おそ松さんにおける女性人気とは何か、およびおそ松さん公式が最初から最後まで全部すごかった話

アニメ業界:アニメジャパンに見る試行錯誤 パッケージビジネス崩壊で“生みの苦しみ”続く

そして、今年のアニメジャパンで、各担当者が最初に口をそろえたのが、女性来場者の増加だ。「おそ松さん」や「弱虫ペダル」など、女性の支持を得たヒット作が立て続けに生まれたことが背景にあるという。特に近年は、「おそ松さん」など女性を狙ったつもりでないにもかかわらず、結果として女性の支持を得たものも出てきており、結果的に女性人気の作品が増えている。

 

(首を振って素数を数える運動)

 

さて、わたしはおそ松さんを全部GYAO配信で観た(1話2話は一週遅れでそれ以降は二日遅れで観た)ので、つまりアニメスタート頃の動きは公式ツイッターのログと10/16に行われたスペシャル上映会のパンフレット(通販で買いました)でしか知らないのですが、あ、DVD一巻特典のスペシャル上映会ダイジェストまだ観れてないゴメン(DVDを観る余裕などなかった……)、それはともかくスペシャル上映会のパンフレットは36ページ中16ページが声優グラビアです。インタビューがメインではありません。グラビアがメインです。インタビューもコンパクトな量ながら情報量が濃く、またそれ以外の記事もたいへん充実しているのですが、声優グラビアが、ええ、端的な言い方をすればじゃぶじゃぶ金のかかった匂いのする「絵的に読ませる」仕様となっております。おそ松さんの女性人気沸騰の理由に「男性人気俳優」がよく挙げられていますが、実際しょっぱなの釣り餌としては男性人気俳優を「有効活用」する形できちんとしたグラビア誌を作ったと取るのが妥当です。声優アニメディアでの声優陣の連載枠もありました。わたしはおそ松さんにハマってはじめて声優雑誌というものを買いましたが少なくともその連載枠はメチャクチャきちんとしたインタビューとグラビアだった。

というわけで声優オタクを囲い込む気満々だったのは明らかだし、男性声優のファンに女性が多いのはお察しのとおりです。

 

そのうえでおそ松さんはまず1話でいわゆる乙女ゲーパロをしょっぱなに突っ込んだ上で、男性キャラクター同士のセクシーな絡みのシーンも入れることで、「BL消費まったく問題ありません、夢女子もどんと来い」をやりました。大事なのはあの「イケメンバージョン」に萌えている女子は実は別にさほどいない(pixivのイラストでも圧倒的大多数は「原作絵」です)ということで、あれは「そういう消費をして全然オッケーですよ、そういう公式です、客を差別しません」という「公式からのメッセージ」として示されました。(※夢女子というのはとりあえずここではキャラと自分もしくはキャラと任意のモブキャラの恋愛を想定しながら作品消費をする姿勢の女性オタクを指します)

これはあまり気にしていない人も多いとは思いますが意外と重要で、ジャンプ作家や映画公式等から「女の客は呼んでいない」と言及されることにおける幻滅感というのはそれなりにマイナス要因になるものです。おそ松さんは「声オタ! オッケー! 腐女子! オッケー! 夢女子! オッケー! いいから全員来い!」をきっちりやったのです。しかもイベントではなく第1話で。

実際(入り組んだ事情で入り組んだ人間関係の入り組んだ結実としての)「一松事変」回のホモフォビア描写を除き(しかしこの回はホモフォビア描写を踏まえた上での兄と弟の非常に精緻な情愛というか執着の話で、色々な感情が入り混じっているものの根本的にはそこにあるのは照れであり、男を男の魅力を評価することの微妙さです)ホモフォビア的発言はわたしが覚えている限りゼロ、ミソジニー描写はたくさんありましたがあれは反転的に女への憧れとして処理され、諸々恋愛模様はあるものの結局誰ひとり決まったパートナーはいないという終わり方をしたので夢女子にも優しい仕様。男女恋愛で萌えたいから作中で欲しいという人向けにもそれなりのラブロマンスが用意されているし何より六つ子のための永遠のヒロイントト子ちゃんがいます。もちろん恋愛要素抜きで二次創作を楽しむことも邪魔されていません。

