外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

サトタナ

しゃぶしゃぶの話
佐藤さんは絹糸のような雨が降っていた午後、精肉店で書ききることができなかったことについての話をしてください。 「え? ちょっと待ってください、もう一回、え? ちょっ……」 軒のすぐ先には細かい雨が降っているし、電話の向こ […](更新日:2025月2月17日)
仏像の話
田中さんは季節風がはじめてふいた日、山の古寺で本当なら弱音をはいてもよかった話をしてください。 何でも良かったしどこでもよかった。仕事で扱った本の中に美術品に関係するものがあって、山奥の寺にあるという仏像が載っていて、そ […](更新日:2025月2月18日)
スーツの話
佐藤さんは日が落ちるのがずいぶん早くなったころ、大理石の床のロビーで結局くたびれもうけだった話をしてください。 「わざわざ来てもらってごめん」 「別に……いい飯が食えたし」 謝ってなお肩を落としていたら、田中は普通の感じ […](更新日:2025月2月19日)
煙草の話
田中さんは渇水の夏に、アンティークのパイプを扱う店であのときテレビの音が背景になったことの話をしてください。 喉が渇いて、全部の音が遠くなった。 佐藤は俺を好きなのだと思った。 壁に掛かったアンティークはどれも売り物であ […](更新日:2025月2月20日)
夏休みの話
佐藤さんは夏休みの最後から二番目の日、非常ドアの前で忘れてしまった夢についての話をしてください。 学生が終わる、高校三年生の夏休み、とくになにもせずにふらふらしていた。完全に現実逃避として、ソシャゲを五種類やって、レアカ […](更新日:2025月2月21日)
ガムの話
南下するし、週末は晴れてるから、と田中が言った。「カノープスが見えるかも」 「って何?」 「星。東京だとぎりぎり見えるっちゃ見えるはずなんだけど、地上スレスレだし、そもそも東京が明るすぎて、よく見えない」 「星好きだっけ […](更新日:2025月2月22日)
犬の話
ワインを取って戻ってきたら、佐藤がラウンジの片隅で、扉のむこうを覗き込んでいた。ホテル上階の展望ラウンジにいる。宿泊券が当たって(佐藤が引き寄せて)ふたりまでだからと誘われて、夕暮れに待ち合わせて泊まりに来た。ウェルカム […](更新日:2025月2月23日)
宗教法人の話
田中さんは蒸し暑い日、頭上にいろとりどりの洗濯物が干されていた路地で銀の匙をくわえて生まれてきたきみについての話をしてください。 まあでも僕ってこうなんだよ、と、当たり前のことのように佐藤は言った。そこは南国の路地で、洗 […](更新日:2025月2月24日)
プレゼンの話
田中さんは屋根を雨が叩く昼過ぎ、エレベーターホールで口先だけで信じるとうそをついた話をしてください。 雨の日は頭痛がする。子供の頃からそうだったが最近とみにひどくなった。佐藤が言うには俺は自分の苦痛に対して鈍感だというこ […](更新日:2025月2月26日)
耳の話
佐藤さんは蝋梅の咲いた朝、耳の標本ばかり売る骨董屋で夕方になるにつれて頭が痛くなる話をしてください。 僕は人生の一時期、田中を連れて街を歩いてばかりいたことがあった。田中の精神状態が乱れていて、しかも家から出ないものだか […](更新日:2025月2月26日)
サティの話
佐藤さんは昨日の雨がちいさな水たまりになって残っていた朝、きれいな水の流れる古い町で遠くから聞こえてきたピアノの曲についての話をしてください。 ずいぶん川の多い町だ。駅からパン屋までの間に三つ、橋を渡った。スマホの画面を […](更新日:2025月2月27日)
王様の話
田中さんは地球の自転が止まった日、池のそばに立つ東屋でブルーブラッドという語の意味についての話をしてください。 「田中のことが好きだと思う」 こういうとき、全てが止まる、というのは、本当だったのだと思った。 会社に、穏や […](更新日:2025月3月1日)
ペーパーフラワーの話
田中さんは冷たい風の吹くころ、造花で飾られた部屋で足りないものをごまかした話をしてください。 いちめんに咲いている――ということになっている――花は紙でできた、めくってふわふわにつくる、ありがちなやつで、折り紙を切って作 […](更新日:2025月3月1日)
台風の話
田中さんは雨が十日続いた翌日の朝、青銅の雨どいのそばで結局見つけられなかったものの話をしてください。 長すぎる台風が日本をゆっくり北上していた。俺の会社はこういうとき、在宅勤務を推奨するタイプで、まあ、いい会社だと思う。 […](更新日:2025月3月2日)
泡風呂の話
