デュオリンゴで算数を学ぶ

最近、算数が少し分かるようになった。

デュオリンゴという語学アプリがある。周囲ではけっこうみんななんだかんだでやっていて、わたしも200日くらい続いている。

もともとは韓国語を読むために始めた。というのも、ほぼほぼわたしとその韓国語圏の方しか書いていない(今はわたしも書いていない……)カップリングにハマっていて、是が非でも読みたかったので……。

結果としてハングルを読むこと自体はギリできるようになった、嘘、全然知らなかった頃よりは読めるようになった、これもちょっと嘘か……。知らないわけではなくなった、くらいですかね……。ハングルを覚える期間が過ぎて本格的に単語などを覚える段階に入ったとたん頓挫して頓挫しっぱなしになっている。多分デュオリンゴのみではもうダメなのでテキストをやった方がいいと思われる。テキスト買ってあるんですが。

というわけで、韓国語のことはひとまず置いておいている。同カプの韓国語圏二次創作は、読めると言うほど読めていないが、雰囲気と気合いで萌えています。

というわけで当初の目的は果たしていないのだが、デュオリンゴは他に色々語学が学べるほか、数学のコースがある。すごく初歩の算数から始められる。

実はわたしは算数ができない。

子供の頃から本当に興味がなかったらしく、小学校二年生の成績簿に「算数の授業中、ずっと窓の外を見ていました」と書かれたことがある。つまらないとかわからないとかではなく学ぶ意思を放棄している。万事がこの調子で、大学でも「興味がある回のレポートだけおもしろい」と言われたことがある。関心がないことに本当に関心がなく持つ気もない。わたしが現在社会性のある存在に見えるとしたら大人になってからの努力の成果である。

しかし算数ではそういうわけにはいかない。算数が分からなくてながらく苦労をした。

それがちょっと分かるようになったのである。

話を戻すと、デュオリンゴでは韓国語をいったん放り出して今は中国語をやっている。わたしは一応大学で第二外国語を中国語で取っていたためほんの……少し……わかり、楽しくやっているのだが、デュオリンゴは語学アプリなので基本的にスピーキングがある。パスもできるが。中国語をメインで進めつつ、あんまり喋りたくない気分の時は語学をパスして、数学コースを触ることにした。

算数が分からなくてながらく苦労はしていたので、ながらく算数に親しみたいと思って生きてきた。一番簡単なレベルの数学検定のテキストを毎日解いていた時期もある。しかし相変わらずよく分からないまま生きてきた。

これが、ややわかるようになったのである。快挙だ。

何が分かるようになったのかというと、「1」と「2」の違いが分かるようになった。

デュオリンゴは大体3択くらいの中から選択する作りなので、「1と2と3の中から正しいのを選んでください」という感じで出題される。少なくとも1か2か3であるということは事前に分かっている。

つまりこの出題において、1と2と3は違うのである。

というか、「1」と「2」の違いがあるという設定をしたので、以後は「大体小さい」とか「取るに足らない」という同カテゴリの存在として分けないでください、という話が、数学なのではないか。もちろん「3以下取るに足らないです」という場合もあるが、その場合はそう書くからいったん1と2を峻別するシーンだと受け入れてください、という話をしていると、今更ようやく理解した。

これが何を示すかというと、「1件のエラー報告が上がったということは、0件ではないから、対応した方が絶対に良い」という認識ができるようになった。「10件上がったら考えるわ」ではなく、「1件でもエラーはエラー」と思うようになった。

もっと言うと、「床にゴミが落ちているけどもっと散らかってから片づけても一緒」と思わなくなった。まあその瞬間拾うかどうかはさておき、「1個のゴミは1個のゴミ。10個未満のゴミだから0、とかではない」と思うようになった。

あと、「8時間まで働くと決めたのだから7時間までは無と同じ」とかも思わなくなった。というかこれまでそう思っていたということに気づいた。全然、無なことはない。

これまで「量」というものを、全然理解していなかった節がある。

量ってすごい。

画期的見解だ。

もしかして数学ってすごいのではないか。

というわけでようやく目が開いたような、新鮮な日々を送っている。わたしはもうじき41歳になるが、ようやく、「3以下取るに足らないので対処しなくてヨシ」の世界ではない、もっと細かい世界が見えるようになった。