松野一松の起死回生 兄さん、ぼくはいいこだよね?

水曜配信で観てるので8話まだ観てないんですけど8話観る前に書かないと8話観たら何言いだすか自分でもわからないので今書きます。8話観たら「全然違った! ごめん!」って言いだすかもしれない。最速組は全然違うなと思っても温かい目で見てね!

7話において、松野一松という男の目的をついに理解したと思う、というエントリです。

 

一松の(群体としての行動を除く)行動を列挙するとこうです。

  • 「せめてなにかやって」「せめてなにか言って」とチョロ松に言われる
  • ハローワークで「みんなについてきただけ」「自分は生きる気力のない燃えないゴミだ」と言及
  • 詩らしきものを書いている
  • 居酒屋で皆に「犯罪者予備軍」と呼ばれ、一人だけ擁護したカラ松に掴みかかる
  • 酔いつぶれてカラ松におぶわれる
  • ブラック工場で「終身名誉班長」に昇進
  • 猫と同化
  • 「ニューおそ松兄さん」で鬱憤晴らしをするチョロ松に同調してやる(一松はこの日特に嫌がらせはされていないのに珍しく「何か言って」いる)
  • じぐ蔵に何回も捕まる
  • パチンコで勝ったトド松をチョロ松と共に率先してシメて金を巻き上げる
  • 寝ている場所はカラ松の隣、一番端
  • 十四松とプロレスごっこ
  • 母に「自分を野放しにすると家族から犯罪者が出るがいいのか」と恫喝、受け入れられる
  • 家族の解散がなかったことになった(と思った)とき兄弟で一番泣いている
  • あこがれのマドンナトト子ちゃんの家にミュージシャンのコスプレで登場
  • カラ松の誘拐に対して歌って舞う(歌はおそらくGRAY「百花繚乱」
  • 「カラ松って誰?」(カラ松の名前を呼んだはじめての言及、ちなみに7話までカラ松に話しかけたことはない)
  • カラ松に投擲する兄弟のなかで最も重い石臼を一番最後に投擲
  • 「猫と会話をしたい」ということを認める
  • エスパーニャンコによって自分が不安で孤独であり、兄弟がいるから友達を作る必要はないと思っていることを暴露される
  • 猫および十四松との関係修復
  • カラ松のギャグに対してバズーカ
  • トド松のバイトで罵声を浴びせられても平気な顔をし、ひとりだけ「もう帰ろう」と言う
  • 十四松とともにトド松のバイト先を楽しむ
  • 憤怒を表明する兄たちに率先してトド松のバイト先で迷惑行為(脱糞未遂)、トド松を率先して恫喝
  • 台無しになったトド松の合コンののち、トド松に笑顔で「おかえり」と言う

これを整理すると

  • 十四松との関係は兄弟の中で最も良好(ただし十四松は兄弟全員と基本的に関係が良好で可愛がられています)
  • カラ松に対しては敵意ととらえられる態度を取るも、酔いつぶれるとおぶわれ、夜はとなりで寝、居酒屋等で隣にいることも多い
  • 仕事を上手にこなして昇進し、トド松のバイト先で適切な態度を取る適応力・コミュニケーション能力がある
  • 兄弟をシメるときは(兄弟のなかの「正義」である)チョロ松に同調・行動を共にし、率先して攻撃的態度を取る
  • 無気力を表明するがしたいことがないわけではなく、自発的な行動をとらないわけではない
  • 自分の家族にアピールするべき最も重要なことは「自分が犯罪者予備軍であること」
  • 自分に自信がなく、人間関係の構築を恐れ、既存の人間関係である兄弟の一員であることに縋っている

 

論点としては「なぜ一松は自分を擁護するカラ松に攻撃的態度を取るのか」です。これが一松の行動において最も謎でした。

 

整理した通り、一松の「犯罪者予備軍」としての自己アピールは仮面にすぎないということは、エスパーニャンコによって既に暴露されています。一松が「自分は危険な人間だ」とアピールするのは「自分に自信がないから」です。「自分には何のとりえもないから、攻撃性を発露することによってしか、家族の一員として認めてもらえない」と思っているから、一松はアンタッチャブルな人間を演じている。

実際に示された行動としては一松は、ブラック工場に兄弟のなかでもっとも適応し、兄弟が来たことを嫌がるトド松の気持ちを察して帰ろうと言い、いざトド松のバイト先で食事を始めれば十四松とともにきゃっきゃとそこで過ごす時間を楽しんでいます。一松は本当は仕事ができるし、空気も読める。楽しもうと決めたら楽しむこともできる。

