外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

祈らないでここで

兄ちゃんが宇宙船に攫われて一年が過ぎた。人間はどんどん菌になってしまい、かろうじて生き残ったニュースによるとそれは、宇宙人と同一化してしまったということらしいのだった。空間に、黄色い気配だけを残して、ざあっと消え失せてしまう。ひとりずつ、物質としての輪郭をなくして。
それは流行病のように浸透していった。混乱が起き、治療が開始され、暴動が起き、信仰がつくられ、そして結局、すべて消えていった。おれのしたしい間柄の人々も、友人も親戚も皆、消えていった。
でも、なんだか頭の良い人々によると、消えたというわけではないらしい。ぎりぎり可視できる菌の姿に変貌しただけらしい。肉体が作り変えられただけで、みんな生きているだけらしい。かたちがかわっても地球上に留まっているのだから、生きているに違いはないらしい。
けれど変貌が始まるまで、見分けがつかないから、もうだれがだれなのかも分からず――そもそも、変貌したあとになればわかるという保障もなかった。
なにもかもわからなくなっていく最後に祈りがあって、目を閉じて、開いたら、目の前に兄ちゃんがいた。
小さな子供の姿をしていた。
おれも小さな子供の姿になっていて、おれたちはそっくりな子供だった。でもおれたちを見てそっくりだと言うひとは、べつにだれももういなくなっていた。
「間に合った」
子供の小さな手が、おれの額を撫でた。
「これ以外、ほかの方法は、見つからなかった。おまえのほうが長く生きる」
うまく理解できなかったのは、おれがバカだからだったんだろうか。それとも本当は全部理解できていたんだろうか。だから泣いたんだろうか。
死ぬわけじゃないんだよ。
死ぬわけじゃないだろう。
兄ちゃんがいない間におれたちいろんなことを話したよ。祈りもずいぶん捧げたさ。それでさいごには、みんなひとつのものになるんならそれもいいって話をしたんだよ。
うまく説明できなかった。おれと兄ちゃんの間には、明確な境界線があり、物質としての輪郭を保っていて、かつて遺された子供だった頃の姿をしていた。
おれたちは最初からずっと、あのときのままだったのかもしれない。
空中を黄色い気配が漂っている。彼らは別々の存在なのか、まるごとひとかたまりの意思なのか、おれたちにはわからない。ただおれたちは、別々だった。端的に、普通に、これまでと同じに。
あたりにはただ、崩壊だけが残っていた。

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