交番で預かった犬に手を噛まれた。病院には行ったのだが、それはそうとそれから、宇宙船の夢を見る。犬を迎えに来たのが誰だったのかよく思い出せず、考えていると、次第に彼らは宇宙人だったような気がする。
そもそも犬ですらなかったような気もしてくる。交番にはひとりで詰めていたので、ほかに証明してくれる相手もいない。置いていったはずの書類も見当たらないので、そもそも犬を預かったこと自体が白昼夢だったような気もする。犬に噛まれた手だって腫れてない。こうなってくると、病院にだって行ったのか怪しい。
その代わりに、妙に気持ちがスカスカする。
これまでに大切だったものが、少しずつ、大切ではないような気がする。元々大切なものなんてそう多くはなかったと思うけど、それでも。
――宇宙船の夢を見る。
宇宙人(多分)が、犬(多分)を抱いて、おれの前に立っている。宇宙人は言う。犬を保護してくださってありがとう。あなたはとても立派な人だ。
おれは照れる。
お礼に、宇宙船に招待いたします。そう言われて、気がつくと、おれは白い天井を見上げている。
要らないものをひとつ、取り外してさしあげます、と宇宙人は言う。何を隠そう、それがこの犬(仮)の能力なのです。要らないものをお持ちでしょう?
おれは答える。
「それなら、恋心をひとつ、外してください。違うかな。ちょっと違うかも。恋が叶うかもしれない、と思っている、期待を外してください」
だってそんなはずはないんだから。
宇宙人は、これは大きいですね、しばらくかかりますよ、何度かお呼びします、と言う。おれは了承する。そうして、恋心をまるごと外さなくてやっぱりよかった、と思う。これから先は、叶わないことになっている恋心、と一緒に生きていこうと思う。
犬(仮)はおれに何度も噛みつく。痛いけれど仕方ない。それにどうせ夢なんだから痛くても実際に怪我はしないんだし、それなら別に平気だ。
兄ちゃんがおれの手、犬に噛まれた(多分)ほうの手を取って、ぶっきらぼうな口調で何か言う。おれは、なに、と尋ねる。よく聞こえない。そこだけ黒く塗りつぶしたみたいに、急にノイズを重ねたみたいに、よく聞こえない。
「おれはおまえの――」
よく聞こえないけど、繰り返して言ってもらったのに聞こえないと言うのもなんとなく悪くて、おれは、「おれは兄ちゃんのことを大事な兄ちゃんだと思ってるよ」と返した。
そういえばいつのまにか、宇宙船の夢を見ない。