8 ひよりさんは自覚をした日に、チューブ状の交通機関で流星群を見に行く計画を立てたことの話をしてください。
「さみしいなにかをかくための題」より
なんだかたくさんの人と話をしたような気がするのだが、あんまり覚えていない。半分寝ていたような気がするし、もう半分は酔っ払っていたとも思う。強い酒を浴びて、いろんな人と話をした。と思う。
でも、ホテルには行かなかった。
そもそも、帰らなきゃいけないホテルがあったし。
「夢子さん」の孫と同じ部屋に泊まりたくなんてなかった。眠ると悪夢を見たので、アクリル製のキーホルダーがついたルームキーを握りしめて逃げ出した。閉じ込めてしまったけれども、脱出したかったらフロントに電話するだろう、ホテルなんだから。
駅前に見つけた、古いスナックは、二時には閉店だと言っていたのに、気がついたら五時まで開けてくれていた――というか、もう閉まっているのに、たぶんひよりに付き合ってカウンターにいてくれたのだと思う。
たくさん酒を飲んでたくさん話したと思うが、誰にもキスしなかったし、夜の道で手を取り合って踊ったりもしなかった。肩を近づけて頭を預けたりはしたかもしれないが、夜の町に繰り出しはしなかった。まあ、繰り出せるほどの町でもなかったのだが。
スナックのママは多分「夢子さん」より年上くらいのひとで、酔っ払ったひよりに向かって、「そういうのはほんとうに好きな人に言いなさい」と言い、ひよりは、「なにもかもを飛ばして、私もそういう側になりたいわけよ」とくだをまいた。早く、せめて六十歳になって、「そういうのはほんとうに好きな人に言いなさい」を言う側になりたかった。というか三十を超えたらなれるのだと思っていた。
あのさ、もうちょっと未来になったらできるって言われてる高速鉄道があって、それができる頃には例の、ああ、なんだっけ名前が出てこないけど流星群がさ、降るんだってちょうどよく。それを一緒に見に行こうよ。この話具体性がないけどね。全部の固有名詞が、ひとつも思い出せないから。
ホテルに帰って、そしてキスをしてしまった。
まあでもそれだけといえばそれだけだ。
シャワールームはすごく冷えていて、直前まで胡蝶が冷たいシャワーを浴びていたと教えてくれた。何でなのかは、ひよりは知らないし、想像もつかない。若い女の子は、朝、冷たいシャワーを浴びるのかもしれない。酔っ払っていなくても。
「いったん、家の方に帰ろうと思うんです。助手席で寝ていてもいいですよ」
胡蝶は、何も起こらなかったようなそぶりで、小さなボストンバッグに全ておさめてしまっていた。簡潔な量だ。なぜか開いたままだった窓を、力を込めて、胡蝶が閉めている。ぎし、と、怖いような音がした。
家の方、というのは、博物館ではない方、「夢子さんの家」の方、という意味だ。そういう略した言い方が分かる程度の距離、近づいているからといって、キスをしていい理由はひとつもないのに、とくに責められもしない。
結果、普通に返事するしかなくなる。
「助手席で寝る奴って最悪だよ」
「わたしはそうは思わないので、大丈夫です」
「私はそうは思わないので、起きています」
「怒ってるんですか?」
は? と言いそうになって、は? じゃあ本当に怒っているみたいだと思って、自制した。眠いんだと思う。眠いんだとは思う。しかし何か返事をしなくては、何でもいいが何でもよくはない返事をしなくては。
「……朝ご飯は食べた?」
「いえ」
人間が、食事という文化を持っていて良かった。

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