外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

世界の終わりの話 第4話

田中さんはまつげが震えるほど寒い夕方、初めて行った喫茶店で嫌だったけれど承諾させられたことについての話をしてください。

東京に異変が起こる。
冗談のつもりだった。俺の家の近くに、存在しない神社があって、存在しないので神が代入できるみたいな、そういうのに頼れたら解決するかなみたいな、そういう話をした。佐藤はなぜか青ざめていて、すごく具合が悪そうだったけど、こんなことになったら誰でも青ざめる。
何がどうなってしまったのかよくわからない。
東京がめちゃくちゃになりはじめてからずいぶん長い時間が経って、俺たちは小学三年生の頃、お互いについてよく覚えている姿形まで縮んでいた。
それは、おそろしく寒い夕方のことだった。適当に入った喫茶店には誰もいなかった。もう全ての人間が東京近郊からいなくなって長く、情報も入らないので、東京の外がどうなっているのか、俺も佐藤も、まったく知らない。
佐藤は、喫茶店のキッチンを勝手に漁って、コーヒーを淹れた。佐藤は茶とかコーヒーとかを淹れるのがうまく、その味は変わっていなくてほっとした。それ以外の点においては、目の前にいるのは、俺の記憶の中にはっきり残っている通りの佐藤だった。
「わざわざここまで来て何」
「変な話をするからと思って」
嫌な予感がした。俺はコーヒーを受け取って、手を着けずに佐藤から目を逸らした。じっと見ている勇気がなかった。背中の後ろがざわざわした。
佐藤は、妙に明瞭で、割り切った口調で、言った。
「神様になる」
「……何の話?」
「この状況を解決できる方法があるって、話を貰った。神様が必要で、誰かがなったら解決するって言われたから、僕は神様になろうと思う。皆に助かって欲しいし、僕は、神様だったのは、はじめてじゃないから」
「はじめてじゃない?」
「僕の父親は、僕に選択肢を任せることを、神頼みって言ってた。そういうのには慣れてるから、大丈夫。うまくできると思う。だから、田中を置いていくけど」
うまく返事ができない。世界が壊れていく。俺はこれまで、まだ世界が壊れていないつもりでいたのかと思った。俺は佐藤を、いつからこんなに、頼るようになっていたのかと思った。それこそ神を信じるみたいに、佐藤がそばにいることが世界そのもののように感じるようになってしまったこと自体が、罪だったのだと思った。
だから罰が下るのだ。
「僕がいなくなっても、ちゃんとご飯を食べて、普通に暮らして、頭が痛くなったら無理せず寝て、それから」
佐藤が笑っている理由が分からない。嘘だ。分かっている。佐藤はこういうとき、弱音を吐かずに、ただ笑うような奴だからだ。俺がかけるべき言葉が、佐藤の鉄壁に固まってしまった微笑を崩す方法が、必ずあるはずなのに言葉が出ない。神が必要だと、そもそも俺が言ったんじゃなかったか。
「ちゃんと、幸せになってほしい」

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