杏のケーキを食べた。
おれは長い間、兄ちゃんとそれ以外、しかない世界に生きていたのだけれど、ちかごろはずいぶん簡単に友達を作るようになった。気になるときはばんばん話しかけて、面白いことがあったら笑ったりする。始めてみれば、それはそんなに難しいことではなかった。
そんなわけで食べた杏のケーキだった。交番の近くにケーキ屋ができて、パトロールの途中に挨拶を交わしたので、非番の日に買いに行った。休みなのにわざわざ来てくれたなんてと言って店員はずいぶん恐縮して、でも話しているうちに、友達になった。
外の世界でおれは友達を作って待っているから、帰ってきて欲しいと手紙に書いた。おれも頑張るから兄ちゃんも頑張って、これから一緒にやっていこうと書いた。
おれたちは一緒に暮らすようになったけど、おれは兄ちゃんと出かけない日も増えて、おれが誘っても兄ちゃんがついてこない日も増えた。いつのまにか、おれが出かけて兄ちゃんが家にいる日も増えて、兄ちゃんが寝付いたまま起きてこない日も増えた。兄ちゃんの言葉数は少なくなって、どんどん少なくなってとうとう一言も会話しなかった日の翌朝、兄ちゃんは布団の中で、木になっていた。
そのちいさな木を抱えて病院に行ってもらちがあかなかったので、おれは次に園芸屋に行った。おれは、兄ちゃんが杏の木になってしまったのを知った。おれは少しだけ、ほんの少しだけ、ものすごく悲しいの底にほんの少しだけ、嬉しかった、兄ちゃんは杏のケーキの話に反応なかったけど、でも、覚えていてくれたんだと思った。
兄ちゃんがすくすく大きくなれるように、個人で公園を持っている人に頼んでもらうことにした。人づてに話が広がって、おれは同情されて、兄ちゃんは無事地面に植えてもらえた。
今住んでいる家は狭いので、兄ちゃんと一緒にこれから暮らすには、庭のある大きな家を手に入れる必要がある。東京じゃ難しいだろうから、仕事を辞めて地方に引っ越して、それでようやく家が買えるか、それでも難しいか、でもおれは頑張って金を貯めなくてはならないと思う。
桜が咲くより早く兄ちゃんは白い花をつける。風にゆれる兄ちゃんのそばでおれはケーキを食べている。ケーキを埋めたら養分になるかなと思ったけどやめた。かわりに、肥料とか手入れとか、公園の持ち主に頼んでおこうと思った。みんなおれの友達なので、兄ちゃんも兄ちゃんの友達だと思ってくれていいんだよと思ったけど、兄ちゃんは返事をしてくれないので、おれは黙ってケーキを食べた。