外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

耳の話

佐藤さんは蝋梅の咲いた朝、耳の標本ばかり売る骨董屋で夕方になるにつれて頭が痛くなる話をしてください。

僕は人生の一時期、田中を連れて街を歩いてばかりいたことがあった。田中の精神状態が乱れていて、しかも家から出ないものだから、仕事の合間に寄って散歩に連れ出していたのだった。散歩ってあんまりしたことなかったけど、うろうろしているといろんな店が見つかる。
耳の標本ばかり売っている店に辿り着いたのは冬のことで、店先には蝋梅が開いていた。もうそんな季節なんだなと僕は思って、「蝋梅が咲いてるよ」と田中に言った。
「ろうばい」
「花。蝋でできてるみたいに見えるからそういう名前なんじゃないのかなと思うけど……」
「おまえって花の名前よく知ってるよな」
「母親に教わったから、少しね」
「つくりものみたい」
田中は遠くを見るような目をして、蝋梅を見た。
「店も変」
「変だな。耳かあ」
「一応骨董品屋なのかな。てことは、古い耳」
「古い耳……」
僕が店を覗き込んでいると、田中は扉をあけて、チリンと鈴を鳴らして中に入っていった。僕は慌てて追いかけて、中に入った。光量を絞った店内に、あらゆる耳が並んでいて、一歩後へ下がった。
たくさんの耳、人間のそれのかたちをしたもの、動物のそれのかたちをしたもの、よくわからないもの、あらゆる、つくりものの耳は、静まりかえった店内で、何か聞こえないか待っているようだった。耳には簡単な説明と、ナンバリングが施されている。けっこう、いいお値段だ。
田中は店の中で、ひとつひとつ、耳の形を確認している。何かを探しているように見える。
「田中」
追いかけて、声を掛けると、田中はひとつを指差して、言った。
「これおまえの耳に似てる」
「え?」
「耳」
「自分の耳って、そんなに見ないからな……」
「買おうかな」
「え」
田中はすい、と、『僕の耳』につけられたナンバーを指でなぞってから、店の奥に向かった。僕はぼんやりしてしまって、でも、田中に、無駄遣いやめろと言った方がよかったと思うのだが(田中は精神の失調から無駄遣いを大分したあとだったので止める理由はたくさんあった)、でも、え? 僕の耳?
僕の耳を迷いなく買おうとしている田中に対して、抱いている感情の、正体が分からなくなってしかし、僕は赤面している。僕の耳?

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