外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

明日は修学旅行

※クトゥルフ神話TRPGシナリオ「ミ=ゴがきた!」https://booth.pm/ja/items/5437597 でPL参加した班の前日譚です。ネタバレはありません。

 

 

明日はとうとう修学旅行らしい。
成流夢二は「モノマネ芸人」なので、色々な体験ができるのは芸の肥やしになってうれしい、と思っている。この町でできるモノマネには、限界があるのだった。小さな町で、駅前に張り付くように並んだ申し訳程度の店が数軒と、いつものクラスメイトと、いつものクラスメイトの親と、そんなかんじ、それが夢二の育った町だった。
学校は山の上にあって、6年生の教室は学校の一番上の階にあって、特にこのトイレの窓からは全部が見渡せる。校庭で走っているクラスメイトの長い髪が揺れるところも、遠くに海が見えるところも。
トイレから出たら、おもむろに近寄ってきたのは、これもまたクラスメイトの右近学だった。神妙な顔で、問いかけてきた。
「長かったが、軟便かな」
「軟便……かも」
至極マジメな口調で、右近は、今朝と昨晩の食事の内容や、夜に腹を冷やさなかったかどうかを尋ねてきた。うちのクラスって、変わった人が多い。さっきおならマスターのおならの匂いもしたし。

特徴的な匂いがして、右近学は顔を上げた。「準備は万端ですわ!」大きな独り言のあと、手を洗う音がして、ふくらんだスカートの女子生徒が現れた。踊るような足取りの少女はクラスメイトで、トイレの前にいた学をみとめると、スカートを持ち上げて挨拶をした。音無薫子は学校で一番のお嬢様であり、しばしばトイレで、「鍛錬」をしている……らしい。
「右近ちゃん、ごきげんよう。今日の成果はいかがですか?」
「ごきげんよう。いつもとかわりないよ」
「皆様の腸内環境の安定は良いことですわ~」
薫子はそのまま、ひらひらとスカートをはためかせて去って行ってしまう、かと思ったら学を振り返って、こう尋ねた。
「あしたの修学旅行にはなにを着るご予定ですか? おしゃれをしたほうがいいかしら」
学は首をかしげて考えたあと、「善処するよ」と言った。薫子も首をかしげたあと、「わたくしもおしゃれをしますわ!」と力こぶを作った。何かがすれ違ったような気もしたが、別に気にするほどのことではないだろう。
右近学は「うんこ博士」である。うんこのことにすごく興味があるので、トイレの前でときどき、うんこの調査をしていて、音無薫子がトイレで鍛錬にいそしんでいるという事実も知っている。彼女は「おならマスター」らしい。そうとクラスメイトに言ったことはないが、そうらしい。
授業と授業のあいだの中休みが終わるまで、トイレにはひっきりなしに人が往き来する。学がぎりぎりまで粘っていると、ぎりぎりにクラスメイトがやってきた。愛佳銀はトイレに駆け込んでいき、そしていつも通り、手を洗わずにすぐ出てきた。銀がトイレで何をしているのかは不明だが、もよおしたから来ているわけではないのは確かだった。
それと、授業に間に合う時間ギリギリに現れることで、学にとって時報の役割を果たしているのもたしかだった。銀のほうもそのつもりがあるのか、「行こうぜ」と学に声をかけた。学はノートを閉じ、ふたりは一緒に、教室に戻った。
クラスメイトは全員で9人。馬門小学校は、自然豊かな場所にある、小さな学校だ。そしてクラスメイトは、学が休憩時間の間、トイレの前にはりついて自由研究を日々行っていても、気にしない連中ばかりである。

銀は「鍵師」だ。
別に深い意味はなく、ただできるからという理由で、学校のあらゆる場所の鍵を、開けては閉め、開けては閉め、開けては閉めている。ただの練習である。家でやっていたら角が立ったので、最近は学校でやっている。
とはいえ学校というのは鍵のかかった場所がすごく多いので、あらゆる場所の鍵を開けていたら時間がいくらあっても足りない。だから、「たくさんコース」と「すこしコース」がある。教室の近くのトイレは、大休憩に一回、必ず行くことにしている。
図書室の階段下収納まで回ったのは、久しぶりだった。
少し離れた場所にある図書室の下にあるその収納は、ほとんど使われていないが、気持ちばかりの鍵がかかっていた。しかし、その日銀が階段下収納にやってきたとき、鍵は開いていた。そして中で、クラスメイトがYouTubeを観ていた。画面の中のたくさんの人間。等我は「人間マニア」として、画面越しの人間を観察していたらしい。
「サボってる」
「そう」と、マットレスに寝転がっていた、同じクラスの鋤等我はタブレットから手を離し、イヤフォンを耳から外した。にっこり笑って銀を見上げる。
「鍵、どうやって開けたの」
「話すと長くなるんだけど……」
「授業が始まるからいいや」多分、色々な経緯があって、鍵を誰かから貸して貰ったのだろう。「授業は出ないの?」
「今日はいい」
自由だ。でも、と等我は言葉を繋いだ。
「明日は行くよ。修学旅行」
授業も出たら、と言おうか迷って、まあ、自分だって品行方正にやっているわけではない、とも思った。好きにしたらいい。みんな好きにやっている。
「あ」と等我は声を上げ、銀を手招きした。言われるままに銀が中に入ると、扉を薄く開いて遠くを指差す。
「うさちゃんだ」
「うさちゃん? ああ、実後野くん」
「髪型ね」
たしかに、指差した先にいる少年の髪型は、ロップイヤーに似ていなくもない。
「なんで隠れたの」
「うさちゃんってちょっと『変』だよ」
「おまえより?」
本当は生徒は入ってはいけない階段下収納に隠れている側より?
等我は笑い、「どうでしょう」と言った。

