外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

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親が死んだ子供には、頭を下げなくてはならない大人が多数存在する。そのおじいさんは「親の恩人」で、おれたちは「世話になっていた」。何由来で世話になっていたのかは、よく覚えていない、というか、あの頃も知らなかったと思う。
修学旅行に出かける前の日だった。行き先は海外で、金がかかったと思うが、そのころ一緒に住んでいたおばあちゃんは、どうにかして工面したらしい。あるいは「恩人」は、そのとき金を出してくれていたのかもしれない。
銃声が聞こえた。
最中が床に散らばった。「恩人」のおじいちゃんは後ろにぶっ倒れた。お盆が放り出されて、お茶が床に散った。おれはとっさに飛び出そうとして、腕を掴まれた。腕をきつく掴んで、兄ちゃんが相手を見ていた。マスクを被っていて、相手の顔が見えない。
強盗は、がさがさした、さほど大きくない声で、おれたちに、「動くな」と言った。拳銃の先が揺れた。
強盗が家を荒らし回る間、おれたちは黙って立っていた。おれは、黙ってろとか動くなとか言われたら、基本、黙って立ってる方だった。いつからそうだったんだっけ。この話、何か大事なこと思い出せる気がするけど。
強盗は銃口を向けながら、おれたちを振り返った。
「来い」
「人質?」
兄ちゃんは質問して、相手は黙った。俺の腕をきつく掴んだ兄ちゃんは、もっと力を入れて、おれを自分の背後に引き寄せた。
「じゃあひとりでいいだろ。おれが行く」
にいちゃんは、おれの額に指を突きつけて、「動くな」と言った。それはどんな凶器より簡単に、おれを行動不能にした。だってもでももなく、おれは突っ立っていて、兄ちゃんはおれから手を離した。
いつからだっけ?
兄ちゃんは拳銃を突きつけられたまま、部屋を出て行く。走れ、と思う。ついていけ、と思う。ひとりになるな、と思う。でも兄ちゃんが動くなと言ったから、おれは動くことができなくなる。言われたとおりにするしかなくなる。いつからだったんだっけ。
兄ちゃんは死ぬんじゃないか?
それなのになんで突っ立ってるんだ?
兄ちゃんが動くなって言ったから。
走れ。ついていけ。隙を突いてトランクに転がり込め。救い出せ。たたかえ。闇の中から。兄ちゃんが殺されてしまう前に。とんだ修学旅行だ。兄ちゃんは誰よりも遠くに行ってしまう。おれはただ、ここにいる。動けずに。違う。動くなって言われたから。
悪と戦うんだろう?
――だって兄ちゃんが、動くなって言ったんだよ。

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