外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

ボリューム

ボリュームを絞る。
もう少し小さく。もう少し大きく。もう少しだけ大きく。そう指示すると、弟はその通りに声を上げて、持ち上げた本を朗々と、でも大きすぎない声で、読んだ。弟は、言われた通りにするのが得意だ。
学校をサボって、いつものところに行こう。
廃墟に潜り込む。中には奇妙な彫刻がひしめきあっていた。どうも昔、芸術家が住んでいた家らしいということが、これまで調べて回って分かっていた。弟をつれて忍び込んで、外に漏れないくらいの声量で、本の朗読をさせているあいだ、おれは持ち込んだ彫刻刀で、木彫りの像を彫っていた。
弟はしばしば、漢字が読めなくてつかえる。おれも読めないことがあるので、父親が使っていたポケット辞書を引いてみる。書いてある説明自体が難しいこともあったが、なんとか読み方を把握して、続けさせる。
手の中にいるのは両親だった。
死んだ両親を彫刻して、弟の声を聞きながら、おれは何かを探していた。大量の彫刻に囲まれて、弟の他だれもいない静かな部屋で、うつむいて、木を削りながら。
「行こう」
ふっと弟の声が聞こえなくなって、あたりを見回す。
真っ暗な何かが、手の中からあふれ出す。そこには、彫った両親の像が、あったはずだった。
「行こう」
「……行かない」
親不孝者、と、声が漏れる。
静まりかえった洋館の中にいる。と、思う。真っ暗になってしまってよく見えないけど、さっきまでそうだったのだから、そのはずだ。手の中から溢れた闇をふるい落とそうとして懸命に手を振る。
手を伸ばす。弟がいるはずの場所に手を伸ばす。朗読が聞こえていたはずの場所に手を伸ばす。ボリュームを上げて。もっと。もっと。もっと。なあ。おまえの声が聞こえない。
こんなつもりじゃなかったんだ。
「おかあさんたちと行こう」
「おとうさんたちと行こう」
「そうしたかったんだろう?」
親不孝者、と呟いたのは、おれ自身だった。
はっと思い至る。あの日、完成した像を、弟に渡したということを思い出す。弟は喜んで、大切にすると言った。闇が来る。闇が簡単にやってくる。なあ、どこにいる? 手を差し出して、今すぐそれを手放して、おまえはどこにも行かないで、ここで、なあ、もっとボリュームを上げて。

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