がらがらと、崩壊の音が聞こえる。
星のきらめく空のただ中、セシリアに搭乗した自在は浮かんでいる。自在は息を荒らげ、全身に汗をかいている。見渡す限りどこにも、兎はいない。殲滅。
兎は、かつて、兎となる、その前は。
『嬉しい?』
すこしも乱れないままのセシリアの声が、甘く、コクピットに響く。
『これがあなたの戦果です。これが、あなたの取り戻した空です。一匹も残さず、兎たちを殲滅しました。自分が特別な存在だと思うと、嬉しいですか。森村自在。あなたは』
しのびこんでくる甘さ。自在の心にまとわりつく。それは、まるで、自在の声、そのもののようだ。はは、と自在は笑う。
「僕たちはちょっと分かり合えすぎていて気持ちが悪いな。愛してるよ、セシリア・エデン」
『気持ちが悪いのはあなたです』
せめて痛みのない死を。圧倒的な死を。
……兎たちは兎になる前、人間だった。
「オリジナル」に稲穂が食われたあの夜、村を埋め尽くしていた兎はすべて空へと消え、そのあとには何も残っていなかった。自在の村に残っていた数少ない人間たちは、皆、消えていた。おそらく食べられた、もしくは食べられる前に、兎になった、もしくは、……もしかしたらミヒだけは、魔法少女になったかもしれない。もしかしたら。
けれどそれは同じことなのかもしれない。
オリジナルと呼ばれた魔法少女は、すべてはわたしから生まれたのだと言った。ならば、魔法少女から兎が生まれ、兎を食べたものが魔法少女もしくは兎となるのだとしたら、同じことではないのか。いま自在を包んでいる、セシリアもまた。
けれど自在はその夜みたものを、一度も語らなかった。町から戻った父にも、父に連れられて行くことになった都会でも、都会で試験を受けている間も、船に乗ってからも、一度も。
は、はは、ははははっ、自在は声を立てて笑う。愉快だと思った。セシリアは、理解しているのだ。自在がここで、なにを考えているかを、理解している。
「セシリア」
がらがらと、崩壊の音が、自在の耳にはいまでも響いている。
「きみは、僕よりずっと長く生きているんだろう。魔法少女は、死なないんだろう?」
『ええ、たぶんね』
「教えてよ。兎に意志はあるの』
『兎にあるのは、愛だけです』
「愛?」
父親が、自在の脳裏にフラッシュバックした。自在はかたく拳を握り、口に押し当てる。無意識の行動だった。吐き気がする、と思った。
決して愛するな。自在は、そう、言われて、育った。
「……はは。冗談はよしてよ」
『よく言えますね。あなたは愛することを知らないくせに』
「なに?」
『知らないでしょう、森村自在』
「きみを愛してるよ」
『……あなたが愛しているのは、あなたのなかの暴力衝動ですよ』
やわらかくやさしく、なで回すようなセシリアの声。やさしさなど持ち合わせてはいないくせに、と自在は苛立ちながら、その声にすがっている。甘やかされて包まれてしまいたいとそう、どこかで願っている。愛してはいけない。愛してはいけないよ。おまえの母さんは、愛に殺されたんだ。
おまえの母さんは兎に愛を搾取されて―
稲穂の下半身。
美しい輝きを放つ青銅色の木偶。
『本当は、なにを殺したいんですか?』

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