田中さんは夜通しDVDを見た翌日の朝、綿菓子の香りがする泡で満ちたバスタブで不注意でガラスを割ったことについての話をしてください。 「眠かった?」 「眠かったわけではない……」 「ぼんやりしてたけど。疲れてた?」 「疲れ […](更新日:2025月3月3日)
小銭の話
佐藤さんはけだるい五月の昼前、まばらに人がいるファミリーレストランで足りないものをごまかした話をしてください。 だめだこれ、きれいに割れない、細かいのがないから、と言って、田中は机の上に、百円玉をひとつ、置いた。午前十一 […](更新日:2025月3月4日)
運動場の話
田中さんは胸がしくしく痛むほど寒い月曜日、まだ少し湿ってる運動場でわけもなく感じた辛さについての話をしてください。 子供の頃、これを忘れないようにしよう、と思ったのを覚えている。なんてことのない風景だ。体育の時間で、俺は […](更新日:2025月3月5日)
世界の終わりの話 第1話
佐藤さんは街から子供がいなくなった日、草がぼうぼう生えた三メートル角の空き地で無いはずのものをなくしたような気がした話をしてください。 東京に異変が起こる。 いくらかのニュースが報道されて、普通の失踪事件だと思われていた […](更新日:2025月3月6日)
世界の終わりの話 第2話
田中さんはどうしようもなく憂鬱な気分になった夕方、避暑のための家で切れて治らない唇の傷の話をしてください。 東京に異変が起こる。 東京から人間が消え失せていく。まず子供が消え、ついで、子供ではなかったはずの人間が子供にな […](更新日:2025月3月7日)
世界の終わりの話 第3話
佐藤さんは酷暑に、やどり木の下でオルゴールにつけられたバレリーナの人形の話をしてください。 東京に異変が起こる。 僕たちは子供の姿に変わっていって、どんどん退行していって、いずれ消え失せてしまうらしい。もともと子供だった […](更新日:2025月3月7日)
世界の終わりの話 第4話
田中さんはまつげが震えるほど寒い夕方、初めて行った喫茶店で嫌だったけれど承諾させられたことについての話をしてください。 東京に異変が起こる。 冗談のつもりだった。俺の家の近くに、存在しない神社があって、存在しないので神が […](更新日:2025月3月8日)
世界の終わりの話 第5話
佐藤さんは長いおわかれのあった日、コーヒーの匂いのする部屋で食べたことのないものの話をしてください。 東京に異変が起こる。 その結果、僕たちは――田中と僕は、小学三年生の姿をしていて、喫茶店に、向かい合って腰掛けている。 […](更新日:2025月3月8日)
世界の終わりの話 第6話
田中さんはお祭りのあった日、白く清潔なラボで貰ったチョコレートが好みの味じゃないという話をしてください。 東京に異変が起こる。 はっと目を覚ます。白い天井が俺を出迎える。建物の中はざわついていた。俺は大人の姿に戻っていて […](更新日:2025月3月9日)
世界の終わりの話 第7話
佐藤さんは木枯らしの吹く日、暗い淵を覗き込んでちびた鉛筆が一本転がっていった話をしてください。 東京に異変が起こる。 僕は空の上を吹いている。風になったんだ、と僕は思う。僕って子供の頃から体が重い方で、どんくさかったので […](更新日:2025月3月9日)
世界の終わりの話 第8話
田中さんは寝苦しい夜に、端々に雑草の生える広大な駐車場でお焼香の作法がわからなかった話をしてください。 東京に異変が起こる。 空間に真っ直ぐ、裂け目がある。 真っ暗な裂け目が空間を通って空を通って地面を通って、ぐるりと発 […](更新日:2025月3月10日)
世界の終わりの話 第9話
佐藤さんは昨日の続きの今日、引っ越しをしてきたばかりの部屋できみのハンカチを借りつづけている話をしてください。 東京に異変が起こったことがある。でももう、ずいぶん前の話だ。 俺たちは引っ越してきて、元通りの東京にいる。東 […](更新日:2025月3月11日)
世界の終わりの話 第10話
田中さんは旅立ちに適した日、月のうらの砂漠で風で飛ばされていったものについての話をしてください。 東京の異変のおわり、そこには佐藤がいた。 「迷ってたんだ」と、俺の前に立って、佐藤は言った。 「何を?」 俺はあらゆる感情 […](更新日:2025月3月12日)
世界の終わりの話 エピローグ
佐藤さんは枯葉が巻き上げられて踊る夕べ、放流するダムの見える山の中腹でわたしにだけ付いてこなくなった月の話をしてください。 今でも時々、風になったときの夢を見る。僕は一度神になって、それから風になったことがある。風になっ […](更新日:2025月3月13日)

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