オッドタクシー/大門兄弟/最終回後
面会に来なかったのは、弟の行動としては正しすぎた、というか、保身らしすぎたので、おそらく、本人の判断ではなかった。でもそれでよかったと、おれは思っている。
ただ毎月、二万円プラス、本が何冊か渡された。二万円というのはおれがいた刑務所の上限だった。手紙の類いのやりとりはなかったが、おれが読んだ本は弟の手元に返ったはずなので、それがやりとりといえばやりとりだった。
最初に渡された本を、一冊、いつまでも持っていた。
それはポケットサイズの国語辞書で、あいつがなんでまた国語辞書をおれに渡そうと思ったのか、全然分からない。読めない単語があった時用の保険だったのかもしれない。おれは別に、読めない単語があったら律儀に引きながら読むほど、丁寧な読書家ではなかったが。しかし返しもせずに、おれはその辞書を、でたらめに開いて、時々読んでいた。単語は文脈なく並んでいて、おれにはそれがよかったのだと思う。
「兄ちゃん」
弟の声が聞こえて、目を覚ました。
弟の声は上の方から聞こえて、声は泣いているように思えた。その声は歪んで、おれを何度か呼んだ。
「なんで死んだの」
死んだのか。
心当たりはなかった。弟は勝手に喋り、おれが死体で見つかったこと、状況からして自殺としか思えないらしいこと、そんなことになる理由が思いつかないこと、でもどうせ、弟はおれのことをなんにもわかっていなかったのだということ、後悔しているということ、について、泣きながら話していた。その声は妙に大きく、というよりおれは、妙に小さいような気がした。
おれは本の中にいた。
死ぬほど悩んでいたことがあるわけでも、会いに来ないから当てつけに死んだわけでもない。というか、死んだわけではない。おれは国語辞書の中にいる。「こころざし」になっている。
弟はポケットに国語辞書をねじこんで、おれのかわりにすると決めたらしかった。というより(ある意味では)おれなのだが。悩んだとき、困ったとき、苦しんだとき、それから悔恨、を、弟は国語辞書に打ち明けた。おれ自身には言えなかったであろうことも、そこには含まれていた。
おれは辞書になってからのほうが、弟のことをよく知っている。こんなにも知らないことがあったということを、おれは恥じている。おれたちは隣り合わせに突っ立っていただけで、相手のことを何も知らなかったのだ、と思う。
「こころざし」のことを弟はよく知っている。名前にも含まれているしあいつの好きな言葉だから。
だから辞書でそれを引くことはないだろう。