外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

ただいま

子供の頃の夢は平凡な家庭を持つことだったと彼は言う。そしてそれはある意味で叶っている。彼は養うべき人間を持ちある意味で家族と呼べるものを持ち彼らとともに暮らしている。彼らは賞金首を探し歩いてはそれを殺し賞金を手にしてまた流れてゆく。彼は少年時代からその男たちとともに行動するようになった。それはある意味で彼の平凡な生活の一部にすぎず、またある意味では奇妙なことだった。彼の家族は、彼の生まれ育った故郷を滅ぼした。

彼はへらへらと笑いながら生活をしている。故郷が滅んだことのある人間だということなど、忘れたみたいに。彼のなかのいろいろな部品は壊れてしまったあとなので、故郷が滅んだ時に壊れてしまったあとなので、彼は平穏に日々を送っている。彼はターゲットにひとあたりよく近づき笑いかけて情報を引き出し、ターゲットを殺すために最適化された空間までターゲットを連れてゆく。それでうまい飯が食える。それだけで十分でそれ以上なにを求めることもないのだった。どんどん最適化されてゆく自分を彼は自覚している。どんどん、どんどん、最適化されてゆく。

ほんとうはたぶん、と彼は思う。なにが特別でなにが大切で、そんなことはもとから、ありはしなかったのだろう。そうだと教育されていたから、そうだと思い込んでいただけだったのだろう。彼の愛した人間は死んだのだし、皆死んだのだし、そして彼は生きているのだし、それならば彼は生き続けてゆく以外にどうすることもできない、と、思っている。忘れてしまった。なにもかも忘れてしまった。家族や、友人や、育った故郷、それらを愛したこと、なにもかも、忘れてしまった。生き延びるために、なにもかも、忘れてしまった。

そしていま彼がここにいて、あたたかな饅頭を買い食いしながら歩いて、かれらのかりそめの家庭で待っている仲間たち、いま彼の家族である彼らのぶんの饅頭を腕に抱えているときたしかに彼は幸福であり、それで十分だった。子供の頃の夢は平凡な家庭を持って平凡に生きて平凡に死ぬことだった。戦争をすることではなかった。戦争をするために生まれてきたつもりはなかった。そうしてひとごろしをして食っていくために生まれてきたわけでもなかったけれど、それのどちらがどう違うという問題でもないので、彼はべつにこれでいいのだろうと思いながら生きている。

ただいま、と言うと、床に転がっている彼の家族は身を起こし、彼の腕から、あたたかな饅頭を奪った。彼は笑ってそれを与えてやる。転がった男は餓鬼に似ていて、彼の帰りをずっと待っていたのだと思えるから、ここは彼の、あたたかな、うつくしい、幸福な、平凡な家庭である。

ただいま。

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