外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

正義

お兄ちゃんだから、テレビを消して、弟を連れてこられるよね。
自我が唐突に始まる。うん、と答えている。弟はテレビの前に座ったまま、動く画面を見ていて、誰の話も聞いていない。おれは呼ばれて振り返っているのに。
何歳だっけ?
別の肉体があると気づく。別の肉体の中に別の精神が入っているのだ。別の認識をして別の行動を取るのだ。そのことに急に気づいて、立ち止まっている。
お兄ちゃん、お兄ちゃんだから、テレビを消して、弟を連れてこられるよね。
急に、全てが理解できた気がして、声をかけてきた相手を見る。これは誰だろう。両親ではない。
両親は死んだので、それはそうだと思う。
おばあちゃんでもない。
誰だ?
テレビを消したので、部屋が暗くなってしまった。暗闇の中に誰かが立っている。知らない相手だ。知らないと気づいていなかったのが、どうしてなのかもう、わからない。
うん、と反射的に答える。テレビを消す。弟の手を引く。弟は一瞬不満そうな顔をして、その後笑う。手を引くとそのままついてきて、さっき、別の存在だと思ったのが嘘みたいだと思った。手を引っ張るとそのままついてくるから、同じひとつの塊みたいだと思った。
風呂場まで歩いた。湯気の匂いから逃れて、服を脱がずに、扉を開けた。
木々が見える。山にいる。いつからここにいるんだっけと思う。逃げなくてはならないと思う。自分がそう思っていることが、弟にも伝わっているはずだと思うのに、走り始めると弟は転んだ。
悪い子だ。
逃げ出すなんて悪い子だ。
自分が誰だかわからないくせに。
そこは暗い、山の中だった。
山の中にいる。いつからここにいたんだったか。テレビはちゃんと消した。だから真っ暗になって、山姥が追ってくる。
包丁を持って追ってくる。
転んだ弟は立ち上がって、振り返る。山姥を振り返って、背中の後ろにおれを隠している。そうして走って行く。山姥に向かって走って行く。自分の体の一部分のはずなのに、遠ざかっていくのがなぜなのか、わからなくてけれど、全てを理解している。
何歳だったのか、そもそも実際に起こったことなのか。弟の手が自分の手の中になくて、背中を見ている。
弟が山姥を突き飛ばす。
闇の中に。

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