佐藤さんは日が落ちるのがずいぶん早くなったころ、大理石の床のロビーで結局くたびれもうけだった話をしてください。
「わざわざ来てもらってごめん」
「別に……いい飯が食えたし」
謝ってなお肩を落としていたら、田中は普通の感じで続けた。普通の感じというのは、気を遣っているわけではなく、元気づけるとかでもなく、いたってフラットに、ということで、僕はそれが割と、嬉しかった。というか、そういうところ、田中のいいところだな、と思った。
とにかく、田中は普通の感じで、ホテルのロビーを歩きながら言った。
「というか、俺はここに来て、いい飯を食って、佐藤と過ごすのが目的だったんだから、損はしてないんだけど」
「まあ……それはそうか。それは、うん、そうだな」
「佐藤の時間は無駄になったか?」
僕は返答に窮した。そういういわれ方をしたら、ただたんに背伸びしたデートが成功しただけ、とも言えた。仕事だったのだが。捜査対象が来店するはずの店で、経費で落ちることを祈りつつできるだけ安いコースを頼んで、あとは田中があんがい如才なく振る舞っているのを眺めているだけだった。
会社帰りの田中と一緒に、少し奥まった場所にある、悪くないホテルに来ている。襟のある服は着てる? という質問から入った唐突な誘いに、乗ってくれて、助かった。デート、とさっき思ったけど、デートのつもりなのかどうかは、僕には、わからない。普通に友情、という可能性の方がある。
恋というのはもっとずっと、全身の血が沸騰して浮かれ騒ぐようなことなのだと思っていたし、これまでは実際、そうだった。
田中といると、頭の芯が冷えて、それが楽、と思って、楽だから好き、と、思っている。
「一緒にホテルディナーが食べられて良かった。自発的にはこういうの思いつかないから……」
「……こういうの」
「なんていうか……」
それこそデート、みたいなやつ、と、言おうかどうしようか迷って、「ごちそう」という、子供みたいなワードをチョイスした。田中は薄く笑い、「ご馳走だった。ご馳走様でした」と言った。
「似合うな」
「何?」
「スーツ。俺もスーツ着とけばよかった」
「ああ……」
「社長に見える」
僕は苦笑いした。僕の父は社長だったのを田中は知っているので、つまり、からかっているのだった。僕と父は、でも、あまり似ていないと思うけど。
「またご馳走あったら朝のうちに言って。俺もスーツ着る」
「田中も似合いそう」
「サラリーマンに見えると思う」
「サラリーマンだし……」
田中は、貸衣装屋で借りてきたスーツを着た僕をもう一度見て、少し笑った。何由来の笑いなのかは、よく、わからない。