かみさまになれといわれた。なりました。よるでもしらじらひかるまちです。
- リツカ – 町を守るヒーロー。
- 寧子 – リツカのパートナー、あるいはパートナーだった少女。
「あたし、魔法少女やめようと思って」
寧子が足元に煙草をつぶしながらそう言うので、リツカは驚いてぽかんと口をあけてしまった。十八歳の冬のことだった。
「え、なに。どうすんの、辞めて」
「どうすんのっていうか……」寧子は小さく笑った。「あたし就職決まったんだよね」
「えー! なに、なにすんの」
「ふつーに、事務員。おじさんが、紹介してくれて、働けって」
「それフツーなの?」
「なんだっていいけどさ。とにかく、だから、やめようと思って」
「ていうか」
リツカは、メンソール煙草を指先でもてあそびながら、しゃがみこんだ寧子をみおろす。
「やめられるの、魔法少女って」
だって寧子とリツカはもう、ごはんを食べなくても平気だし、そう願えば歳をとることだってないのだ。そういうことになったのだ。だからリツカは、魔法少女になった十六歳の時から、外見が変わっていない。でも寧子は、そういうのブキミだ、と言って、一ヶ月ごとに慎重に、自分を「成長」させていた。二年間、ずっと。マメだなあ、とリツカは思う。歳を取らない女の子なんて、いまどきめずらしくもなんともないのにさ。
「やめられる、っていうか。願えばいいじゃん」
「えー」
「簡単じゃん、魔法少女やめたい、ふつーに戻りたい、って願えばいいじゃん。ほら、やってみせよっか」
寧子は長い脚を伸ばし、立ち上がった。寧子は脚を長くしすぎなんじゃないか、とリツカはつねづね思っている。気に入らないっていうんじゃなくて、似合うし、かっこいいし、いいんだけど、いいんだけどさ、それって、魔法じゃん。そう思ってリツカは、なんだかその瞬間いきなり、腹が立ったのだった。
「やめなよ」
リツカは言った。我ながら、むっとした声が出た。
「なによ」
「なに、ふたり、喧嘩してんの? めずらしい」
翠鳳のがらり戸が開いて、アザミが顔を出した。
アザミは寧子やリツカと同じ、翠鳳の常連で、十五歳くらいに見えるけれど、いまの世の中、綺麗な女の子が外見通りの年齢であることは稀だ。翠鳳の主人の態度からして、たぶん彼女は大人で、もしかしたら、おばあちゃんと呼んでもいいくらいの歳なのかもしれなかった。つるんと丸い形がきれいにわかるショートカット、手首に、ちょっと子供っぽい、ピンクの花飾りのついたブレスレット。パーカーにブルージーンズの、そっけない格好の、痩せた女の子の姿をしている。
「してないよ、喧嘩」
「咎めてやしないわよ。存分にやれば」
「アザリンも言ってやってよぉ、寧子、魔法少女辞めるっていうんだよ、せっかくアザリンが魔法少女にしてくれたのにさあ!」
「辞める?」
アザミはぱちぱちと目をしばたたかせた。寧子は小さく笑って、「そうよ」と言った。
「あんたも見てなよ、いま辞めるから」
寧子は新しい煙草を取り出し、「リツ」と呼んだ。リツカはあわてて、吸いかけの煙草を口にくわえ、寧子の煙草に押し付けた。お互いに吸うと、火がうつる、その火が虹色だ。すうっと上がった煙がきらきらと光って、それがリツカと寧子を包んだ。リツカの体をするすると、つややかなリボンが覆ってゆく。そのリボンの反対側は、寧子につながっている。
寧子はオレンジ色のドレスに赤いリボン、リツカは緑のドレスに黄色いリボンだった。ふたりは向かい合い、そうしてぴんと煙草をはじく。煙草は空中でくるりと一回転し、ステッキとなって戻ってくる。それを掴んで、寧子は、言った。
「わたしはふつうの人間になる」
静かな、いっそ淡々とした、声だった。
寧子を包んだ虹色の光が消えたとき、寧子はもう、オレンジ色のドレスは着ていない。
寧子は手にした煙草を咥え、吸って、吐いた。もうそれは、虹色の煙ではない。
「……ほらね」
寧子はリツカとアザミを見て、肩をすくめた。
「こんだけのことよ」
「え、ねえ、あんたもう、魔法、つかえないの」
「そう」
