外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

夏のぬるい海

おれたちは十八歳で、夏休みをふたりで過ごすために、ベランダの一角を使って植物を育てていた。種を飲ませれば死んだ人が生き返るのだと聞かされて、おれが買ってきた苗だった。兄ちゃんはその買い物に対してバカ、と言ったし、当時のおれも、おれってバカだなと思いながら買った。
でもおれは、もう他の誰にも、死んで欲しくなかった。
ベランダで水をやり、肥料をやり、いずれ花が咲いて種が落ちるまで、おれたちは毎朝毎晩一緒に過ごした。おれたちはふたりとも警察学校に入校が決まっていて、これから先も一緒にいられるだろうと思っていて、不思議な高揚感とどん詰まりの不安感があった。どうしてそんな気分になったのだろう? ずっと一緒にいられると分かっていたのに。
兄ちゃんが死んだとき、おれは迷わず、その夏の種を兄ちゃんの唇に含ませた。
おれの目の前で、兄ちゃんの体はずるずると小さくなっていき、やがて手のひらに載るほどの肉塊になった。
おれは笑った。笑う以外にどうしたらいいのかわからなかったので。おれは兄ちゃんをハンカチでくるんでポケットに入れた。おれがこんなことをしたせいで、と思った。おれがこんなことをしたせいで、兄ちゃんは普通に死んだということすら誰にもわかってもらえない。ただ夏の日におれの目の前で、死んでしまったという記憶以外、兄ちゃんは消え失せたも同然だった。
おれは肉塊をポケットに入れたまま生活をした。風呂に入れてやり、食べ物や水を与えようとした。話しかけたり、撫でたりした。それは、兄ちゃんに似たところがひとつもない、ただ緩慢に動く肉の塊に過ぎなかった。
おれはレンタカーを借りて、肉塊を助手席に乗せて、海辺の街を走っている。
かつて兄ちゃんだった肉塊をつれて、夏の海を走っている。
おれはもう種を持っていなくて、全部あの日兄ちゃんの唇に押し込んでしまって、だって兄ちゃんが死んだのが本当にイヤだったし同時に、チャンスだ、と思ったから、あの種を使うチャンスが来て嬉しかったから、やっぱり育ててよかったと言いたかったから。兄ちゃんに、なあ、やっぱり育てておいてよかっただろ、と言いたかったから、全部兄ちゃんに食わせてしまって、だから同じ肉塊になることは、できないのだ。
おれは肉塊を抱き上げて海に入っていく。抱きしめたまま肩まで、水の中に入って浮かびながら、おれは肉塊が動かなくなって温度がなくなるまで、じっとぬるい水の中に留まっていた。
それはもう、兄ちゃんではなかったから。

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