外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

世界の終わりの話 第9話

佐藤さんは昨日の続きの今日、引っ越しをしてきたばかりの部屋できみのハンカチを借りつづけている話をしてください。

東京に異変が起こったことがある。でももう、ずいぶん前の話だ。
俺たちは引っ越してきて、元通りの東京にいる。東京はスクイーズのように、どんなに握りしめられて変形しても元に戻る。佐藤もそういうところある、と、田中は言った。
「ぐしゃぐしゃになっても、必ず、元に戻る」
「元に……は、戻ってるか。戻ってるかも」
僕だって傷つかないわけではないし、何にも考えてないわけでもないんだけど、でも、そうなのかもな。
いい天気でよかった。段ボール箱がぐちゃぐちゃに濡れてしまうと、引っ越しってだるくなってしまうので。僕は今回上手に引き寄せて、引っ越し業者はみんな、感じの良い人たちだった。力強いメンバーが運んでくれた段ボール箱に囲まれて、新しい部屋にいる。
全てが入る前に一回清掃を済ませたいと田中は言い張り、どうせ箱を片づけたらもう一度清掃するんだからどっちでもいいんじゃないのかと僕は思ったのだが、結果としては、二回清掃するコースが取られた。
というわけで、僕はもうだいぶん疲れている。
「荷ほどきの元気もうない」
「ほどかないと寝るところがないから今やるんだよ」
「もう今日はスーパー銭湯かネカフェで寝ようよ」
「やるんだよ」
「はあい。あれ、これ田中のハンカチじゃないかな」
「ああ……」
「借りたっきりだった。ごめん」
「いいよ。やるよ。引越祝い」
「一緒に引っ越したんだけど」
僕たちは元通りの東京にいて、色々な経緯、色々な出来事、
色々なやりとりがあって、まだ話していないこともいまだにあって、そのうえで、今、一緒にいる。まあでも、そんなものなのかもしれない、人生なんて。
「せめて何か食べに行こう」
「布団が広げられて、風呂道具一式が掘り出せたらな」
「一番近くにあるの焼き鳥屋だ」
「この状態で飲むと潰れると思う。おとなしく今日はコンビニの弁当を食った方がいいんじゃないの。それかカップラーメンにお湯入れて持ってくる」
「嫌だ~。特別な日だから特別なものを食べた方がいいよ。ずっと覚えてるような日なんだから」
僕は段ボール箱の上に両腕を投げ出してだだをこねた。田中はぼそっと「特別な日なんだ」と言った。そういう、確認待ちみたいなのって、どうだろうなあ、と僕は思いながら、もちろんちゃんと繰り返して言った。
「特別な日だよ!」
「寿司取るか」
「やったー!」

新しい記事
古い記事

return to page top