外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

夏休みの話

佐藤さんは夏休みの最後から二番目の日、非常ドアの前で忘れてしまった夢についての話をしてください。

学生が終わる、高校三年生の夏休み、とくになにもせずにふらふらしていた。完全に現実逃避として、ソシャゲを五種類やって、レアカードを集めまくっていた。あまりにも簡単に集まるので、あまりにも人生にやる気が出なかった。
うまくやればうまくいく人生なんだろうと思いながら、夏休みが終わりに近づいている。自動的に流れこんでくるものを受け取っていれば破滅はしないけれど、自発的な選択はうまくいかない人生に、四年近く経てそろそろ慣れてしまった。僕は二択に失敗する。失敗するようになった。失敗してしまったから。
遠くで野球部が練習している声を聴きながら、誰も通りかからない校舎の非常ドアの前で、画面をタップする。課金もせずに手に入るレアカードを確認している。
このあとのことを本当に考えずにいたら、教師に呼び出されたのだった。これからしばらく、今からでも就職しないか、あてを探してやると言われるのだと思う。でも僕の人生って破滅する資格がないんです。手の中に自動的に、生き延びる方法が転がり込んでくるんです。真剣に生きる意味がないんです。というか、自分で真面目に判断すると、間違えるらしいんです。
何かになりたかった頃が、自分にもあったと思うのだけれど。
華やかな音を立てて、僕の動物園にまた、新しい動物が増える。もう滅んだ動物も仲良く暮らしている、夢のような動物園。この動物園が僕の夢だったらいっそよかったような気がする。このゲームを心から楽しく遊べて、特別な時間を過ごしていると思えた方がマシだったのかもしれないけど、でも結局僕にとっては、なんとなく楽しい時間を過ごすだけだ、よくもわるくも。
このゲームに、人生を狂わされるほどハマって、お金をたくさん使っている人もいるんだろうな、とぼんやり思う。僕にとっては、宙づりにされたようにぼんやりしたまま、なんとなく生きていることの、象徴みたいなものだけど、ソシャゲって。ちょっと楽しくて、でもただうまくいくだけのことって、ちょっと楽しい以上にはならない。自分が存在しているだけの空白に、奇跡が流れ込んでくるところを観測しているだけだから。
ポケットにスマホを押し込む。夏休みはあと二日だ。いまからどこかに行こうかな。どこか遠く、誰も知らない、誰もいない、誰とも関係ない場所に、僕だって、逃げ出して行ってしまってもいいのかもしれないな。どこに行ったって、どうせうまくいくんだから。

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