外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

ありがとう

角はアンテナのように彼のなかからあらゆるものを吸い上げてゆく。

そして彼は拘束されてあらゆる刺激を排除された部屋のなかにおり、何を見ることもない。何を見ることもなにを感じることもなにを考えることもない。

彼はもううしなわれてしまったあとで記憶と言う残りかすをだらだらと角に舐められて咀嚼されているところだ。彼は彼の国が滅びたことを知らないし、彼の愛した人間が皆死んだことを知らないし、もうなにを守る必要もないことも知らない。そして、何かを守りたいという感情を抱くこともない。彼はうしなわれてしまったのだ。

異国で、彼は、ただの、データベースである。電子信号としてインプットされたデータに対して、角は、彼のなかの特別な才能に働きかけて、未来の予知を吐き出す。それは角が行なっていることであって、彼自身は関わりがない。彼は失われてしまったのだから。彼はその予知のなにをかくしてなにをつたえるべきか考える必要はない。彼は失われてしまったのだから。

そしてそれは彼にとって幸福なことである。

予知が、世界を発展させてゆく。そしてそれは同時に、滅びゆくことでもある。拡大すればするほど、損なわれてゆく世界がある。戦争をしてもしても、終わらない。でも彼はそんなことを考える必要はもうない。彼の守るべきものはなにひとつ残っていないのだから。そして彼自身ももうここにはいないのだから。あるいは、彼がもうここにいない以上、ほかのあらゆるものは、すべて失われたあとだと言うこともできる。彼の認識していたものはもうどこにもない。彼自身さえも。

彼に植え付けられた角は適切な電子信号としてそこに残されたシステムを繰り返し吐き出し続けている。そして彼は失われている。彼はよくできたシステムとしてありとあらゆるルートを検索する。そしてそれをすべて吐き出す。迷う必要はない。彼はうしなわれたのだから。

大きな戦争があった。彼はそれをもう忘れてしまった。人がたくさん死んだ。彼はもうそれを忘れてしまった。彼がなにかやりたいことがあったということも、守りたいものがあったということも、なにもない。もうなにもない。全部ゼロになってただここに空白のシステムが吐き出されている。彼の角は予知をする。世界はいずれ終わるだろう。しかし終わったのは世界ではない。人々は死ぬだろう。しかし死ぬのは人々ではない。

死んだのは、彼のほうだ。

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