注意┃性的コンテンツ、女体アナルセックス、セクハラ
#novelmber 6.滴る
※#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X
背中を撫でる手があり、入ってくる指があり、耳元で囁く声がある。茉優の体は柔らかくて小さくて、別に望んだことではないが胸も尻も大きい。でも神狩は、茉優の胸に触ったことがない。実験だから。
サバトの魔女たち。
人体実験、と神狩(かがり)は言っていた。だから茉優(まゆ)と神狩(かがり)の関係は、正確に名前にするなら、研究だ。対外的には、同性間の恋愛関係にあるので離レ森(はなれもり)への優先配属を希望します、と言ったが。
人体実験。茉優と神狩の肛門性交のことだ。
離レ森町(はなれもりまち)は地方都市の奥地、山の中にある町だ。この町では歴史と伝統のもと、同性婚が認められている。厳密には、町に住む人々はそれが普通だと思っている、という次元の話で、法の話ではないのだが。もちろん日本の法のもとにある町なのだが、町にとって不自然と感じられる要素は公然と無視されている。
浅野茉優と神狩ウイは、国内文化を研究する、それなりにレベルの高い機関に勤める同期で、同い年である。勤める、というか、勤めていた、というか。
上司が飲み会で茉優の胸を触ったのでビンタしたら左遷された。
歴史と伝統を重んじる、立派な上司だと思っていた。笑って流すのが出世への近道だったと追加で言われてなお、精神を保っていられたのは、単に茉優が強いからにすぎない。
あとはまあ――神狩が、ついていくよ、と言ったからでも、ある。
神狩ウイは当時、ろくに手入れもしない長い髪をした、存在感の薄い女だった。シャツとカーディガンを制服のように着回していて、いつも服が縒れていた。存在感の薄い女、と、それまでは思っていた。同期だったが、あの日まで、話したこともなかった。
ビンタする瞬間、上司の向こう側に座っていたのが神狩だった。ビンタされた上司が反射的に殴り返そうとした腕を、神狩はやんわり掴んだ。「落ち着いて」と、上司と茉優の双方に向かって言って、場の温度をいったん下げた。神狩はその一連のあいだ薄く笑っていたが、そもそも神狩ウイは、いつも薄く笑っている、薄ぼんやりとした人だった、もとから。
頭に血が上っていて、そのとき起こったことはほとんど覚えていない。気がついたら神狩に腕を掴まれて、夜の町を走っていた。神狩はふり返り、「疲れた」と言って足を止め、笑いを一段深めてから、腕から手を離した。
「おしまいだ」
茉優は言った。
「おしまいかもしれないけど、今日は忘れていいんじゃない」
「今この瞬間が一番むかつくから、忘れない。最悪だ」
「そうだね」
「えらくなるつもりだったのに」
「そう」神狩の笑い方には種類がある、とそのとき分かった。可哀想な物を見る目、憐憫の笑い方だと思った。その笑みはいっそ、茉優の頭を冷やした。背が低くて胸がでかくて溶けるような目をした女が地位を得るのは難しい。鈴を鳴らすような声をしていたら尚更だ。それでもえらくなりたかった。歴史と文化について後世の人間に伝え導きたかった。あってはならない腐敗を正し、立ちはだかる悪を倒したかった。
神狩は肩をすくめ、「その口ぶりだと、早晩こうなるってわかってたんじゃないの」と、とても優しい口調で言った。
「伝統と文化は、アプデが難しいコンテンツだね」
「私が選択を間違えたってこと?」
「別に浅野さんが」当時神狩は浅野さん、と茉優を呼んでいた。「浅野さんが悪いとは、私は思わないけどね。何になりたい?」
「何って?」
「浅野さんは、伝統屋さんでハイスコアを取れないなら、何になりたい?」
魔女、と答えた。
そこから始まった。
あのとき辞めてやりなおせばよかった、と思いながら、茉優は、離レ森町支部の支部長の前に立っている。支部長は女で、でも背が高くて細い顔をしている。口を開いて閉じ、言いづらそうにまた言った。
「無理矢理とか、そういうことでは……」
「ありません。残念ながら」
「でも知らなかったんですね?」
「はい」
茉優は苦々しく肯定した。
神狩は優しくて、掃除はしなかったが料理は割とできた。異動するなら離レ森がいい、神狩と交際しているので結婚するから、と、茉優がどんどん話を進めても、いいよいいよ茉優さんの好きにしたらいいよと言った。そのばさばさの髪が肌に触れると痛いから手入れをしたいと申し出たら、頭を好きにいじらせてくれた。そして夜になれば、茉優のためのサバトをやってくれた。五年、離レ森町で暮らしている間、毎日。
しかしそれでも、愛し合っていたと言えるのかは分からない。
だって神狩は今、こうやって消え失せたのだから。
そして茉優と神狩のサバトは、おそらく神狩自身の手によって、性的な動画投稿サイトに放り出されたのだから。――ハメ撮りだ。しかも、「撮り」部分に関しては、非合意の。
言えよと茉優は思った。しかし言わなかったのは、何か理由があったのだろうという、脱力感もあった。少なくとも胸が触りたいから触った元上司とは違うはずだと思った。茉優は、キレては、いなかった。
だって神狩は、茉優を魔女にしてくれたのだから。夜の部屋の中だけであっても。茉優の目は闇では見えず、猿轡の向こうに声は吸い込まれ、そして神狩は膣にも胸にも触らなかった。静かに神話を語りながら、茉優の肛門を「開発」しただけだ。茉優と神狩のサバト。魔女の儀式。いずれ、いくつかのキーワードだけで茉優は息を上げるようになった。
特別な存在になりたかった。奇妙な方法でも、有効範囲が狭くても、その場で茉優が魔女になれるなら、呪文の有効範囲を定めて閨を閉ざすのが結婚だというのなら、それで構わなかった。
しかし呪文は破られた。神狩自身の手で。
「それで?」
支部長は困ったように眉を下げた。「浅野さん――」
「私は何をすればいいんですか? 別に、プライベートなビデオが流出した責任を取って辞めろというわけではないんでしょう。何か、指示があるんですよね」
「……神狩さんは、最後に、『森』で目撃されています。このビデオの件も含めて、意図していることが何かあるはず。『森』の深部に影響を与えるつもりなのかもしれない。調査に当たってください。それに」支部長は言葉を切ってから、ゆっくり言った。
「あなたは神狩さんを見つけ出したいでしょう? ……家族なんだから」
離レ森町には神話がある。茉優の体に、それは刻まれている。じくりと体の芯が熱くなる。神狩ウイは茉優の神話だ。そしてこれは実験なのだ。
浅野茉優が、望まぬ肉体を超えて、魔女になるための。

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