外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

遠足

だいぶ長いこと、兄ちゃんと会話をしていない。
でも相槌は打ってもらえるので、大丈夫なんだと思う。というか、何を話したらいいのかわからなくなっただけだと思う。元通りの関係に戻れると思って、兄の罪を問うたわけではなかったので、別に、戻ってきてくれて、一緒に住んでくれて、それだけで十分だった。警察学校を出てからは寮住まいで、別々の部屋に暮らしていたから、一緒に住むのは久しぶりだったし、それだけでも十分だったのだ。
ある日帰ったら、兄がホームビデオを見ていた。
父親が撮った、幼稚園の遠足のビデオ。聞こえるのは子供の声と、せいぜい先生の声ばかりで、聞こえてほしい声は聞こえない。いなくなった人の声は、もう再現できないのに、残ってすらいやしない。ビデオの中のおれたちは手を繋いで笑っている。
「おまえはさあ」
兄ちゃんが言った。おれはびくっとして硬直した。兄ちゃんの声を聞いたのも久しぶりだった。死んだ人と同じように、忘れてしまうのかと思っていたと、そのとき気づいた。
「おれのことが好きなの?」
急に涙が溢れてこぼれ落ちて、突っ立ったまま泣いていた。このひとはなにもわかっていないのだとそのときはじめて、生まれてはじめて思った。
いろんな返事があったはずだ。好きじゃなきゃ一緒に住んでないとか、兄弟だからとか、ましてや一卵性双生児なんだしとか、二人きりの家族だからとか、そう、家族だからとか。
「兄ちゃんの思ってる好きとは違う……」
遠いところまで行くのが遠足。
兄ちゃんは振り返った。振り返って、困ったように目を逸らして、言った。
「家族でいたいってことなら、これまでと何も変わらない」
「もう言わない」
「……おまえの期待を裏切ってばっかりだ」
「別に裏切ってもいい」
だらだら泣いているのが嫌で、泣き止みたかった。こんなつもりじゃなかった、と思った。ただ遠いところまで行ったのに、誰とも手を繋いでいなくて、誰もビデオを回していなくて、まるでもうだれとも家族じゃないみたいだったから、泣いていた、だけだと思う。
「別に裏切ってもいいんだ。兄ちゃんの人生は、兄ちゃんのものだから」
「おれは」
言葉を接ごうとするまで、少し間があった。
「……おれの人生なんて、どこにもないよ」

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