外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

プレゼンの話

田中さんは屋根を雨が叩く昼過ぎ、エレベーターホールで口先だけで信じるとうそをついた話をしてください。

雨の日は頭痛がする。子供の頃からそうだったが最近とみにひどくなった。佐藤が言うには俺は自分の苦痛に対して鈍感だということで、そうかもしれないと、頭痛には頭痛薬だったと思い出すたびにぼんやり考える。まあでも、頭痛薬が必要なほどじゃないとずっと思っているから、頭痛薬をずっと買っていなくて、病院にはもちろん行ってない。だから、つまり、改善に繋がるようなことはやっていなくて、よくはならない。
今日は重要なプレゼンがあって、そういう日に頭痛は、というか、雨が降っているのは、運が悪かった。雨が降っている日には出かける気になれないからよりいっそう頭痛薬が手に入らない、というのも、俺がこれを改善しない理由のひとつだ。
エレベーターホールで深呼吸をしている。十分に緊張するようなことだったし、頭痛で本調子ではないとなれば尚更だ。誰もいない、静まりかえったエレベーターホールの向こうで、激しく雨が降っていると、音でわかる。あらゆる要素が俺を追っていて追い込まれているような気分になって、溜息をついた。
別に嘘でもいいし口先だけでいいし、何も知らなくていいから、一言励まして欲しい。そう思ったときに名前が思いつく相手がいて、今は、俺には、それがいて、それは孤独ではないということだった。
俺は適切な判断をして頭痛薬を買うことひとつできず、頭痛でぼんやり不安を抱えたままプレゼンに向かうのは職業人としてどうかとも思っており、面倒臭いことになると分かっているのに自己管理ができていなくてだめなので、励まされるような筋合いではないので、つまり俺の現状は、励ましを貰えるような状態では到底なかった。
にも関わらず、俺はスマホを取り出して、最新のやりとりを開いて、そのままテキストを打ち込んだ。深く考えないようにして、勢いをつけて送信した。
「何も聞かずに、信じてるって言ってくれ」
『信じてる』
即時ついたメッセージは、続いた。
『頑張れ』
激しい雨音も、頭痛薬なき頭痛も、別にひとりでこなせていたはずだったのに、こんなのって依存だな。
そう思いながら、雨も頭痛も、ストレスも緊張も、全部が少しずつ軽くなって、俺は、ようやくやってきたエレベーターに乗りこむ。

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