愛される役目

 マッチ箱ひとつを大切に持っている。中にはマッチが一本入っている。赤い頭に棒がついた、ごく普通のマッチ。手に入れたときには既に、マッチ棒が一本入っていただけだった。これを宝物にしようと思った理由はない。ないというと言いすぎかもしれない、これを宝物にしようと、そう決めた日から、ずっと宝物にしている、と言った方がいい。子供だったある日、意志の強さは自分で決めて発揮できると、そう信じることにしたことがあって、それからずっと、マッチ箱は宝物だった。
 宝物になるまではただのマッチに過ぎなかったのに、宝物にしたあとは、マッチが燃えてしまうのがおそろしくなった。人間より、ふつうの木切れより、マッチは燃えやすい、燃えるのが本当の役目なのだから。マッチを箱ごとと何度も水に沈めては乾かし、湿気ったマッチ箱になるようにした。誰かが間違えて擦っても、けっして燃えないように。
 マッチは燃えて消えるのが役目なのだろうか、本当に。そうだとしたら、役目を奪われても愛されて欲しいと願っていることになった。かたときも離れずそばにいて、絶対に燃えないで、一緒に過ごして、歳を取っていくのは、マッチの本意ではないかもしれなかったが、意志は固いまま、というより、もう習慣となって、マッチをポケットに入れて日々を過ごしている、ずっと。
 赤いマッチを擦る機会も減った。周りの人も、マッチを使うことはほとんどないはずだ。いつか、だれしもがマッチを忘れてしまうのかもしれない。そうしたらこの湿気った木切れひとつが、マッチの象徴になって、愛されるのが、その本当の役目になる。

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