全くわかりません。拭いてとりあえずしばらくひっくり返して置いておいたのですが、それはともかく締切は今日です。パソコンをつけました。つきました。とにかくバックアップを取ってPDFデータを作ってしまえばどうにかなると思

落ちました。

バックアップは取れていません。

おりしも広島は強風注意報が、出てたと思う、たぶん、前日に予想されているというニュースは聞いたしたしかにすごい風だった。わたしはノートパソコンを掴んでふきすさぶ風の中エディオンに駆け込み、「これは専門の業者さんじゃないとデータ取れないですね」と言われました。専門の業者のところに行こうと思って電車を間違えました。まあ焦ってたんだと思う。思うんですが、業者の住所に何もなかったときはこう、いや、冷静さを欠いていたのはわかっている。電話をかけるべきだったんだよね。実店舗がないタイプの業者だったのだということはそのときもわかりました。でもそこを選んで電車を乗り直してまで出かけて行った自分ですよ、問題は。

 

「ここまでして出すべき原稿なのか? そこまで、それほどに、良く書けた原稿なのか?」

駆けずり回るわたくしの脳裏をがんがん鳴り続ける怒声に対してこう答えるほかなかった。

「軽い気持ちだったよ!!!!!!!!!!!!!!!!! わかったよ!!!!!!!!!!!!! 納得がいくまで書き直します!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

そしてとぼとぼと家に帰ってパソコンをいじくりまわし、当日消印が不可能な時刻になって、唐突にパソコンは息を吹き返して、わたしにバックアップをお与え賜うた。

あんなに「いま抱えているパソコンに入っている小説はこことこことこことこことこことここを直さなくてはならない」とあたまがギュルンギュルン回転したことはなかったですね!! 直します! 直しますとも!

「これは出すべきではないからパソコンがここで死ぬべき」と判断したのはわたしの無意識領域とDynaBookちゃん本人(本体)のどっちだったのだろう。バックアップは無事に手元にあります。改稿作業中です。次の締切は6月です。頑張ります……。

 

 

今回これ以外にもいろいろなオカルトっぽいことがちょこちょこあってこわかったというか「風は吹いている!!!」って感じで、もうオカルトでいいよこんなの!!! と思ったのですが、オカルトという意味でいちばんオカルトを感じたのは、改稿を終えた3/30にぶっ倒れながら「ラジオでも聞くか……」と思って、はじめて、はじめてですよそんなアイフォンアプリでとくに目的もなくラジオつけたの! ボケーっと聞いてたらえのきどいちろう(好き)が井上陽水(大好き)について語り始めて、かけた曲が「あなたを理解」だったことです。泣きながら正座して聴いちゃったよ。

きっとどこかへ行こうな……。

 

今回投稿用に書いた小説と同時進行で気晴らしに書いてた小説をどこかに送ろうかと思っていたのにそれも今回のどさくさで送りそびれたのでnoteに置いています。よろしくね。小学五年生の女の子が星雲になる恋愛小説です。

知覚と相談と人生とわたし

noteに去年の夏に投げた文章をスクラップしています(noteのほうのは消えています)。


わたしは、ある日唐突に自我が芽生えた状態で中庭に放り出されたように幼年期を始めました。

「誰もなにも教えてくれなかった」と言えばうそになりますが、「みんながあたりまえのように知っていることを、わたしは知らない」が、あたりまえの状態からスタートしました。

というわけで、わたしは彼らの「あたりまえのこと」をなにも知りませんでした。それを知らない理由も説明できませんし、それは何なのか説明してくれと求めることもできませんでした。なぜならそれを当たり前に知っている子供たちは、「それがあたりまえである」という以上の認識をできないからです。

そしてわたしがどうしたかというと、彼らの話をひたすら聞いて、それは「何」であるのか、自分で考えて理解して自分のものにしようとする、わからなかったらわかるまで考えるか、サブテキストになりそうなものを探す、ということをやっていました。

「打ち明け話」をされるようになったのはたぶん高校生くらいの頃からで、加速度的にされるようになったのが大学に入ってからでした。人生のこと、家族の問題、将来設計について、「聞いてほしい」と言われること、あるいは、遊んでいる途中でなんとなく始まること、泊まっていてなんとなく始まること、かかってくる電話、そういう日々を延々と経て、インターネットでQ&Aのサービスで遊び始めました。

めちゃくちゃたくさん質問が来た。

で、回答側としてもハマったし、こういうことをやるべきだった、とか、こういうことができたんだ、とか、いろいろ思うところがあったんですが、まあask.fmというサービスは匿名で質問ができるので、最終的に端的に悪意が寄せられる量が許容範囲を超えてしまい、なかったこととなりました。いまも質問は送れますが全然見てないので回答はしません。

で、代わりに萩の原というウェブショップを始めました。

唐突に発生した何も知らない子供から、知っていたはずのことが分からなくなった人や、知らないということそれ自体にはじめて直面して、出口がわからなくなった人へ。


こないだ斜視の話をしてわりと友人知人にウケたんですよね。「おまえは絶対目が悪いと思っていた、目が悪い人間の挙動だった」って言われてめちゃくちゃ面白かった。たしかにその指摘はずいぶん前から受けていました。でもわたし0.9と0.5のあわせて1.5とかなので(だったと思う)視力的には別にそこまで悪くないんだなということでみんなが訝しんでいたところが解決したわけです。みんないいやつだな。ありがとう。

で、面白いんで色々人に聞いてもらったり考えたりしてたんですが、そういや耳もあまりよくないというか、たぶんこっちはちょっと聞こえすぎというか聞くべき領域を選別するのが苦手なんじゃないかと思うんですが聴覚過敏で頭痛くなりやすくて、基本的に音がでかい場所があまり得意ではない。最近ある程度克服できないかなと思ってカラオケちょくちょく行くようにしているんですが、自分で歌ってない時はちょっとしんどい。

鼻はめちゃくちゃ悪い。それは知ってた。全く分からないわけではないけど微妙な匂いは何もわからない。

 

どうやって生きているんだ……?

大抵のものを触るか舐めてみる理由がわかりました。

それしか十分な機能がないからです。

 

で、冒頭の文章に戻りますが、つまり何もわからない何も知らない状態だったのは、そう、そういう、そういうことです。そもそも生育環境が他の子供と違う上に、そもそも他の子供と知覚できる情報の量が段違いに違ったということになる。

そして冒頭の文章に挙げたように、わたしは他の子供より注意深くなることで問題をクリアしようとしました。気配とか、速さとか、声のトーンとか、そういうものを重視してコミュニケーションを取ってきたし、それはうまくいくこともあればうまくいかないこともありました。というか基本的にはうまくいかないながらもそれでも生き延びてきたわけです。あと勘は鋭いほうだと思う。ぎりぎりのところで危険を察知したことはあるし、「なんとなくいやだから行かない」も多いし、よく知らない人の情報を「たぶんこうこうこうですよね」と当てることも一応できる(絶対にあたるわけではないにしろ)。

できないことが多いから勘が発達した、ということでしかないように思える。

そして、だからこそわたしの勘をみんな頼ってくるわけだ。古代人みたいだな。いや前から思ってたけど勘が鋭いから価値を見出されて頼られて生き延びることを許されているのマジ古代人みたいだよな……。

人生……。

 

ところでとにかく目が疲れやすいということを自覚したので日中サングラスをかけています。つまり視覚情報を意図的に減らしています。

よりいっそう勘と触覚で生きています。