シャンプーとシャンプーじゃないやつを見分けられるようにならなかった。
頭にしるしがついてるらしいのだが、おれにはしるしがついてるほうがシャンプーなのか、ついてないほうがシャンプーなのか、よくわからないのだ。しかも、ボトルを変えたら、ルールがリセットされたりするのだ。
おれはいろんなことを兄ちゃんに聞いてきたが、さすがに歳が上がると一緒に入らなくなったので、シャンプーを教えてもらうこともできない。手に取ったらわかるんだけど間違えてたら一回手を洗わなくちゃいけない。
おれがシャンプーを見分けられないということを、兄ちゃんは知ってたのか、どう思ってたのか、聞いてみればよかったな。
時間がうしろむきに流れるようになった。しかもけっこう早くて、何年もが一瞬で戻っていく。おれはいろんなことを知っているままで昨日に、一昨日に、戻っていく。同じ人生を、巻き戻っている。止め方がわからなくて、どんどん巻き戻っていくばかりだ。
おれはいま、子供になって、子供の兄ちゃんと過ごしている。
いうほど賢い大人にならなかったので、巻き戻っても教えられることがない。シャンプーだっていまだによくわからない。巻き戻るのが兄ちゃんだったら、なんでこんなことになっているのかちゃんと考えてちゃんと解決できたのかなと思う。でも実際は巻き戻っているのはおれだけなので、たぶんこのままなすすべもなく、おれは巻き戻っていって最終的にこのまま消えると思う。
おれたちは子供で、でもおれは頭の中だけ大人で、不思議な感じで、小さい兄ちゃんを見ている。おれたちはふたりで同じ風呂に入っていて、まだ家族が揃っていた頃で、外で両親の話す声が聞こえる。
ずっと、ここに戻ってきたかっただけなのかもしれないな、と思う。
ずっと、ここが続けばいいのにな、と思う。
でもきっと明日には、おれの感じる時間でいうところの明日には、全部終わってしまうんだと思う。おれは消滅して、どこにもいなくなるんだと思う。
兄ちゃんにお湯をかけて、それから、シャンプーのボトルをよく見て確認して、シャンプーの方を手に取る。兄ちゃんの髪を洗う。シャンプーじゃない方をつけて、もう一回お湯をかけて、シャンプーが終わった頭を撫でる。全部をゆっくりと済ませたあと、おれは兄ちゃんに、さよなら、と言う。
兄ちゃんはよくわかんない顔をして、でも子供の顔で、「さよなら」と返す。
そういうゲームみたいに。
「兄ちゃん。悪に染まるなよ。おれはもう、たぶん、このまま消えるけど」
おれがバカじゃなかったら、兄ちゃんの未来をちゃんと、良い方にできたと思うんだけどな。