でも「自分に価値があると思えない」。

エンディングで言及されるとおり、一松は松野兄弟が全員クズだということを理解しています。そのうえで、クズであることに焦ることも利用することも楽しむことすらできない自分を一番のクズだと思っている。だから一松は「無価値」なのです。おそ松の開き直りもカラ松の自己愛もチョロ松の自立志向も十四松の無邪気さもトド松の要領の良さも、彼にはない。一松が持っているのは、とおりいっぺんの青年らしい内気さとやさしさと皮肉と自己卑下だけです。

 

一松のアンタッチャブルな仮面は、「無価値な」一松が必死で構築した、自分を守り、兄弟の、家族の一員として認められるための武器です。

 

そしてその「犯罪者予備軍」としての一松が最も「まさに犯罪者予備軍」として行動しそのように扱われた回が、7話トド松バイト回でした。

前述のとおり、一松はトド松のバイト先で、一貫して適切な態度を取っています。ふざけてカフェらしからぬメニューを口にする兄弟に同調して「ソフトクリーム」と言ったことさえ、「パフェならあるからこれを食え」という形で返答を貰っている。言葉に出しては言っていませんが、彼は十四松と並んで、トド松の就職をほとんど祝っていたといっていいのではないか。

そして、上三人およびトド松がはっきりと「モテ」を意識した行動をこれまで取っているのに比べて、一松(と十四松)は、それらしい行動をほとんど取っていません。マドンナのトト子ちゃんの気は引きたいしアイドルとしての活動も応援するというだけです。

「合コン」というキーワードに過激に反応し、それまでぶつぶつ言いながらも一応隅でおとなしくしていた兄たちが一変態度の悪い客として振る舞うのは、女が絡んでいるからです。

しかし一松はここで兄たちと共に「態度の悪い客」を演じることはありませんでした。

一松がやったのはなにか。

 

他の客の前での脱糞未遂です!!

 

完全にアンタッチャブルな迷惑行為、犯罪者予備軍ってよりによってそういう方向かよというやつで、トド松の上司は「警察呼ぼうか」と言います。立派に社会に犯罪者予備軍として認められた歴史的瞬間です!

しかしここで一松が脱糞未遂をやったのは、トド松がこれに先立って散々兄たちを「うんこ」と呼んだという前提があります。

つまり一松が脱糞未遂をやったのは、トド松が売った喧嘩に対する真正面からの非常に率直な返答であり、「うんこと呼ばれた」から「うんこであることを認めた」のです。そしてそこに込められたメッセージはおそらく「たしかにおれたちはうんこだけど、経歴詐称して働いている松野トド松もおれたち兄弟に及ばずうんこだ」です。

わたしの感想言ってもいいですか。「なんて真面目な子なんだ」。やりくちはあれだけど。

 

そして振り返ると、一松がなぜ「犯罪者予備軍」と呼ばれたかったのか、その理由が、この迷惑行為を通じて唐突に響いてきます。

一松は家族以外に縋れるものがなにもないから、家族の一員でいなくてはならない。家族に認められなくてはならない。家族に価値ある存在だと言われなくてはならない。

一瞬の判断で迷惑行為を決意し走る一松のうしろに彼の兄たちがいて、率直な不満を撒き散らしています。

 

「兄さん、ぼくは兄さんたちのしてほしいことをやったよ」

「兄さん、ぼくはこんなに役に立つよ」

「兄さん、ぼくは、いいこだよね?」

 

十四松は兄弟の誰が何をやってもそのまま受け入れるか手助けをしようと努力してくれます。

そしてトド松が逃げようとしたら率先してシメる側に回るのが一松です。

一松は兄たちの機嫌を取らなくてはならない。一松がアンタッチャブルな存在であると最もよく理解しているのがおそ松、一松のアンタッチャブルさに言及し、時にはそれを利用するのがチョロ松です。

 

そして一松が「本当は全然アンタッチャブルな存在ではないし真面目な良いやつだと信じている」と、よりによって兄弟全員の前で口にしたのがカラ松でした。

カラ松は一松の仮面の下にあるものを知っているのです。でもなぜ仮面をかぶっているのかは知らない。

 

ここまで来て、2話居酒屋とは何だったのかということがようやく明らかになりました。一松はカラ松が「理解者」であろうとすればするほど、カラ松を黙らせなくてはならない。カラ松がそれを喋ったら、おそ松とチョロ松との「信頼関係」およびトド松への「牽制」が崩れ、一松の存在意義が消失するのです。認めてくれるのはカラ松と十四松だけ、しかし彼らは面接試験に通らず兄弟の中で発言力を持たない「弱者」です。

かくして一松はカラ松に攻撃的態度を取ります。

 

しかし一松が酔いつぶれたらおぶってくれるのも夜となりで寝てくれるのも、「一松が危険だとは全然思っていない」カラ松だけなのでした。

 

切ない話です。あいつらいったいどこへ行くんでしょうね。