外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

12 花屋の話

ひよりさんは手向けの花束を用意した日、川がすこしだけ見えるアパートで見つけた鳥のようなものの話をしてください。

しばらくは事務作業があり、次にふたりが会ったのは、三月も終わりつつある頃だった。
「どうして花を?」
「新居だからね」
胡蝶は不満げな視線を向けた。「違うでしょう」
「どうでしょうね。どっちにしろ、しない約束だよ」
「どっちにしろ、なことはないんじゃないですか、その返答なら」
「約束」
「はーい」
ひよりが釘を刺すと、胡蝶は間延びした返答をよこした。
「夢子さん」の話は、しない約束と言いながら、花を買おうとしている。させているのは、ひよりの方かもしれない。
胡蝶の運転する車をわざわざ止めさせて、アパートの一階に入っている花屋を覗きこむ。花は瑞々しく並んでいたが、店員の姿がない。無防備に放置されたレジの横に、「三○一にお声かけください」と書かれたカードがあった。
「胡蝶さん見て」
カードを振って注意喚起する。胡蝶は、体が大きい人特有の慎重さで、品物に触れないように体をねじりながら、カードを覗きこんだ。
「妙ですね」
「妙だけど面白い。行ってみていい?」
ぱちりと瞬きをした胡蝶は、珍しく、口角を釣り上げた。笑って返した。
「行きましょう」
「行くの」
「面白いことに巻き込まれる権利があります」
花屋に立ち寄ったのは、死んだ人間の住んでいた古い家に行くから、その相手をひよりが愛していたから、死んだ人間には花を供えるものだから、そういう理由だった。もちろんそうだったし胡蝶も気づいていた。そんな辛気くさい理由だけで生き続けるより、変なことに巻き込まれた方が、ずっといいのだろう、多分。
アパートは三階建てで二階と三階が住居だ。アパートというかマンションというか、明確な差はないとも言うが。大きな窓に区切られた明るい階段を、胡蝶の歩幅に合わせてゆっくり登っていく。
窓から、川が見えた。
「あ」
「え?」
「鳥」
ビルとビルの間に横たわる川から、羽ばたいたものがあって、羽ばたくものといったら鳥だっただろう。もう行ってしまって、情報共有にはならなかった。胡蝶はまぶしそうに窓の向こうを見ている。
三階に踏み込む。三○一の扉は、開いていた。

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