田中さんは寝苦しい夜に、端々に雑草の生える広大な駐車場でお焼香の作法がわからなかった話をしてください。
東京に異変が起こる。
空間に真っ直ぐ、裂け目がある。
真っ暗な裂け目が空間を通って空を通って地面を通って、ぐるりと発生し、そしてその中に、風が吸い込まれて、つるりと消えていく。
裂け目は閉じていき、世界は、元の通り、ただの東京の風景に戻りつつあった。
俺はその裂け目に向かって、力の限り走っていた。
息が切れる。足がもつれる。それでも必死で走る。閉じていく裂け目に指をかける。頭から突っ込んで、中に入る。
ぎちぎちに何かが包んでいる、押しつぶされる感覚。視界は真っ暗で息ができない。寝苦しい夜に似た、真っ平らな絶望感。その中で俺は、手を伸ばしている。
これが死であるなら、別に死でもいい、と思った。
俺はそもそも、もう死んでいるはずの人間で、その人生のつづきが幸福ですごく美しくて形が整っていたということは、だから、ありえないことだった。ありえないはずの、きわめて特別なことだった。俺にとってきわめて特別なのは、そいつが大切なのは、俺の人生を特別なものに変えてくれたからだった。だから俺は、死んでも死んでなくても、生きてても生きていなくても、どっちでもいいと思って、ただ、こんな形の特別さなら要らないから、一緒に破滅させてほしい、と思った。
飲み込まれる。潰れて混ざる。
混ざるのも、悪くない。
――気がつくと、広々とした空間に、転がっていた。
雑草がアスファルトを割って生えている、放置された駐車場。広い空間に、風が吹いている。
風は、俺の知っている形に吹いている、と、気づいた。それはただしい形がつかめなくて戸惑っているように思えた。どうしたらいいのかわからないと言っているようだった。選択肢に迷っていて、自分で決めなくてはならないことに、困っている、というふうに見えた。
佐藤はいつもそうだった。
だから、俺は言った。
「佐藤って丸い」
俺は言った。
「背はたいして高くなくて俺と変わらなくて、横幅だけ俺の倍くらいあって、目が丸くて、俺にとって都合がいい」
俺は言った。
「俺の人生の、主人公」
実はそいつ、神様じゃないんだ。