5.鈴緒 - 1/2

青春の永遠すでに死に絶えてラブが世界を終わらせてゆく

  • 似鳥喜多子 – 魔法少女。
  • 櫻庭鈴緒/櫻庭諄 – 姉と弟。

 甘えた子供は殺すべきだ、と魔法少女は思う。
 彼女は魔法少女で、腕に紫色の神様を抱えている。彼女は純白のドレスを着ていて、歳は十三歳だ。魔法少女は、かつて彼女が十三歳だった頃の姿には、似ていない。それは、彼女の事実の姿ではなく、真実の姿だ。そうあるべきだった姿だ。
 彼女はすこし前まで似鳥喜多子という名前の人間で、大きくも小さくもない会社で一般職として勤務していて、週末は病院で子供と関わるボランティアをやっていて、妻子ある上司と恋愛関係にあった。
 ある日似鳥喜多子のもとに神様がやってきて、そうして彼女は死んでしまった。そうして彼女は、魔法少女になった。
 彼女は十三歳だった頃の似鳥喜多子には似ていない。彼女はもっとずっと美しい。ひたいににきびなんてないし、やせすぎても太ってもいない。髪は美容院でセットされたばかりのようにふんわりと揺れている。魔法少女はいつも微笑んでいて、光そのもののようにあどけない。ふわふわと広がるフリルとレースとリボンの洪水のなかに彼女は佇んでいて、月の光のように美しくて、そして、現実の存在のようには見えない。実際、現実の存在ではないのだ。
 魔法少女は、目の前の男を卵に変える。それはとてもきれいな卵だと、魔法少女は思う。この男のすべてを愛するのはとても難しいことだった。男は身勝手だったし、すぐに甘えてきた。彼女は甘えた人間がとても嫌いだったけれど、愛してくれる相手には優しくしたかったから、上手に甘やかしてあげようとした。そしてそれは無理になった。無理になったから、似鳥喜多子は、死んだのだった。
 それはもう人間にできる能力を超えていた、そう魔法少女は思う。だからわたしは魔法少女になった。みんなを愛するために。みんなを、救うために。そうしてみんなに、愛されるために。
 魔法少女はにっこりと微笑む。大丈夫。きっとみんな、わたしのことを好きになるわ。
「そうですよね、神様」
 尋ねると、腕に抱えた神様は、そうよ! と元気よく答えた。
『キタコのことをみんな、好きになるに決まってるわぁ、だってキタコはとってもかわいくて、親切で、やさしくて、きれいだものお!』
「ふふ、ありがとうございます。そうだったらいいな。みんながわたしのことを、好きになってくれるといいな」
 魔法少女はふわりとスカートをはためかせて、空を飛ぶ。
 いつか彼女が愛そうとしたもうひとりの男を、魔法少女は捕まえる。彼は家族と一緒にいる。彼女は家族と一緒に鍋を食べている男の前に、ふわりと現れる。魔法少女はなにも恐れない。ぐつぐつと煮えるキムチ鍋も、うるさく騒ぐ男の妻も子も、なにも恐れない。
「こんにちは、先生。愛してるわ」
 魔法少女はテーブルの上に華奢な足をのせて男に微笑みかけ、腕にかかえた兎から、ぱっと手を離す。兎はあんぐりと口をあける。大きく大きく大きく、口を開ける。ごくん。愛してるわ先生、愛するって、こういうことよ、これが、正しいの。
「あなたは、だれ」
 後ろから問いかける声がある。魔法少女は笑って振り返る。ふわふわとスカートが広がる。
「わたしは、魔法少女よ」

 甘えた子供は殺すべきだ。
 愛を求めるものも愛をあたえるものもみんな、兎になれば、救われる。
 そして正しい少女だけが、魔法少女になれる。
 正しいっていうのは、と魔法少女は思う。それは、意志を持っているっていうこと。なりたい自分になりたくて、とてもとてもなりたくてたまらなくて、なりたい自分になるために、どんな対価も払える、そういう女の子だけが、魔法少女になれる。そういう女の子だけを、わたしは選んで魔法少女にする。そうしてみんなを兎に変えて、わたしは世界を救わなくちゃならない。魔法少女は、そう思う。
 わたしはみんなを救わなくちゃならない。わたしが、なりたい自分になるために。
 そうして甘えた子供は、死ななくちゃ。
 愛された子供は、死ななくちゃ。
 ぐったりと倒れた女は、大人の女で、でもその顔は、魔法少女によく似ている。それは魔法少女の双子の妹だ。似鳥美波だ。喜多子と美波だなんてひどい名前だと魔法少女は思う。そうして美波のほうがきれいな名前だということを、そうして美波はいつだってその名前にふさわしくかわいい子だったということを、魔法少女はいつも、ひどい話だと思っていた。みいちゃんはなんでもできて、誰にでも愛されて、かわいくて、いつだって自由で、みいちゃんはいい子、みいちゃんはいい子、みいちゃんはね。
 魔法少女は、美波の一人暮らしの部屋で、倒れた美波をみおろして立っている。美波には大きな、虹色のナイフが刺さっている。まるで美波にむかって、虹がかかったように見える。虹のふもとに、わたしの妹がいる。わたしの妹は、死んでいる。
 愛された子供だから、わたしが殺した。
 魔法少女は微笑んでいる。だれも彼女を見てはいないのに、魔法少女は微笑んでいる。彼女はいつだって微笑んでいる。それがいちばんかわいい表情だから。
「大好きよ」
 魔法少女は呟く。
 魔法少女は、その死体を、彼女が神様と呼ぶ兎に食べさせない。甘えた子供は、甘やかされた子供は、愛された子供は、兎になる権利がない、そう魔法少女は思う。魔法少女は、そのアパートメントとその周辺に住む人々をみんな兎に変えてしまってから、そのアパートメントを埋めるかたちに、山を作る。こんもりと土が盛られたうえに、木々が生え揃って、山はずっと昔からここにあったみたいに、おだやかな表情で佇んでいる。
 魔法少女はなにも恐れない。
 みんな死ぬか、兎になるか、それか魔法少女になって、わたしと一緒に戦うのだ。
 世界を救うために。

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