外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

転がる岩

逃げている。何も考えられない。
おれは転がる岩に追われている。岩、のような塊、の中から、頭がいつも見える。化け物に追われている。
考えた方が良いことがあるのに、うまく考えられないまま、おれは必死で走っている。
人生が、全部そうだったような気がする。
休日、兄ちゃんはおれをいろんなところに連れて行く。買い物、キャンプ、バー、そして島。おれが家でひとり過ごしていると悪いことが起こる、と思っているらしい。YouTubeなんか見てないで兄ちゃんと出かけようと言われて、おれは出かけるのはだるかったけど兄ちゃんに誘われるのはずっとうれしかった。
だから島にいる。
兄ちゃんはことのほか優しくしてくれて言葉も多かった。愚痴じゃなくて楽しい言葉が多くて、島のことを気に入っているように見えた。いつもこういうとき、自分で選んできたくせにクソ田舎とかそういうことを言うのに、揺れる波を指差したり、空気がきれいだと言ったりした。バカのおれが言うことでもないけど、兄ちゃんは褒める語彙が少なくて、ちょっと面白かった。
異変は夜起こった。
「少しでも罪を犯したら」
兄ちゃんは夜の闇の中、月を背に言った。
「罪を贖う必要があるんだよ」
その島で何が行われていたのかわからない。でも、気がついたら、昼間会った島民の全ては、岩になっていた。
そして兄ちゃんは、転がる岩の一部として、あっけなく飲み込まれた。
おれはわけもわからず逃げながらそれでも考えている。罪を犯したら贖う必要があるんだよ。こんな形で贖うべき罪じゃなかっただろう。兄ちゃんがどんな罪を抱えていたとしても、こんな形じゃなかっただろう。振り返る。ごろごろ転がる岩の中で、兄ちゃんがおれを見ている、と気づいた。かなしい目だった。
さよならするために連れてこられたとそのとき分かった。
「おれはもうキャンプとかしなくなるけどいいの」
おれは泣きながら叫んだ。
「兄ちゃんがいないと家から出なくなるけど! いいの?」
おれもそっちに連れていってほしいと思った。でもおれは、そもそも逃げる必要がなかったらしかった。贖うべき罪の心当たりがなかった。強いて言えば、兄ちゃんを信じたことがおれの罪で、でもそれは、この島の一部になる理由にはならなかったらしかった。おれは岩の一部にはなれないまま、朝日を待った。
やがて朝日とともに、おれの兄ちゃんはただの岩になってしまった。

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