6 ひよりさんは足元の影が細く長く伸びる夕方、くらげがいるという波打ち際でアイスクリームをうっかり溶かしてしまった話をしてください。
「さみしいなにかをかくための題」より
「夢子さん」
ひよりは夕暮れの海を歩いている。裸足の足の下で、少しずつ砂が崩れていく感覚があり、冷たさと不安、そして開放感を全て内包している。片手に靴下とローファー、もう片手には白いビニール袋を提げて、ひよりは、先を行く影を追いかけている。
先を歩いていた相手が振り返る。「夢子さん」がよく着ていた、ラヴェンダー色のワンピースの裾が、潮風に乗ってゆっくり揺れているが、逆光で表情は読み取れない。
これは夢に違いないとすぐに気づく。累夢子は、既に死んだ女だからだ。そして既に死んだ女だから、きっとひよりはいずれ、彼女の顔を忘れてしまうのだろうと思った。この夢ノ中で、逆光が奪っている、その顔が、もううまく、思い出せない。
十六年は短い期間ではない。ないのに。
「夢子さん、早く行こう。アイスクリームが溶けちゃうよ」
ひよりは、夢だと分かっていてなお、当たり前の日常のように話している。でも夢子と一緒にアイスクリームを買いに行ったことはなかったかもしれないな。アイスクリームが食べたければ、学校の帰りにアイスクリームを買ってから寄りなさいと、そう連絡をしてくる、そういう人だったから。
あのワンピースはどうなっただろうな。質の良いものだったからまだ着られそうだ。丈が長かったから胡蝶にとってはマキシ丈だろうけどそれはそれでありじゃないだろうか。胡蝶の服は大体モノクロだけど、明るい色だってよく似合うと思う。
そこまで考えて、これって間違ったことだよな、と思う。
「ねえ。間違ったことだよね?」
ひよりは夢子に向かって声を張り上げる。
累夢子は、ひよりにとって、雇い主であり友人であり先達であり教師でありある意味で親ですらあり、年上の相手が担う全てであったが、恋人ではなかった。でも恋人の線引きとはどこから始まるのだろう。人間と、あらゆる行為をともにして、その中に、たとえば、局部への愛撫が含まれていなかったからって、何なんだろう。
「私ってほら、もうお姉さんだからさ。今度は胡蝶さんの、全てになればいいんだよね。夢子さんがそうしたみたいに。うまくいくか分からないけど。それが正しいと思うんだよ。それの方が正しいと思うのに――」
ひよりは言葉を見失う。いつのまにか夜が来ていて、波が月光を受けてかすかにきらめいている。いつのまにこんなに時間が経ってしまったのだろうな。きっともう、アイスクリームは溶けている。
皆が噂する通り、「夢子さん」の愛人ならいっそよかったと思うが、局部への愛撫はなかったので、愛人ってわけじゃないと思うんだけど、ないからなんだっていうんだろうな。
「ねえ」
失った言葉のつづきが分からなくなったので、思いついたことを言った。
「帰ってきてよ」
夜の海にもう、ラヴェンダー色のワンピースは、ない。

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