外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

おまえバカなんだから

昼下がりのファミリーレストランにいる。おれと「それ」と店員以外は誰もいない。おれはおばあちゃんの財布から抜いた一万円札を持っているので何でも注文できる。抜いたっていうか、おばあちゃんは死んでしまったので、全部おれたちの金なのだけど。
両親が死んだあと、おばあちゃんと一緒に住んでいた。おばあちゃんは老人なので、じきに死んで、おれたちはいよいよ、ふたりきりの兄弟になった。
おばあちゃんは毎日、なにかを拝んでいた。おばあちゃんが死んだあと、「それ」は現れた。
「それ」は動物に似ていた。座布団の上に四つ足で立っていた。頭も体も足も細長くて、丸い目をしていた。そして、おれに、腹が減った、と言った。と思う。
おばあちゃんを看取ったあとで、葬式はこれからだった。弟は泣き疲れて寝ていた。おれはおばあちゃんの財布から金を抜いて、「今からファミレス行くけど」と言った。
「ファミレスって知ってる? 腹が減ってるなら一緒に来てもいいけど」
なかば冗談のつもりで言ったのだが「それ」はおれのあとを着いてきた。おれは結構疲れていて、ひとりになりたいと思っていた。どうせまた親戚が集まってきて誰が誰を連れて行くだの行かないだの話し始めるのだ。
最悪の場合バラバラに引き取られることになるかもしれない。考えると気分が悪くなった。考えたくなくて、金を持って家を出た。「それ」はおれの後ろをついてきた。
「それ」はおれの前に座り、山盛りのフライドポテトをひとつつまんで、さくさくと食べた。
そして、おれは、急に理解した。と思う。
おれたちは別の場所に住むようになるから、こいつも別の場所に行くので、もう守ってやれない、というようなことを、フライドポテトを食べながらそいつは言った。と思う。
守ってもらった覚えはなかったのだがおれは一応頷いた。おれに聞こえている――聞こえているのか? それすらも曖昧だったが、とにかく、こいつが神か何かの類いだろうということが薄々分かってきたので。
「それ」は言った。だが去る前にひとつだけ願いを叶えよう。
じゃあ、とおれは言った。
「おれの弟をバカにしてください」
気がつくと、「それ」は、残りのフライドポテトとともにいなくなっていた。おれは一生で一度だけ、願いが叶う機会を、これでなくしたのだと思った。
家に帰ると、弟は泣き止んでいた。おれは言った。
「おまえバカなんだから、おれがいなくなっても、おれと一緒に暮らせなくなっても、別々の家に住むことになっても、平気だよな」
うん、と弟は言った。
「平気だよ。おれはバカだから」

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