14.打ち明け話

#novelmber 16.手放す

#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X


 離レ森の外、内、外、内、と調べて回って、その家に辿り着いたときには、日が暮れかかっていた。離レ森町の駅からほど近いワンルームマンションの中から出てきた青年は目をしばたたかせて、「あります、けど」と、怪訝そうに答えた。

「あのー、ハルの、友達……? ですか?」

「そうです」茉優(まゆ)が答えるより早く、白城(しらき)が発言した。ここで白城の方を見たら怪しいに決まっているので、もうその方向で行くしかなかった。茉優は曖昧に微笑んだ。

「ハルくんが置いていったって聞いたんで、えーすご~と思って。見たいって言ったら、中瀬くんに渡したって言うから。なんかラブラブ? で、いいですね」

 白城はあまりにもヘラヘラと言い、青年は釣られたようににこにこと笑った。

「そうなのかな。やっぱ、そうですよね。好きじゃない相手に預けたりしないですよね、へへ……」

 青年があまりにも嬉しそうに笑うので、茉優はすっかり気の毒になった。白城の友達? さっき連絡を取って名乗りあったばかりだが。

 しかし白城は如才なく振るまい、青年――中瀬奏(なかせ そう)はすっかりその話を信じ込んで、茉優と白城を家に上げ、男性器を見せてくれた。もちろん、中瀬のではなく、「ハルくん」の男性器だ。

 「ハルくん」――今時バックパックを背負って世界一周旅行中の、中瀬の恋人、が中瀬の手元に遺していった男性器は、座布団の上に置かれて、外からは見えない位置でひなたぼっこをしていた。たしかに男性器だが、股間から外れていると、単なるそういう形をした動物、という風に見えた。白城は感心したように言った。

「ホントに外れてる」

「そうなんです。でも、ちゃんと反応するんですよ」

「中瀬さん」男性器がちゃんと反応するところなんて正直見たくなかったので、茉優は口を挟んだ。「ハルさんが残していったものは、ほかにありませんか」

「いや、引っ越すときに大体処分しちゃったと思う。僕がじゃなくて、ハルが、自分で。ハル、なんか忘れ物したって言ってました? 僕に連絡くれればいいのにな」

「ああ、いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、この」茉優は男性器に目をやった。「これをどうやって外したのか、私たち、興味があるんです」

「たしかに、そうですよね。興味ありますよね、珍しいし」

 珍しいどころかはじめて見たというか、一般的にはあり得ないことだと思うが、青年はのほほんと相槌をうち、それから首をかしげた。

「何て言ってたかな。何か言ってたと思うんだけど」

「思いだしてもらえませんか」

「ハルくんに聞いたんだけど、電波悪くてよく聞こえなくてさ」白城が口を添えた。

「ああ。なんか……森? の、占い師に頼んだって言ってたかな。そうだ、どら焼きを食べたんです、ハルが買ってきて。その日に、外してもらった、って言ってました。だから、どら焼き屋さんの近くで外したんだと思うんですよ」

「どら焼き屋さん」

「ちょっとわかりにくかったって、場所が。でも、占い師に勧められたからって、言ってたと思います。すみません。はっきりしなくて」

「いや、大丈夫。ありがとう。どら焼きって美味しいよね」白城の語調から、どうやらひとつ解決したらしい、とわかり、茉優は黙って話の流れを待った。

「美味しいですね」

「ハルくんにも、会わせてくれてありがとう」

「いえ。あの」

 青年はためらったあと、言った。

「ハル、元気でしたか?」

 嘘をつかなくていい質問で助かった、と思いながら、茉優が答えた。

「とても」

「あのさ」

 白城が言葉を滑りこませる。隠そうとしているが声の芯が緊張している、と茉優は思った。

「もしなんだけど。もし、このちんちんを、俺たちが欲しいって言ったら、どう」

 中瀬は目を丸くした。

「まさか。あげないですよ。大事なものだし、預かってるんだから」

「でも」

「いいの。ありがとう。ごめんなさい、変なこと言って」

 茉優は中瀬に微笑んで、白城のすねをこっそり蹴った。白城は不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。


「砂川みちる様

 先日は有り難うございました。その後つつがなく過ごしております。

 差し上げた男性器は、私にとっては長年の悩みでありました。

 あなたにとっては必要なものであり、次の生への助けとなるとのお言葉に、救われた心地となりました。不要なものが役に立つなら、こんなに嬉しいことはありません。

 私を自由にしてくださって有り難うございます。あなたの生も自由でありますように。

 あなたが語られたとおり、離レ森の潜流の先に、未来がありますように。」

 砂川家にはろくな情報がなく、白城は、砂川が片づけたあとなのだろうと言った。かろうじて、本棚の裏に落ちていた古い手紙が一通見つかった。そこには、「男性器を取り外してもらった」件に関する謝意が述べられていた。砂川の祖母はかつて、誰かの男性器を外してやったことがある、ということだ。

 それ以外に気になる点もあったが、とにかくいったん、これが手がかりだった。白城はスマートフォンで、茉優は機関に聯絡を取って、近くに類例がないかを調べた。「離レ森の占い師に男性器(なり、他の部位なり)を取り外してもらった」人が、近い日付で誰か見つかれば、離レ森の占い師をひとり、発見できるかもしれない。

 結果、男性器が、あった。

「俺、そのどら焼き屋さん知ってるよ。砂川さんが良く買ってくるから」

「でも、占い師のところから帰りに寄ったってだけで繋がるかな」

「行ってみたらわかることもあるかもしれないし。――ところでさあ」

「わかってる。『未来』に使うなら、回収したかったんでしょ」さっき、小動物みたいにひなたぼっこしていた、「ハルのちんちん」の話だ。白城は未練がましく振り返る。

「絶対に、俺たちに今後必要なものだったと、思うけど……どうせ、あの感じだと、ハルくんは中瀬くんのところに戻る気がないでしょ」

「でも中瀬さんにとっては大切なものなんだから、私たちの役に立つかどうかなんて関係がないでしょう。いわば、餞別とも言えるし」

「そんなもんかね」

「何かがどうしても必要なら」

「うん」

「私の乳房をあげるから」

 夕暮れの道で茉優が言うと、白城は立ち止まって、茉優を見下ろした。

 『未来』のために、占い師が取り外した人体パーツが、必要なら、茉優には不要なパーツがある。不要なパーツのみでできているともいえる。白城は少し迷い、言葉を返す。

「じゃあ、交換する? たとえば、俺のちんちんと。いや、だめかな……」

「私にとっては、……私たちにとっては。神狩と私にとっては、ずっと前から、全く必要ない、邪魔なものだから。あの手紙の人みたいに。これをあなたに渡したら、私はそれだけでずいぶん自由になれる。体を捨てられなくても、それだけでもね」

「うん」他には誰もいない、川辺の道で、白城は黙った。

「でも」

 茉優は慎重に言葉を続けた。

「あなた今でも、体を捨てたい?」

「俺は」白城は小さな声で答えた。打ち明け話のように。

「死にたくないんだ。それだけなんだよ」

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