龍になりたかった

 川の奥、上流の、山の中に入っていくあたりに、あの子が佇んでいる。みんな、あの子なんていない、木がそう見えるだけと言うけど、ほっそりと立つ髪の長いその子のそばまで、泳いでいきたいとずっと願っていた。 
 川は広く深く、渡った橋の上から、年嵩の子供は飛び込んだりもした。歳がいくまでは、岸に着けた車との間を行き来しながら、浅瀬で遊ぶ。長く泳げなくては、あの子のところまではたどり着けない。泳ぐ訓練がしたくて、車を出して欲しいと何度も親に頼んだ。親が見ているところでしか、泳いではいけないというのが、ルールだった。
 もっと泳ぎたくて、学校では水泳部に入った。泳げる季節はずっと泳いで過ごして授業中は眠っていた。でも、泳ぎが好きでそこにいる仲間たちとは、うまくなじめなかった。だってあの子に会いたいだけだったから。
 誰よりも真剣に泳いでいるのに誰よりも不真面目だった。
 あの子には会えないままだった。引っ越すことになった時、どうにかあの子のところまで行こうと、一度だけでも行こうと、川は渡らず岸辺を歩いて進んだ。岸の道はいずれ川から逸れ、山の中に入っていくことはついにできなかった。もっと早く泳いで、あの日龍になれたら。あの子と手を取って、天へ昇れたら。
 ほっそりと髪の毛を揺らしながら、山の入り口でこちらを見ていた、あの子に会いたかった。

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