外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

荒野

どうやら死後の世界にいるらしい。死後の世界は一面の荒野で、見渡す限り誰もいない。おれと兄ちゃんのほかは。
何も分からずに歩いている。ただ、水がどこかにあるのではないかとだけ思って、足を交互に前に出している。
隣には兄ちゃんがいて、兄ちゃんの足は止まりがちだった。おれは兄ちゃんの手を取った。手はとんでもなく熱くて、でもおれの手のひらも大差なかった。おれは手を引いた。兄ちゃんの手を引いて、もう少し先まで進もうとした。
「なあ、おれのせいなんだろう」
兄ちゃんは、何か言葉を続けようとして、咳き込んだ。
ものすごく暑い太陽が射している。太陽にしては大きすぎる気もする。そもそもここが地球とか、おれたちが知っている何かであるという確証もない。ていうか死後の世界なんだったら、知っている場所であるはずはそもそもない、そうだった。
なんで死んだんだったかな。
兄ちゃんの顔が逆光になってよく見えなかった。おれたちは死後の世界にいて、二人きりだ。二人きりで来られてよかったと思う。死んだ後ひとりじゃなくてよかったと思う。これまでだってふたりでどうにかやってきたんだものな。
兄ちゃんはもういちど咳き込んでから、続けた。
「おまえがここにいる訳がない」
「でもおれは兄ちゃんを愛してるよ」
ずいぶんすらすらと言葉が漏れて、おれは本当にここにいるのだろうかといぶかった。兄ちゃんばかり喉が乾いて苦しんでいるようで、おれはただ元気に歩いていて、でもずっと、これまでずっとそうだったという気もした。
死後の世界まで来ても。
焦った。全部がおれのつくった嘘のような気がした。「愛してるよっていうのは、うまく説明できないけど、ここがどこでも、天国でも地獄でも、本当は死んでなくても、なんかの、えーとメタファーだとしても」
「難しい言葉」
「使うときもある……」
「地獄なら」
「……地獄でも」
死後の世界でも。
水が飲みたくて苦しいのは兄ちゃんで、おれではなかった。おれは兄ちゃんを手の中に捕まえて腕に抱き寄せて、ひとつキスをした。喉が渇いているのは兄ちゃんでおれではなかったから、分けてあげられるものがあるなら差し出すべきだったから、もし罪がひとつあってそのために荒野を彷徨うことになっているのなら、その罪はおれたちのものであるべきだったから。

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