女性向け二次創作というのは恋愛要素なしのオールキャラ作品およびラブストーリーとしての消費が大半だと思いますが、おそ松さんはその点において完璧にそつのない「想像の余地があり、想像のノイズにならない」作品を提供してくれて、「別にオッケー、差別も排斥もしません、全然ありです」という姿勢を貫きました。男同士のディープキス(多分)のシーンもあります。恋愛要素としてカウントすることも兄弟の悪ふざけとしてカウントすることも可能な範囲で。

 

おそ松さんは女オタクを釣る気などなかったはずだとこの期に及んで言っている人はいい加減帰ってくれ。釣る気満々だった。釣り針まみれだった。

 

そしておそ松さんが腐女子にウケたのはイケメンバージョンがあるからではありません。というかべつにBL二次創作というのは、厳密に言えば、外観によって何がどうなるという種類のものではありません(もちろん外観を重要視する人もいるけど)。

「同い年の男が六人同居していて同じ布団で寝て一緒に銭湯に行って仲良く生活をしながらも、愛憎や駆け引きにまみれつつ、あくまでも群体であることを貫こうとする」六つ子の人間関係が非常に微妙かつ精緻に描かれており、その上で空白の部分はきっちり空白として残されており、妄想の余地だらけだからです。

その上であらゆる全てが「これは別に恋愛感情ではない、男同士の間ではよくあることだし悪ふざけとか兄弟愛とかちょっとしたこじらせとかそんなもんだよ」でも収まる範囲での出来事であり、いわゆる「腐媚び」感がない(からこそ何故腐女子は……という話になるのでしょうが)。いわゆる腐媚びと呼ばれるものが悪いとは全く思いませんが、とにかく広い客層を獲得するという意味では最適解です。

 

そして「若い男が六人も出てくる話なんだから(※サブレギュラーも含めるともっと出てくる)女性を全力に釣りにかかるべき」という商業戦略は極めて妥当。実際大ヒットした。そしてだから男性は排除されているかというとそんなこともなく男性ファンもいっぱいいる。子供も結構観てるそうだ。さすがにそれはギリギリな気がするけどまあアウトというほどではないか……。

 

その上で重要なことなんですが、「おそ松さんの人気は所詮人気声優に釣られてるだけでしょう」という言説は、人気声優というものをなんだと思っているのか。というか、おそ松さんを観たのか? あそこでいわゆる「イケメン声の代表格」みたいな人たちが一体どんなえげつない台詞をどんなえげつない声でどんなにえげつなく演じているのかを踏まえた上で、「所詮人気声優に」などと言えるものなら言ってみろという話であり、たしかに皆さんおそ松さんでもたいへん美しい声を披露してらっしゃるんですが、あそこには「いわゆるイケメン声的なイケメン声」は基本的に存在しない。12話のオーディオコメンタリーで聴けるご本人の声の方がよほどイケメンです。彼らは演技として「若干のおっさんくささとズレを孕んだそのへんにいるフツーの若者」の声を「演技として」出しているのであり、そのうえで声オタの方は「なるほどこれは良い演技だ」とか「なんでこのキャスティングなのかと思ったけど今回で納得した、有効活用だった」とか言っているわけで、ちょっと人気声優と声オタを舐めすぎではないかという言説が、ええ、多かったですね! 実に多かった!!

なおおそ松さんで「櫻井孝宏がすげえのはわかったけどこの声の櫻井孝宏に次いつ会えるんだよ」系の苦悩を抱いているファンはわたしの周りにめちゃくちゃたくさんいます(櫻井さんに限らず)。おそ松さんでしか聴けないだろうなと思わざるを得ない。わたしは演技としては入野自由さんのトド松の演技が一番好きでしたが、「また入野自由にこんな……こんな演技を……こんなんずるいわ!!!!」と何回言ったかわからない……最終回もひどかった……。

 

 

二匹目のドジョウが釣れるものなら頼むからやってみてくれと言いたい。配慮! サービス! ノーストレスな視聴体験!

