田中さんはお祭りのあった日、白く清潔なラボで貰ったチョコレートが好みの味じゃないという話をしてください。
東京に異変が起こる。
はっと目を覚ます。白い天井が俺を出迎える。建物の中はざわついていた。俺は大人の姿に戻っていて、全て夢だったのだろうかと思った。
「佐藤! 佐藤は」
俺は、行き来する人々に飛びつくように立ち上がった。取り付けられていたチューブが音を立てて外れた。何もかも白か銀で統一された、研究所然とした場所にいた。
「全て丸く収まったから、今日はお祭りですよ」
専門的な言葉が混ざった大量の声を掛けられたなかで、かろうじてこの言葉だけが理解できた。佐藤がどこにいるのか、どうなったのかは、話してもらえなかった。
部屋中を行き来する白衣の人々、横たわったり身を起こしたりして自分の体を確認する、俺と同じ患者服の人々。大人も子供も入り交じっていて、飛び交う言葉も含め、皆、「元に戻った」のだと、感覚的に理解できた。皆も、俺も。
佐藤がいない。
幸せになれと言った佐藤の言葉がリフレインした。
いつからこうなったのだろう、と思って俺は、半分くらい笑って、それは泣いているのと似ていた。
俺の人生には愛するものはほとんどなくて、ないのがいいと思っていた。とくに人間は要らないと思っていて、それは社会とは対人ゲームだから関わりたくないという、傷つきたくないという、意味だった。どうしてこうなってしまったのだろう。佐藤は俺の人生の一部分になっていた。いつのまにか。
佐藤は俺の目の前で神様になった。多分。
いつのまにか、手の中に、小さな銀の包みがあった。ぼんやりと封を解くと、中にはチョコレートが入っていた。口にそのまま含んで、ひどく不味いと思った。
神様、と祈ることが、もう二度とできなくなってしまった。それは佐藤だったからだ。だから俺は佐藤に、俺の頭のなかの佐藤に、必死で、なかば笑いながら、現実逃避的に言った。
コテージに住んだのは楽しかった気がする。今思うと楽しかったって言ってもいいと思うから、これからも、一緒に住んでもいいと思う。俺は料理をつくるから佐藤は掃除をするといいと思う。一緒に生きるといいと思う。俺の人生には人間は必要なかったのに佐藤が俺の人生の一部分になってしまったんだからもう、待ち合わせするとかよくて、目が覚めたら一緒にいる距離にずっといたらいいんだと思う。俺はおまえを愛しているんだと思う。こう思っていることさえ意味がなくなるくらい、全然関係ないな、そんなこと気の迷いだなと思うくらい、普通のことにならないと、俺は幸せにはなれないけど。