外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

仏像の話

田中さんは季節風がはじめてふいた日、山の古寺で本当なら弱音をはいてもよかった話をしてください。

何でも良かったしどこでもよかった。仕事で扱った本の中に美術品に関係するものがあって、山奥の寺にあるという仏像が載っていて、それを目的にしようと思った。その少年じみた目つきにつよく惹かれたとかではなく、全然、口実だった。
ひとりで旅行をしたことなんてなかったと思う。移動手段は色々あって、その中で高速バスを選んだのは、安かったからというだけの理由で、しかし途中から雪が降り始め、俺は、中途半端に暖かすぎるバスの中に、乗客共々閉じ込められる事態に陥って、到着は結局、二時間遅れた。
こんな雪で山寺なんかに行ったら死ぬ、と思ったが、死んだ方がマシかもしれない、という自棄と、この死に方は悪くない気がする、というドラマに惹かれて、予定通りに電車に乗った。
会いたくてたまらない人に会いたくない。
死にたくなるまで依存するのはいけないことだと、その本人が言った、他ならぬそいつが俺に言ったことがある。今度はおまえに依存してておまえを捨てるか俺が死ぬかしかやっぱりないのだと思うと告げたら、どんな顔をするんだろうな、と思う。そして、どんな顔も、させたくないと思っているという一点において、俺には理性が残っていた。多分。
「こんなところに何百年も、ずっといるのって、どういう気持ち?」
他に誰もいなかったのをいいことに、俺は目の前の像に訊ねていた。資料を持ち帰って家で眺めているとき佐藤が脇から覗き込んで、田中に似てる、と言ったことがあった。俺には、全然まったく分からなかったし、目の当たりにしても、やっぱり分からなかった。目の前に居るのは澄んだ目をした少年じみたほとけさまで、どこか遠くを見ているように見えて、ここにはいないから平気、と思っているように思えて、俺は、急に、佐藤は俺のことが、好きなのだと思った。
今すぐここに居て欲しい。
本当ならそう言ってもよく、今すぐは無理でも新幹線でやってきてくれる可能性は十分にあり、俺はまるでどこにもいない迷子みたいに保護されることが可能であり、しかし俺はただ「ごめんな」と呟いて、声にはまるで力がなくて、どこにもいない、ここにいない、ほとけさまのように澄んだ目をしているなら、どれだけよかったか、と、思った。

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