 

女性人気に関して言いたいことはこんなところなんですが、おそ松さん公式は本当にあらゆる意味ですごかった。

まず、Twitterの告知の時間が「普通」で「頻度が多い」。

細かいことだとお思いでしょうが、アニメ公式のTwitterがおそらく専用スタッフを用意していないか他の仕事と兼任だけど忙しすぎて手が回っていないんだろうなと思わせるというのは意外と「ああ金ないんだな」と思わせる理由になってそれなりに視聴の上でストレスです。もちろん金がない公式は金がないのが事実だからそれでいいっちゃいいんですが、でも午前四時とかに告知が上がって「いや俺らも起きてるけど寝て!? まだ仕事してたの!?」と悲鳴を上げるのはあまりいいものではありません。

その上で、告知の内容自体も完全に無味無臭、「仕事が行われているのはわかるが、そこにスタッフが存在するということを感じさせない」公式Twitterです。グッズやコラボのリツイートも多すぎて鬱陶しいと言うほどではない(おそらくあえて絞ってある、多すぎるので)。

 

その上で、Twitterやホームページ、スタッフTwitter、雑誌やイベントでの「失言」がない。

おそ松さんというアニメがそもそも「前提として共有すべき裏設定」みたいなものが発生する必要がない作品であるというのももちろんありますが、それにしても、「この先のネタバレ」だとか「2クール目をやるか二期をやるか」だとか「解釈に関するそれは違うというはっきりした否定」だとか、そしてもちろん「こういう客は呼んでいない」みたいな言及が一切ない、完璧にコントロールされている。あまりにもコントロールされているので、多少あったとしても「これはまあ別に漏らしてもよかった情報だったんだろうな」と思えるし、実際たいしたことではありません(主線色に意味はあるのか云々くらいだったかな)。

キャストスタッフ含め膨大な量のインタビューや対談が公開されているにも関わらず、「アニメ本編以外目を通しても通さなくても別にどっちでも大丈夫だけど目を通しておくとさらに楽しい」みたいな、どうでもいいといえばどうでもいいし、深読みの材料がもらえてスリリングといえばスリリングな発言ばかり。

これも細かいことだとお思いでしょうが、情報が錯綜して情報戦争状態になり、「え、それ何情報?」「資料集買えなかった……」「どこまでが公式設定なんだ」というのはこれも結構ストレスです。面倒くさくなって全部追うのを諦める人もいるけど諦めたら諦めたでみんなが何の話してるのかわかんないのも疲れる。おそ松さんはそういうのがなかった。DVD収録分のネタもグッズ情報拾えばだいたいわかるし今度へそくりウォーズ(スマホアプリ)で回収されるみたいだし。

 

挙げていくときりがないんですが、これも言わせてくれ。グッズが受注生産。

人気アニメのグッズが告知即完売というのはよくある話ですがおそ松さんは予約で買える上予約期間がそれなりに長いので(ちゃんと確認してないですが一か月くらいあるんじゃないか)適当にこれは買っとこうこれはいいやの選別ができます。グッズの予約による受注生産は本当にやってほしい。こっちだって戦争をやるためにオタクやってるわけじゃないんだ。好きな公式にジャブジャブ気持ちよく貢ぎたいだけなんだ。

 

おそ松さん公式、とにかくストレスフリーで気持ちよくジャブジャブ貢がせてくれて、情報のチェックとかだるいでしょ読んでも読まなくてもいいよでもまた描き下ろしだよとぺろっと出してくれて、どんな客でもどんとこいみんな楽しんでいってくれ、という大盤振る舞いの上で、作品自体はあくまでも攻めたものを作って、そして結局最後は全部「どんな人生もオッケー! なんとかなるよ! 負けてもいいじゃん!」って終わったという、驚異的なコンテンツでした。「アニメさえ観てればそれでいい」上で「気持ちよく課金もできる」コンテンツだったんだ。すごいことなんですよ……。

 

二匹目のドジョウを(略)

 

最後になりますが12話オーディオコメンタリーで多分中村さんと神谷さんだったかな……が「研究みたいなことをしてる人もいるってスタッフさんが」「ああ、そういうのもありですよね」ってさらっと言ってくださったの本当にありがとうございました……。

いわゆる考察厨は少なくとも女オタク界隈ではわりと肩身が狭いんすよ……「ほらあ! いいって言ってるよ! 俺だって客なんだよ!!!!!!!!!!!」ってメッチャ喚いて五体投地しました……ありがとうございました……。