実後野朋也は「スパイ」である。
彼が何のスパイであるか、そして誰との間のスパイであるか、全てはまだ闇に包まれているので明かせないが、今は向こうから猛然と走ってきたクラスメイトに正面からぶつかったところだ。スマホをいじっていて見ていなかった。
「めんごめんご! あ! かくれんぼしてるひといる」
「え? 何、何、何」
ぶつかられたと思ったら謝られて、謝られたと思ったら返事する前にあちらを指差された。振り返っても階段の下に暗がりがあるだけだ。
「誰もいないだろ」
「よく見てよ~」
「いないってば」
学校で一番「犬っぽい」振る舞いの恋井縫子は、そのまま走って行ってしまったが、途中で方向を変えて階段を登り始めた。やれやれ。階段の上で、また人にぶつかって、本が一冊、落ちてきた。
「ありがと~」
階段の上から声をかけられる。内河未夜宇が階段の上から手を振っている。恋井はぶつかりつつ進んでいった。予鈴が鳴った。
朋也も階段をかけあがり、本をほとんど押しつける形で内河のもとに戻した。
「授業が始まっちゃう!」
階段の下には何があったんだ?

授業は始まってしまうのだが、未夜宇はゆっくり戻った。めずらしく中休みに教室を出たら、時間配分がわからなくなってしまった。まあ、怒られないだろう。担任はいつも、やさしいので。
家で見たことがある本を、図書館で見つけた。家の、父親の部屋にあった本だと思う。父親の部屋の棚は触ってはいけないことになっているから、読んだことはない本だ。
未夜宇は「親が変」である。らしい。自分の親が変だということは知っているが、だからといってほかの家の親にくわしいわけではないので(くわしい人もいる)、もしかしたらみんな変、という可能性も、ないではないとも思う。
「授業に遅れますよ~」
のんびり歩いていたら、教室にいるはずの担任の声が聞こえて、振り返った。と、そこにいたのは、クラスメイトの成流夢二だった。ものまねがうまい「モノマネ芸人」で、まんまとだまされたというわけだ。
「授業、はじまっちゃうねえ」
「始まるね」
のんきなものだ。だらだらと会話しながら階段を登っていると、成流は隣で小鳥の真似をして、それから、宇宙人の真似をした。宇宙人には会ったことがないはずなのに真似ができてすごい。
「あっ、宇宙人がいる!」
教室の、廊下側の窓を開いて、そう言って指さしてきた女子生徒の頭に、全体のバランスを欠いたリボンが結ばれている。

「そらこさんも明日はおしゃれをしましょう」
「私はいつもおしゃれだよ」
牛更井宇宙のことを可愛いあだ名で呼ぶのは音無薫子だけである。薫子は大抵、休憩時間に教室の外に出ているが、5分前にはきっちり戻ってくる。そして今は、宇宙の前髪を自前のクリップで留めて遊んでいたところだった。前髪が伸びすぎて困ったと思っていたところだった。
宇宙はいつも好きな服を着ているのだが、全体的にちぐはぐ、とはたまに言われる。「宇宙人」なので、仕方ないだろう、と思う。どこから来た宇宙人なのかは、みんなに話したかもしれないし、話していないかもしれない。まあ、どうだっていいことだ。今大事なのは、明日着る服だ。
窓から身を乗り出す。担任が教室に入ってくる。それよりずっとうしろに、クラスメイトがのんびり歩いてくる。担任は優しい表情を浮かべたまま、彼らが教室に入ってくるのを待っている。
宇宙は、あれは宇宙人の声だな、と思う。
クラスメイトが、知りもしないはずの宇宙人について、上手に、ものまねをしていて、なんだか郷愁にかられるね。
さあクラス全員が揃いましたね、と担任が言う。明日は修学旅行です。いまから回す紙を、うしろの人に回して……。
日暮れをうけて、なんだかんだで9人並んで、ここに座っている。

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