「使わないだけなんでしょ、ねえ、ちょっと」
「使えないよ。……じゃあね。あんたもたいがいにして落ち着きなよ。バイバイ、リツカ」
手を振って、寧子が立ち去ってゆく。「アザミさんも、バイバイ」
「うん、さよなら」
ゆっくりと上がっていく煙をリツカは見送った。向こうから、ちょこちょこと走ってきた兎が、道を横切って、向こうに走ってゆく、それがいなくなるまでリツカはぽかんと見送って、はああああああ、、長いため息をついた。ステッキをぽいと放りあげて、煙草に戻して、口に咥える。吸って、虹色の煙を吐く。
「なんだよおおおお……」
「なるほどねえ」
アザミは首をかしげて、納得したような声を出した。
「意志の問題だわね」
「意志って、なによぉ」
「結局魔法ってのは、意志の問題なのよ」
「意志?」
アザミは手首のブレスレットを鳴らした。ただ鳴らしただけで、魔法のできごとはなにも起こらない。アザミが魔法を使うところを、リツカは見たことがない。
「やりたいことを、イメージして、そしたら魔法が使えるわけでしょ。だからあの子は、これから、年老いて、死ぬところまでの自分を、イメージして生きていくつもりなのよ。そうやって最後には、自分で自分の死を、魔法で作り出すんだわ、きっとね」
「なんだ」
「なに?」
「結局、魔法なんじゃん」
「……そうね」
「なーんだ」
リツカはぴょんと飛び上がってかかとを鳴らし、地面に星をちらした。星はきらきらと光って空へ上がっていく。
「じゃあ、やめらんないんじゃん! よかったー!」
「辞めるって言ったよ、でも、あの子」
「だってどうせ、魔法少女、やめらんないんでしょ? 全部、魔法なんでしょ? なら大丈夫じゃん、よかったー、なーんだよかった!」
リツカはうれしくなって、へらへら笑った。アザミは首をかしげて、「どうかしら」と言った。
リツカと寧子は同じ高校の同級生で、翠鳳で味玉を食べて、魔法少女になった。翠鳳はラーメン屋で、その味玉は、アザミがおごってくれたものだった。だからたぶん魔法のかかった味玉だったんだね、とふたりは言い合った。
「二人とも、正義感は強い方?」
翠峰のカウンターでじっとふたりを眺めたあと、アザミはふたりにそう尋ねた。
「わかんないけど、チカンとか許せない」
寧子はそう言い、そうだねマジ許せない! とリツカは声を合わせた。寧子とリツカは許せないものを並べ上げた。それはたくさんあった。地面にガムを捨てること、道ゆく女の子に下半身を露出してみせる変態、酔っ払って大声を出す人。それは駅前の夕方にたくさんある風景だった。
「じゃああんたたち、そいつらを更生させてよ」
アザミはそう言い、そうして、味玉を奢ってくれた。ありふれた、紫色の味玉。ふたりはそれをラーメンの上に乗せて食べた。
その頃まだ店長は、下半身を兎に潜らせているだけで、上半身は元気に動かしていた。紫色の兎なしでは動けないけれど、兎さえいれば元気でいられるから、いい世の中になったもんだ、なんて言って、笑っていた。
そして食べ終えたふたりは、店の外で煙草を吸って、それきりふたりの煙草からは、虹色の煙が、出るようになったのだ。
寧子とリツカはいいコンビだった。そのはずだった。ふたりは駅前をきびしく取り締まった。酔っ払いには水をかけたし、ガムは吐いた主の足にくっついたし、この駅を通る電車で一度でも痴漢をした人間には、電車に乗ったが最後手が動かなくなる魔法をかけた。それからついでに、毎晩見る夢のなかに人間がひとりもでてこなくて、かわりに兎ばかりが飛び跳ねている、という魔法も。この二年で、駅前はたしかに、あかるく、安全になったと思う。
寧子とリツカは、たしかにいいコンビだった。ふたりはまじめだったし、そりゃ煙草は吸うけど、道にポイ捨てしたことなんて一度もなかった。街が良くなればいいと、まじめに考えていた。みんながしあわせになればいいと、ほんとうにまじめに、考えていたのだ。

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