外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

十二月のラーメン

弟の死を覆さなくてはならない。
おれがすっかり根無し草になってぷらぷらしているあいだに、弟は警官の仕事を続け、風当たりが強い中でもそれなりの敬意を集めたり、バカにされながらもそれなりに良い仕事をしたり、したらしい。でもなにもかも、死んだら何の役にも立たない。
発砲事件があって、弟は、同僚を庇って死んだらしい。弟は死んでから一躍ヒーロー扱いされるようになった。それで、連絡先のやりとりもなかったおれの目にまで、ニュースが入ってきた。蕎麦屋のカウンターで、誰よりも知っている名前を聞いてから、勘定をしたんだかしてないんだか、記憶にないが蕎麦屋の店主がおれを怒鳴った覚えはあるし、怒鳴り返した覚えもある。払っていないとしたら、憐れまれたのだろう。おれは常軌を逸して見えたはずだから。
泣いたとか、キレたとか、毒づいたとか、色々あったと思うがおれは新幹線の切符を握りしめて、東京に帰ってきている。どこに行くのがいいだろう。交番。まあ、単純に、もっとも捕まるだろう。警察署。こっちが一番かもしれない。不思議な感じがする。おれが当然のように勤めていた場所だというのに、じゃあ近寄らない方がいいな、と思っているわけだから。
あの冬も寒かったな、とおれは思う。むやみに寒くていつもラーメンが食べたかったような気がする。あれからずいぶん長い時間が経って、ラーメンを食うと咳き込むようになった。寒さはどんどん激しくなったような気がするが単純に、筋肉量が落ちただけかもしれなかった。
とにかく、計画を練らなくてはならない。非番の日を見つけ出して、不意をつかなくてはならない。おれも同じ生活をしていたのだし、おれが勤めていたころと大差ないだろうし、そんなに難しいことではないはずだ。あとは方法だ。体は昔通りには動かないだろうが、素人だってうまくやることがあるのだから、そしておれは素人ではなかった頃があるのだから、どうにでもなるだろうと思った。
全て終わったらラーメンを食べよう。
おれは咳き込むかもしれないけど、おまえはおれより元気なはずだ。体が動いたから、死ぬことになったはずだ。おれがそこにいたら、止まれと言ってやることができたと思う。けれどいろいろなことがあったあとだから、おまえはおれの言うことを、もう聞かなくなっていたかもしれないと思うとかなしい。
かなしむ前に計画を立てよう。
そうして全てが終わったら、一緒にラーメンを食べよう。
おれは計画を立てながら、東京を歩いている。おれに似た男がこの世にいないので、去年より寒いような気がする。でもそれは一瞬のことだろうから、きっと取り返せるはずだから、すべてうまくいくはずだから、おれは、弟のかわりに生き延びた警察官の後ろを歩いている。
うまくいけば、かわりに、弟が帰ってくるはずだから。

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