外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

うしなう

オッドタクシー/大門兄弟(兄×弟)/兄が偽装結婚する話

 

あのねえ堅志朗さん、わたしは同性愛者なんです。だからお付き合いはできないんですよ。すみません。
「お付き合いはどうでもいいんだよ。結婚はどう」
目を細めてそう言った男は、食事の最中も今も、ずっとうっすらと苛立っているように見えた。そのうえで、少し、ワクワクしているようにも見えた。浮き足だった子供のように期待が覗いているようだったので、わたしはなんだか罪悪感にかられて、早めに断りを入れたのだった。
男は、わたしの親の友人の親戚であるらしかった。親は勝手に調べて、犯罪歴があるという話を別途聞きつけてきてわたしに耳打ちをしたものの、いまどき娘にお見合いの話を持ち込むような親で、実を言うと病気で先がなくて、まあでもしっかりした人らしい、といううやむやな言い方で本人の気持ちを落ち着かせていた。親自身の問題であってわたしの問題ではないので、わたしはどうでもよかった。どんな相手でもどうでもよかった。最悪な男であったほうが、お見合いなんてもうこりごりと言える分マシなくらいだった。
別に最悪な男ではなかった。態度はでかかったが、お互いこの一瞬すれ違うだけの仲なのだし、向こうだって何かの顔を立てるために来ているのだろうし、適切なレベルで礼儀正しければそれでよかった。
その男と結局、十年間連れ添った。
あくまでも建前上の話で、死ぬまでの一瞬親を安心させてやれたらいいかと思った。意外と死なない親の介護に十年間、ずいぶん長く、男は付き合ってくれた。性交渉は当然のように、というか当然なのかもしれないがなかったし、そもそも一緒に住みさえしなかった。口汚いところも態度が悪いところも姑息なところもあったが悪くない共犯者だった。
十年経って親が死んだので離婚しようかと話し合っているときに、なぜ結婚したかったのか聞いた。
男は歪んだ形に笑みを漏らした。
「弟とセックスしたいから」
関係がなくないかと思った。でもそういえば、話題の弟、仲が良いと親戚中の評判だった弟は、わたしたちの結婚式には来なかったし、そもそも結婚以降どうも疎遠になっていたらしい。わたしは一度も会ったことがない。
わたしたちは酒を飲んでいて、男は多少口が滑っていた。
「あいつの感情をコントロールしたかった。おれを失ったらどういう気持ちになるのか、わからせたかった」
小さな声で男はそう言った。懺悔するみたいに。
弟が実際どう思ったのかは、わたしにも、男にも、わからない。
空き缶を転がして、男はそのときとても、小さく見えた。
「失わせたかったわけじゃなかった」

新しい記事
古い記事

return to page top