外マドレーヌ─哉村哉子いろいろ置き場

異文化交流総菜録(1)夏目漱石と大根餅

米を砥ぎ、浸水する。かつおを煮てだしを取る。豚肉とたまねぎをみじん切りにし、卵、小麦粉と混ぜ合わせ、ラードでじっくり揚げる。冷凍した豆腐を前日解凍しておいたものをよく絞り、一口大に切って、かつおだし、醤油、みりん、酒で煮る。米を炊く。さやから取り出したそら豆に切れ目を入れて塩ゆでにし、凍り豆腐と炊き合わせる。大根をすりおろし、片栗粉、片栗粉と混ぜ合わせ、ブルーチーズを包んでバター醤油で焼く。炊きあがった米にしらすを混ぜる。凍り豆腐は絞ってカップケースに入れ、更に洋風かき揚げはしらすごはんを挟んで隔離して配置するように留意。

 

昔々あるところに、淑女養成学校がありました。

そして今もここにあります。

学生は自転車を含むすべての車両通学を禁じられており、山の頂上まで歩いて登らなくてはならないが、職員はその限りではない。コンビニ店員であっても同様だ。というわけでうら若き乙女の間をスクーターで登っていくのは楽しいが、女子に「あ、ゆみちゃんだ」と言われて手を振られるのは別にありがたくもない。

高校在学中から働いていたコンビニに、高校を出て社員として採用された。店長になるのもすぐだった。楽な仕事ではないがもともと睡眠時間は短くて平気だったしゴミのようにこき使われるのは好きだったし罵倒されようがどうしようが客を均等に扱うのも得意だった。あと怒鳴られるのには慣れていたし最悪叩き出したりわざと殴られておく経験も役に立った。底辺の仕事とバカにしているわけではございません。食えてるしわりと楽しい。人間向き不向きがあるというだけの話で、底辺に慣れている人間は酔っ払いやうるせえガキに一ミリの感動もしないというだけの話です。一事が万事全部うまく運んで、「おまえみたいな優秀な店長にしか任せられない」と、時々助っ人先で顔を合わせていたベテランが辞めるときに後任として指名された先が、女子大だった。

「ゆみちゃーん」

勤務地のレジからは広いラウンジが見たわせる。食堂とはとても呼べない瀟洒な空間に、きらきらした輝きを纏っているとしか言いようがない女の子がめちゃくちゃたくさん詰まっている。一限目に授業を入れたが二限は空いているか、三限目の前に予習をしたかったか、持ち込んだパソコンを開いている奴はおおかたレポートに追われているのだろう。

「今日遅かったんですね」

「身内に不幸が」

「まあお気の毒」

「ロココ」は微塵も動じずくすくすと笑った。その横で「警備」がいつも通り微笑みながら眉をひそめている。ここはどこだ?

「『吾輩は猫である』の主人公は餅を喉につまらせて死んだんですよ」

「ネタバレだ」

「有名なネタバレですから作品を楽しむことを阻害することはありません。大変エンターテイメント性が高くて面白い作品ですよ。夏目漱石はこの作品を高浜虚子の勧めで書き、当時精神衰弱に苦しんでいた漱石に気晴らしとして小説を書かせるという天才的発想がなければ日本文学のあり方は全く違うものになっていた可能性があります」

「ゲーム?」

「神経衰弱というのは現代の区分でいうところの自律神経失調症ですね。わたしの同級生もこのたび自律神経失調症でひとり退学しました」

「ドライだな」

「他人の人生ですから。そのような気持ちを込めまして、本日のお弁当にはチーズをはさんだ大根餅が入っております。ゆみちゃんのお好みに寄せました。そのほかのメニューはシラスまぜごはん、漱石の好物の洋風かき揚げ、凍り豆腐とそら豆の含め煮です。そら豆は熊本産の初物が手に入りました。お弁当のテーマは『メメント・モリ』です。意味はグーグル先生に聞いてください。煮物が入っているので斜めに持たないでくださいね」

「大根嫌いなんだけど」

「挑戦なくして勝利はありません。ゆみちゃんの健闘をお祈りいたします。ではごきげんよう」

「はい、ごきげんよう」

護衛が頭を下げて去っていく。ひらひらとはためくロココのスカートとリボンの調和をひとしきり見守ってから、てもとに残された風呂敷包みを見た。陳列整理をしていた店員の唖然とした目が合った。シフトの関係でそういえばロココを見たことがなかったのかとおもう。彼女自身ここの学生である(そもそもここの学生しかバイトに取らない)部下は驚きをきれいに笑顔で覆い隠した。

「モテモテですね、店長!」

ちょっと違う。

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