#novelmber 16.手放す
※#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X
離レ森の外、内、外、内、と調べて回って、その家に辿り着いたときには、日が暮れかかっていた。離レ森町の駅からほど近いワンルームマンションの中から出てきた青年は目をしばたたかせて、「あります、けど」と、怪訝そうに答えた。
「あのー、ハルの、友達……? ですか?」
「そうです」茉優(まゆ)が答えるより早く、白城(しらき)が発言した。ここで白城の方を見たら怪しいに決まっているので、もうその方向で行くしかなかった。茉優は曖昧に微笑んだ。
「ハルくんが置いていったって聞いたんで、えーすご~と思って。見たいって言ったら、中瀬くんに渡したって言うから。なんかラブラブ? で、いいですね」
白城はあまりにもヘラヘラと言い、青年は釣られたようににこにこと笑った。
「そうなのかな。やっぱ、そうですよね。好きじゃない相手に預けたりしないですよね、へへ……」
青年があまりにも嬉しそうに笑うので、茉優はすっかり気の毒になった。白城の友達? さっき連絡を取って名乗りあったばかりだが。
しかし白城は如才なく振るまい、青年――中瀬奏(なかせ そう)はすっかりその話を信じ込んで、茉優と白城を家に上げ、男性器を見せてくれた。もちろん、中瀬のではなく、「ハルくん」の男性器だ。
「ハルくん」――今時バックパックを背負って世界一周旅行中の、中瀬の恋人、が中瀬の手元に遺していった男性器は、座布団の上に置かれて、外からは見えない位置でひなたぼっこをしていた。たしかに男性器だが、股間から外れていると、単なるそういう形をした動物、という風に見えた。白城は感心したように言った。
「ホントに外れてる」
「そうなんです。でも、ちゃんと反応するんですよ」
「中瀬さん」男性器がちゃんと反応するところなんて正直見たくなかったので、茉優は口を挟んだ。「ハルさんが残していったものは、ほかにありませんか」
「いや、引っ越すときに大体処分しちゃったと思う。僕がじゃなくて、ハルが、自分で。ハル、なんか忘れ物したって言ってました? 僕に連絡くれればいいのにな」
「ああ、いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、この」茉優は男性器に目をやった。「これをどうやって外したのか、私たち、興味があるんです」
「たしかに、そうですよね。興味ありますよね、珍しいし」
珍しいどころかはじめて見たというか、一般的にはあり得ないことだと思うが、青年はのほほんと相槌をうち、それから首をかしげた。
「何て言ってたかな。何か言ってたと思うんだけど」
「思いだしてもらえませんか」
「ハルくんに聞いたんだけど、電波悪くてよく聞こえなくてさ」白城が口を添えた。
「ああ。なんか……森? の、占い師に頼んだって言ってたかな。そうだ、どら焼きを食べたんです、ハルが買ってきて。その日に、外してもらった、って言ってました。だから、どら焼き屋さんの近くで外したんだと思うんですよ」
「どら焼き屋さん」
「ちょっとわかりにくかったって、場所が。でも、占い師に勧められたからって、言ってたと思います。すみません。はっきりしなくて」
「いや、大丈夫。ありがとう。どら焼きって美味しいよね」白城の語調から、どうやらひとつ解決したらしい、とわかり、茉優は黙って話の流れを待った。
「美味しいですね」
「ハルくんにも、会わせてくれてありがとう」
「いえ。あの」
青年はためらったあと、言った。
「ハル、元気でしたか?」
嘘をつかなくていい質問で助かった、と思いながら、茉優が答えた。
「とても」
「あのさ」
白城が言葉を滑りこませる。隠そうとしているが声の芯が緊張している、と茉優は思った。
「もしなんだけど。もし、このちんちんを、俺たちが欲しいって言ったら、どう」
中瀬は目を丸くした。
「まさか。あげないですよ。大事なものだし、預かってるんだから」
「でも」
「いいの。ありがとう。ごめんなさい、変なこと言って」
茉優は中瀬に微笑んで、白城のすねをこっそり蹴った。白城は不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「砂川みちる様
先日は有り難うございました。その後つつがなく過ごしております。
差し上げた男性器は、私にとっては長年の悩みでありました。
あなたにとっては必要なものであり、次の生への助けとなるとのお言葉に、救われた心地となりました。不要なものが役に立つなら、こんなに嬉しいことはありません。
私を自由にしてくださって有り難うございます。あなたの生も自由でありますように。
あなたが語られたとおり、離レ森の潜流の先に、未来がありますように。」
砂川家にはろくな情報がなく、白城は、砂川が片づけたあとなのだろうと言った。かろうじて、本棚の裏に落ちていた古い手紙が一通見つかった。そこには、「男性器を取り外してもらった」件に関する謝意が述べられていた。砂川の祖母はかつて、誰かの男性器を外してやったことがある、ということだ。
それ以外に気になる点もあったが、とにかくいったん、これが手がかりだった。白城はスマートフォンで、茉優は機関に聯絡を取って、近くに類例がないかを調べた。「離レ森の占い師に男性器(なり、他の部位なり)を取り外してもらった」人が、近い日付で誰か見つかれば、離レ森の占い師をひとり、発見できるかもしれない。
結果、男性器が、あった。
「俺、そのどら焼き屋さん知ってるよ。砂川さんが良く買ってくるから」
「でも、占い師のところから帰りに寄ったってだけで繋がるかな」
「行ってみたらわかることもあるかもしれないし。――ところでさあ」
「わかってる。『未来』に使うなら、回収したかったんでしょ」さっき、小動物みたいにひなたぼっこしていた、「ハルのちんちん」の話だ。白城は未練がましく振り返る。
「絶対に、俺たちに今後必要なものだったと、思うけど……どうせ、あの感じだと、ハルくんは中瀬くんのところに戻る気がないでしょ」
「でも中瀬さんにとっては大切なものなんだから、私たちの役に立つかどうかなんて関係がないでしょう。いわば、餞別とも言えるし」
「そんなもんかね」
「何かがどうしても必要なら」
「うん」
「私の乳房をあげるから」
夕暮れの道で茉優が言うと、白城は立ち止まって、茉優を見下ろした。
『未来』のために、占い師が取り外した人体パーツが、必要なら、茉優には不要なパーツがある。不要なパーツのみでできているともいえる。白城は少し迷い、言葉を返す。
「じゃあ、交換する? たとえば、俺のちんちんと。いや、だめかな……」
「私にとっては、……私たちにとっては。神狩と私にとっては、ずっと前から、全く必要ない、邪魔なものだから。あの手紙の人みたいに。これをあなたに渡したら、私はそれだけでずいぶん自由になれる。体を捨てられなくても、それだけでもね」
「うん」他には誰もいない、川辺の道で、白城は黙った。
「でも」
茉優は慎重に言葉を続けた。
「あなた今でも、体を捨てたい?」
「俺は」白城は小さな声で答えた。打ち明け話のように。
「死にたくないんだ。それだけなんだよ」

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