オッドタクシー/大門兄弟/本編中軽いネタバレあり
ずいぶん長く、眠れずにいる。たぶん、嘘をついているからだろう。
いろんな薬を試している。合法的なものから非合法なものまで。手に入れようと思えば手に入って、もう重ねる罪の種類としては大差ないような気がして、しかしどれを飲んでも、眠れずにいるだけだった。
「おまえのことを大事に思ってるよ」
おれは言う。
眠れないので仕方なく言う。
弟は、おれのまえでだけ見せるふにゃふにゃの笑顔で、「おれも!」と言う。その言葉に裏表も嘘もなく、おれは、伝えることが必要なのか、それとも、返答が必要なのか、わからなくなる。弟が、あたりまえのようにおれを愛しているということが、重要なのかもしれなかった。でもそれは、当たり前のことなのにな。
当たり前のことなんだろうか?」
パトカーを運転しているとき、二人きりで道に立っているとき、昼飯を食っているとき、おれは唐突にそういう言葉を伝える。一日一回か二日に一回、少なくとも1週間に3回くらいはおれがそう伝えているということに、気づいているのかどうなのか。おれの弟はバカなので、おれという人間、弟にとっての兄であるおれが、単に弟のことをムチャクチャ大事に思っているという事実だけを受け止めているのかもしれない。
一言ずつ、少しずつ、言葉を探す。不自然でないように。
弟を見る。弟は普段どちらかというと不機嫌そうな顔をしている。正義感の強い弟は色々なことに怒っていて、納得できないことが多いのだと思う。おれとは違う人間だ。おれは、弟が、おれとは全然違うということが、時々とてもつらく、しかし大半の時は、よかった、と思う。
少なくとも弟は眠れているようだから、バカなので眠れなかったらそう言うと思うので、そうだな、それは、よかった、と思う。
どちらかというと不機嫌そうな顔をしている弟は、おれといて、おれが弟に、必要だと考えている言葉を投げかけるときだけ、ふにゃふにゃに笑う。子供みたいに嬉しそうに笑う。全身が満ち足りる感覚があっておれは、大丈夫なのだ、と思う。
本当のことを話した夜だけ、深く眠れる。
おれが苦しんで眠れなくなっているのは弟に嘘をついているからに他ならないのに、弟を大事に思っていて愛していて好きで特別で他に愛している相手はひとりもいないということを伝えた日だけ、おれは眠れる。