#novelmber 5.隠れが
※#novelmberは11月にお話を書く企画です。詳細X
俺には名前がいくつもあり、ワンタイムパスワードのようにその場限りの名前を名乗っていることもあるため、自分自身の名前と呼べるものがあるかと言われるともう分からない。砂川は俺のことを白城先生、あるいは単に「先生」と呼ぶが、それも固有名詞が必要ならということであって、基本的には砂川すら俺を「あなた」と呼ぶ。
白城美里という名前は俺にとって重要だから、長く使うことになったのは悪くない事実だった。そもそ最初は、「白城美里」に発見されたくて、名前を使って新人賞に応募した。そういうのも多い。覚えておきたい名前を名乗る。ばら撒いておけば、またどこかで戻ってくることもある、と思う。
生まれたときに持っていた名前は蓮里(れんり)といった。今でも役所に行くとその名前で呼ばれるので、過去形にする必要はないかもしれないが。
美里(みさと)は、母親の名前であるらしい。
俺は父親に育てられた。俺が子供の頃、母親と父親はありがちな揉め方をして、それぞれ子供を連れて出ていった。よく覚えていないが俺には姉がいて、桜里(おうり)という。俺のような生き方をしていなければ、つまり名前の濫用をしていなければということだが、今でも、白城桜里、という名前で生きているはずだ。そして本屋には行かないのだろう。白城桜里が俺に連絡をしてきたことは、まだ、ない。もちろん白城美里からもない。
ばら撒いておけば気づくかもしれない、と思う程度の関心でしかないが、俺は母と姉に会いたいと思っている。少し違う。自分の輪郭を構成する一部分であるなら、知っておきたいと思っている。
俺はただ知りたいだけなのだ。
父親は三十代のうちに若年性認知症を患った。体は元気なので、今は施設にいる。十代の俺は母親に引き取られるのが筋だっただろうが、父親は激しく嫌がった。俺は当時既に小説家としてデビューしていて自由になる金があったし、学校にはあまり行っていなかったし、砂川がついていたので保護者が必要ではなかったため、母親に連絡すべきとも思えなかった。砂川は、デビュー当時の俺の担当編集だ。
砂川は俺を「溺愛した」。少なくとも、出版社の連中は皆そう言ったし、今ついている編集もそう言っている。具体的には、俺が家を出たいと言えばその場で家の鍵を渡してきた。買ってきてほしいもの、調べておいてほしいこと、何もかも用意してくれた。そしてそのうち、「こんな間に合わせの家ではなく」、地方都市にある一軒家を俺の居場所として与えた。その家は、砂川の、誰も住まなくなった実家であるらしかった。
砂川のやり方は誹謗されたが、俺には好都合だった。
同時に、俺が十代のうちに得るべきだった情操を、砂川は買い取ったのだと思う。
今では俺には担当編集がたくさんいて、全員が俺を別の名前で呼ぶ。俺は別に売れている作家ではないが、欲しいものを欲しいだけ千切って渡すことができる器用さは持ち合わせている。そして砂川は今では別に担当編集でもなんでもない。俺の隠れがのひとつを管理しているにすぎない。
金にも居場所にも困っていない。
帰るのは、あの町をまだ知らないからだ。
いや――そうかな。
「砂川さん?」
公園にいる。夕方の公園から、子供がひとりひとり去っていき、俺は入れ替わりにブランコに腰掛ける。かかとで支えてブランコで揺れながら、砂川と、電話で話している。
「アンダーカレントについて分かったことはある?」
アンダーカレント。
潜流。表面からは見えない流れ。あの町にはそれがあるらしい。
砂川は俺の質問に答える。俺は見知らぬ公園で、砂川の言葉に、耳を傾けている。町が闇に包まれていく。父親と同じあたまのつくりをしているのだとしたら、俺もまた、四十にならないうちに、自分の頭の中の流れ、目に見えない流れに飲み込まれていくのだろう。
関わったり、知ったり、売れっ子になるように研究したり努力したり勉強したり、友情や恋愛や社交をやったり、ひとつの名前を継続したり、――愛したり。そんな暇はない。俺の自由になる時間はおよそ二十年程度だと思う。俺は知りたい。俺の輪郭を知りたい。俺の輪郭がはっきり分かる瞬間を、一分一秒でもいいから得たい。
「わかった。ありがとう。ねえ砂川さん」
砂川は、はい、と答えた。角砂糖に似た、甘く、脆く、けれど今この瞬間ははっきり輪郭を持っている、声。
「俺は誰?」
砂川は俺に輪郭をくれる。
偽りの、この一瞬だけの、ただの角砂糖でしかなくても。
そんな暇はないのに、俺は、角砂糖の嘘に、餓えている。

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